対決の後のミッシング・リンク(前)
――あ、涼しい風が気持ちいい。
閉じた瞼を透かして、昼日中の陽光の明るさが感じられる。此処、日陰っぽいけど。
えーと。わたし、今まで何してたんだっけ?
確か……金色マント姿の偽クマ族『風のフォルバ』を尾行して。金ピカのフードと一緒に、『化けの皮』がボロボロに剥がれて、タテガミの無いレオ族『風のサーベル』と分かって。
あれ、えーっと、『風のサーベル』って、何処の誰だったっけ。何だか聞き覚えのある名前なんだけど……
この間、チェルシーさんが獣王国のトップニュース……奴隷貿易の拠点を摘発したというニュースを調べていた。様々な種族の多くの非合法な奴隷商人たちと共に、そこに居たと言う「レオ族の奴隷商人」の1人が、そんな名前だったような気がする。
ラミアさんの話した昔話だと、レオ帝都の大豪邸に住んでた、大金持ちのアンティーク趣味のレオ大貴族と言うのが、そんな名前だった。隠れ酒乱体質で、それで、自身のハーレム正妻4人を、流れ《風刃》で皆殺しにしたという大事件を起こしたんだけど、それは秘密扱いになったとか……
それに……わたしって、《変装魔法》に使われている『化けの皮』を剥ぐ方法なんて、知らなかったよね。誰がやってたのかな。それから、それから――
――そう、ボンヤリしてる場合じゃ無かったよ!
目をパッと開いたけど。
何だか、身体全身が重い。グッタリとしていて、上手く動かせない。それに掛布団が掛かってるけど、これも何だか重い。焦りながらも、クネクネ、ジタバタしていると。
――あれ、此処って、確か……?
いつだったか、随分と前にも聞いた事のあるような『カシャ』という軽い音が聞こえて来た。おや?
「あら、目が覚めたのね、ルーリー」
涼やかな声と共に、フィリス先生が顔を出して来た。
――え。わたし、あの日を繰り返してる訳じゃ無いよね? グルグル混乱してしまう。『茜離宮』で、確か『雷神』が――
フィリス先生が手を額に当てて来た。ぴと。わお、ヒンヤリして気持ちいい。
「まだ熱が高いわね。もう少し、休んでなさい。野菜スープや果物なら、お腹に入るでしょうから、持って来るわ」
――えーと、それどころじゃ無かったような気がするんですが。
口をパクパクしていると、フィリス先生が「あぁ」と納得したように頷いて来た。訳知り顔に苦笑を浮かべている。
「ルーリーは、あれから高熱を出して寝込んでたのよ。丸々4日間、目が覚めて無かったわ」
――4日間ッ?!
ボエーッとしている内にも、フィリス先生は隣の部屋、つまりディーター先生の研究室に引っ込んで行った。
――そう、此処、いつもの病棟だ。ディーター先生の特別病室。
*****
枕を重ねて半身を起こし、軽い食事をしている間、フィリス先生の説明が続いた。
――わたしは、『茜離宮』大広間の屋上階に広がる空中庭園で、『雷神』こと貴種レオ族『風のサーベル』による《雷撃扇》の攻撃魔法を防衛するため、最高位の《水の盾》を発動していた。
その後で、4日間も高熱を出していたのは、逆さまに宙づりにされたままという無茶な姿勢で強大な魔法を発動していた事、体内エーテル許容量の限界ギリギリまで大容量エーテルを扱っていた事が原因だと言う。
ちなみに、あの強力な金エーテル混ざりの最高位の《水の盾》を、あれ程の広範囲で発動すると言うのは、前例が無かったらしい。充分な体内エーテル許容量に加えて、相当のバランス能力が備わっていないと、なかなか綺麗に発動できないとかで、後で、バーディー師匠が感心してたそうだ。
元々、守護魔法は、攻撃魔法に比べて身体への負担が大きい。身体そのものは普通に健康なんだけど、強い守護魔法を発動すればする程、その反動で体内エーテル循環が不安定になりやすく、倒れやすい。病弱な人間と同じくらいのケアが必要になる。
此処に来た最初の日から、わたしには、妙に倒れやすい傾向があった。それで、ディーター先生は少し首を傾げてたそうなんだけど、わたしが元・サフィールと分かって、その辺は納得したそうだ。
うーん。わたしって、発熱しやすかったり、倒れやすかったりする性質なのか。割と実感したような気がする。気を付けないと。
――そして、『茜離宮』の状況。
今、病室の窓から見える『茜離宮』は、あのシンボルとも言える白い玉ねぎ屋根を乗せた三尖塔が無くなっている。かの『雷神』の破壊的なまでの攻撃魔法のせいだ。
玉座のある大広間の天井は、スッカリ吹き飛んだ。金剛石の梁――骨組みしか残っていない。
今は、城下町の建築業者たちが総出で、衛兵たちや侍女たちと共に、『茜離宮』の片付けと大修理の真っ最中。幸い、壊滅的な被害を受けたのは大広間のある棟だけだ。とは言え、宮殿の本丸が丸々やられた訳だから、軽微な被害とは、とても言えない。
