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朝の会話:王子と王女

――ああ、これは夢だ。わたしは今、夢を見ているところなんだ。


長くて、ハッキリしない内容の夢。常夜闇のような空間の中を、幾つもの『断片』が漂流している。


しばらくすると、まさに『星宿海』というべき光景が現れた。常夜闇のような空間の中、次々に『断片』が星の影を映し始めている。眺めていると、やがて、無数の星団が重なる壮麗な空間となったのだった。


でも、まだ何かが足りない――足りない? わたしの名前?


――わたし、『水のルーリエ』だけど。


無数の星団の運動は、劇的だった。


名前が意味を持って走り抜けた瞬間――曖昧に漂っていた全体が波立ち、ひとつの構造となって結び付き、連動して、一斉同時の回転を始めた。まるで、本物の天球の回転を見ているみたい。


四色のエーテルの光が、半ばは明るく半ばは暗く、互いに反射と屈折と散乱を繰り返しながら、きらめいている。エーテル光の軌跡は、数多の魔法陣みたいな構図となって、多次元調和的に折り重なっていった。気のせいかも知れないけど、青い光が一番多いように感じられる。


――あの奥にあるのは、何?


中心部と言うべきかどうかは分からないけれども。そういう感じのする場所で、猛烈な速度でスピンをしている構造体がある。スピンをしているって事は分かるんだけど、スピンの方向はハッキリしない。もしかしたら、これも多次元構造体なのかも知れない。


あれ、金の星と銀の星で出来ているのかなあ。良く分からないけど、不思議に心惹かれる構造体だ。花みたいだな……でも、球体のような形をした花って、あったかな?


周りの天球は、着実に、『水のルーリエ』の名前と共鳴しながら、星々の系列を再構成し始めている。断片に過ぎなかったものが次々に連結されて、系列を持った構造体となっていく様は、不思議だ。


空白部分が大きく広がっている箇所がある。これ、多分、個人的記憶の領域だ。これから少しずつ、わたしが新しく作り込んで行く部分なんだろうと思う――


*****


――夜明けと共に、目が覚めた。


ボンヤリと、明るい方に顔を向ける――最寄りの窓から見えるのは、東雲だ。


夜を残した空の中で、ラベンダー色をした暁星エオスが輝いている。エーテルで出来た未知の天体。今まさに、払暁の光で溶けて行くところだ。砂時計の砂で出来た何かみたいだなあ。


夜明けの空模様はスッキリしていて、今日も快晴だろうなという感じ。


わずかながらも魔法感覚が復活し、エーテルの色と形が分かるようになったお蔭なのか、それとも、自分の名前が関係する不思議な夢のお蔭なのか。その辺りは曖昧なものの、エーテル物体に関しての一般知識が、ピンと来るようになった。思い出せない知識の方が、もっとずっと多い状態なんだろうけど。


あ、そう言えば、窓にはカーテンが掛かって無いんだよね。遮光とか保温とか、どうなってるんだろう。


窓ガラスには、うっすらと、モヤみたいな何かが含まれている。時間をかけて窓ガラスを良く見ていると、太陽がだんだん高くなると共にモヤが変化して、サングラスみたいに偏光が掛かって来るのが分かる。


詳しい仕掛けは良く分からないけど、多分、魔法で色々調整しているんだと思う。便利だなあ、魔法って。



やがてフィリス先生が、朝食のワゴンを引いてやって来た。夜間・早朝当番の配膳担当者(メルちゃんとは別の人)が持って来てくれたそうだ。


「お早う。昨日は、グッスリとお眠りだったわね、ルーリー」


昨日、わたしは一度目を閉じた後、翌日までずっと目が覚めなかったそうだ。まだ体調が不安定なせいらしい。


そして、わたしが眠りこけている間に、ちょっと驚くような話があった。


このシーズンの宮廷となっている『茜離宮』での御前会議が終わって、夕刻の頃ディーター先生が戻って来ていたと言う。その時、あの豪華絢爛な金髪の『ヴァイロス殿下』が、直属の部下や従者たちと共に、おんみずからディーター先生に同行して来てたそうだ。


――うわぁ、『殿下』と言えば第一級のロイヤルの重要人物じゃない? そんな人物が、ホイホイと、身元不明の侵入者の顔をのぞきに来るものなの?


