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捕り物の残りと、その後

さすが、元・第三王子なリクハルド閣下というのか、邸宅は、随分と奥の方にあった。


頑丈な邸宅ゲート。その奥に見える、カッチリとしていながらも瀟洒な印象の邸宅。


これまでに通り過ぎて来た邸宅と同様、直接の血縁から成る数家族の他、親しい客人も数人くらいなら滞在できると思えるような、或る程度の余裕が窺える。中庭スペースも、余裕で持っていそうな感じだ。



「ヒョオオ!」


ジントが、いきなり『シュバッ!』と飛びすさった。何?!


クレドさんが一瞬、動いた。拳骨らしき『ガツン』という音がしたけど、目にも留まらぬ謎の動きだったから、クレドさんが何をしたのか、良く分からない。


気が付くと、大柄な体格の主が1人ばかり、『ズザァッ』とばかりに弾き飛ばされて行くのが見えた。クレドさんの、謎の体術を食らったらしい。


続いて、物騒な長剣が石畳に転がった。如何にも重そうな『ガシャン、ガラン』という音が響く。


たった今しがた、石畳の上に、純金の毛髪まみれになって大の字に転倒した、ウルフ族の男性と思しき人物は……


「――確か、ジョニ……(ムグッ)」


わたしの名指しは、クレドさんの手で塞がれていた。


ビックリして、クレドさんを見ると。


クレドさんの方は、ジョニエルさんの不意打ちの登場を予期していたのか、既に目が据わっているみたいだ。


――ジョニエルさんの方は、派手に吹っ飛ばされて転倒しただけで、特にダメージは無かったらしい。


ムクリと起き上がったジョニエルさん、何故か、そのまま『ピシリ』と固まっている。


――相変わらず、腰まである純金な金髪が、お見事だ。フリル&レース満載なドレスシャツ姿。ドレスシャツの大きく開いた胸元からは、胸毛ビッシリのムキムキの、やはり、お見事な筋肉が見える。


あれ、ジョニエルさん、何だか顔色が悪いみたいですが……?


クレドさんが、ジョニエルさんを『上から目線』で見据えつつ、硬い声音で指摘し始めた。


「病棟に押し込んで来た工作員の一部に、ジョニエル殿の手先が混ざっていた。リクハルド閣下の邸宅に直接出入りできる最高位の眷属と言う立場を利用して、ルーリーの退院日の情報を漏洩したのは、ジョニエル殿で間違いないな。しかも不注意に情報を漏洩したから、『風のサーベル』の残党も、余計なクマ族も察知して、介入して来た」


――な、何ですと?!


まさに図星だったのか、ジョニエルさんは口を引きつらせた。


「ふざけた言い掛かりだな、クレド! たかが第五王子の後継者の末席が!」


クレドさんの後ろに引っ込んでいたジントが、ピョコンと顔を出して、アカンベェをしながら突っ込む。


「その末席に、天下の公道で不意打ちを仕掛けたくせに、あっさりと素手で吹っ飛ばされた、てめぇは何なんだよ」


ジントの当意即妙な煽りを受けて、ジョニエルさんは激怒の余りか、絶句しながらも全身を震わせている。他人を怒らせるの上手だね、ジント……


いつの間にか、鋭いウルフ耳ゆえに目下の騒動に気が付いたのか、周囲の邸宅の窓が全開の状態だ。興味津々な視線が、あちこちから降り注いで来ている。うわぁあ。見世物じゃ無いと思うんだけど。


そして、遂にリクハルド閣下が、護衛と従者と思しき2人を脇に控えつつ、邸宅ゲート前に姿を現したのだった。


公道にへたり込んだままだったジョニエルさんが、純金なウルフ尾ごと『ビョン!』と飛び上がる。


ジョニエルさんは一見してガラの悪いチンピラ風の雰囲気なんだけど、見るからに貴種の血筋だし、さすが貴種と言うべきなのか、恵まれた身体能力だ。


リクハルド閣下は眉根を寄せ、ことさらに冷えさびた声音で、ジョニエルさんに声を掛けた。


「水のジョニエル君。たった今、『茜離宮』付属・王立治療院に詰めている衛兵から連絡があった。不法侵入罪の容疑で身柄拘束した、拉致誘拐専門の工作員の数名が、情報提供者としてジョニエルを名指ししている。申し開きのため、速やかに衛兵の詰所へ出頭せよとの事だ。当然、応じるだろうな」


ジョニエルさんは、ハイスピードで顔を赤青しながらも、逃走の構えだったんだけど――


次の瞬間、ジョニエルさんは、純金な長髪を派手に振り乱しながら、再び転倒していたのだった。路上にパパッと展開した、黒い檻の如き《拘束魔法陣》に捕捉されている。ビックリ。


リクハルド閣下の傍に控えていた護衛さんが、『魔法の杖』を構えていた。護衛さんを良く見ると、灰色スカーフをまとっている。『下級魔法使い資格』持ちだ。さすがプロ。


そして、そのまま、ジョニエルさんは、護衛さんの展開した《拘束魔法陣》に引きずられる形で、街区ゲートへと連行されて行ったのだった。


*****


リクハルド閣下の、もう1人の従者は、包帯巻き巻きのミイラ姿だった。


包帯巻き巻きのミイラ姿な頭部とお尻の箇所から、陰影を帯びた金色のウルフ耳とウルフ尾が見えている。金狼種。


クレドさんに降ろしてもらって、膝を折って一礼すると――包帯巻き巻きのミイラさんは、シッカリとした社交界仕込みの所作でもって、ピシリと腰を折って丁重な一礼を返して来た。


「お初にお目に掛かります、水のルーリエ嬢。私はリクハルド閣下の眷属の代表であり、目下、執事を務めております」



――何と、あの拷問レベル《雷攻撃エクレール》仕掛けの、『雷神』からの脅迫状を最初に受け取って開封していた、執事さん!


