入れ替わり立ち替わり・3終
広大な『茜離宮』大広間の中。
ウルフ国王夫妻への、魔法道具ビジネス業者たちの拝礼は続いていた。
様々な種族の業者たちが、順番にレッドカーペットを踏んでいるけれど、そろそろ、拝礼プログラムが終わる頃合いだろうという気配だ。
大広間の上手側の方にある玉座から、少し距離を取った見物ポイントにある、アーヴ水場。
アーヴ水場の土台の陰に身を潜めているラステルさんが、近くに配置されている砂時計をチェックして、『そろそろ終わりね』と溜息をついている。
わたしたちも、ラステルさんに倣って、アーヴ水場の土台の陰や水槽の隙間に身を潜めているところ。同じく、溜息をつきたい思いだ。
――『雷神』の割り出し、想像以上に難しいクエストだ。
相手は、レオ帝都のど真ん中で、『サフィール拉致』を首尾よく成功させた程の、手練れ。『茜離宮』近辺でも、アンティーク密輸やモンスター召喚など、数々の大型犯罪を、コッソリとやってのけただけの事はある。
ジントとメルちゃんが、賢くも役割分担して、注意深く目を光らせている。以前、『茜離宮』の地下通路で、『謎のフード姿の大男』をバッチリ見た記憶があるしね。
魔法道具ビジネス業者1人1人をチェックしているけれど――『フード姿の大男』という人物は、今のところ出て来ていない。
――種族系統の不明な、フード姿の大男。異様なデザインの『宝玉杖』。あんなに目立つ古代スタイルの『宝玉杖』を携えていたら、普通は一発で分かる。だから、《変装》して紛れ込んでいるのだろう、とは思う。
似てる、と思ったフード姿の、クマ族の業者が居たんだけど。
彼が携えていた背丈ほどもある『魔法の杖』――その先端にあったのは、水中花ハイドランジア種を仕込んだ、『空中浮揚タイプ水玉』だった。冒険者ギルド向けの新開発商品の1つで、ハイドランジア株を注意深く採集&運搬するための魔法道具なんだそうだ。同時に、ロマンチックに水中花を演出する季節ものの室内装飾としても使える。
商品説明を聞いていれば成る程だけど、乙女ゴコロを刺激するようなロマンチックな魔法道具商品と、傷のあるクマ顔との落差が、スゴイと言うのが、何とも。
同時並行して。
向かい側のアンティーク部門スペースに居る金色マントのクマ族、『風のフォルバ』は、アンティーク部門の面々と質疑応答を交わしていた。にこやかな様子なんだけど、相変わらず、左手や左腕を金色マントの中に押し隠したままだ。
白猫淑女ラステルさんの注目ターゲットからは、既に外れている対象。
――でも、どうしても気になってしまう。勘としか言いようが無いけど、モヤモヤするんだよね。
ウルフ国王夫妻の謁見プログラムも終わりに近い。
この後は、アンティーク部門スペースが、主役になって行く。アンティーク部門スペースに集う魔法道具業者たちの数が増えていて、賑やかになっているところだ。
アンティーク部門スペースに並ぶのは、方々から持ち込まれた、鑑定サービス待ちのアンティーク宝飾品だ。その前で、レルゴさんとランディール卿が、バーディー師匠と共に、仲良く並び立っている。そして、ランディール卿の4人の正妻が、後に続いていた。
レルゴさんがランディール卿を引っ張り出して来たに違いない。『この際だから、アンティーク物の鑑識眼と言うヤツも学習しておけ』というような、レルゴさんの大声が聞こえて来ている。
ランディール卿の近くに控えている4人の正妻の中に、以前にも会って話した事のある、あの妖艶な美女・地妻クラウディアが居た。レルゴさんの大声を面白がって、他の3人の正妻と共に、美しい笑い声を立てている。
バーディー師匠は、いつもの飄々とした様子で、ランディール卿の4人の正妻たちと言葉を交わしていた。
チラッと思ったけど――バーディー師匠が、もっぱら地妻クラウディアと話し合っているのは、アレは、もしかしたら、わたしの事を話題にしているのだろうか?
