表と裏の時系列(後)
タテガミの無いレオ族『風のサーベル』の、自慢話と言う名の白状は続いた。
*****
バースト事故の後、レオ帝都は、季節外れの落雷と大雨に見舞われた。雷電シーズンさながらだ。
命からがら、バースト事故の現場から逃げ出していたサーベルは、レオ帝都の中にある隠れ家に潜伏した。そして、手先のスパイたちを介して、跡形もなく吹き飛んだ軍事施設の調査データを入手し、あさった。
主犯がサーベルだと言う事実は、バレなかった。逃走する時、特に出動の早かったレオ族の戦闘隊士の1人にフード姿をチラリと見られたのだが、タテガミが『完全刈り込みの刑』で失われていたという事もあって、『種族系統不明の大柄な人物』としか判断されなかったのだ。
――ヒャッハーなコソ泥たち8人の死体は見つかったが、サフィールの死体は、なかなか見つからないと言う。
一方で。
バースト事故の直後から、『サフィール体調不良、長期休養』などと言うメモが回っていた。サーベルは、その真偽を確かめるべく、方々の暗殺専門の手下に『勇者ブランド』魔法道具を供給した。
方々に放った暗殺専門の手下たちは、『サフィール療養中』と言う情報を逐一トレースして、サフィールが居るとされた、あらゆる場所を襲撃し続けた。しかし、それでもなお、サフィールの行方は知れなかった。
レオ帝国の第一位《水の盾》サフィール・レヴィア・イージスは、バースト事故で死んだのだろうか?
サーベルは、諦めきれなかった。『水のサフィールは生きている』と言う信念のもとに、必死で脳みそを働かせた。
――そう、確か。
シャンゼリンの《召喚》用の名前に、《水の盾》サフィールは反応していた筈だ。
その瞬間。
ウルフ王国『茜離宮』に居る筈のシャンゼリンが、『闘獣』としての『水のルー』の存在が戻って来た事に気付いたとしても、不思議では無い。
サフィールは、強い魔法使いでもある。しかも『イージス称号』持ち。転移魔法など、お手の物だろう。
かの闇ギルドの悪女――アバズレのシャンゼリンが、奇跡ともいえるタイミングで、『闘獣』サフィールを《召喚》していたのなら……!
その可能性に思い至ったサーベルは、急遽ウルフ王国に入国し、情報収集にいそしんだ。
調査の結果。
その瞬間、血とマネーに飢えていたシャンゼリンは、サーベルの目を盗んで大儲けしようと、サーベルの指示無しに勝手にヴァイロス殿下の暗殺を仕掛けており、バーサーク化した襲撃者たちを追い立てている真っ最中だったと分かった。しかも、『闘獣』の《召喚》をしていた!
情報収集は、非常に実りのある内容をもたらした。ウルフ王妃の一族が保管している古代宝物の中に、まさに《雷撃扇》を完全にするパーツがあると言う情報も、サーベルはつかんだのだ。
しかし――肝心の《水の盾》サフィールが何処へ消えたのかは、皆目、分からなかった。
明らかに通名な『水のルー』という名前だけでは、到底、追跡しようが無い。
シャンゼリンは意外な事に、まだ『闘獣のルー』すなわち『水のサフィール』本人を、捕まえられていなかった。
何故なのかは不明だが。
シャンゼリンが、《紐付き金融魔法陣》による呪縛をもってしても、サフィールを捕獲できていないのは、まさに天球の彼方の思し召しに違いない。
何故『水のルー』としてのサフィールが、シャンゼリンの《召喚》に応じないのかは謎だが、恩寵は、サーベルの上にこそ、注いでいる筈だ。
サーベルが、シャンゼリンよりも前に、『闘獣』サフィールを捕獲するのが、正しいのだ。サーベルなら、『闘獣』にして《水の盾》サフィールを、もっと有効に活用できるのだから。
――サフィールが、全面的な記憶喪失になっていたとは、想定外だった。正式名すら忘却しているレベルだったとは……まして、肝心の守護魔法すら発動できないタダの一般人、能無しの重傷患者になっていたとは。
――そして、リオーダンが『サフィール』の存在に薄々気付いていたにも関わらず、これを好機としてサーベルを裏切り、口を噤んでいるとは思わなかった。
かくして窮余の策として、サーベルは、あの毒々しいまでに真っ赤な『花房』付きヘッドドレス型の魔法道具をバラまいたのだ。目印になる事を確信して。
だが、此処でも、計算違いが生じた。
――まさか、早々に、本命が釣れる事になるとは思わなかったのだ。
――なおかつ本人の毛髪が、紫金どころか、『炭酸スイカ』カラーリングになるとは、なおさらに予想だにしていなかった。
