追いつ追われつ(後)
本丸へのルートを、順調に辿りながらも。
用意の良い白毛のネコ族ラステルさんから、携帯用の腹持ちの良い昼食を少し分けてもらった。
腹ごしらえした後、台車とコンテナの間を次々すり抜けていた、ところ――
――それは、突然だった。
何故か、バッタリと遭遇した。大広間の扉まで、もう少しと言う場所で!
「キーッ! こんな所に侵入してたのね、この闇ギルドのコソ泥の魔物が!」
見事な縦ロール金髪。敵愾心に燃え上がる金色の目。淡いピンク色の妖精のようなドレス。赤グラデーションで彩った、レース&フリル盛り盛りの華麗な裾。つるバラ宝飾細工を巻き付けた『魔法の杖』。
由緒あるアンティーク魔法道具『紫花冠』が、ブレスレット様式でもって、手首で光っている。
――爆弾女こと、アンネリエ嬢!
ラステルさんが緑の目をパチクリさせている間にも。
怒髪天なアンネリエ嬢は、つるバラ宝飾細工を巻き付けた『魔法の杖』をブンブンと振り回した。『魔法の杖』が、赤いエーテル光を帯びる。
間違いなく《火矢》の構えだ!
わたしとジントは、思わず、身構えたけど。
アンネリエ嬢の『魔法の杖』のエーテル光は、瞬く間に、砂時計の砂のようなサラサラの粒子の流れとなり、蒸発した。
――おや? 不発……?
ラステルさんが、呆れたように白い『ネコ尾』をピコピコさせる。
「魔法道具が大量に集まってる場所で、何で攻撃魔法を発動しようとするのよ? 魔法道具が暴走したり爆発したりしたらマズいから、この辺り一帯で攻撃魔法を封じる処置がされてる筈だけど。それも、上級魔法使いが全員で仕掛けてる重量級の術だから、緊急避難的に魔法を発動できるのは、王子や親衛隊や上級魔法使いくらいよ」
――そ、そうだったっけ?!
指摘されて、さすがにアンネリエ嬢も気付いたみたい。美麗な顔が『ビシッ』と歪んだ。
ラステルさんが、そこへ畳みかける。
「一見して貴族令嬢みたいだけど、教育どうなってるのかしらねぇ。ウルフ王国は実力主義って聞いたけど、この不始末は、貴族名簿から名前を剥奪されるレベルよね」
アンネリエ嬢は、その指摘を打ち消すかのように大声を上げた。
「おだまりぃッ!」
次に飛び出して来たのは――
パ・パ・パ・パーン!! パ・パ・パ・パン・パカ・パーン!
ジントが、顔の前に飛んで来たブツを、『魔法の杖』で咄嗟に打ち落としながらも飛び跳ねた。
「パンダ族の特製の爆竹だ! ウヒョオ!」
床の上に打ち落とされて転げ回る、多数の小さな筒の結合体。
小さな筒から、ビックリするような火花と煙が弾けている。そんなに脅威と言う訳では無いけど、こんな物を投げつけられたら、怪我するよ!
――と言うか、アンネリエ嬢、何で、そんなの持ち歩いてるのッ?
「何だ、何だぁッ?」
いきなり降って湧いた火花と煙と大音響。
魔法道具を乗せた台車に付き添っている運搬係がザワザワと騒ぎ出した。
台車コンテナの向こう側に、紺色マント姿の、やる気満々の衛兵が駆け寄って来ているのが、チラホラと見える。異変発生に気付いたに違いない。
アンネリエ嬢は、駆け寄って来たウルフ族の新人の衛兵たちに向かって、キンキン声を張り上げた。
「この無礼な3人は、爆竹テロリストよ! 即刻、捕まえなさい!」
――ななな、なんて事を!
