奪い、また与えしもの(後)
「――と言う訳でね。また面倒な仕事を依頼する事になるのだけど」
アシュリー師匠が、バーディー師匠の話の続きを引き取った。ジルベルト閣下とアレクシアさん、クレドさん――それに、リクハルド閣下に語り掛ける形だ。
「魔法トラブルに関する安全保障、および情報統制の観点から、このサーベルの白状内容を整理し、編集する必要があるの。《水の盾》サフィール・レヴィア・イージスが、バースト事故を生き延びて生存中であるという事実を暗示する内容は、基本的に全て削除です。その他は、ウルフ王国の現在の必要に合わせて、編集をお願いするわね」
その辺りの調整は、ウルフ王国の重鎮メンバーな4人の専門なのだろう。
ジルベルト閣下とアレクシアさん、クレドさん、リクハルド閣下は、訳知り顔で、アシュリー師匠の要請を受け入れていた。
*****
やがて。
程よいタイミングで、包帯巻き巻きのミイラな執事さんが、新しいお茶を持って来てくれた。
全員に新たなお茶が行き渡ったタイミングで――
ミイラな執事さんが、バーディー師匠を、しげしげと眺め始めた。包帯に覆われていない部分、陰影を帯びた金色のウルフ耳とウルフ尾が、ピコピコと不思議そうに揺れている。
そう言えば、執事さん、バーディー師匠が邸宅ゲートをくぐって来た時から、バーディー師匠を眺めて、しきりに首を傾げてたよね。何か、気になる事とか、引っ掛かる事があるんだろうか。
余りにも不思議がっているのが明らかだったのか、バーディー師匠が愉快そうな笑みを見せて、執事さんの眼差しに応えた。
「私の顔に何か妙なモノでも、くっ付いているのかな?」
「あ、いえ」
ミイラな執事さんは、暫し口ごもっていたのだけど。でも、黙っているのも失礼かも……と思い直したみたい。
「我が眷属が管理を預かる飛び地の領地では、定住している鳥人が多いのです。自然、私も、我が眷属も、普段から鳥人を見慣れておりまして。それで思い切って申し上げるのですが……バーディー師匠の本当の年齢は、見かけより、ずっと若いのでは無いでしょうか?」
――ほえぇ?!
余りにも意外な指摘だ。全員の驚きの眼差しが、バッとバーディー師匠に集まる。
バーディー師匠は相変わらずニコニコ顔だ。
「何故、そう思ったのかね?」
「その冠羽です。確かに白い色ではありますが、良く見ると、白髪ではありませんね」
バーディー師匠の笑みは、いよいよ満面に広がった。イタズラっぽい笑みだ。図星だったみたい。後頭部でスッと伸びている銀白色の冠羽が、愉快そうにユラユラと揺れている。
やがて、アシュリー師匠が、何かにピンと来たみたいで――バーディー師匠を見つめながらも、口をアングリしたのだった。
「まさか……! いったい……何処で入れ替わった……?!」
「いや、アシュリー殿。ルーリーは、最初から気付いていたよ」
――ほえぇぇえ?! わたし、記憶喪失ですけど?!
バーディー師匠は遂に、《変装魔法》を――これを《変装魔法》と言うのかどうかは、分からないけど――解いた。顔の下半分を覆う白いヒゲに手が掛かると、何と、白い長いヒゲが、ペラリと剥がれたのだった!
――まさかの、超・原始的な変装ツール、付け髭ッ!!
「ウッヒョオオ! どうなってんだ、ヒゲジジイ?!」
ジントが、全員の気持ちを代弁するような、ビックリ声を挙げる。
今や、バーディー師匠は、リクハルド閣下やジルベルト閣下と、それほど変わらぬナイスミドルな年代の、小柄な鳥人の男性だ。
謎の中年世代な鳥人は、椅子からユラリと立ち上がると、愕然とした面々に向かって、イタズラっぽい笑みを浮かべたまま、洗練された所作で軽く一礼した。
「改めて御挨拶を申し上げる。私は、レオ帝国の《風の盾》を務める、風のユリシーズ。記憶喪失する前の、ルーリーの師でもある」
――風のユリシーズ・シルフ・イージス!