サーベルが、シャンゼリンの殺害を決めたのは、マーロウ裁判の真っ最中の事だ。
「あのアバズレのシャンゼリンはな、剣技武闘会の後で、急に態度が変わった。元々生意気だったのが、ムカつく位に反抗的になったんだ。しかも、私がうんざりする程、暇さえあれば『闘獣のルー』を《召喚》しまくっていて、全然、仕事をしない。ウルフ王妃の一族の保管庫に忍び入って、穴の開いた黒い宝玉の板を盗んでくるという、簡単な用事さえもな」
サーベルは、早々に『役立たずで無能なシャンゼリン』を始末した。元々、リオーダン殿下との間で、色々とマズい事を知り過ぎたシャンゼリンを殺害処分する事は、話が付いていたのだ。
むしろ、リオーダン殿下の方が、シャンゼリンに対する殺意は凄かった。知らぬ間に、シャンゼリンにバーサーク襲撃でもって恐喝され、その上に更に、バーサーク毒を盛られていたと言う事が分かったからだ。飼い犬に手を噛まれたようなものだ。
サーベルが『ウルフ王族の全員にバーサーク毒を盛れ』と命じたから、シャンゼリンは、リオーダン殿下にも毒を盛って回っていた――というのが真相ではあるのだが。
そんな事は、リオーダン殿下は知らなくて良い事。むしろ、リオーダン殿下は、その時、ヴァイロス殿下と共に仲良くバーサーク体と化して、末代までの恥と共に死ぬ予定だったのだ。
――もし。シャンゼリンが、『闘獣のルー』を《召喚》する事に執着せず、そのままサッサと逃げ去っていれば。シャンゼリンには、生き残る可能性があった。シャンゼリンの逃げ足の素早さは、サーベルやリオーダン殿下の腕をさえ、逃れるレベルだったのだから。
――巨大ダニ型モンスターを召喚して、シャンゼリンを、むごたらしく『処刑』した後。
「私は最高級の《変装魔法》道具を使い、変態のウルフ貴公子『水のジョニエル』に変装した。そして、モンスター襲撃の終結の祝賀会として開催されていた、『茜離宮』の政財界パーティーに潜入した。ちょうど、変態ジョニエルが、美少年愛に目覚めたとかで、男娼専門の風俗店に入り浸ったままだったんでな」
奇行で知られる変態ジョニエルだっただけに、パーティー会場でウルフ貴公子らしくない振る舞いをしてしまっても、見逃された。
後日、ジョニエルが、自分の属する眷属の主席から叱られただの、小遣いを減らされただの、哀れっぽく泣き付いて来たが、そんな事、サーベルの知った事では無い。
「変態の貴公子ジョニエルの振りをしてパーティー会場に忍び込み、あの忌々しい『クレド』を探り回っていたら、都合よく、ウルフ王妃の係累だと言うアバズレ娘『火のアンネリエ』と良い仲らしいと分かった。後は、『火のアンネリエ』に取り入るだけだった」
そこで、『風のサーベル』は、ペッと唾を吐き捨てた。
「あの『クレド』野狼、強い守護魔法の付いた品を手に入れるが早いか、自信満々で反抗して来た。こいつは早々に黒焦げにしなきゃ気が済まん。演技の限りを尽くして、あの『アンネリエ』とか言う、アバズレ娘を動かした。《火》の女向けの、ちょっとした魔法道具で釣って、《雷撃扇》の最後のパーツを手に入れた」
――あとは、ご存知の通りだ。
「最後の最後まで、忌々しい『クレド』の正体が、リオーダンのチクショウだったとは思わなかったんでな、あのような事になったのは計算外だったが。天球の彼方の思し召し、すなわち恩寵によって、見事、この至高の天才サーベルは、正確にターゲットの首を取った、と言う訳だ」
タテガミの無いレオ族『風のサーベル』は、そこで、『私は恩寵に恵まれてるんだ』と言わんばかりの、自画自賛の笑みを浮かべたのだった。
「後は、かの『宝珠メリット』付きの《水のイージス》を、我がハーレムの『奴隷妻』とし、思いのままに操り、老いぼれのレオ皇帝を、絶望の中で粉々にしてやるのみだ。次のレオ皇帝は、私の手下が即位する事になっている。所詮、下等で低能な獣人に過ぎない貴様らには、最高位の貴種レオ族たる私の身柄は、絶対に拘束は出来んのだ」
タテガミの無いレオ族『風のサーベル』は、鎖付きの首輪を揺らして、呵々大笑し続けた。
「このサーベルは、数日後には、このウルフ王国の地下牢をすら釈放されているであろうよ。ウルフ国王からの正式な謝罪と献上品だけで無く、3人のウルフ王子の生首と、3人の『宝珠メリット』付きのウルフ王女の身柄も、サービスに付けてな。ハハハ……!」