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奪い、また与えしもの(前)

――『3次元・記録球』の再生が終わった。


映像の中のサーベルは、なおも凶悪な人相をして、笑い続けていた――空席の上に再生され続けていた『風のサーベル』の立体映像が、ゆっくりと消えていく。


いつしか、茶室に面した中庭に降り注ぐ陽光は、薄いオレンジ色をまとっていた。


*****


貴種レオ族にして大貴族『風のサーベル』。


裏の顔は、非合法の奴隷商人。なおかつ『勇者ブランド』魔法道具を扱う闇ギルド商人にして《雷攻撃エクレール》使い、『雷神』。


自ら『至高の天才』と名乗るのも頷ける程の、すさまじいまでの優秀な頭脳と、実行力の持ち主だ。シャンゼリンとサフィールの、『飼い主』と『闘獣』の関係を割り出した経緯と言い、サフィールの生存の可能性を結論した経緯と言い――


しかも、あんなにゴチャゴチャしていた陰謀の背景を、スッキリと時系列に沿って、秩序立てて説明できるなんて、普通に頭が良いというだけの人には、できないと思う。


サーベルが明かした内容は、あの尊大な話し方のせいもあるのか、さすがに正直言って、モヤモヤする部分は多々あるにしても……



今まで不明だった――《メエルシュトレエム》発動に至った状況が、やっと分かった。



わたしは、元・サフィールとしての記憶は無いんだけど。《メエルシュトレエム》を発動して、その結果、複数の死人が出ていたという事実に関しては、ずっと気になっては居た。


体内エーテルを全て抜き取られて、完璧に干からびた剥製と化し、更にバラバラになった8人の死体。


わたしが――彼らを殺して、むごい死体に変えてしまっていたのかと。


いつの間にか、キュッと眉根を寄せていたらしい。気が付くと、いつものように隣に座っていたバーディー師匠が、苦笑いをしながらも、わたしの頭を撫でて来ていた。


――あ。頭の中で考えてる事、まるっと、お見通しって感じ。


「密閉空間の《雷攻撃エクレール》乱反射に対して、とっさに適切な判断を下してのけるのは、誰にも出来るような事では無い。まして対抗手段も、極めて限られているからな」


向かい側の席に居たアレクシアさんが、ハッキリとした驚愕と困惑の表情を湛えて、わたしを眺めて来ている。


「まさしく、天才的な《盾使い》……《水のイージス》ですわね。教養として、わたくしも『正字』スキルを持っておりますけど、それだけの短い時間に、適切な防衛プログラムを組んだ魔法陣を形成できるかどうかとなると、想像がつきませんわ。後で、魔法陣の構造を解析してみれば、成る程なのですけど」


――ほえ?


思わず目をパチクリさせていると、アレクシアさんは、「まだ詳しい自己紹介をしてませんでしたね」と気付いたようだった。


「わたくし、魔法部署に所属している『魔法職人アルチザン』資格持ちの研究員でもあるのです。『正字』で組まれた魔法陣の解析が専門ですの。先日、地下牢で起きた、アンネリエ嬢による《散弾剣》の《雷攻撃エクレール》乱反射を停止させた魔法陣の解析に関わりました」


――ひえぇ! あの穴だらけの、赤面モノの、不安定な魔法陣を!


あれ、最後まで維持展開できなかったし、途中で壊れてしまったんだよね、確か。それで、致命的なレベルの《雷光》は確かに片付いたんだけど、強い《雷光》が大量に残ってしまって……


「あの魔法陣は……色々、あの、スッポ抜けていて……」

「ええ、確かに慌てて作った事が良く分かる、初歩的かつ粗削りな構造でしたが。実戦レベルで対応できたと言う事が驚きですわ。本物の《盾使い》で無ければ、扱えないような魔法陣です」


大魔法使いなバーディー師匠やアシュリー師匠が、言うところによれば。


この結果だけでも、充分に、《盾使い》の中の《盾使い》――『イージス称号』に相当する実績なのだそうだ。かつて、サフィールがやってのけた種々の守護魔法と比べると、記憶喪失が入っている分、あちこち抜けているそうなんだけど。


アレクシアさんは、困惑含みの意味深な眼差しをして、バーディー師匠とアシュリー師匠、それにディーター先生を順番に眺めた。


「アンネリエ嬢には到底、思いつかないような『正字』の組み合わせですし、如何にアンネリエ嬢に魔法陣の構造を理解させるかという事の方が、よほど難しい仕事になりましたわ」


――ほえ? どういう事だろうか?


