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虚実の狭間の結節点・2

――ヤバイッ?!


思わず『ビョン!』と飛びすさる。弾みで、チェルシーさんの背中に、『ボン!』と衝突。


――ほぼ同時に、不思議な突風が走り抜けた。ついで、複数の金属音と転倒音らしき物が重なる。



わたしとチェルシーさんは、一緒に道の反対側の芝草の上に転がってしまった。


うわあぁぁ。チェルシーさん、いつだったかのドジの再現で、ゴメンナサイ。余りにも急で不穏な気配だから、魔法的な反応じゃ無くて、原始的かつ身体的な反応になっちゃったよ。


さすがにバーディー師匠なユリシーズ先生は、隙が無い。既に『魔法の杖』が構えられている。さっきの不思議な突風は、魔法の物だったみたい。


「この老いぼれがぁ」


音源の方向のハッキリしない、曖昧な唸り声だ。《隠蔽魔法》のせいで、音源が散乱している。ウルフ耳でも正確な位置は読み取れないけど、確かに金属音がする。鍛え抜かれた、複数の『重い』足取りの気配。プロの戦士っぽい。


余りといえば余りな不意打ちだ。チェルシーさんは呆然として、口を引きつらせながらも――さすがに豪胆な気質と言うのか、すぐに状況を呑み込んだらしい。


「も、もしかしなくても、闇討ちよね?!」


――何処に、《隠蔽魔法》の切れ目があるんだろう。ジントの持っている灰色の宝玉なみに、高性能な魔法道具を使ってるみたいだけど。


すぐに次の攻撃魔法が来た。青白い《雷光》の網。ターゲットを失神させて捕縛するつもりらしい。


アワアワ言いながら、ゴロゴロ転げ回って逃げ回る羽目になる。


騒音だけは、物理音でもエーテル音でも『バリバリ』と凄いけど、発生源の位置が分からない。


青白い《雷光》の合間に、不気味な声が轟く。《隠蔽魔法》が掛かってるだけに、四方八方から呼び掛けられているみたいだ。


「第一位《水の盾》サフィール、ウルフ族が《水のイージス》! 至高の正義のもと、我らが偉大なる新レオ皇帝陛下を守護する《盾使い》として、忠誠を誓え!」


一気に総毛立つ。


何故なのか分からないけど、ガッツリ『サフィール』だとバレちゃったとか?! どういう事?!


バーディー師匠なユリシーズ先生が、いつの間にか魔法の《防壁》を張っていた。失神ないし裂傷レベルの《雷光》が、瞬時に接地アースで消滅する。


――ドダダッ。


2人か3人くらい、長剣か短剣を構えて、突進して来る気配。


その瞬間、エーテル光線の残照効果――《隠蔽》の穴が、妙にドロリとした、毒々しいオレンジ色で閃く。そこだ!


「ていッ!」


電光石火で『魔法の杖』を振り、身をひるがえしつつ、唯一の発砲系の魔法――すなわち初歩的な《水魔法:水まき》を噴射する。



――水の入ったバケツをひっくり返したような、『バアッ』という、何とも間抜けな音。



「うおぉ?!」


驚愕を帯びた、見知らぬ剣呑な叫び声。わたしの上半身の全体に、『べしッ』という重い衝撃。同時に、地面の感覚が無くなった。


「なにぃ――ィイィッ?!」


え、これ、先刻ぶつかって来た、鎖帷子っぽいのを着てる誰かだよね。


その得体の知れない誰かさん、低音遷移の効果が掛かる程、勢いよく弾き飛ばされてるみたいだけど。



――わたしも、何だか吹っ飛んでる! ひえぇ!



次の瞬間、身体が植え込みに突っ込んだらしく『バサッ』という衝撃と共に停止した。


――鼻、ツブれたかも?!


