移動は捕り物を添えて(後)
次の樹林に差し掛かったところで、クレドさんが少し足を緩めた。
明らかに、ハッキリと眉根を寄せた困惑顔をして、わたしをジッと見ている。何ですか?
「ルーリーは、とんでもない人物と当たる傾向があるみたいですね。彼はクマ王家の後継者争いに絡んで、重鎮メンバーの連続暗殺を遂行した前科があって、クマ王国では高額の賞金首とされている非合法の冒険者です」
どっひゃーっ!
ジントが、ヒュンヒュンとウルフ尾を振りながら、子狼っぽく、キャンキャンと声を上げた。
『クマ王国に突き出して、賞金ゲットすりゃ良いじゃんか。『茜離宮』の修理費になるぜ』
*****
以降の行程は、あっさりと済んだ。
確かに、残りの工作員らしきグループによる襲撃に遭遇してはいたんだけど、クレドさんが返り討ちにした。まさに薙ぎ倒すって感じで。さすが、第一王子の親衛隊メンバーの実力。
かくして。
クレドさんは、わたしを片腕抱っこしたまま、目的地に着いた。ジントは早くも『人体』に戻っている。
――『茜離宮』門前町の一角、重役の邸宅が並ぶ街区。
ロイヤルな場に準じる所だけあって、『茜離宮』と同じ意匠の厳重なゲートに守られているエリアだ。クレドさんは顔パスだ。ジントも顔馴染みとなっていたようで、既に顔パスの状態。わたしについては、『クレドさんが身柄を管理している状態』とも言えるお蔭か、特に検問無しでゲート通過できた。
各邸宅は、更に、金属製の魔法の防護柵に守られていた。《監視魔法》もセットされている。スゴイ。そうしたストリートの各所に、ウルフ王国の衛兵の姿をチラホラと見かける。
庭園は、それぞれの邸宅ごとに趣向が異なるけれど、生成り色の壁はトーンが統一されている。城下町の色とりどりな町並みとは違って、カッチリと統一された印象。まさに高級住宅街とか、そんな感じの街区だ。
貴公子や令嬢が外出している――といった姿がチラホラあって、彼等は、シッカリと自前の護衛を引き連れていた。『護衛』じゃ無くて明らかに『従者』というのもあるけど、スゴイ。
立派な角を曲がると、まさに『引っ越しの途中』と言う邸宅があった。邸宅ゲート前に、多くの荷物を載せた台車が並んでいる。業者たちが口々に合図を交わしながら、荷物を邸宅に運び込んでいるところだ。何だろう?
わたしが首を傾げていると、ジントがニヤニヤしながら口を開いた。
「あそこ、第三王子の候補の邸宅なんだ。自称・第三王子の候補者のジョニエルが追い出されて、代わりの候補が入ってるって訳さ」
「代わりの候補?」
「聞いて驚くなよ、あの『地のドワイト』だぜ」
――何ですと?!
記憶がピコーンと閃いたよ。『王妃の中庭』で、わたしとジントを逮捕した、あの四角四面な上級隊士! ウルフ国王陛下の親衛隊メンバーとか言ってたけど……!
でも改めて考えてみると、親衛隊メンバーだと重役の仕事を間近で見る機会も多い筈だ。実力主義というスタイルから言っても、ナニゲに後継者候補が多く混ざっているのだろう。
クレドさんが、『耳撫で』して来た。あ。ウルフ耳、ピシッと固まってたっけ。
「先日、地下牢に放り込んだ件については、直接リクハルド閣下に謝罪が行きました。その後で地下牢で起きた『非常事態』については、特殊な事情が含まれる事になったため、バーディー師匠とアシュリー師匠の手が入って、情報封鎖の扱いになっています。ですから、ルーリーは驚いても、何も言わないように」
――はぁ。そうですか。まぁ、今までもそういう感じだったし、それで上手に収まると言うのであれば……
「あら、クレド。しばらくぶりじゃ無いの」
――ぎょっ。アンネリエ嬢?!
あの『お見事』と言うべき金髪の縦ロール巻の御令嬢が、『如何にも奇遇だわ』という顔つきで、目の前に居た。お出掛けの際に、引っ越し作業の見物に寄ったという感じ。
アンネリエ嬢は、引っ越し中の邸宅を眺めて「フフン」と嘲笑する。
「あの純金なだけの無能の変態『水のジョニエル』、遂に次席の候補者に追いつかれて、候補者レースから転落した訳ね。いい気味。よりによって魔法道具の業界のパーティーと言う日に、国宝級の《盾持ち》たる、か弱い、あたくしを拉致誘拐して、地下牢に監禁して、不埒にも牢内で新品の魔法道具の実験と称して、大型の《雷攻撃》を向けて来た報いだわ」
――あの純金な長髪をフサッフサッと揺らしていた、ジョニエルさん。
ジントに、ボーイズ・ラブの愛でもって迫っていた不良青年……アンネリエ嬢を拉致誘拐して、おまけに地下牢に連れ込もうとしていたのか。おまけに、地下牢で大型の《雷攻撃》。ホントに、謎の変態だったんだなぁ。
――あれ? でも、魔法道具の業界のパーティーが、あった日?
