天窓の上と下、四方(よも)の対決(後)
ラピスラズリ色をした《水の盾》。極度に圧縮された、水さながらの性質を持つ青いエーテル物体。
まばゆいまでの金色に輝く《水魔法》のシンボルは、その奥底に無尽蔵の水源を秘めていたかのように、後から後から、濃く透明なラピスラズリ色をした《水》エーテルを、力強く噴出している。
強い水圧に押し出される形となった《水の盾》は、本当の水であるかのように雄大に波打ちながら――古典的な敷波紋様を作りながら――屋上階の全体に広がって行く。
さながら、ラピスラズリ色の海。
どこまでも青く透明な《水の盾》――その表面にも内部にも、一面に金色の粒が散らされている。まさに、星を宿す海だ。天球の彼方まで広がる宇宙、星宿海のような光景。
銀色の《雷光》に取り巻かれている瓦礫が、次々に、ベッタリとラピスラズリ色の表面に貼り付く。その際に飛び散る青いエーテル飛沫は、天然の水しぶきを思わせる姿だ。
金剛石の梁をスリ抜けて落下しつつあった瓦礫も、磁石に吸い寄せられて行くかのように上方へと浮かび上がり、新しい天井面となった《水の盾》に捕捉されて行く。
なおも荒れ狂う《雷撃扇》から放射されたばかりの、新しい銀色の《雷光》は、金色の粒に触れるやいなや、重い大音響と共に、四色のエーテルの火花を出して雲散霧消しているところだ。
クレドさんが、信じがたいまでの身軽さで、疾走し始めた。本質は《水の盾》であるラピスラズリ色の大波を、器用に回避している。
レルゴさんやラステルさんと同じように、落下中の瓦礫をかわしながらも。
金剛石の梁の間を跳躍して――
――わたしに向かって突進して来てる?!
バーディー師匠が、クレドさんに向かって謎の合図をして見せたが早いか、銀鼠色のポンチョに包まれた両腕を、大きく広げた。重低音の大音響が鳴り響き続ける、その合間に、『バサッ』と言う不思議な音が入る。
一瞬の後、バーディー師匠の姿は、既に空中にあった。
バーディー師匠の両腕は、今や白い巨大な翼だ。
白い翼が空気を打つ――『バサッ』と言う音が再び響いた。白い翼の先端で風を切る『魔法の杖』が、新しく白いエーテル光をまとう。
半人半鳥な、不思議な姿のバーディー師匠が、スーッと上空を滑って行く。バーディー師匠は、『雷神』を直下に収める位置を取るやいなや、新たな魔法を発動し始めた。
同時に、『バリバリ』と言う不吉な音の接近が始まった。銀色の《雷光》が不気味にのたうちながら、方向を変えている。方向を変えながら――わたしに向かって来ている。ひえぇ!
――わたし、銀色の《雷光》を引き付けてるんだ! 金のエーテルのエネルギーを溜めてるから!
集中していたから気が付かなかったけど、あれ程に荒れ狂っている銀色の《雷光》が、今までわたしの方向を直撃して来なかったのは、バーディー師匠の魔法のガードがあったお蔭だったみたい。バーディー師匠、やっぱり、ナニゲにタダ者じゃ無い。
銀色の《雷光》の一部が、満を持したかのように殴りかかって来た。黒焦げ地獄風味の丸焼きにされる!
――まだ、この《水の盾》用のエネルギー放出、終わってないよ!
クレドさんが最後の跳躍をした。
目の端で白刃の光が閃いたかと思うや、ドカッという衝撃が走り、目の前が暗くなる。どうやら、横っ飛びしてるらしい。次の一瞬、『魔法の杖』が、《水の盾》の発動を完了した。
恐怖を覚える程、すぐ傍で『バリバリ』と言う《雷光》独特の騒音が続いたけれど――
――おや? 感電していない……?!
その奇妙さを思う間も無く、ガクンと横っ飛びが終わった。
気が付くと――クレドさんが、わたしの身体を抱きかかえていた。
――いつの間に?
