対決の後のミッシング・リンク(後)
一方で――
ウルフ王国の第二王子リオーダン殿下は、絶命していた。
その死体は、《雷撃扇》による巨大《雷攻撃》の直撃によって黒焦げになっていて、金剛石の梁に焼き付けられていた。
リオーダン殿下が、クレドさんを盾にして、『雷神』の《雷攻撃》を軽減しようとしてたのは、ホントだった。でも、計算違いが起きていたのだ。
以前にジントが手先巧みにコピーしてスリ変えていた、『偽・ルーリーお手製の髪紐』の気まぐれが、引き金だった。コピー品だから、本物とは違って、守護魔法陣の効果は一時的にしか続かない。その守護魔法の効果が、まさに切れたタイミングだった。偽・髪紐は、既に炭化していて、原形の名残すら留めていない。
つまり、いつだったかの、地下水路での『雷神』の捨てゼリフ通り。
リオーダン殿下は、『雷神』による満を持しての銀色の《雷攻撃》で、あっけなく絶命した――と言う形になってしまったのだ。
*****
途中からは、やはり疲れが大きくなったので、横になりながらジントの話に耳を傾ける形になった。
――ジントも、メルちゃんに負けず劣らず、弾丸トークが上手だね……
リオーダン殿下が、ウルフ王国の側の、これまでの内乱じみた騒動の黒幕だった――という事実は、大変な衝撃をもって受け止められたそうだ。
一方で、ヴァイロス殿下は、かねてからリオーダン殿下の性格の中にある、ある種の狭量さを何となく感じ取っていたらしい。余り驚いてなかったそうだ。
少年時代の頃、リオーダン殿下は、意外に良い太刀筋を見せて来た格下の者たちを、『何だかムカつく』という理由だけで、過剰に打ち据える傾向があったと言う。模擬剣闘と言う形で、わざわざ相手役として標的を指名し、リオーダン殿下に心酔する少年たちをけし掛けて、闇討ちさながらに襲い掛かり、重傷を負わせる事も少なくなかった。
――元々、リオーダン殿下は、イジメを好む性格だったようだ。
人の足を引っ張ってでも自身を高みに置きたがる――少年時代の頃、ヴァイロス殿下にも同じ傾向はあったらしいんだけど、或る日、急に「気付き」があったと言う。老師の指導の影響があったのかも知れない。
でも、自分自身でハッキリと気付いて、選択と行動を変えると言うのは、なかなか普通には出来ない事だ。それこそ《アルス・マグナ》の領域。
そのままズルズルと気付かないふりをして、他人を引きずり降ろす事で相対的に自身を高みに置いている方が、普通の人にとっては、ずっと自然で楽。リオーダン殿下にも「気付き」そのものはあったんだろうけど、それは結局、自身を変える方向には、結び付かなかったと言う訳だ。ますます高価な魔法道具に依存し続けた、シャンゼリンと同じ。
一部の宮廷貴族、つまり第二王子リオーダン殿下の派閥を構成していたグループは、すぐさま『無関係』を主張しつつ、散り散りになったと言う。リオーダン殿下は、充分な実力はあったけど、人望が無かったという事なのだろう。
ヴァイロス殿下って、最初の印象がアレだったせいもあって、直情的で怒りっぽい性格の人物だと思っていたんだけど。
さすがに第一王子の地位を獲得し、安定した支持を維持し続けているという、非凡な貴公子だ。脳みその中は、ナニゲに食えない性質だったみたい。ザッカーさんやクレドさんと、何故か気が合う筈だよ。
リオーダン殿下の公務室や私室は、徹底的に捜索された。
クローゼットに下がっていた手持ちの紺色マントのうち、一着の留め具が壊れているのが見つかった。その留め具の欠損部分の形は、いつだったか、ジントが証拠物件として提出していたマントの留め具の破片と、完全に一致したと言う。
――地下水路で『雷神』と秘密会合していた、『クレドさん似の謎の隊士』は、やはり、リオーダン殿下だったのだ。
幾つかの証拠は、既に隠滅されていて残っていなかったけど、非合法の多数の《変装魔法》道具が見つかった。充分に、犯罪に問えるレベル。そして、リオーダン殿下がマーロウさんの弱味をガッチリ握っていて、それでマーロウさんを脅迫し、手先として使役していたと言う証拠も見つかった。
