表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
154/174

にわか裂け目を分け出でし

笑っているのは、あの全身、金ピカの偽クマ族だ。


――自称『風のフォルバ』こと、今なお種族系統の不明な大男、謎の『雷神』。


「これなら、幾ら貴様でも思い出すだろう――その寝ぼけた目で、シカと見るが良い、闇ギルドの《変装魔法》道具の最高峰をな!」


偽クマ族の全身が、虹色に輝いた。何らかの魔法道具を起動したと分かる。


バーディー師匠は近くの植え込みに身を潜めているんだけど、その白い後頭部が、ちょっとだけ、わたしたちの方から見える状態だ。その後頭部からスッと伸びている銀白色の冠羽が、ピクリと緊張したのが見えた。


鳥人の大魔法使いを両脇から護衛する形となっているレルゴさんとランディール卿は、唖然としながらも、瞬時に戦闘態勢にシフトしたみたい。タテガミが、ババッと逆立って広がっている。さすが元・戦闘隊士。



虹色のエーテル光が収まった後――


そこには、もう1人のクレドさんが出現していた。何度も見直しても、ウルフ族・黒狼種――クレドさん本人そのものだ。えぇぇ!


リオーダン殿下が一瞬、ビクンと背中を緊張させていた。リオーダン殿下にとっても、予想外の事だったらしい。



――それは、まさしく想定外の、不意打ちだった。



クレドさんの手には、既に腰のホルダーから抜かれていた『警棒』が――


――3人を取り巻く空気が、いや、エーテル空間が、耳をつんざくような強烈なエーテル音響を立てた。《風》エーテル魔法が、凍て付くかのような白さを帯びたかと思うや、炸裂する。



目にも留まらぬ一瞬。



クレドさんを後ろから拘束していた筈のリオーダン殿下が、あっさりと弾き飛ばされた。妙に細かい血しぶきを撒き散らしながら。そして、随分と後方に位置している植え込みに、背中から突っ込んだ。


クレドさんの正面に居た、もう1人のクレドさんは、ひとたまりも無かった。リオーダン殿下と同じか、それ以上の繊細な『血の霧』を空中に散らしながらも、後ろ向きに、ドウと仰向けに倒れる。



バーディー師匠が『魔法の杖』を振ったのを見て、わたしも――ようやく、強烈なエーテル音響の意味に気付いた。


――危ない!


ラステルさんとジントとメルちゃんをスッポリ覆うように《防壁》を瞬間発動する。


目の前に出現した《防壁》は、焦っていたせいでエーテル濃度が安定していない。濃淡のグレーの影が、全面に入ってしまっている。


これ、《雷電シーズン防護服》レベルに後退してしまってる代物だ。アンネリエ嬢を笑えない。



クレドさんが発動した、強烈なエーテル音響の発生源が――目を射るかのような、鋭利な白さの《風魔法》が――到達した瞬間。


ナンチャッテ《防壁》の弱い部分に、無数の亀裂が入った。紙や布を引き裂く時のような、不思議なエーテル音響が続く。その音響が通り過ぎた後、強度が不足しすぎていた部分では、何と、亀裂が貫通していたのだった!


出口を構成していたアーチのうち、《防壁》にカバーされていない部分は、無数の、あらゆる方向の細い線状の傷痕で埋まった。細かい塵で出来た煙が、モウモウと立つ。


薄皮に相当する部分だけ、恐るべき精密さでもって切り刻んで、引っぺがして、吹っ飛ばしたみたいだ。ひえぇ!



「……《隠蔽魔法》が吹っ飛ばされた?!」


ジントが驚きの余り呻いた。わたしたちは、その異様さに愕然としながらも、改めて出入口アーチ部分の陰に、サササッと身を潜めたのだった。


「普通の《風刃》じゃ無いわね?! 《盾使い》の術に、貫通ヒビを入れるなんて?!」


ラステルさんの口が、スッカリ引きつっている。大いに血の気が引いた疑問顔でもって、わたしの方を振り返って来た。そのラステルさんの額には、既に冷や汗が光っていたのだった。


――ゴメンよ! さっきは焦ってて、日常魔法《雷電シーズン防護服》レベルになっちゃったんだよ!


