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注文の多い曲がり角(前)

回廊の曲がり角に到達した。他の棟に行くための分岐路が、幾つかある。


わたしたちは意外にも、偽『風のフォルバ』こと『雷神』が率いる一団に、すぐ追いついた。回廊には人目が多いから、彼らにしても、コッソリと動き回らなくちゃいけなかったみたい。移動スピードが遅くなっている。


(あいつら、屋上に行くみたいだぜ)


ジントが灰褐色のウルフ耳をピコピコさせた。《隠蔽魔法》が途切れないように、一定時間ごとに灰色の宝玉をチェックして、エーテル流束を補充している。


偽クマ族の金色マントが、空中回廊を通り抜ける風にひるがえった。


その拍子に、金色マントの大男が手に持っている『宝玉杖』が、少し見えるようになる。全体に埋め込まれた多種類の宝玉がキラキラと輝いていて、先端部では、異様に大きな球体が、その存在感を主張しているところだ。


――そして、ウルフ族の男性2人の姿が見えた。ウルフ族の隊士服――紺色マント姿が。


ラステルさんが緑の目をキラーンと光らせる。白いネコ尾が改めて、ブワッと逆立った。


(2人とも、貴種ウルフ族ね。黒狼種。片方は、リオーダン殿下。今は純白マント姿じゃ無いし、銀色のサークレットもしてないから、一瞬、誰かと思ったわよ。あの2人、後ろ姿が似てるわ。ちょっと《変装》を施したら、見分けがつかなくなるくらいに)


わたしたちも、高品質な《隠蔽魔法》に守られつつ、不穏な雰囲気に包まれている3人の男たちを窺う。


次の一瞬、メルちゃんが口をアングリした。もう少しで何か叫びそうだったから、思わず『バッ』と飛びつき――素早く口を塞ぐことにする。



――リオーダン殿下が、クレドさんを、後ろから拘束しているのだ。後ろ姿だから表情は分からないけど、剣呑な気配が漂っているのが、目にも明らかだ。



やがて、別の曲がり角に到達した。人目が無くなったタイミングで――


偽『風のフォルバ』こと『雷神』が、2人のウルフ族を――クレドさんとリオーダン殿下を――振り返った。


「目立つとマズい。此処からは、我々は別行動で屋上に行くが、分かってるな?」


その口から響いて来るのは、いっそうドスの利いた声音だ。明らかに、まともな商人の声では無い。


振り返って来た謎の大男の面差しは、金茶色の毛髪に浅黒い肌を持つ――典型的なクマ顔。『宝玉杖』を握る右手は、クマ族ならではの毛深さだ。よほど精巧な《変装》が掛かっているのか、とてもレオ族とは思えない。


金色マントの大男『雷神』は、言葉を強調するかのように、右手に持つ古代的な意匠の『宝玉杖』を、物騒に振り回した。


宝飾細工のカタマリ――謎の『宝玉杖』の先端には、頭部よりなお大きなサイズをした、雷電模様を含む球体が施されている。その球体は、既に、パチパチと言わんばかりの青白いエーテル光が取り巻いていた。


――今すぐにでも《雷攻撃エクレール》を放てる状態だ。


クレドさんを後ろから拘束したままのリオーダン殿下が、小さく頷いたのが見えた。


その様子を認めたのか、『雷神』は不意に、耳まで裂けるような不気味な笑みを浮かべた。


「風のクレドよ。あんた、この第二王子の怨念を、えらく頂いてるらしいな。この温厚な私ですら、いたく怒らせる程なのだから、納得すると言うモノだよ。屋上では、大いに楽しみにして待っているぞ」


クレドさんは、無言・無反応のままだ。元々、感情が読みにくい人だけに、今、何を考えているのかも良く分からない。まして、わたしから見えるのは、後ろ姿でしか無いし。


ラステルさんを先頭に、壁にピッタリ張り付きながら様子を窺っていると――


金色マント姿が、ひるがえった。別の分岐路へと消えていく。宣言通りに、別のルートから屋上に上がって行くのだ。


居残り組となったクレドさんとリオーダン殿下は、2人で並んで、金色マント姿を見送っている格好だ。こんな場合で無ければ、2人で仲良く見送っていると勘違いしていたところだと思う。



