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天窓の上と下、四方(よも)の対決(前)

空中庭園の全体が大きく波打った。三尖塔もユラユラと揺れ始めている。


悪夢のような一瞬の後、広い天井床が、虫食いか何かのように、ボロボロと崩れ出した。はりが通っている部分を残して。


下には、大広間に集結した多数の魔法道具があるのに!


その瞬間――


見覚えのあるような青いエーテル光が、眼下の大広間の空間に満ちあふれた。



――金色に光る《水魔法》のシンボル……《水の盾》?!



「いかん! ランディール殿よ、水妻ベルディナ殿をガードしろ!」


なおも揺らぎ続ける屋上階――見る見るうちに金剛石アダマント製のはりがむき出しになって行く中で、バーディー師匠の的確な指示が、再び響き渡る。


ランディール卿が、ボロボロに抜け落ちた天井から身をひるがえし、新たに悲鳴が湧き上がって来た大広間へと飛び降りて行く。あんなに高さがあるのに、さすが元・トップレベルの戦闘隊士だ。


大広間に居たらしきレオ族の外交官や戦闘隊士の声が『ワッ』と上がったところからして、ランディール卿は、無事に着地したみたいだ。


ウルフ族の衛兵の声も混ざって、次々に湧き上がって来ているのが聞こえる。



――ビキッ。



ラステルさんの後を追い、ジントとメルちゃんに続いてはりの上に飛び移ろうとした、わたしの頭上で――


――不気味な亀裂音が響いた。


ジントが、アングリと口を開けながらも、素早く振り返って来る。



「姉貴ッ!」



その少年の叫びは、クレドさんとリオーダン殿下を振り返らせるのに充分だった。


「このバカが!」


一歩、足を踏み出したジントに、最も近くに居たレルゴさんが、強烈なタックルをかました。


その勢いのまま、ジントは次のはりの上まで、レルゴさんと共にすっ飛んで居た。


レルゴさんのタックルが間に合って良かった。もう少しで、ジントは、一歩先でスッポ抜けていた穴から、遥か大広間の床まで、真っ逆さまに墜落していただろう。


わたしの頭上では――今まで『あずまや』だった物体の瓦礫が、『あずまや』の屋根パーツもろとも、一気に崩れ落ちて来る。



――うっひゃああぁぁぁぁあああ!!



ガクン、ガクンと――上と下の方向に、2回ばかり跳ね飛ばされるような衝撃を感じた後。


腰回りの辺りに、最後の『ガクン』という妙な衝撃が加わった。重力の方向に従って、腕が頭の上の方へと、ダランと延びる。……頭の上?!



――これ、幸運なの? それとも、不運なのッ?!



崩れ落ちかけた『あずまや』の柱が――浅い角度で止まっている。


T字型になった部分、その片方の分枝が、金剛石アダマントはりに危なっかしく引っ掛かっていた。


顔をヒョイと横に向ければ、状況が見て取れる。


T字型の部分で引っ掛かったお蔭で完全には横倒しにはならず、わたしが逆さまにブラ下がっていられる程度の高さが残っている状態だ。なおかつ、悪夢の落下をまぬがれている状態だ。


宙に浮く状況となった、『あずまや』の柱の先端。


わたしが身に着けていた紺色の訓練隊士服の、腰回りの布が、その先端に引っ掛けられている。わたしは、そのまま、真っ逆さまに宙づりになる形で、固定されていたのだった。頭部の方が重いからね!



――これ、シャンゼリンの死体が宙づりに吊るされていた時と、似たような状況じゃ無いか! 上と下、全部、逆転してるけど!



目の前で――割れ残りの天井部分が、不吉にピキピキと音を立てている。あの割れ目が成長して、目の前で、遥か下の視界が開けたら……


ウルフ尾が『ビシィッ!』と固まってしまったよ。そうなったら、高所トラウマ発動だよ!