アシュリー師匠が、もはや処置なし――と言った様子で首を振り振り、『ハーッ』と溜息をついている。白髪混ざりの淡い栗色のウルフ耳が、如何にも『呆れた』と言う風に、ピコピコと揺れた。
「昔からユリシーズ殿は、妙にお茶目な性質なのよね。バーディー殿の弟子でもあるんだけど、師匠と弟子とで見分けがつかないくらい似ている物だから、たびたび、こうやって入れ替わって、私たちをビックリさせているのよ。レオ帝室の並み居るメンバーも、全員やられたわ」
ディーター先生とフィリス先生は、揃って絶句している。滅多に見られない表情かも。きっかけとなったミイラな執事さんは、口をパクパクするのみだ。
一方で、ジルベルト閣下とアレクシアさんとリクハルド閣下は、最初は驚きの余り固まっていたみたいだけれど、さすがに老練な政治家だ。アシュリー師匠と、中年版バーディー師匠ことユリシーズさんを交互に眺めた後、何らかの得心が行ったらしく、三者三様の納得顔をしている。
中年版バーディー師匠こと、ユリシーズさんは――ユリシーズ先生は――わたしに向かってイタズラっぽくウインクして来た。目の中で、《銀文字星》の色がキラリと揺らめく。
「ルーリーは、いつも正しく見破って来ていたよ。私とバーディー師匠は、目の色も共通している筈なのだが、ルーリーの色彩感覚に掛かると、色の違いが一目瞭然らしいな。バーディー師匠の目の色は、私とは違って、わずかに緑色が入っているとか」
実際、ディーター先生の研究室の前で顔を合わせた時、『炭酸スイカ』カラーリングなわたしが、一目で《銀文字星》の目の色だと指摘したものだから、中年版バーディー師匠こと、ユリシーズ先生は、ギョッとしたそうだ。
早々に、わたしが元・サフィールだと確信できたのは、そのお蔭もあるとか……
ユリシーズ先生は、ふと顎に手を当てて、思案顔になりながらも、おもむろに――クレドさんの方に顔を向けた。
何故か、クレドさんの方は、余り驚いた顔をしていない。以前から、何らかの違和感や兆しのような物を感じていたみたい。不思議な事だけど。もしかしたら、戦いの場で、無言でハイスピードのやり取りをしている内に、何かしら感じる物があったのかも知れない。
――クレドさんとユリシーズ先生の間で、謎の了解が行き交ったようだ。
ユリシーズ先生は暫し首を傾げた後、クレドさんに向かって、無言で、ちょっと頷いて見せている。
そして、ユリシーズ先生は、わたしの身元保証人でもあるリクハルド閣下に語り掛け始めたのだった。
「リクハルド殿。ルーリーは、私の弟子の中では、最も優秀な魔法使いだ。改めて知識を伝え直す必要はあるが、私の右腕を務められる程の助手としても、今のところルーリー以外には居ない。今回の『風のサーベル』の件で明らかになった問題も含めて、レオ帝国の内情は今なお不安定な状況だ。今年の冬もレオ帝都で定例の国際社交シーズンがあるが、その際ルーリーが、レオ帝都のウルフ大使館に滞在する形になるよう、取り計らって頂きたい」
リクハルド閣下は、『承知した』と言う風に頷いた。
先日、くだんの『雷神』こと『風のサーベル』を生け捕りにする時に、わたしとユリシーズ先生が魔法使いとしてタッグを組んでいた事は、上級魔法使いなジルベルト閣下の解説付きで、既に聞き知っていると言う(ちなみに、この件は、やはり超・最高機密になっている)。
そして実際、冬の間は、レオ帝都に近いウルフ王宮が第一の宮廷となっている。第二宮廷として、レオ帝都にあるウルフ大使館が稼働している状態なので、そんなに難しい条件と言う訳では無いそうだ。
アレクシアさんと同じように『魔法部署の研究員』などという立場であれば、この方面では幅が効く。わたしは一応、半覚醒状態ながら《盾持ち》の相を持っているし、『正字』スキルの熟練度からしても、魔法部署のメンバーとして名を連ねるのは不自然では無い。
相談の結果、わたしは、まだ未成年と言うのもあって、魔法部署の学生の籍を作ってもらう事になったのだった。