いかにも高位の貴族令嬢なアンネリエ嬢と、新顔な訓練隊士2人とでは、信用レベルが違い過ぎる。
まだ訓練コースを済ませて間もないと言った風の、紺色マント姿の若い衛兵たちは、早速『警棒』を構えて殺到して来た。
一瞬にして『獣体・白猫』に変身したラステルさんが、宙を舞う。
「秘技、ネコ・パンチに、ネコ・キック!」
「わわッ!」
白猫なラステルさんは、ウルフ族の衛兵たちの隙を突いて、サーカスの軽業師さながらの拳法の技を決めていたのだった。
――ドドドッ。
まだ新人という風な衛兵たちが、綺麗に決まったネコ・パンチとネコ・キックに吹っ飛ばされて、次々にひっくり返る。重心のズレを捉えられていたらしい。見事な吹っ飛びようだ。ひえぇ!
アンネリエ嬢が、驚きの余り目を剥いて、ポカンとしている間にも――
白猫スタイルの『獣体』だったラステルさんは、見事なまでの『早変わり術』を披露した。空中で宙返りしながら緑のドレス姿の『人体』に戻り、華麗な着地をする。あの高いハイヒールで、アクションそのものの着地を決められるというのが、凄すぎる。
「カッコええ! 後で教えてくれよ!」
「ホホホ、面白い事になって来たわね。行くわよ!」
ラステルさん、こういうハラハラ・ドキドキな場面で、燃える性質らしい。ラステルさんの勢いに促される形で、わたしとジントは、ラステルさんと共に回れ右して、現場逃走を図ったのだった。
「追え、捕まえろ!」
「待て待て、爆竹をバラバラ投げてたのは、この『薔薇薔薇』な御令嬢だぜ」
「攻撃魔法《火矢》も発動しようとしてたんだぜ。まさに『薔薇薔薇』でな」
「白猫の方が、薔薇薔薇の死体になるところだったんじゃねーのか」
「どういう事だ?!」
怒鳴り声での口論が、回廊中に響き渡った。
屈辱で頭に血が上ったらしい若いウルフ族の衛兵たちと、一部始終を目撃していた多種族のコンテナ運搬係たちの間で、ツッコミを飛ばし合っている。口論しながらも一丸となって、わたしたちを追いかけて来るところ、ホントに器用としか言えない。
事の次第の真相について口論しているという部分だけは一応まともなんだけど、時系列の整理をスッポ抜かしてるし、大いに省略も入ってるから、変な事になってるなぁ。
怒髪天なアンネリエ嬢は、その口論を差し置いて、貴種ならではの脚力でもって、追跡グループの先頭に躍り出た。おんみずから、わたしたちを追って来る!
ウルフ族の若い衛兵たちと多種族のコンテナ運搬係からなる10人ほどの追跡グループが、アンネリエ嬢の奇行の有り様に、目を丸くした。
「アッ、ブロンド縦ロール巻の爆弾女が逃げた!」
「と、とにかく追え、捕まえろ、どっちも逃すな!」
「ヒョオ、サーカスの人気演目『爆弾聖女・薔薇薔薇の逃走追跡劇』かい!」
――アンネリエ嬢、何だか変な二つ名を頂く羽目になっちゃったね。
*****
わたしたちは、回廊の角をグルリと曲がった。
出入り業者用の廊下――という雰囲気の回廊に入る。会場直結の裏口っぽい扉が、延々と連なっていた。
魔法道具の搬入を済ませて、パーティー会場から出て来たばかりの、無人の空き台車が多い。しかも、遠隔スタイルで自動コントロールされているところ。
遠隔スタイルで台車をコントロールしている、小姓なウルフ族の少年少女たちが、空き台車の間に控えている。
「ぶつかるぅ!」
「ヒョオオ!」
いかにも仕事見習い中な少年少女たちは、暴走しながら突っ込んで来たわたしたちを見て、目を真ん丸くして仰天していた。咄嗟の事で身体が動かないと言うのは、うん、良く分かる。
反射神経の素晴らしいラステルさんとジントが、空き台車の群れをピョンと飛び越える。
わたしは何故か、いつものように空き台車につまづいて、そのまま宙に放り出される形になってしまった。
――交通事故、確定!