「動くで無いぞ! ジッとして居れ!」


バーディー師匠が青ざめながらも、声を掛けて来る。その後ろの方では、クレドさんとリオーダン殿下が、わたしの状況を理解したのか、動きが止まっていた。



いつしか――明らかに年配の男のものと思しき哄笑が、辺りに響き渡っていた。遠くまで響くタイプの、王者さながらの声質だけど、正気の笑い声じゃ無い。


クレドさんとリオーダン殿下の近く――崩れ残ったはりはりの間に、同じように崩れかけた『あずまや』がある。


その『あずまや』の柱の傍で、タテガミの無いレオ族の男『風のサーベル』が、血まみれの顔を歪ませ、同じように血まみれの全身を震わせながらも、狂ったように哄笑し続けていた。


申し訳程度の布地しか残っておらず、左腕もまた、むき出しだ。


だけど、それだけに、レオ族の中でも群を抜いていると思われるような、立派で大柄な体格が良く分かる。年配と言って良い年代にも関わらず、良く鍛えられて引き締まった筋骨は、この人物の絶頂期だったであろう壮年期の面影を、良く残していた。


タテガミが無いから判別が付かないけど、金髪が混ざる、貴種レオ族に違いない。それ程の、存在感。


――左腕は、黒い『義手』だ。妙に宝玉製っぽい――異様に長すぎる、義手。


わたしの全身が、一気に総毛立つ。



――《雷撃扇》!



タテガミの無いレオ族の大男は、黒い左腕を勢いよく旋回させた。黒い義手が巨大な『扇形』に広がる。不吉なまでに大きく、理想的な『扇形』。


「食らえ!」


青白い《雷光》などとは比べ物にならぬ、銀色に輝く重い《雷光》が飛び散る。伸ばされた黒い『扇形』の義手の先は、真っ直ぐ、クレドさんとリオーダン殿下を指していた。


宮殿の全体を揺るがすかのような、パワフルな重低音が轟き渡る。


クレドさんの物か、リオーダン殿下の物か、無数の《風刃》が飛び散ったけれども――


銀色をした《雷光》は、わずかに表面が削れただけで、あっさりと、白い三日月形をした群れを呑み込んでしまった。圧倒的なまでに、魔法パワーが違う。


リオーダン殿下が、クレドさんの後ろに回った。クレドさんを盾にするつもりなのか……!


次の瞬間、嫌になるような轟音を立てて、銀色の火花が飛び散った。


一帯の天井が、更に吹き飛びつつ、ボロボロと崩れる。金剛石アダマントはりしか残っていない、見事なまでに格子状の骨組みのみ。


――銀色のまばゆいまでの火花が消え、轟音が収まり――



奇妙なまでの静寂が満ちた。



……1人だけしか居ない。クレドさんだけだ。


リオーダン殿下は、何処?


「無能がぁぁぁああああぁぁぁぁあ!」


タテガミの無いレオ族の大男は、咆哮した。まさに、狂ったレオ族ならではの、異様な獅子吼だ。


ほぼ血まみれの全裸と化していたレオ族『風のサーベル』は、銀色のエーテル光を、不意に全身にまとった。


――かの大男の体内が、銀色のエーテルのエネルギーで満たされているのが、読み取れる。


見る見るうちに、レオ族『風のサーベル』の全身の傷が、塞がって行った。出血も止まったみたいで、銀色にきらめく傷痕だけが残っている。治療魔法らしい。あんな短い時間で……ビックリだ。


銀色の傷痕に全身を荘厳された恐るべき大男は、黒い扇形の義手――《雷撃扇》を天頂に向けて突き上げていた。異様な空気が冴え渡る。この感覚は――



――太陽が、暗くなったような気がする。



させる、訳には、いかない。


両手で『魔法の杖』を握り締める。宙づりになったままだけど、この態勢だけなら、取れる。何だか祈りのポーズに似ているな……と、チラッと思ってしまう。


体内の《宿命図》に、大容量エーテルがなだれ込む。身体全身が異様なまでにズキズキと痛み始めた。


身体の感覚がスウッと薄れるような――既視感のある感覚が来ない。


でも、《水》の遊星は、体内《宿命図》の深い領域を巡りつつ、大容量エーテルを急速圧縮しているところだ。歯を食いしばって、ひたすら《水の盾》魔法陣の稼働状態の維持に、集中する。


――わたしの身体が持つだろうか。


この広い面積をカバーする程の規模で、考えられうる限りの最強の《水の盾》を発動しようと言うのだ。今までの倍以上の時間が掛かる。それまで、わたしの身体が持つのか。一瞬だけ、そんな途轍も無い不安に襲われる。


攻撃魔法の方が、時間も手間も、そして忍耐も、さほど必要としないのだ。



――『雷神』サーベルの、半分だけしか無い左腕。


その左腕に、義手のように固定された黒い《雷撃扇》――


黒き《雷撃扇》の周りに、渦を巻くような銀色の《雷光》が現れた。


圧倒的な銀色の《雷光》で出来た渦は、美しいまでの成長曲線を描き、不気味な成長を続けている。渦のサイズの拡大と共に、辺りを圧するような重低音もまた、その音量を増大して行った。

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