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注文の多い曲がり角(後)

クレドさんの、表情変化の少ない硬い声が、再び挟まった。


「あのマーロウ殿が、如何にしてリオーダンの協力者となったのか、理解できたような気がする」

「フッ。素直に儲け話に乗って、『道中安全の護符』を取引して、不正の証拠を提供していれば良かったのさ。実力不足の孤児ともなれば、その辺は必死になる物だろう」



――重要な暗示だ。思わず、ウルフ耳をピコピコしてしまう。


今は亡きマーロウさんの立場が思い出されて来た。かつては『殿下』称号の候補と目されていたという、名門の出身。


フィリス先生の説明していた内容も、パッとよみがえる。


――マーロウさんは、『大狼王』の血を引く名門の貴種の出身の人なの。若い頃は、『殿下』称号レベルの力量を認められていた事もあったみたい。でも基本的に研究者気質な穏やかな方だから、結局は、並み居る荒くれ共を取りまとめる方面は――王族を務めるのは――向かなかったようで……


……純血の貴種ならではの、プライドの高かったマーロウさんの事だ。恐らく、臣籍降下する事は、本心では望んでいなかったのだろう。かつて第三王子だったと言うリクハルド閣下も、臣籍降下した際、かなり抵抗していたそうだし。


直感でしか無いけど……これは確実だ。


マーロウさんは、臣籍降下という《運命》に抵抗する際に、恐らく、何らかの不正に手を染めたのだ。こっそりと。でも、それを、リオーダン殿下に気付かれたのだろう。気付かれて、そして――



――わたしたちが潜んでいる所からは、リオーダン殿下の後ろ姿しか見えないけど。


リオーダン殿下が、凄まじく歪んだ笑みを浮かべたのだろうと言う事は、想像できる。



いつの間にか、話題は、別のものへと移り変わっていた。


「――あの、クジ引きのあった日の夜。ベルナールが中型モンスターに襲われたのも勿論、偶然では無い。私が、クレドを候補から外すためにやった事だ。傍系出身の、それも第五王子の後継者の候補にすら上がらない成長不良の孤児のくせに、王族直系を差し置いてクジ引きに当たるなど、心得違いも甚だしい」


リオーダン殿下の声音が、ジワジワと刺々しさを増していく。


「あの時『中型モンスターをけしかけた犯人はクレドでは無いか』と言う疑いが出たが、クレドは忌々しいくらい悪運が強かったな。その時間帯に、よりによってベルナールと一緒では無かった。クレドは老師の部屋を訪れていた――何を話したのかは知らんが、盤石なアリバイがあったとは想定外だったよ」


クレドさんは、無言のままだ。ショックを受けてるのかどうかも、良く分からない。或いは、最初から、何らかの不穏な兆候を見透かしていたのだろうか。


やがて、クレドさんが口を開いた。


「あの時、私は確かに、老師に相談があって行っていた。『サフィール訪問の従者から外してくれて構わない』と言いに行っていた」


紺色マントをまとう隊士姿なリオーダン殿下の背中が、一瞬、ピクリと緊張したように揺れる。予想だにしなかった返答だったらしい。


「……何だと?」

「老師は、言われた。『宿命と運命は、常に我々に《アルス・マグナ》の瞬間を示したもう。あのクジ引きが提示され、おのおのが選択した瞬間は、《幻の刻》だった。その意味をよく考えてから、また来たまえ』――と」


リオーダン殿下は少しの間、絶句していたようだったけど、すぐに笑い声を立てた。


「あれは昼の《銀文字星アージェント》の刻――だが結局、何も起こらなかった」

「その瞬間、王宮で行なわれていた王族会議で、ヴァイロスとリオーダンが、第一王子の候補に決まった」

「初めから予定されていた事は、偶然とは言わん」


――少し、間が空いた。そしてクレドさんが、ポツリと言った。


「一太刀の差で、ヴァイロス殿下が第一王子の地位を勝ち取った訳だ」



――ガツン、という音が響いた。ひえぇ!



クレドさんは、右肩をしたたかに『警棒』で殴られてたみたい。紺色マントに包まれていて、後ろからは良く分からないけど、右肩が下がっている。骨、折れてない?!