そ、その節は、わたしのせいで、何だか色々、命に関わるレベルの、ご迷惑をおかけしたような……



わたしが絶句していると、リクハルド閣下がチラリと執事に目をやりながらも、肩をすくめて苦笑いをして来た。


「幸い、半月もすれば、包帯は取れるそうだ。ジョニエルが属する眷属の主席に代わって第一位の後継者に繰り上がった形だが、ヤツよりは、少なくとも能力はある」


――うーむ。ウルフ族の内部事情、色々と複雑だなぁ。


ちなみに、ジョニエルさん、第二王子だったリオーダン殿下とは、少し遠いながらシッカリと従兄弟の関係があるのだそうだ。


道理で、リオーダン殿下とジョニエルさん、裏で繋がりがある筈だ。2人の間で、使い回している工作員メンバーも、共通していたんだろう。


親世代の基準で見れば、ジョニエルさんの方が血統上の地位は高い。ウルフ王国が実力主義じゃ無かったら、ジョニエルさんは、第一王子の地位にあっても不思議じゃない立場。リオーダン殿下の事を、『リオーダン』と呼び捨てにしていたのも、納得という所だ。



リクハルド閣下の邸宅に入ると、包帯巻き巻きのミイラな執事さんの奥さんだという、薄茶色の毛髪のウルフ女性が現れた。よろしくです。


執事夫妻は、いったん、わたしが滞在する事になる個室へと案内しながらも、簡単な自己紹介をして来た。


今は亡きリクハルド閣下夫人『風のサフィール』の実家に当たる眷属の、今の主席夫妻でもある。特に包帯巻き巻きのミイラな執事さんは、系統を同じくする血縁と言う事もあって、リクハルド閣下夫人だった『サフィール』の事は、小さい頃から良く知っていると言う。



――もしかして……と思ったんだけど、やっぱり、かの紫金しこんのキーラが不意に姿を消す、きっかけとなった人々だった。『サフィールと良く似ている』と、キーラに声を掛けていたとか……


執事さんも、奥さんも、当時、まさか、こんな結果になるとは思わなくて非常に焦ったそうなんだけど。


原因は誰にも分からないし、わたしにしても、特に何も言う事は無い。回り回って、こういう結果になったのも、何らかの運命が働いたと言う事なのだろう。


そして、わたしはシッカリ混血顔をしてるんだけど――れっきとした他人の子孫なのだけど、予想以上に、今は亡きリクハルド閣下夫人の血縁だと感じられるそうだ。


クレドさんが言ったように、遠い過去の或る時期、2人の紫金しこんのウルフ女は、本当に同じ先祖から分かれていたらしい。


実際、そういう事実があった事を窺わせる記録が、存在していた。不思議な事だと思う。


*****


昼食後。


先生がたが、リクハルド閣下の邸宅にやって来た。ちょうど、ティータイムの時間帯だ。


バーディー師匠とアシュリー師匠は、すっかり事情を承知している様子で、面白そうな顔で、わたしの頭を撫でて来た。


一方、ディーター先生とフィリス先生は、訳知り顔で苦笑いをしている。病棟に押し入って来たと言う拉致誘拐の専門の工作員たち、よっぽど奇妙な白状をして来たに違いない。ジョニエルさんを名指しするくらいだし。


更に、貴族同士の表敬訪問という形で、新たにリクハルド閣下の邸宅を訪れて来た客人が2人。


お客さんの方は、想像した通り、ジルベルト閣下と、閣下夫人アレクシアさんだった。


アレクシアさんは相変わらず、ツヤツヤとした亜麻色の毛髪をした、上品で物静かな淑女と言う風だ。でも、頭の中身は、相当に策士で、『煮ても焼いても食えぬ』というタイプなんじゃ無いかと思う。


わたしが、希代の悪女として名を挙げた、かのシャンゼリンの妹だと言うのは事実なんだよね。顔立ちの系統からしても、明々白々だそうだし。その血縁関係からして、わたしが再び、『ヴァイロス殿下の暗殺者の一味』として疑われる事になるのは必至だったんだけど。


その事実と可能性を踏まえながらも。


アレクシアさんは、『今は亡きリクハルド閣下夫人と、キーラは同一人物らしい』という新たな爆弾を宮廷社交界に投下して、かき回してのけた。


問題の2人のウルフ女性が《宿命図》レベルでも似ていたとか、色々な補完的な要素があったにしても。あのアンネリエ嬢までが、ワンクッションを置くまでに説得されたという結果が、信じられない。


――ジルベルト閣下やディーター先生やバーディー師匠と同じくらい、それどころか、それ以上に、敵に回しちゃいけないのが、アレクシアさんのような気がする。

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