その日、ジョニエルさんは地下牢に居なかった気がするんだけど。
それに……アンネリエ嬢は、自分の意思で、地下牢に来ていた筈だ。
地下牢で、あの大型の、悪夢の《雷攻撃》を発動したのだって……
こっそりと、ジントを見てみる。
ジントは、肩をプルプル震わせていた。笑いを我慢してるところらしい。口元を『への字』にしているのに、目の端に笑い涙が来てるから、変な顔。
改めて見てみると、アンネリエ嬢は、護衛を引き連れているところだ。いずれも美形な貴公子風の、8人ほどの男たち。いずれも自前で雇っている護衛なんだろう。半数は訓練された動作だけど、何となく隊士っぽく無いから、どちらかというと従者かも。
相当数の護衛と従者に取り巻かれているせいなのか、アンネリエ嬢は高飛車な態度ながらも、余裕綽々といった雰囲気だ。
アンネリエ嬢は、わたしをジロジロと見上げた後、護衛の1人をどついて、片腕抱っこするように命令した。命令された方の美形な護衛さんは、『お嬢様のお気に召すままに』と言った風ながらも、罰ゲームに当たったかのように、目が死んでいる。
美形な随行員のうち1人は、侍女と思しき中年女性なんだけど。処置なしと言った風で、控えている。アンネリエ嬢は、すべてにおいて、こういう振る舞いであるらしい。
……他の護衛さんも、アンネリエ嬢に見えないところで溜息をつき交わしているけれど、大丈夫かな……
同じ目線どころか、体格の違いで『上から目線』になったアンネリエ嬢は、「フフン」と攻撃的な笑みを見せて来た。
「これは、また貧相な小娘じゃ無いの。『偏屈リクハルド』が引き取る事になった『噂の娘』ってのが、コレとはねぇ。クレド、お役目がイヤになったら、いつでも戻ってきて良いのよ。いつか、国宝級の《盾持ち》たる、あたくしの傍に立つと言う栄誉だって、無くは無いのだからね」
――やっぱり、何か変だ。
アンネリエ嬢は『わたしと初めて会った』と言わんばかりの、態度だ。
恐れ多くも、リクハルド閣下が、わたしを引き取る事になった……と言うのも、まぁ、外から見たら、そう言える状況なのかも知れないけど。しかも、『噂のナニガシ』……って、わたしって、どんな噂になってるの?
わたしが首を傾げている内に――
アンネリエ嬢と取り巻きは、『茜離宮』の方へと歩み去って行った。アンネリエ嬢は王族の1人という話だったし、昼食やティータイムを、『茜離宮』の方でやるのだろう。
アンネリエ嬢と取り巻きの一団が、充分に離れた所へと移動するや、ジントが大きく身を折って、「プハッ」と息をついた。ほとんど、吹き出し笑いだ。
「今、『紫金のキーラと、今は亡きリクハルド閣下夫人サフィールは、同一人物』って噂が出回ってるんだ。社交界でも『公然の秘密』って言うか、公認状態なんだよ」
――公然の秘密で、そのうえ、公認状態?
「それに、ヒゲ爺さんの《暗示》のせいで、あの爆弾女は、姉貴と初対面した時の事も、地下牢の出来事も覚えてねぇ。あそこまで完璧に《暗示》に掛かってるなんてさ、よっぽど、自分でも塗り替えたい記憶だったんだな」
――思い出したよ!
いつだったか、ラウンジの個室の方で、ジルベルト閣下とリクハルド閣下が陰謀してた内容! ジルベルト閣下夫人アレクシアさんが協力して、情報を流すとか、どうとかって……あれ、この事だったの?!
わたしは、ポカンとする余り、口をパカッと開けるのみだ。
――それに、地下牢を血の海にする所だった、あの《火》の《雷攻撃》――特殊な意味で情報封鎖の扱いになってて、バーディー師匠とアシュリー師匠が介入している……って、そういう事……!
クレドさんが再び歩き始めた。安全圏に入ったからと言う事もあるのか、ゆったりとした歩みだ。ジントが、訳知り顔で、チョコチョコと付いて来る。
「ルーリーは、リクハルド閣下の失踪した奥方の、実の娘と言う事になっています。偶然ながら、2人とも同じ《霊相》生まれで外見も似ていた。社交界では、驚きはあっても疑念は出ていない状況です。《宿命図》においても、若干の食い違いはあるものの、同一人物と判定されうるレベルまで似通っていたそうです」
――ほえぇ?!
偶然なんだけど、キーラの《宿命図》を記録したタイミングが関係していたと言う。
キーラは、その時、レオ帝都にある『風のサーベル』の豪邸で、流血事件を起こした直後だった。レオ族の貴種にして大貴族『風のサーベル』と一騎打ちする形になって、《風刃》でやられたうえ、重傷だった。
貴種の攻撃魔法をモロに受けていた物だから、《宿命図》構造が乱れるレベルの被害があった――《宿命図》が若干、変形していたタイミングだったそうなのだ。
詳しい事は専門的な内容になるから省略するけれど、身体が攻撃魔法から回復するまでの間だけ、まったくの他人同士の筈の《宿命図》が、一時的に似通うケースがある。条件が極めて限定されるから、稀な出来事ではあるものの……
たまたま、キーラと失踪奥方の《宿命図》の場合、その難しい条件を満たしてしまっていた節があると言う。
――偶然なのか、必然なのか、判断に迷うところだなぁ。
リクハルド閣下の失踪奥方がキーラになったとか、本当に同一人物だったとか――なんて事、有る訳、無いよね。
クレドさんが、思案深げに呟いて来た。
「戦国乱世だった古代の頃から、私生児やご落胤という話が無かった訳ではありません。2人は、同じ先祖を持っていたのかも知れないですね」
――紫金の毛髪という部分は、確かに一致しているのだ。
リクハルド閣下が言及した内容を考える限り、2人の紫金のウルフ女は、偶然とは思えないくらいに似ていたそうだし。
遠い過去に、そういう事情があったのだとしたら、何となく納得は出来るかも……