次の瞬間、足音が増えた。明らかに、ひと回り以上、剣技の腕前が違うという感じ。


ひとしきり、複数の刃を打ち合わせているような鋭い金属音と、魔法の衝突に伴う重いエーテル音が続く。戦闘中らしいけど――すぐに終わった。わたしが頭をクラクラさせている内に、異変が片付いたみたい。


「大丈夫かよ、姉貴ッ!」

「シッカリして、ルーリー!」


直後、わたしの身体が、植え込みから引き抜かれた。引き抜いてくれたのは、直感した通り、ジントとチェルシーさんだった。まだ頭がクラクラしてるけど、あ、有難う……


ショックが落ち着いたところで、目をパッチリと開いてみる。


バーディー師匠なユリシーズ先生が、既に傍に来ていた。長い白ヒゲに手を当てて、困惑顔をしている。


「念のため、《空気袋エアバッグ》魔法を入れていたんだがな。超高速で突進して来た現役の戦闘隊士との正面衝突は、キツかっただろう。鼻血が出とるから、しばらく鼻を摘まんでいた方が良いぞ」


――は、鼻血~ッ?! わぁん! 大ショック!


そう言えば、『戦闘隊士』?! と言う事は、襲って来たのはレオ族って事?!


*****


経由地となっている、あずまや型の転移基地の最寄りの、ルーリエ種の噴水広場。


斥候として隠密行動を取っていたクレドさんと、同じく隠密行動を取っていたレオ族のレルゴさんによって、襲撃者たちがキッチリ取り押さえられた。そして、襲撃者たちは全員、拘束魔法陣の中に詰め込まれた。


噴水広場の石畳の上に、厳重な拘束魔法陣を展開したのは、同じく隠密行動を取っていたディーター先生だ。


此処では、大魔法使いなアシュリー師匠が拘束魔法陣を展開しても良かったんだけど、既に老女なアシュリー師匠は、さすがに寄る年波で隠密行動は難しい。そしてディーター先生は、特に拘束魔法陣に関しては、大魔法使いレベルの腕前なのだそうだ。アシュリー師匠が『最も優秀なポンコツ』とコメントした通り。


連絡を受けて、おっとりと駆け付けて来たアシュリー師匠は、わたしが鼻血を出しているのを見て、さすがに苦笑いだ。アシュリー師匠の熟練の《治療魔法》のお蔭で、鼻血がピッタリと止まった。有難うございます。


ちなみに、わたしの上半身のダメージは意外に軽かった。くだんの《空気袋エアバッグ》魔法が挟まっていた事に加えて、素直にキレイに吹っ飛ばされたお蔭で、張り手を食らった程度のショックで済んだらしい。


「ホントにビックリしたわよ、ルーリー。いきなり何かに弾き飛ばされたみたいに、ポーンと飛んで行ったんだもの」


思いがけず巻き込まれたチェルシーさんは、コトが無事に済んだ今、好奇心で一杯という状態。目をシッカリとキラキラさせていて、梃子でも動かぬと言う気配だ。


この襲撃事件は早々に衛兵部署に報告が上がる事になるし、チェルシーさんの旦那さん――グイードさんが衛兵部署の管理職を務めているから、偶然だけど、チェルシーさんが此処に居るのは、問題は無いらしい。バーディー師匠なユリシーズ先生も、アシュリー師匠も、苦笑はしてるけど、何も言わない。



――襲撃者は全員、レオ族だった。


レオ族の上級魔法使いが1人、レオ族の戦闘隊士が7人。全員が全員、毒々しいオレンジ色をした塗料を、全身に塗りたくっている。


目下、全身オレンジ色な襲撃者たちは、全員、次第に顔色を悪くしているところだ。


クレドさんは、こちらに背を向けて立っているから、どんな顔をしているのかは分からないんだけど……襲撃者たち全員を、どうやって『無言で』脅しているんだろうか?