やがて。


クレドさんの硬い声が、回廊を渡る向かい風に乗って、聞こえて来た。


「以前、マーロウ殿を現場で斬り捨てたのは、口封じを兼ねての事だったのか」

「死人に口なしだ。クレドも、消えるには良い機会だな」


リオーダン殿下の不吉な口調も、漂って来ている。リオーダン殿下は、今日、間違いなくクレドさんを殺害する予定なのだ。


――ただし、自分の手を下さずに、『雷神』に殺させる形で。


クレドさんの硬い声音が、いっそう硬質さを増している。


「6年前から、あの偽クマ族の業者と、私のあずかり知らぬ『クレド』が、つながっていたと言う事は……リオーダンは6年間、私の姿に変装しておいて、彼と裏取引をしていたと言う事だな」


リオーダン殿下は、ククク……と忍び笑いをし始めた。


「そろそろ、《変装魔法》も役立たなくなって来たからな。どうやら、無意識のクセか何かで、違いが大きく出て来ているらしい。6年前の時は、『サフィール』も、我々2人の違いが分からなかったくらいなのに」


――え? あれ? そうだったっけ?


わたし、『サフィール』の時の記憶が無いから、全く分かんないんだよね。ラステルさんが緑の目をパチクリさせて、質問顔で振り返って来たけれども、何も言えないまま、首を横に振るしか無い。


事情が全く分かっていないメルちゃんは、完全に6年前の思い出話だと受け取ってるらしい。わたしと『サフィール』の、のっぴきならない関係については、メルちゃんは、まだ知らない状態だから。


――どうか、クレドさんもリオーダン殿下も、決定的な内容を口にしないでくれ……と、勝手ながら祈るしか無い。


リオーダン殿下の言及は続いた。話し続けたい気分らしい。


「6年前。我々は、サフィールを訪問したな。あの頃、我々は、後ろ姿が似ていた。《変装》を思いついたのは、或る意味、『サフィール』のお蔭とも言える」



――心臓がドッキリだ。思わず、ウルフ耳をそばだててしまう。



回廊の中、リオーダン殿下の不吉な口調が、陰々と流れ続けた。


「1人で《大天球儀アストラルシア》の前にあった椅子に腰かけて、地図を眺めながら帰路を確認していたら、後ろから、サフィールが『クレドさん』と呼び掛けて来た。勿論、振り返った時に人違いと分かって、サフィールは頭を下げて来たがな、内心、これは好機だと思ったものだ」


――好機? 何の好機?!


ラステルさんが白いネコ耳をピクピクと立てている。ジントとメルちゃんも、ウルフ耳を注意深く傾けているところだ。


相変わらず後ろ姿なクレドさんが、一呼吸おいて口を開いた。


「あの、胡散臭い魔法道具の買い取り人からの申し出か。『盗品も幅広く扱っているから、証拠が残るなどと心配はしなくても良い』と、誘い文句を掛けて来ていた。プロの故買屋だろうとは思っていたが」


リオーダン殿下が皮肉気に応じる。


「あれは実に旨い話だった。帰路の間じゅう、あの故買屋は、しつこく後を付けていたのだから、機会は幾らでもあったんだ。クレドが応じれば良かったのだぞ。クレドが動かなかったゆえに、私がクレドに《変装》して動く羽目になったのだからな。第五王子ジルベルト殿の後継者になるには、当時は、クレドは資金力が無さすぎただろうに」



――そう言う訳だったのか。


6年前。レオ帝都に居る『サフィール』の訪問の折に、リオーダン殿下もクレドさんも、くだんの故買屋――『胡散臭い魔法道具の買い取り人』と顔を合わせていたのだ。


その謎の故買屋は、金色マント『雷神』と、深いつながりのある業者だったに違いない。そして、『サフィールお手製の道中安全の護符』を欲しがった。でもクレドさんは取引に応じなかったのだ。


リオーダン殿下は、クレドさんが、そういう『後ろ暗い取引』に応じるものと決めつけていたらしい。クレドさんが、そうしても不思議じゃない立場だったから。


かくして、当てが外れたリオーダン殿下は、余計な事を思いついて、クレドさんに変装して取引に応じた。あの口ぶりからすると、かなり高額の取引になったのだろうと言う事が窺える。


後継者争いには、相当のマネーが必要になるらしい。ウルフ王国って、各地方の飛び地をリンクしただけの統一王国だもんね。政治工作資金とか、派閥マネーとか、そう言ったモノに違いない。


――もしかしたら……リオーダン殿下が、『殿下』称号を得た手段って……

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