尾行する者、問答する者
わたしたちの奇妙な尾行は、再びスタートした。
クレドさんとリオーダン殿下が選択した屋上へのルートは、業者専用の細いスパイラル廊下になっていた。会場の外側をグルグル回りながら、天窓のある屋上に出るルート。
屋上がパーティー会場になる事もあるのだろう。今回は、パーティー会場にならなかったから、集まって来た台車も、このスパイラル廊下をグルグル回って上がって行く機会が無かっただけで。
リオーダン殿下は、思い出したように語り続けた。クレドさんをチクチクと嘲弄するような口調で。
「ジルベルト殿らと同様、紫金の『サフィール』の将来についても、私に任せてくれたまえ。レオ帝国と同様に――それ以上に、私なら、適切に管理できるのだからな」
「リオーダンは、6年前――『サフィール』が《水のイージス》で無ければ、興味すら持たなかったと言う訳か」
「男か女かにも重要な意味がある。《イージス称号》を持つ最強の守護魔法使いを、妻として手に入れる――という事の意味が、クレドには分かっていないと見えるな」
尾行の先頭に立っているラステルさんが、時々、心配そうな顔で振り返って来るけど。
わたしは大丈夫だよ。
――『サフィール』だった時の記憶とか実感とかが、全然、無いんだよね。何と言うか、『リオーダン殿下は6年前、そういうつもりで『サフィール』訪問グループに入りたかったのか……』とか、まさに他人事って感じ。
正直、わたしが心配しているのは、クレドさんが『警棒』で殴られた部分とか……あれ、すごく痛かったと思うし。
このスロープを登り切れば、遂に屋上だ。
ラステルさんが不意に、白いネコ尾を膨らませて、『ビシィッ!』と立てた。「止まれ」と言う意味。
わたしとジントとメルちゃんは、ピタッと止まった。ジントが早速《隠蔽魔法》をチェックし、いきなり停止しない事を確認だ。
ラステルさんは『ニューッ』と首を伸ばして、反対側に見える分岐を窺い始めた。
(あぁ、このスパイラル廊下、互いに交わらない二重らせん構造になってたんだわ。登りと降りの台車が、ぶつからないようにね。向こうの分岐に、誰かが居るわよ。誰かしら? クレド隊士が気付いたかどうか知らないけど、リオーダン殿下はクレド隊士の後ろに居たし、お喋りに夢中で気付かなかったみたいね)
ジントとメルちゃんが、鼻をクンクンさせた。嗅覚では、イヌ科の方が上だもんね。
(知ってる匂いが、ひとつあるわ。あの、おヒゲの長いお爺さんよ)
(鳥人の気配は、独特だからな。羽があるせいだろうけど)
ジントとメルちゃんが揃って、ウルフ尾をピコピコさせているうちに――
向こう側のスロープから人影が現れて来た。3人だ。
――わお。
バーディー師匠と、レオ族のレルゴさんと、レオ帝国の外交官――親善大使リュディガー殿下の部下を務める、ランディール卿だ!
レルゴさんとランディール卿は、2人とも手慣れた様子で長剣を手に構えている。『警棒』タイプの『魔法の杖』を変形させた物だ。昼下がりの陽光を下手に反射させないように、白刃特有の輝きが抑えられているけど――充分な殺傷能力を持つ刃物ならではの、身震いのするようなオーラが出ている。
バーディー師匠が眉根をしかめながら、2人のレオ族の大男たちにささやいている。
「私は鳥人だから、音源が余りにも遠いと、聞き取れないのだ。あの2人のウルフ族は、何を語っていたのかね?」
濃い茶色をしたライオン耳をピコピコさせつつ、ランディール卿が、バーディー師匠の質問に応じている。
「先刻の声の主は、リオーダン王子でした。『最強の守護魔法使いを、妻として手に入れる』とか何とか――最強の守護魔法使いと言えば、《イージス称号》持ちの事でしょうな」
同意して頷くレルゴさんの額には、ハッキリと青筋が浮かんでいた。
「全く、けしからんヤツだ。あの金色マントの偽クマ族の野郎と、同類な訳だ。あの金ピカ野郎も、腰に『奴隷妻』用の、非合法の『花房』を下げてたしな。認めるのは癪だが、ありゃ特級のサファイアを使ってやがる」
バーディー師匠に注目していたランディール卿が、ビックリした様子で、レルゴさんを振り返った。
「我が友レルゴよ、あの青い宝飾の全部が、特級のサファイアなのか。どれ程の価値になるやら」
元・レルゴさんの同僚だった戦闘隊士と言うだけあって、ランディール卿は、レルゴさんと何となく雰囲気が似ている人だ。ただし、人相は違っていて、ランディール卿の方がスッキリした感じの容貌だ。あの美人な地妻クラウディアと、お似合いの夫婦って感じ。ハーレム形式の夫婦だけど。
ランディール卿が、改めてバーディー師匠を、感心したように眺め始めた。
「あの金色マントの偽クマ族『風のフォルバ』が怪しいと見たバーディー師匠の慧眼、感服いたす所です。此処まで、ひそかに尾行して来た甲斐があった。ヤツの持っている古代の《雷光杖》、必ずや破壊して、あのフードの下の人相を暴いて御覧に入れましょう」
――え。あの偽『風のフォルバ』が持ってた奇妙な宝玉杖、《雷光杖》って言うんだ!