ディーター先生が訳知り顔で、金茶色のウルフ耳をシャカシャカとやり始めた。フィリス先生は苦笑いだ。


「今の時点で、ルーリーが目立つ訳には行かん。『雷神』こと『風のサーベル』の残党が、まだ居るしな。地下牢で起きた珍事に関しては、トレヴァー長官の了解の下、ちょうど現場に居合わせたアンネリエ嬢に攪乱してもらう形になった。アンネリエ嬢の記憶は、既に操作済みだ。6人の殺し屋たちと2人のイヌ族プータローに関しても、《暗示》で記憶を変更してある」


そんな訳で。


目下、アンネリエ嬢は、イージス級の《盾使い》なのかどうか――と言う意味で、ウルフ王国の重鎮メンバーから、改めて注目を浴びている。なおかつ、レオ族の外交官たちの注目をも、浴びている状態だそうだ。


社交界で引っ張りだこになるのは、アンネリエ嬢にとっては望むところだ。今のところ、アンネリエ嬢の上機嫌は続いている。


元々、王族の係累にして《盾持ち》というアンネリエ嬢には、強い護衛の一団が付いている。『風のサーベル』残党に対応できるレベルの護衛たちも増員してあるから、間違って襲撃されたとしても、その辺は心配は無いそうだ。実際に数回ほど襲撃があったけど、問題なく捕縛に移行できたと言う。


成る程ねぇ。


妙に、わたしに対する態度が、ワンクッション置いたものになっているなと思ったけど、そういう事もあったのか。納得だ。


ジルベルト閣下が、わたしを興味深そうに眺めながら、滑らかに話し出した。


「かのアンネリエ嬢は、生まれつき、体内の《宿命図》の中に、覚醒状態の《盾の魔法陣》を持っている。それも、先祖返りという幸運があって、100%完全形だ。それで、魔法部署の公認の《盾持ち》とされているのだ」


――ふむ……?


「だが、実際にアンネリエ嬢が発動できる《防壁》の強度は、今なお《中級魔物シールド》レベルに留まっている。それだけでも大したものではあるのだが、魔法道具によるバックアップを受けて、やっとその程度でしか無く、初歩レベルの《盾魔法》は、発動すら出来ていない。ゆえに、《盾持ち》ではあるが、《盾使い》とまでは言えないのだ」


――わお。思い出した。思い出したよ!


この間の地下牢で、《火》の《雷攻撃エクレール》乱反射が始まった時。何故、アンネリエ嬢は《火の盾》を出さないんだろうと思ってたんだけど。



不意に、ジルベルト閣下が、ディーター先生をチラリと眺めやった。相変わらずの冷涼な眼差しだけど、面白がっているような光が浮かんでいる。


「ディーター君が《盾魔法》の特訓を施せば、アンネリエ嬢の《防壁》魔法発動も安定しそうな気がするのだが。この『ポンコツ』は、何故か、早々に特訓係をクビになったからな。かの御令嬢のお気に入りの魔法道具のひとつやふたつ、これみよがしに、あそこまで深い穴を掘って埋めなくても良かっただろうに」