あの美形な怖い人に、爆睡中の変な寝顔をのぞき込まれていたのかと思うと、ぞわぞわ鳥肌が立って来るし、色々な意味で落ち着かない。


「ルーリーは、昨日まで面会謝絶の状態だったのよ。先方にしてみれば5日間も待たされていた訳だから、相当に時間が惜しかったんでしょうね。殿下が関わる王宮警備の仕事の一環で、『容疑者/危険人物では無い』という事実の追認が第一義だったから。ただの追認だから、『代理の役人を寄越す』というやり方でも問題は無いんだけど――」


フィリス先生は、そこで思慮深く首を傾げた後、更にコメントを付け加えて来た。


「お年頃の女の子だという報告が、先に行っていたからかも知れないわ。洗髪の際に、偶然に茜メッシュが見つかった件を新たに報告したら、ディーター先生もホッとした顔になっていたもの。魔法使いでも何でもない普通の人は、《宿命図》による証明を簡単に信じないのよ、普通に見えるような代物じゃ無いから」


喋っている間にも、フィリス先生の手はテキパキと動き、朝食のテーブルが瞬く間に整った。


「うまそうな匂いだな」


廊下の方のドアとは違う、研究室の方につながっているドアから、ディーター先生がボソボソと呟きながら顔を出して来た。金茶色のヒゲを、相変わらず無精ヒゲ風に刈り込んでいる。


ディーター先生は朝が弱いのか、寝ぼけ顔だ。ウルフ耳がフニャフニャと傾いていて、明らかに頭の半分が、まだ夢の中という雰囲気。生あくびを何度もしているし、着ている灰色ローブも、後ろ前だ。フード部分が、幼児がやる『よだれかけ』みたいに首元に垂れ下がっている。


フード付きの灰色ローブを、どうやったら後ろ前に着られるんだろう……『この世の七不思議』レベルのミステリーだと思う。


フィリス先生が、口元をキッと引き結んだ。ウルフ耳も不吉に傾いていて、攻撃スタイルの角度だ。


手に『魔法の杖』を握り、見上げるような背丈までシッカリ届く長さの、見事なハリセンに変化させる。そして、フィリス先生は助走を付けて飛び上がり、ディーター先生の脳天を、ハリセンで思いっきり『ベッチン!』とやった。


――最大強度で殴っていますよね、フィリス先生?


「ディーター先生! ローブが後ろ前ですから直して来て下さい!」

「おお……ほぉ?」


どうやら、ディーター先生は、ガッチリした体格という事もあるのか、まったく、こたえてないらしい。


ウルフ族男性の身体って頑丈らしいんだけど、どのくらい頑丈なんだろう?


あのゴツゴツの石の床の地下牢に放り込んで拷問するくらいだ、相応に頑丈なんだろうとは思うんだけど……うん、たぶん、わたしの半分くらいのアザの数に留まったりするのかも知れない。良く分からないけど。


ディーター先生は、何とも子供っぽい、モノグサなやり方で後ろ前を直し始めた。ローブのベルトをゆるめて、袖を抜いて、ローブをクルッと回して、改めて袖を入れる。そしてベルトを締めると言うスタイルだ。上級魔法使いとしての威厳が、まるで『カタナシ』という感じ……?


フィリス先生が、『ヤレヤレ』といった溜息をつきながら、ディーター先生向けに濃いコーヒーを淹れ始めた。


――あれ? 先生がたも、病室で朝食を頂くんですか?


フィリス先生いわく、わたしが此処に運び込まれて来てから、こうだったらしい。食事をしている間も、『呪われた拘束バンド』の解析を続けていたそうだ。研究のためでもあったそうだけど、その節は、有難うございます。


濃いコーヒーを飲み、胃袋に食事が収まり出してから少しすると、ディーター先生がシャッキリとした顔になって来た。目が覚めて来たんですね。


「ああ、茜メッシュの件で思い出したが、フィリスがルーリーの髪をかき分けて茜メッシュの位置を示した時の、ヴァイロス殿下、以下の面々の顔は、実に見ものだったな」


感想を言う程の出来事だったんだろうか。わたしにしても、ジリアンさんの美容店で、合わせ鏡でもって初めて見た時はビックリしたけど、それだけだ。先方がどんな顔をしていたのか知らないから、わたしは余り実感が湧かないなぁ、という感じ。


「茜メッシュが見付かった事が、そんなに驚く事なんですか?」

「おお」


ディーター先生は、切り分けたパンの間に卵焼きと付け合わせを器用に挟みながらも、面白そうな顔で頷いて来た。


「フィリスにしても男側の心理の肝心な部分までは推察が行かんだろうなぁ。知らぬは『茜メッシュ持ち』ばかりなり、というところだな」

「茜メッシュが、『天球にしるべせるアストラルシア』と古典ポエムでも言い習わすくらいには特別なサインだ、という事は理解しておりますとも、ディーター先生。特別なライトアップ、色眼鏡、幻覚魔法による小細工などなど、厳選された条件下で無ければ、人工染料では同じ色合いを再現できないくらいですから」


