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大広間:右や左の緒戦展開・1

魔法道具業界の社交パーティー会場となっている大広間は、立食パーティーを終えたばかりだった。


見上げれば、高い天井――各所の明かり取り用の天窓が全開状態になっていて、昼日中の明るさが、大広間の床まで降り注いでいる。


広々とした大広間には、その空間を支えるための太い列柱が規則正しく並んでいた。


そして、強い浄化能力を持つ紺青色の水中花アーヴ種に守られた、セルフサービスの水飲み場が、ポツポツとある。水飲み場を構成する水槽の上には夜間照明がセットされてあり、陽が沈んだ後は、水場ポジションを示す案内灯となる事が分かる。


当座の魔法道具の見本市スペースとなっている大広間の中央部では、多種族のビジネス業者たちが忙しく行き交っている。自己紹介や社交辞令、それに商品の紹介が続いているところ。


そんな、ところへ。


「余興の道化師ジャジャジャジャーン!!」


今しがた、空き台車が出て行ったばかりの出入り扉から、派手な効果音と共に、空き台車が逆走しつつ乱入して来たのだった。


当然、警備に立っていた熟練の衛兵や下級魔法使いたちが、目を丸くしている所だ。


「おい、止めろ!」

「ストップ、ストップ!」


下級魔法使い資格持ちの衛兵たちが一斉に『警棒』を振り、ブレーキ代わりの、グレーの《防壁》を立てた。膝丈の高さだ。


――ガッコォン。


暴走台車は、少し高めの縁石さながらの《防壁》にブチ当たり、急停止した。


同時に、台車から『ポポポポーン』と放り出されて来たのは――


怒髪天なアンネリエ嬢、訳が分からないと言った顔をした新人のウルフ衛兵たち、野次馬と化していた魔法道具の運搬業者たち。


「何だい、こりゃあ。ドッキリ余興かい?!」

「えらい仰天モノの演出だな!」

「おお! 今の話題の、爆弾聖女・薔薇薔薇バラバラか!」


会場の目と言う目が、アンネリエ嬢に集中した。アンネリエ嬢にとっては望むところだったに違いない。こんな『余興の道化師』という登場の仕方で無ければ。


その隙に。


「さぁ、お目当ての『雷神』を探すわよ! フード姿の大男よね」


ラステルさんとわたしとジントは、別の脇扉から、フード姿の謎の『雷神』を探すべく、コッソリと大広間に入ったのだった。後ろから、メルちゃんも付いて来る。興味津々なケビン君とユーゴ君も。


大広間は、広大な空間だ。一定間隔ごとに立つ太い列柱の間には魔法道具の陳列台が並び、他種族の様々な人々が、魔法道具業者たちとの商談を兼ねて、立ち話をしているところ。


下手の大扉からは、今もなお展示用の魔法道具を積んだ搬入用の台車が、ゾロゾロ入って来ている。


上手の、階段状となっている高台が、玉座の間となっているのは明らかだ。奥壁には、堂々たるウルフ王国の紋章が描かれてある。その手前には、ウルフ国王夫妻が着座するための玉座が2つ、置かれている。



わたしたちは、太い列柱の陰から陰へと、忍んで行った。



――不意に。


「攻撃魔法を仕掛けた脅迫状だと? 財務部門の報告にも出た、あの謎の『雷神』から?」


ビックリするほど近くで、ジルベルト閣下の声がした。不吉な声音だ。ギョッ。


ラステルさんの白いネコ耳が『ビシィッ』と立ち、ジントの灰褐色のウルフ尾が『ビョン!』と跳ねる。


(止まって! どういう事なのか、盗聴するわよ!)


ラステルさんの、的確な指示が飛んだ。


にわか少年少女探偵団の全員で、太い列柱の陰に身を潜める。


メルちゃんとケビン君とユーゴ君も、『脅迫状』という不吉なキーワードをウルフ耳に詰め込んでいたみたいで、全身の毛が逆立っていた。


ひとつ先の列柱の傍に、ジルベルト閣下と、リクハルド閣下が居た。2人とも、硬い表情をしている。


ロイヤルブルーの上等な上着をまとった、如何にも高位貴族なリクハルド閣下は、今しがた、会場に到着したばかりみたい。珍しく遅刻した、と言う風だ。そして、『手に持った何か』を、ジルベルト閣下に示している。


ジルベルト閣下は、《風》の上級魔法使いとして、純白の堂々たるローブをまとっているところだ。白いローブの袖が揺らめくのが見えた。ジルベルト閣下が『問題の何か』を受け取っているのだ。



――透明な防護ケースに入っている、1枚の封筒。



透明な防護ケースの中で、《雷攻撃エクレール》系と思しき、青白い《雷光》がバチバチと散っている。あれが、封筒に仕掛けられている攻撃魔法らしい。ひえぇぇ。


――防護ケースが無ければ、受取人は、《雷攻撃エクレール》をモロに受ける。以前のわたしたちみたいに、髪全体をパンチパーマにされて、クネクネと悶える羽目になったんじゃないだろうか。


リクハルド閣下の冷えた声音が、響く。


「少なくとも、『雷神』を名乗るだけの事はあるようだな。これを最初に受け取り、開封した我が執事は、不意打ちの《雷攻撃エクレール》を受けて気絶した。相当に出血もあってな、盗賊撃退レベルどころでは無い。《雷攻撃エクレール》を受け流すのに失敗していたら、死んでいるところだ」


――どっひゃーッ! 本物の《雷攻撃エクレール》……死人が出るところだったのか!