突っ込まれたディーター先生の方は、でも、ジルベルト閣下の性格をハナから承知しているみたい。金茶色のウルフ耳を、ユーモアたっぷりに、クルリと動かして見せるだけだ。


――あれ。でも、この内容を聞く限り、ディーター先生とアンネリエ嬢の間では、本当に、最近そんなエピソードがあったみたいだ。ビックリ。


アシュリー師匠が、訳知り顔で苦笑を浮かべた。


「ほとんどの守護魔法陣は多重魔法陣だから、扱いが難しいのよ。《盾の魔法陣》からして複雑な構造を持つ多重魔法陣だし、安定して《盾魔法》を発動するには、まず充分な深さを持つ《器》が必要でね。アンネリエ嬢の発動する《防壁》が安定していなくて、たびたび日常魔法《雷電シーズン防護服》にまで後退してしまうのは、《器》が無いのが原因なの」


意外に、アレクシアさんが興味深そうな顔をして、ツヤツヤ亜麻色をしたウルフ耳を、ピコッと傾けていた。普通の講義とかでは耳に出来ないような、専門的な話だったみたい。


「まずは、アンネリエ嬢が、ディーター君の掘って埋め戻した穴を、魔法で掘り返せるようになるのを祈るしか無いわね。あとは、アンネリエ嬢の『正字』スキル次第だわ」


ディーター先生が、何やら含みのある眼差しで、ジルベルト閣下を見やる。


「と言う訳でな、ジルベルト殿。アンネリエ嬢についている『正字』専門の家庭教師の努力に期待しようでは無いか。もっとも、かの御令嬢の魔法道具への依存ぶりからすると、魔法部署の幹部たちの期待に反して、お勉強は進んでいないようだが」


ディーター先生とジルベルト閣下の間で、しばし、何やら申し合わせているかのような、意味深な空気が行き交ったのだった。


*****


続いて。


かの『タテガミ完全刈り込み』済みのレオ族『風のサーベル』について、バーディー師匠から説明があった。


元々、レオ帝国では、今や非合法の奴隷商人と知れた元・大貴族『風のサーベル』は、生死問わずの指名手配かつ賞金首となっている。そんな訳で、サーベルの身柄は、元・戦闘隊士なレオ族のレルゴさんに預けられた。


レルゴさんは、レオ族の代表として、バーディー師匠やアシュリー師匠、ディーター先生と共に、サーベルの白状に最初から最後まで立ち会っていた人物だ。しかも、現役の頃は、老レオ皇帝の直属の親衛隊メンバーだった。その経験と判断に任される事になったと言う訳。


実はレルゴさん、サーベルが白状をスタートしてから一刻足らずで、サーベルの首を狩る事を決心していたそうだ。よっぽど激怒してたらしい。


自慢話と言う名の白状が終わり、各々の事実が検証された後――


レルゴさんは満を持して、偉大なる老レオ皇帝陛下の名の下に、サーベルの首を狩った。


これらの全ては、秘密裏の内に処理された。誰が首狩りの場に立ち会ったのか、『雷神』ことサーベルの首を何処に埋めたのかは、超・最高機密になっている。あえて『風のサーベル』の生死を不明にしておいて、残党勢力を効率よく釣り上げるためだ。


貴種レオ族の、元・大貴族な『風のサーベル』は。


現役を退いてなお、レオ帝国に忠誠を誓っている一介の元・戦闘隊士に、それも貴種でも何でも無い一般のレオ族の男に、まさか、首を狩られるとは思っていなかった。それは確実だ。実際、斬首の場に立ったレルゴさんに、大金をチラつかせたり『勇者ブランド』魔法道具の優先取引権をチラつかせたりして、言葉巧みに買収を図っていたと言う。


ジントが、ビックリしたように、灰褐色のウルフ尾をヒュンヒュン振っている。


正直言って、わたしもジントと同じ気持ちだ。


あの強大な《雷攻撃エクレール》使いのサーベルが、あっけなく死体になった――と言うのが、すぐには呑み込めない。


なかなか正体を現さなかった、最大最強の黒幕と言うべき存在。いつまでも、幻の煙みたいに曖昧な存在では、あったけれども。



それでも――『雷神』は。


最も恐るべき大凶星のような存在だった。


いわゆる『巨星堕つ』という言い回しが、これ程ピッタリ来る人って、滅多に居ない。《運命》を奪い、そして、また与えた、余りにも巨大で強烈な――

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