ディーター先生は、訳知り顔と言った様子で苦笑している。


「深い意味があるんだ、あるともさ……その証拠に、ヴァイロス殿下、以下の面々は、退出の際はシッカリ『敬意』を表して来ただろう」


――アストラルシアって、あの総合エントランスにあった魔法道具『大天球儀』の事ですよね。


わたしは少しの間、思案してみた。


――あの真ん丸の球体な大天球儀でもって、茜メッシュに例えるというのは、ちょっと苦しい気もしないでは無い……


うん、異性の心理ロジックは永遠の謎だと思うよ。わたしも、何でそういう風につながるのかは、分からないし。


無意識のうちに、茜メッシュがあると思しき位置の髪に手が伸びる。メルちゃんと同じくらいの長さ――肩の長さまで髪の毛が伸びて来れば、『人類の左耳』の下あたりから、一筋の茜色が見えて来るようになる、筈。


不意に――何という事は無いけれど、ポンと思い浮かぶものがあった。


――非業の死を遂げたと聞く第一王女アルセーニア姫も、頭の毛の何処かに――


「あの、アルセーニア姫も、茜メッシュが何処かに生えてたんですか?」


2人の先生は、揃って頷いて来た。やっぱり、あったんだ。ウルフ族女性だから当然としても、わたしにとっては、まだちょっと不思議な感じがする。


ディーター先生は、パンをムグムグとやってゴクリと飲み込むと、少しの間だけ、窓から見える『茜離宮』に目をやった。


「中央の生え際にな。非常に目立つ位置だったから、宮廷の貴公子たちの目を釘付けにしていたよ。それにまぁ、『殿下』の実の姉君だ。ルーリーにしても、アルセーニア姫の美貌は推して知るべし、というところじゃ無いかね」


そう言ってディーター先生は、様々な感情が込められたと思しき深い溜息をついたのだった。


「若くして花の命を散らすとは、むごい事もあったもんだ。秋には、婚約者のリオーダン殿と結婚する予定もあったから、余計にな。かの第一王女としての地位、美貌、頭脳……非の打ち所の無い姫君そのものだった。弟のヴァイロス殿下でさえショックで落ち込んで、1日中、無口になったと言う程の大事件だったのさ、アルセーニア姫の急死は」


――『殿下』の、あの激怒には、アルセーニア姫の事件の事もあったのかも知れない。あの時は散々恫喝されたけれども、姉思いの弟としての思いも入り交ざっていたんだろうなと、今にして納得するような思いだ。


ヴァイロス殿下の実の姉君アルセーニア姫の急死は、ホントに気の毒だったと思う。


わたしは記憶喪失だけど、王女の急死事件には間違いなく関わっていないと、これは確信をもって言える。『殿下』を暗殺しようとして此処に来た訳でも無い、筈。


――容疑が、少しでも晴れていたら良いのだけど。


そして、アルセーニア姫殺害事件の真犯人も、首尾よく捕まってくれたら良いと思う。


*****


「朝の入浴と言う訳には行かないけど、包帯が取れる状態だから、身体を拭くだけでも違うでしょう」


――という事で。


ディーター先生に一旦ご遠慮頂いて、朝食後、フィリス先生の付き添いでタオルを使わせてもらった。


湿布と包帯を外して、お湯で絞ったタオルで全身を拭く。うっ。身体をひねる度に、痛みが響く。


だけど、身体全身に出来たアザは、昨日よりは紫色の面積が少なくなっているみたい。転んで出血してしまった部分とかは、既に傷口が塞がっている。痛みは……意外に残っている。


「数が多いから、時間は掛かるわよ」


フィリス先生が苦笑いしながらも、痛み止めを処方してくれた。良く効く鎮痛成分が入ってるから少しは動きやすいかも知れないけど、無理しないように、という注意と共に。


着替えは今のところ無く、患者服な生成り色のスモックの上下のみ。今は夏だから、薄手でも大丈夫みたいだけど。


「フィリス先生、あの、灰色の上下は何処ですか?」


途端に、フィリス先生は苦虫を噛み潰したような顔になった。


「あれは処分したわ。ルーリーは完璧に記憶喪失だったから分からなかったのね。処刑日程が確定した死刑囚が着用する物なの。脱走したイヌ族の凶悪犯に見えてたかも知れないわね。安心して良いわ、現在の脱走犯のデータリストに、ルーリーの《宿命図》と一致している物は無かったから」


――凶悪犯の脱走を防ぐための一種の拘束衣だったんだ。『殿下』が長剣を突きつけて来たのも納得だ。


わたし、随分アヤシイ恰好してたんだなあ。よく瞬殺されなかった物だと思う。

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