それに、天井床ボロボロ崩れまくりの、スッカスカの梁の上で、どうやって横っ飛びしたのか、どうやって止まったのか、とか……
それから、それから――
「ウッヒョオオ! スゲェ!」
「何じゃ、ありゃあ!」
疑問を断ち切る勢いで、ジントとレルゴさんの素っ頓狂な叫び声が続く。
いつの間にか、上から降って来る瓦礫の雨は、その数を減らしていた。大量の金粉を含んだラピスラズリ色の《水の盾》が大きく波打ち、銀色の《雷光》をまとった瓦礫の落下コースを、その磁力でもって変え続けているからだ。
傍目から見ると、重力落下のルールに反抗し続けている、奇妙な光景だけど――
次に目に入ったのは、全裸状態の『雷神』の周囲に高く立ち上がった、ラピスラズリ色の大波だ。
半人半鳥な大魔法使いが、大きな白い翼で上空を旋回しつつ、大いなる《風魔法》を発動し続けている。白いエーテル光が、まるでダウンバーストでもあるかのように、爆発的に降り注いでいる。
――《風魔法》の圧力に押されて、《水の盾》が波打ちながら変形しているのだ。まさに、風の力で波が立つのと同じように。
金色に輝く《水魔法》のシンボルに足元を拘束されたままの全裸の『雷神』は、バーサーク化している時のような雄たけびを上げていた。あんなに距離があるのに、両眼が凄まじいまでにギラギラと光っているのが分かる。
タテガミの無いレオ族、全裸の大男は、遂に、最大強度の《雷光》を――
超大型モンスター《大魔王》粉砕レベルの、《雷攻撃》を巻き起こそうとしているのだ。
バーディー師匠の発動し続けている《風魔法》が、その気配に同期したかのように強度を増す。
いったん凹んだラピスラズリ色の大波は、再び高く立ち上がるや、本物の水さながらに、しなやかに形を変えた。見る見るうちに、『雷神』を取り巻く、巨大な水のドームのようなスタイルになる。
この広大なスペースの、半分くらいのサイズまで行っている。かなりデカいドームだ。金色の粉が動き回り、雪の結晶のようなヘキサグラム系の、途切れの無い不思議な幾何学パターンを描く。
レオ族の大男が絶叫を張り上げた瞬間、《雷撃扇》が震えた。目がくらむばかりに、爆発的なまでの銀色に輝く巨大な《雷光》が発動する。
――かの、超大型モンスター《大魔王》を、一撃で粉砕するレベルの――
超大型《雷攻撃》に伴う狂暴な重低音が、金剛石の梁を揺るがした。
――わたしの発動した《水の盾》。あの超大型《雷攻撃》に耐えられるの?!
バーディー師匠の《風魔法》によるバックアップは、あるんだろうけど――
一瞬、身を硬くする。わたしがギョッとしたのに気付いたのか、クレドさんの腕の力が増した。
銀色に輝く《雷光》が、『雷神』をグルリと取り巻くラピスラズリ色の透明な《水の盾》に激突する。
ラピスラズリ色をしたドームの中で――金色の雪の結晶パターンに荘厳された青い密閉空間の中で、強烈な銀色の《雷光》は、幾条もの光線に分かれつつ、複雑な乱反射を始めた。
しかし、その乱反射は、地下牢で無秩序に乱反射し続けた赤い《雷光》とは違って、完璧にコントロールされていた。
ひとしきり乱反射した後――その銀色をした幾条もの《雷光》は、意思を持って操られているかのように、『雷神』の持つ《雷撃扇》を目がけて、正確に跳ね返って行ったのだ!
*****
――もし、超大型モンスター《大魔王》の断末魔の声と言うモノを聞いたとしたら、こんな声では無いか。
大地を引き裂くような、重低音の金属音のような『何か』が、ドロドロと鳴り渡った。巨大な怪物の骨が粉々になる時のような、気分の悪くなるような大音響を伴っている。
今ひとたび、『茜離宮』全体が激しく揺れ動いた。
直下地震に突き上げられたかのような『ドォン』という衝撃が走るや、上下左右に揺さぶられる。
余りにも脆い漆喰や、窓ガラス、レリーフ部分といった物が、宮殿から弾かれて飛び散って行く。運悪く窓際に居たのであろう人々も放り出されている。
わたしは、急に気が遠くなっていった。身体全身が、グッタリと重い。
――最後の一瞬、クレドさんが、わたしの名前を呼んだような気がする。
何処かへ運ばれて、移動して行く――そんな印象を感じたのが、この日の最後の記憶だった。
part.10「凶星乱舞曲」了――part.11に続きます
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