(何だ、そう言う訳だったの、ルーリー! ビックリしたわよ!)


バーディー師匠とレルゴさんとランディール卿は、目の前の出来事に集中していて、後ろでわたしたちが慌てていた事には、まるで気付かなかったようだ。


レオ族なレルゴさんとランディール卿の茶色のタテガミが、後ろからでもハッキリと分かるくらい、強い緊張で逆立っている。


「な、何じゃ、ありゃ?」


間髪を入れずして、バーディー師匠の解説の声が流れて来た。バーディー師匠は、さすが『マイスター称号』持ちと言うのか、さほど緊張はしていないようなんだけど。それでも、大いに驚いた――と言う様子だ。


「あれは《暴風刃》じゃ。幻覚魔法の類を引き裂く、上級レベルの《風》の攻撃魔法じゃよ。特別なコントロールが必要なんじゃが、まさかクレド君が、あの複雑な魔法を扱えるようになっていたとは……」


――な、成る程。ジントがセッティングしてた《隠蔽魔法》も、あっさりと引き裂く筈だ。



耳をつんざくような大音響が過ぎ去った後の、屋上階の空中庭園は、奇妙なまでの静寂に満ちている。



リオーダン殿下は余りにも呆然とし過ぎているのか、それとも《暴風刃》によるショックから回復していないのか――後方の植え込みの中で、血まみれになった頭を起こしたまま、ボンヤリとしている様子だ。


ただ1人、冷静沈着そのもののクレドさんは、もう1人のクレドさんだった人物の喉元に、スッと白刃を突きつけている。


全身を裂傷だらけにして血まみれになり、仰向けに横たわっている『ウルフ族では無い人物』が、わずかに顔を起こしたまま――無様に震えている。クレドさんが喉元に刃を突きつけているせいで、その位置までしか頭部を起こせていない状態だ。



バーディー師匠が言った通り、《変装魔法》は――化けの皮は――完全に破られていた。



クレドさんの、凍て付いたかのような冷涼な声が、風に乗って流れて来る。


「数日前、クレドの姿をして、アンネリエ嬢から黒い『雷玉』なる古代遺物をせしめたのは、貴殿で間違いないな。あの日、私はアンネリエ嬢と逢っていなかった。そしてリオーダンも、ザリガニ型モンスター襲撃事件の調査で、緩衝地帯に出張して残党狩りをしている時だったから、『茜離宮』には居なかった」


植え込みに潜んで耳を澄ましていた、バーディー師匠とレルゴさんとランディール卿が、ハッと息を呑んでいる。


リオーダン殿下も、その指摘内容を想定していなかったみたいだ。重要なポイントだったのに、失念してたらしい。血まみれの頭部を一瞬、ギクリとしたように震わせている。


クレドさんの言葉の合間に、冷たい忍び笑いが混ざった。


「――その時『茜離宮』に居た、『私では無いクレド』は、誰だったのか。かくも、おのれ自身で証明してくれるとは思わなかったが」


ザラザラした金属がこすれ合うような、うなり声が流れて来る。油断した余り、下手を打ったのを理解したみたい。


「立て。リオーダンと共に連行する」


喉元から刃が引いて行くと同時に、横たわっていた人物がジワジワと面を上げた。金色のフードは何処へやら、《変装魔法》の無い、素顔を。


瞬間、ランディール卿が、呻く。


「何と……レルゴよ! 大貴族『風のサーベル』だ……!」

「なにぃ?! 見間違いじゃ無いのか?! ヤツは、タテガミが無いが……?!」


レルゴさんが息を呑んだのが、こちらまで伝わって来た。仰天の余りか、浮足立っているみたい。大多数のレオ族にとっては、『風のサーベル』の名前は、重要な意味を持っているらしい。