魔法道具が集結していた割には、死傷者は少なかったそうだ。レオ王ハーレムの水妻ベルディナが発動した《水の盾》の、お蔭だ。そして、後半は、わたしの《水の盾》が役立った。うん、それは良かったです。頑張った甲斐あった。
金色マントの偽クマ族『風のフォルバ』こと勇者ブランドの闇の魔法道具商人『雷神』こと、その正体はレオ族の非合法の元・奴隷商人『風のサーベル』。
指名手配の賞金首でもある『風のサーベル』なるレオ族の大男は、バーディー師匠が、みごと生け捕りにした。現在、地下牢の特別室に拘束して、秘密裏に尋問中だ。
この件に関する調査メンバーは、バーディー師匠とアシュリー師匠、それにディーター先生とレルゴさんのみに限定されている。現場証言の突き合わせの都合で、特別に立ち合いを許されているのは、最後まで現場に居合わせていたクレドさんと、色々と訳知りなネコ族のラステルさんだけだ。
――ウルフ王国の衛兵部署と魔法部署の人々は勿論、レオ帝国の大使や外交官たちが、首を突っ込みたがる筈なんだけど。
大魔法使いの権限をフル活用しているとはいえ、最高権力を持つ面々をキッパリとストップしてのけるなんて、バーディー師匠、やっぱり、ナニゲにタダ者じゃ無いよね。
ちなみにメルちゃんは、わたしと同じように、2日間、熱を出してブッ倒れていたそうだ。
ほんのわずかだけど、銀色の《雷光》に触れてしまったため、メルちゃんには部分的な記憶喪失が起きていた。膨大な瓦礫の雨、全裸で哄笑していた変態な『雷神』、銀色の《雷光》を放っていた『黒い扇』しか覚えてないとの事。
――結果としては、それで良かったのかも知れない。10歳の少女には、ハード過ぎるし。
そんな事を、つらつらと思っていると――病室のドアが『ヒュン!』と開いた。
「目ぇ覚めたな、姉貴!」
忍者さながらに駆け込んで来たのは、訓練隊士姿のジントだ。あれ? 何で、わたしが起きたって分かったんだろう。忍者コースだから?
「直接の血縁だから、やっぱり直感で分かるのね。まだ熱が下がって無いから、長い話はダメよ」
フィリス先生が食器を下げながらも、苦笑いでジントをたしなめている。
――直接の血縁だと、何故かピンと来るのか。ウルフ族の不思議な特性に関する知識とか、記憶喪失に伴ってスッポ抜けてる部分、一杯あるみたいだなぁ。
同じ現場に居ただけあって、ジントの続きの説明は、まさにミッシング・リンクの部分を埋める内容だった。
*****
――わたしは、やはり、クレドさんに抱きかかえられたまま朦朧となり、遂に失神していたそうだ。そして、どんどん熱が上がって行ったから、クレドさんも、ギョッとした顔になっていたと言う。
バーディー師匠は、わたしが形成した《水の盾》をドームのように変形して密閉空間を作り、レオ族の大男『雷神』が発動した超大型《雷攻撃》に対して乱反射現象を起こして、返り討ちにした。
古代の伝説の最強兵器でもあった《雷撃扇》は、文字通り木っ端みじんとなって砕け散った。その時に発生した恐るべき轟音と震動は、非常に強大な魔法道具が粉砕した時に発生する、特有の現象だ。
ラピスラズリ色の《水の盾》は、その《雷撃扇》の砕片を内包しつつ、粉々に飛び散った。水に近い性質を持つエーテルだった事もあって、水玉さながらに振る舞ったため、新たな怪我人の発生は抑えられたと言う。
ただ、《水砲》さながらの威力を伴って飛び散った高速の水玉が多い。運悪くブチ当たった人は、吹っ飛ばされて骨折しているとか……《雷撃扇》の砕片で穴だらけになるよりは、ずっとまともな結果ではあるけれど。
そう言えば、『雷神』こと『風のサーベル』が黒焦げにしていた、あの哀れな若いレオ族の手下は、幸い、2人とも一命を取り留めたそうだ。良かった。
――『雷神』こと『風のサーベル』は。
なおも復讐の言葉を誓いながら、全裸で逃走を図っていた。
でも、バーディー師匠が《風縄》を素早く合成して、『風のサーベル』をグルグル巻きに縛ったそうだ。ジントもやられた、アレだ。みごとな生け捕りだったんだろう。やっぱり、バーディー師匠って、タダ者じゃ無い。
間もなくして、ザッカーさんやドワイトさんと言った上級隊士が率いる、熟練の部隊が屋上にやって来た。かくして、『雷神』こと『風のサーベル』は、レルゴさんの協力もあって、尋常に地下牢につながれたのだった。
あ、そう言えば、『雷神』ことサーベルとの最終的な対決の時、レルゴさんはジントにタックルして、ジントが天井の穴から落っこちるのを助けてくれたんだよね。あとで、ちゃんと御礼しないと。