「左肩を残してやったのを感謝すべきだな、クレド。相変わらず、筋骨の弱い奴め」


リオーダン殿下が不吉に呟いている。


「クレドの名において、国家反逆罪の証拠は既に揃えてある。翌日にも、財務部門の連中が見つける予定だ。第一級の国家反逆者・汚名の貴公子マーロウと結託して、『茜離宮』から巨額を横領し、それでアルセーニア姫の殺害のための毒物を購入したと言う証拠――非合法の金融魔法陣データが添付された魔法文書をな」


――な、何ですと!


「女コソ泥は、私を裏切って、部屋の秘密の引き出しから、非合法の金融魔法陣データ文書を盗み取っていた。だから女コソ泥を始末してやった。だが、死体からは、何も出て来なかった。何処に行ったのかと思ったよ。何と、翌朝に、アルセーニアの靴の中から出て来たのさ」


――な、成る程。さすが、プロフェッショナルなコソ泥。女コソ泥・ルルは、アルセーニア姫の足音を聞き分けられたに違いない。


「アルセーニアは、朝の公務の合間に、靴の中に入っていたと言う文書を見せて来て、『この金融魔法陣をちゃんと調べるべきだろうか』と相談して来た――幸運にも、この私にな! その日のティータイムの席でシャンゼリンに合図して、アルセーニアに毒を盛らせておいて、『王妃の中庭』への地下ルートを利用して殺す羽目になったが……」


リオーダン殿下の、『ククッ』と言う歪んだ忍び笑いが、間に挟まった。


「このような形で役立つとは思わなかったよ。クレドの《魔法署名》を抜き取って、金融魔法陣の使用データを書き換えるだけで済んだのだから」


――アルセーニア姫を手に掛けたのは、間違いなく、リオーダン殿下だった訳だ。


言葉の端々から、ジワジワ悪意が出て来ているのが感じられる。ジントとメルちゃんが、大人の悪意と言うモノの凄まじさを直感しているのか、青ざめて震えていた。


クレドさんは沈黙を続けている。骨折の痛みに耐えてるんだろうか。


苛立っているのか、勝ち誇っているのか――リオーダン殿下の不吉な呟きは、なおも続いた。


「かくして、傍系の不良の貴公子クレドは汚名と共に消え去る。ジルベルト殿の事は、いずれ私が第一王子としてフォローしてやるから、気にするな。それにしても、《盟約》を交わしただろうに……『宝珠メリット』は無かったようだな。所詮、傍系に過ぎぬ名ばかりの貴種、ただの名門出身と言うだけでは、このような物だ」



クレドさんは、完全な彫像と化してしまったようだ。無言と無反応。



その、不気味なまでの反応の無さに、何か思う事があったのか――不意にリオーダン殿下が、苛立ちを込めた声音で、クレドさんに語り掛けた。


「ひとつだけ、聞いておきたい事があったな」


――リオーダン殿下の声音のトーンが、いっそう低くなった。怖い。


「クレドは、アレが良かったのか。男か女かも分からんような混血イヌ顔の童顔のうえに、胸も腰も無いガリガリの体格、毛色も日常魔法も無い無い尽くしの、とんだ不良品、欠陥品では無いか。しかも、あのアバズレのシャンゼリンの妹で、モンスター肉を食って育った、最も忌まわしき『闘獣』……」


その声は、ハッキリと、侮蔑の色を帯びている――


「……紫金しこんの『サフィール』の輝かしい経歴とは、雲泥の差と言うべきだ」


恐ろしく感じられるような気もする、奇妙に長い沈黙が続く。


やがて、彫像の如きクレドさんの、感情の揺れの無い静かな声が響いた。


「――私が真に《盟約》を望んだのは、今の『水のルーリエ』だ。それでは回答にならないか?」


その回答は、リオーダン殿下の想定していた内容どころか、お気に召す内容ですら無かったみたい。リオーダン殿下は、バカにしたように鼻を鳴らして応えている。


「ジルベルト殿とアレクシア夫人が、《盟約》の報告を受けた初日だったか、ショックを受けて反対していたのを私も聞いているのだがな。しかも『宝珠メリット』すら皆無。貴様らの《盟約》は、間違っていたと言う事だ。あの欠陥だらけの不良品は、この私が、アレに相応しい扱いをしてやる。クレドは、死体すら残さずに死んでおけ」


――リオーダン殿下が、これ程に毒々しい人物だったとは思わなかったよ。


後から後から、不吉な想像が湧いて来るんだけど……


やがて。


リオーダン殿下の声音が、響いて来た。嘲笑の気配を、確かに含んでいる。


「そろそろ、あの血に飢えた金色マントが待ちかねる頃だ。歩け」

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