ランディール卿が、シッカリと頷いた。


「レオ王をはじめとする多くの帝室メンバーを動かし、凄まじい権勢を振るった伝説のキングメーカー『風のサーベル』。レオ王の派閥のトップ。先輩から聞いたし、『タテガミ完全刈り込み』の際に、人相も見たから確かだ」


ラステルさんの白いネコ尾が、『ブワッ』と膨れた。


(レオ帝都の、セレブの中のセレブよ! レオ帝都における『勇者ブランド』魔法道具の最大の大物業者でもあって、その私有財産は、目も眩むほどの評価額になるとか…!)


――どっひゃーッ! くだんの『風のサーベル』、ホントに超・有名人なんだ!



タテガミの無い奇妙な外見をしたレオ族。起き上がりながらも、ハッとする程に機敏な動作で、『妙に黒い色』をした左腕を掲げた。


異様な気配を察したのか――クレドさんが一気に距離を取る。


血まみれになって一緒に横倒しになっていた古代の宝玉杖こと《雷光杖》が、左腕の動きに応じたかのように、強烈な青白い《雷光》を放った。



――大型モンスターを倒すレベルの《雷攻撃エクレール》魔法!



感電トラウマのある、ジントとメルちゃんのウルフ尾が、一斉にバババッと逆立った。ラステルさんが、ギョッとした顔になっている。


――上級魔法レベルの単純な《雷攻撃エクレール》系なら……!


わたしは念を入れて、綿密に設計済みの《防壁》を立てた。会心の出来!


青白く強烈な第一撃が、《防壁》に到達するや否や、呑み込まれたかのように雲散霧消する。



アーチ型の出入口が《雷攻撃エクレール》で弾けなかった事に気付いたのか、バーディー師匠とレルゴさんとランディール卿が、仰天した顔で振り返って来た。


――わッ、前、前! また《雷光》の大群が来てる!


一方で。


得体の知れない身のこなしでもって、クレドさんは《雷攻撃エクレール》を回避していた。さっきまで呆然と固まっていたリオーダン殿下も、命の危険を感じたのか、機敏さが戻っている。


先刻までリオーダン殿下が埋まっていた後方の植え込みは、《雷攻撃エクレール》の直撃を受けて丸裸になっていた。黒焦げの枝しか残ってない。何という破壊力!


天窓を走り抜けた《雷攻撃エクレール》は、天窓にハマっていたガラスを粉々に粉砕していた。大広間の人たち、大丈夫だろうか。『下級魔法使い資格』持ちの衛兵たちが、反射的に、ガラス破片を止めるべく、《防壁》を合成していると思うけれども……



連続で強烈な《雷攻撃エクレール》を発動し続けていた《雷光杖》は、遂に古代の魔法道具ならではの限界が来たのか、総仕上げと思しき大型の《雷攻撃エクレール》と共に、激しく破裂した。


リオーダン殿下が無数の《風刃》を放ち、宝玉と《雷光》の破片を散らしている。


屋上階の全体に、不吉な亀裂が入り始めた。全身で感じる程の傾斜。



――ま・さ・か……?!



唖然として注視している間にも、地震のような揺れは激しくなり、不吉な亀裂は大きく広がった。天窓の周囲から、屋上階の床が抜け、ボロボロと崩れ始める。うそだぁ。


金剛石アダマントはりに足場を取れ!」


バーディー師匠の警告が飛び、レルゴさんとランディール卿が、唖然とする程の機敏な動作で、立ち位置を変え始めた。さすが元・トップレベルの戦闘隊士。


ラステルさんも、バーディー師匠の指示を理解したようで、何とハイヒールでもってバランスを取りながら、一直線を走り出した。ひえぇ。


ジントとメルちゃんが青くなりながらも、おっかなびっくりで、ラステルさんの足取りを追跡する。


そこに、頼みの綱が、いや、はりが、通っているからね!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