「とりゃあ!」
別の少年の声がしたかと思うと――
複数の空き台車が『ブロック移動パズル』のように動き回った。緩衝材を固定していた空き台車のひとつが、素晴らしい加速度で目の前に出現する。
わたしは、その緩衝材に、ボンと突っ込んだのだった。
同時に後方からは、別の『ドスン』という衝突音と、「キーッ!」という不吉な怒鳴り声が響いて来た。
アンネリエ嬢らしき薄ピンク色と赤グラデーションのドレスが、2つの台車の緩衝材の隙間で、足をバタバタさせているのが見える。運悪く、緩衝材を固定したままの2台の空き台車に、挟まれてしまったらしい。
仕事見習いの少年少女たち3人が、駆け付けて来た。
「大丈夫か?! 何がどうなってんだ?!」
「ウヒョオ、すげぇピンクのハイヒール! 淑女バージョンのピンク・キャットじゃん!」
「何で隊士の格好してんの、ルーリー?! 何でジントとピンク・キャットが?!」
何と、金髪少年のケビン君と黒髪少年のユーゴ君だ。それに、メルちゃんも居る。奇遇だね。
ラステルさんが早くも状況を理解して、愉快そうに声を掛けて来た。
「ホホホ、顔見知りだったのね! 台車の遠隔操作の腕前が良いわね、金髪ウルフ少年!」
――複数の空き台車をいっぺんにコントロールしたの、ケビン君だったんだ。話には聞いてたけど、話以上にスゴイ腕前なんじゃ無いかな。
感心していると。
「キーッ! よくもよくも、あたくしに逆らって、無事に済むと思ったら大間違いよ! まとめて地下牢に閉じ込めて、地獄の爆弾でバラバラに拷問して処刑してやるーッ!」
2つの台車の緩衝材に挟まれたままのアンネリエ嬢が、ドレスに包まれた足をバタバタさせながらも、抜け出て来るところだ!
「え? あれ、サーカスの演目の爆弾聖女・薔薇薔薇とか?」
「ピンク・キャットも居るし、余興の道化師ジャジャジャジャーン?」
ケビン君とユーゴ君の理解は変な事になってしまってるけど――
ジントが、ものすごい勢いで首を縦に振ってる物だから、たちまち、そういう事になってしまったらしい。
「爆弾聖女・薔薇薔薇は、魔法の絨毯に乗って高笑いしながら登場するじゃないの。だったら、このまま台車に乗って、会場に登場する事になるよね」
メルちゃんまでもが、何故か謎の納得をしていた。ケビン君とユーゴ君も、イタズラ盛りの年齢と言う事もあるのか、一斉に目をキラーンと光らせている。
ウルフ族の若い衛兵たちと、魔法道具の運搬業者たちが、回廊の角を回って現れた瞬間。
「爆弾聖女・薔薇薔薇が救う事になる、騎士や村人のお出ましかい?!」
「すごい! ホントにサーカスの筋書きの通りね!」
ユーゴ君とメルちゃんが、2人で興奮して、ピョンピョン跳ね回っている。
金髪少年ケビン君の『魔法の杖』が、赤いエーテル光を放った。
「余興の道化師ジャジャジャジャーン!」
――変な魔法呪文だけど。
空き台車の動きは、劇的だった。
先頭を行くのは、2つの台車。やっと、と言う風に緩衝材の隙間から半身を出したばかりのアンネリエ令嬢を真ん中に挟んでいる。
それに続いて行くのは、背後から暴走し始めた台車の群れに気付いて、逃走態勢になったウルフ族の若い衛兵たちと、多種族の魔法道具の運搬業者たち。文字通り、意味不明な暴走を始めた台車に追いかけられて、パニックしているところ。
会場の扉が、バンと開く。それも、会場の中央辺りに位置するポジションの、搬送用の出入口が。
「@@@~ッ?!」
意味不明な不協和音が湧き上がった。
緩衝材を固定したまま、逆走する空き台車に乗せられ、或いは、つかまりながらも。
アンネリエ嬢と、ウルフ族の若い衛兵たちと、魔法道具の運搬業者たちが、会場の真ん中へと転げ出て行ったのだった。