更にリオーダン殿下が宣言した通り、財務部署の方で、非合法の金融魔法陣データが上がって来た。しかも、あくどい事に、匿名通報と言う形で。
非合法の金融魔法陣に記されていた取引商品名は、『天国と地獄』。アルセーニア姫の殺害に関わった毒物『モンスター毒の濃縮エキス』の、取引用の隠語だ。そこには確かに、クレドさんの《魔法署名》が、刻印されていた。
既に、『茜離宮』の上級魔法使いたちは、今は亡きシャンゼリンの偽の《魔法署名》にしてやられた経験があったから、非合法の金融魔法陣データに刻印されていた《魔法署名》のカラクリは、即座に暴かれた。
問題の、非合法の金融魔法陣データに刻印されていた、クレドさんの《魔法署名》には――闇ギルドの或る種の魔法道具でもって《魔法署名》を偽造したので無ければ有り得ない、特徴的なエーテル・パターンが検出できたそうだ。
――ジルベルト閣下とアレクシアさんは、今のところ沈黙を守っていて何も言ってないそうだけど、ホッとしたんじゃ無いかなと思う。
今は亡きシャンゼリンは、確かに問題のあり過ぎる人物だった。でも、この分野での魔法使いたちの経験度を上昇させたと言う意味では、意外に役立ってくれたみたい。
目下、ピンク・キャットなラステルさんの協力で『ミラクル☆ハート☆ラブ』に潜入調査員が入っていて、アルセーニア姫の殺害に関わった毒物『モンスター毒の濃縮エキス』を扱った、密輸業者の割り出しと捕り物が進んでいる。こちらは、あの琥珀色の毛髪のウルフ貴公子ジェイダンさんが関わっている領域だ。
ターゲットは、黒毛イヌ族の密輸業者、通名『大魔王』。マーロウさんと『天国と地獄』商品の大型取引をしていた人物。表向き、方々の風俗街で非合法の媚薬入り香水瓶を扱っている業者だから、『ミラクル☆ハート☆ラブ』に現れる機会も多いそうだし、案外、近いうちに御用になりそうだ。
*****
「最後に、もうひとつ――決定的な事だけどよ、姉貴」
ジントが思わせぶりな口調になった。何?
「いつだったか、中央病棟の図書室の方でさ、昔の発掘コピー資料図版のページが切り取られてたって、気にしてたじゃん。あれ、誰がやったか、分かったよ」
――ホント?
「おぅ。リオーダンだったんだ。あの紛失したページには、中世の『茜離宮』の地下水路の記録図解があったんだよ。リオーダンの私室から丸々出て来た。バッチリ、『王妃の中庭』への侵入経路に、チェックがされてたぜ」
わお。ホントに決定的な証拠だね。ビックリしちゃう。
ジントは灰褐色のウルフ耳をシャカシャカとやり、キュッと眉根をしかめながらも、推察を語り続けた。
――こうして見ると、訓練隊士姿が板について来ているなと感心してしまう。充分に涼しくなったせいなんだろう、今の隊士服は、ちゃんとした長袖だ。
「思うに、あのコーナーは普段から人が閲覧しない本が並んでるから、長い間、誰も気づかなかったんだな。リオーダンがこの計画を思いついたのは、図書室の利用記録からすると、ヴァイロスと第一王子の地位を争った剣技武闘会の直後らしい。第一王子なら『王妃の中庭』に立ち入る機会も多いからな、何かの好機に、ヒョイッと事故死を装ってヴァイロスを暗殺する事を企んでたに違いねぇ」
――成る程。
リオーダン殿下は、数年間、地下水路マップを眺めていて、実際に地下水路にも入っていた。そうして、ヴァイロス殿下の暗殺計画を温めている内に――資料に無い秘密の地下水路も存在する事に、気付いたに違いない。
ジントが使っていた、三番水の機械仕掛けの噴水は、ジントの母親も使っていたコソ泥ルートと交差していた。リオーダン殿下は、そのポイントを割り出して、ジントの母親と接触し、更なる地下水路の秘密を手に入れたのだ。闇ギルドとの秘密取引にも利用できる、絶好のロケーションを。
――もし、リオーダン殿下の計画が、すべて成功していたら、将来は、どんな風になっていたのだろう。『殿下』としての手腕はあった訳だから、政治や外交とかの方は、問題は無かったんだろうけど……さすがに、ちょっと想像できない。
そんな事を思いながらも。
わたしは、いつの間にか眠りに落ちていたのだった。勝手に眠ってしまってゴメンね、ジント……