ふと目をやると、ジントがシッカリと横目で応えて来た。灰褐色のウルフ尾をピコピコさせて、コッソリと説明して来る。


(これ、黒幕の残党を釣り上げるための『おびき寄せ作戦』だったんだよ。元・サフィールな姉貴がおとりでさ。クレドと、リクハルドのオッサンは反対してたけど、まさか《隠蔽魔法》付きだとは思わなかったぜ)


――ま、まさかのおとり作戦!


驚きの余り、尻尾が『ビシィッ!』と固まってしまう。


*****


――毒々しいオレンジ色をした、謎の塗料の分析が済んだらしい。


バーディー師匠なユリシーズ先生とディーター先生、それにアシュリー師匠が、半透明のプレートに表示された文字列を見ながら、話し始めた。


「これ程に巧妙な《隠蔽魔法》を準備して襲って来るとは、さすがに予想外だったぞ」

「魔法の《隠蔽》塗料として加工されている……モンスターの血液成分を精製したものですな」

「先日のモンスター襲撃の際、《魔王起点》から出て来た、巨大ダニ型モンスターの物で間違いないわね」


クレドさんとレルゴさんは、拘束魔法陣に捕捉されている襲撃者たちを見張っている所だ。


レルゴさんが先生がたの方を振り返り、ざっくばらんな茶色のタテガミをガシガシとやりながらも、気持ち悪そうな顔になる。


「私も一応、レオ族なんだがよ。隠密行動の必要のためとはいえ、モンスターの血液を身体全身に塗りたくるなんて、想像するだけでもゾッとするぜ」


それはジントも同感らしく、『げぇ』と言わんばかりの顔つきだ。


襲撃者たちが全身に塗りたくった奇妙なオレンジ色の塗料は、あの巨大ダニ型モンスターの血液成分のうち、オレンジ色の成分を特に精製した物らしい。


道理で、《隠蔽魔法》の切れ目――エーテル光の残照効果――が、毒々しいオレンジ色をしていた筈だよ。ビックリしちゃう。


バーディー師匠なユリシーズ先生の解説が続いている。興味津々なチェルシーさんが、ウルフ耳をピコピコさせていた。


――わたしが発動した《水まき》の魔法は、『杖』に付いていた青いアクセサリーの影響で、ルーリエ水を散布するものになっていた。魔法成分を鎮静化するという効果のお蔭で、一気に《隠蔽》魔法の成分が抑えられ、襲撃者の姿が全員、露わになっていたそうだ。


その時点で、わたしたちを隠密に警護して来ていたクレドさんとレルゴさんが飛び出して来て、あっと言う間に襲撃者たちとの剣闘になった、と言う訳。



問題の《隠蔽魔法》を担当していた、レオ族の上級魔法使いは、文字通り、バケツの水を頭から浴びた格好だ。少し金色の混ざった立派なタテガミの端から、今も水が『ポタポタ』したたり落ちている。


その頭部に塗りたくられていたオレンジ色の塗料が剥げていて、ディーター先生と同じような、中年ベテランという感じの面差しが現れている。流れ落ちた塗料は、上級魔法使いのユニフォームとも言える特製のローブを、まだらな蛍光オレンジ色に染め上げていた。


中年ベテランなレオ族の上級魔法使いは、シッカリと拘束された今になっても、自身が最も初歩的な《水魔法:水まき》にやられた――という事実を、受け入れる事が出来ていない様子だ。放心したように、「これは間違っている」とか何とか、ブツブツ呟いている。



バーディー師匠なユリシーズ先生が、おもむろに、襲撃者たちの代表――レオ族の上級魔法使い――に目を向ける。


「実に不思議な事実じゃ無いか、なぁ? 此処に居る面々は、何故か、レオ王どのの私設の工作員たちと同じ顔をしている。かの『雷神』こと『風のサーベル』残党と同じ情報網を共有しているという、この事実、どう説明した物かのう?」


――な、何ですと?!

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