「幸い、その命に関わる第一撃の後は、ご覧のレベルだ。だが私には、《雷攻撃エクレール》の拷問を受けながら文面を確認する趣味は無いんでな、この防護ケースに封印した訳だ」


ジルベルト閣下が「ふむ」と頷きながら、透明な防護ケースをクルリと返した。


魔法の封筒から魔法の文書が出て来たらしい。『パシン』というような、魔法文書オープンの音が響いて来た。


――音声方面でも魔法感覚が復活していて良かったよ。何が起こっているのか、何となく伝わって来る。


程なくして――ジルベルト閣下が、その文書を読み上げる声が聞こえて来た。


「この文書をもって、ウルフ族が男、黒きリクハルドに要求する。本日付で、例のウルフ娘の身元保護の停止を宣言し、《魔法署名》データ添付の文書を、全て永久に破棄せよ。かつ本日の陽が沈む前に、例のウルフ娘を拘束し、『茜離宮』の三尖塔の、いずれかの旗ポールの頂上部に縛り付けて放置せよ」


――ななな、何という脅迫!


しかも『茜離宮』の三尖塔の頂上にある旗ポールの、頂上部って……そんな至高のポイントに縛り付けられたら、高所トラウマで死ぬ!


列柱の陰で、わたしは失神しかけていたのだった。訳知りのジントとメルちゃんが咄嗟に身体をつかんでいてくれなかったら、わたし、音を立てて、バッタリと倒れていたと思う。



いつの間にか、ジルベルト閣下の読み上げがストップしていた。何か思案しているらしい。やがて、怪訝そうな声音で、ツッコミが入った。


「リクハルド殿。確か、あの娘は、高所恐怖症では無かったか?」

「あれは、間違いなく筋金入りだな。床から足が離れただけで尻尾が反応した」


ナイスミドルな2人の男性の、何やら溜息らしき息遣いの後。


ジルベルト閣下の読み上げが再開する。


「……これらを過不足なく遂行せよ。さもなくば、最大最強の《雷攻撃エクレール》により、貴様の全身は、原形すら留めぬ黒焦げの『粉末死体』となっているであろう――我が名は恐ろしき『雷神』なり」


暫しの沈黙の後、リクハルド閣下の冷え冷えとした声音が続いた。


「脅迫状の内容は、以上だ。昨日の行動が既に洩れているとしたら、この『雷神』なる人物、大した諜報能力だな。マーロウ殿もシャンゼリンも既に死んでいる今、何処の誰が、情報漏洩ルートになっているのやら。相当に、我がウルフ王国の上層部に食い込んでいると見える」



――と、そこへ。



見覚えのある大柄な上級隊士が、速足で歩み寄って来た。上級隊士『地のドワイト』と一緒に居た隊士だ。


「閣下! 先刻、『余興の道化師』として会場に逆走して来た暴走台車から飛び出て来た令嬢が、『紫花冠アマランス』らしき装飾品を帯びております。至急、ご確認を願います!」


報告スタイルだけは一応まともなんだけど、内容が普通じゃ無い。


ジルベルト閣下とリクハルド閣下は、揃って『はあ?』という顔つきだ。


そして、すぐにアンネリエ嬢が現れた。


2つの台車の緩衝材に挟まれていた時の怒髪天ぶりは何処へやら、目に涙をいっぱい溜め、全身を震わせて、『あたくし、被害者なのよ』と、全身で主張している。一見すると、本当に高貴にして淑やかな貴族令嬢だ。ビックリ。


高位の貴族令嬢と言う事情もあるのだろう――『地のドワイト』おんみずからが拘束し、連行している。もっとも、アンネリエ嬢がウソのように大人しいから、エスコートしている形だ。続く部下の隊士たちは、まだ驚愕が抜けていない顔をしている。


そして、アンネリエ嬢の後見として、緊急で駆け付けていたのだろう『火のクラリッサ』女史が、困惑顔をしながらも付き添っていた。



ラステルさんが、キラキラした緑色のネコ目を細めた。白いネコ尾が、愉快そうにピクピクし始める。


(あの爆竹令嬢は、他にも色々やらかしてるみたいね! これは是非とも見届けてやらなくちゃ!)


事情を良く知らないメルちゃんと、ケビン君とユーゴ君が、そろって目を真ん丸くした。


アンネリエ嬢を眺めるジントの目は、スッカリ据わっている。灰褐色のウルフ尾が、皮肉っぽくヒュンヒュンと振れているところだ。


(あの爆弾女、大した二重人格の役者じゃねーか、おい)

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