レルゴさんが長剣を構え直し、屋上階に出るアーチ型の出口へと、ジワジワと迫って行った。ランディール卿とバーディー師匠が後に続く。
「それにしても、あの金ピカの偽クマ族の野郎、妙にレオ族の気配がするぞ」
「百戦錬磨のレルゴが、そう直感するなら信じよう。実に由々しき事だがな」
ランディール卿が、レルゴさんと同じように慎重な動作をしつつ、出口から何かを窺っている。
そして、やがて、気を引き締める時のクセだろう、長剣を持っていない方の手で、レルゴさんよりも濃い茶色のタテガミのホツレ毛を脇にやった。
「だが、我が友レルゴよ。あのクレドと言う親衛隊士、何故に動かんのだ。先ほど、一瞬リオーダンの隙を突く機会があったぞ。『銀牙』サークレットをしていない時の王族は、親衛隊士と、ほぼ同等の戦闘力まで落ちている筈だ」
レルゴさんが忌々しそうに顔をしかめつつ、柄の握り心地を確かめるかのように数回、長剣を左右している。
「あのクレドは、煮ても焼いても食えねぇ戦士だ。考えがあるんだろうよ」
少しして、レルゴさんとランディール卿とバーディー師匠は、好機をつかんだのか、サッと出口から飛び出した。屋上にあると思しき隠れ場所に、移動したようだ。
(よし。私たちも行くわよ。コッソリとね)
ラステルさんの合図に応じて、わたしたちは、先ほどまでバーディー師匠たちが居た出口の前に、身を潜めたのだった。
*****
――白い玉ねぎ屋根の、堂々たる三尖塔に囲まれている、『茜離宮』の屋上階スペース。
中央病棟の屋上階と似たような、空中庭園スタイルになっている。各所に低い植え込みが広がっていた。
そして、中央病棟の空中庭園と大きく違っているのは、あちこちに洒落た『あずまや』が配置されている事だ。本格的な社交スペースを兼ねている場所だと言う事が、良く分かる。
明かり取り用の天窓が、空中庭園の各所、植え込みの間に巧みに配置されている。会場となっている大広間の天井に、見えていた天窓だ。天窓は昼下がりの陽光を反射している。その反射した光が、低い植え込みの各所を明るく照らしていた。
バーディー師匠とレルゴさんとランディール卿は、比較的に背の高い、濃い植え込みの陰に身を隠しつつ、向こう側を窺っている。
視線を追って、その先を見てみると――
確かに、3つの人影があった。
やけに横方向にフワリと広がった人影は、金色マントをまとっている謎の偽クマ族『風のフォルバ』。
仲良く寄り添っているようにみえる2つの人影は、明らかにウルフ耳を持っている。紺色マント姿の独特のシルエット。クレドさんとリオーダン殿下だと分かる。
偽クマ族『風のフォルバ』は、先刻ランディール卿が言及した通り、本当にフード姿だった。
此処に来る前に、何処かでフードがセットされている金色マントに着替えたみたい。右手には、《雷光杖》こと古代の宝玉杖を、シッカリと構えている。ホントに用心深い人物だ。
金ピカのフード姿の大男。中に着ているのは、金ピカのローブ。風で金色マントが揺らめき、マントの打ち合わせが大きくひるがえった。腰のベルトの正面部分には、確かに、青い『花房』らしき物を下げているのが見える。使われている宝玉類は、確かに最高品質の物だと分かるんだけど……
――今こそ、この人物のファッション・センスは最悪を極めた……と、心の中で言ってやる事にする。
金ピカ・ファッション大男こと、謎の『雷神』は、意気揚々と言った様子で大音声を張り上げた。
「フハハ……待ちかねたぞ、風のクレド! 建物の中でコソコソするのは、気性に合わなくてなぁ。改めて、地下水路では、散々世話になったと言っておこう。あの時、確かに私は『覚えておけ』と言っておいたのだが。覚えてるだろうなぁ?」
奇妙な沈黙が続いた。クレドさんは、リオーダン殿下に後ろから身柄を拘束されながらも、直立不動の姿勢を続けたまま、沈黙を保っている。
多分――あの端正なまでの無表情を貫いている所なのだ。
やがて、『雷神』が、物騒な手つきで《雷光杖》を振り回し始めた。先端にある、人の頭部よりも大きな球形部分が、青白い《雷光》を、バリバリと放ち始める。
「おいこら、あの減らず口はどうしたよ、クレドよ。《雷光》で、その口を切り開かなければ、口も利けんのかぁ」
全身に金ピカをまとった偽クマ族は、次第に苛立ち始めた。そこで、やっと、クレドさんが口を開いた。
「先刻も言ったように、私は貴殿と会って話すのは、これが初めてだ。6年前に、レオ帝都で胡乱な故買屋と接触した件は先ほど思い出したが、貴殿とは別人だった」
「ほほぉ。ウジが湧くだけの脳みそは、あった訳だ。この私とは、別人とな?」
「レオ帝都で私に接触して取引を持ち掛けて来た故買屋は、ウルフ族・黒狼種の男だ」
ひと息おいて、不気味な笑い声が響き渡った。
おかしくて仕方が無い――と言う感じの、しかも、嘲笑だ。