やがて、アシュリー師匠が、さりげない様子でバーディー師匠に近付き、声を掛け始めた。
こちら側に向いているバーディー師匠の背中が、一瞬、ピクリとする。バーディー師匠の鉢巻から延びた形になっている銀白色の冠羽が、内心の動転を伝えるかのようにユラユラしていた。あ。わたしが地下牢でやらかした件を情報交換してるっぽい。
一方で――
アンティーク部門スペースの一角では、順調に『鑑定』が進んでいる様子だ。
金色マントのクマ族『風のフォルバ』が持ち込んで来た『豊穣の砂時計』を中心にして、ラミアさんとチェルシーさんが、盛んに相談を交わしている。傍に控えていたフィリス先生が、『魔法の杖』で各所を触れているところだ。魔法的な意味での精査をしているらしい。
ヒルダさんが『魔法の杖』を光らせて、誰かを呼び出し始めた。
程なくして、アンティーク部門のスペースに、新しい人々が現れた。明らかに、ウルフ王国の役人たちだ。紺色ジャケットをまとった文官姿の一団の中に、知ってる人が居る。財務部門に居ると言う、ジュストさん。ジリアンさんの夫でチェルシーさんの息子。
と言う事は、新しくやって来た役人の一団は、財務部門の人たちなんだ。
――どうやら、金色マントのクマ族『風のフォルバ』が持ち込んで来た『豊穣の砂時計』は、『本物』だったらしい。
現物の入手ルートの詳細な聞き取り調査と、買い取り交渉が始まるのだろう、と素人目にも分かる。
レオ族の商人レルゴさんと、その友人のレオ族の外交官ランディール卿も、気付いた様子だ。レルゴさんとランディール卿が、金色マントのクマ族『風のフォルバ』と、『豊穣の砂時計』を、交互に眺め始めている。
わたしが余りにも、金茶色のモサモサ髪のクマ族『風のフォルバ』を注目している物だから、遂にジントが気付いて、場所を変えて来た。
ジントが紺色マントの下で、手をゴソゴソし始める。『手品師も驚くマジックの収納袋』を探ってるところだ。
「あの金ピカのクマ野郎が気になるんだったら、接近して確かめようぜ、姉貴。先手必勝だしさ。こっちには最高級の《隠蔽魔法》があるんだ」
そこへ、ラステルさんの素早い制止が入って来た。
「この会場には、上級魔法使いによる魔法の警備が掛かっているのよ。《隠蔽魔法》を発動するのは、ちょっと待ちなさい」
次第に、ラステルさんの眉根が、キュウッと寄せられて行く。
「……ルーリーが、何故、フォルバが気になったのか、分かったような気がするわよ。この私とした事が、迂闊だったわね。専門なのに」
ジントとメルちゃんが、同時にポカンとする。わたしも実際は、説明できないレベルでモヤモヤしてる状態だから、ポカンとするしか無い。
ラステルさんの視線の先で、金色マント姿のクマ族『風のフォルバ』が、ユサユサと上半身を揺らしながら動いていた。喋り続けて喉が渇いたらしく、アンティーク部門スペースの最寄りにあるアーヴ水場に近寄っている。
「フォルバが左腕を失ったのは、何十年も前の話なの。あの姿勢の傾き……経験度が足りない。明らかに新しいわ。最近、左腕を失ったばかりという感じ」
――何ですと?!
「それに重量バランスが、おかしすぎる。フォルバが左腕に装着している義手は、もっと軽いタイプよ。ヤツが左腕に何を装着しているのかは不明だけど、あれは義手にしては重すぎる。フォルバ本人じゃ無い可能性があるわ」
ターゲットが決まったと言う雰囲気だ。ジントとメルちゃんも、一斉に目をキラーンと光らせて来る。
ラステルさんは、白いネコ耳とネコ尾を、しきりにピクピクと動かしていた。脳みその中では、色々な対応方法が高速で検討されている所だろう。
「最高級の《隠蔽魔法》があると言うのは本当なの、少年?」
「おう。灰色の宝玉ってスタイルだけどさ、使いやすいの、なんのって。強い魔法発動だって隠蔽したんだぜ」
ラステルさんは白い髪をフワッとさせて、素早く振り返った。ジントの手の平の上で存在を主張している『灰色の宝玉』を認めるやいなや、緑のネコ目の瞳孔が、一瞬、ビックリしたようにパッと広がる。
「これ、魚人の魔法職人の製作ね。海の底には、時々、妙な《隠蔽》や《擬態》の魔法を発動する宝玉が埋まっているそうなんだけど、こんなにステルス性能が良いのは、私も初めて見たわ。光学迷彩もセットされているみたいね。ほとんどの《探知魔法》をスリ抜けるわよ、コレ」
――わお。そうだったんだ。
そう言えば、魚人の《擬態》って、ほとんど芸術の域に達しているとか、何とか……
バーサーク化した男たちを引き連れて、『茜離宮』の奥まで侵入して襲撃をやらかしたシャンゼリンが、何で上級魔法使いの《探知》の網に掛からなかったのか、今にして謎が解けたよ!
ラステルさんは、もう一度、アンティーク部門スペースで注目を集めている金色マントのクマ族を見やった。緑の目がキラキラと光っている。
「現物の買い取り交渉は、長引くものよ。このチャンスを逃す手は無いわ。《隠蔽魔法》を活用して、怪しい『風のフォルバ』の控え室を探りましょう。控え室には、とんでもない秘密が埋まっている筈よ。海の底の宝玉のように」
part.09「かく示された連鎖」了――part.10に続きます
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