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追いつ追われつ(前)

「殺されなかったのは、ただタイミングの違いだっただけに過ぎないんだからな、姉貴!」


リオーダン殿下が、倉庫の扉をキッチリと、錠前で封印して立ち去った後。


相変わらずグルグル巻きに縛られたままのジントは、全力でジタバタしながら、わめき散らしていた。


「最初っから、都合の良い時にクレドを殺す予定だったんだぜ、あの野郎! 『殿下』称号持ちともなれば、親衛隊士よりずっと強ぇから、親衛隊士をプチッと斬殺して処刑、なんてのも出来るんだぜ!」


ジントは、ゴロゴロ転げ回り始めたけど。筋肉ムキムキなジョニエルさんが、力いっぱい縛り付けたロープなんだよね。『ほつれた』と言うような気配は、少しも見受けられない。


「あの鬼畜外道、クレドをアルセーニア殺しの真犯人に仕立て上げて、更にオレをクレド殺しの真犯人に仕立て上げて殺すつもりだぞ! 傍から見りゃ、オレにはクレドを殺す動機ってのが有り過ぎるしな!」


――ゴメンよ、ジント……


「それに、こうなってみりゃ、リオーダンの『本来の計画』ってさ、『勇者ブランド』魔法道具商人『雷神』と組んで、《水の盾》サフィールを拉致誘拐する事だったんじゃねーかよ! ああ、計画して陰謀して、準備してな! 事によっちゃ、レオ帝国をぶっ潰して、ウルフ帝国を樹立する事も考えてる筈だぜ!」


今さらながらに、わたしの脳内では、地下牢での記憶がグルグルしているところ。


地下牢に1人やって来た『クレドさん』――リオーダン殿下は、言っていた。



――6年前。サフィールが刺繍した道中安全の護符。自称『雷神』がな、秘密裏に、私から大金で買い取った。私が帰路で持ち歩き、『お焚き上げ』に投じたのは偽物の方だった訳だが――



まさしく、クレドさんに数々の罪をなすり付けようとして、付け加えたセリフだ。でも、その内容は真実に違いない。かねてからタイストさんに疑いが向くように工作していた、マーロウさんと、同じやり方だ。


――サフィールがノイローゼになった時。


クレドさんと一緒にやって来た、もう1人の少年と言うのが、リオーダン殿下だったじゃ無いか。


あの言葉を信じるなら、その頃から既に、リオーダン殿下は『雷神』と名乗る魔法道具の商人と関係があったのだ。或いは、もう少し以前から――だったのかも知れない。


リオーダン殿下がサフィール訪問の一行に加わった経緯にしても。今になって考えてみると、不自然な箇所が見受けられるのだ。


本来の訪問者としてクジに当たっていたベルナールが、急に中型モンスターに襲われて体調を崩したと言う話とか。ただ『不自然』というだけで、実際には、証拠は無いけれど。



わたしには、元・サフィールとしての記憶は無い。


元・サフィールだった時、わたしは、ものすごく間抜けな言動をしていたんだろうか? リオーダン殿下に物騒な計画を思いつかせる程度に?


だんだん悪い想像が出て来て、何だか力が出て来ない……



――カシャカシャ、パチン、カシャン。



「へッ?!」


倉庫の入り口から妙な音が……ジントがウルフ耳をピコッとさせて、バッと身構える。だ、誰?!


「ニャーオ」


わずかに開いた倉庫の入り口から、スルリと滑り込んで来たのは――猫の声だ。え?!


目の前で。


人体サイズに近い白猫は、色っぽい尻尾を揺らして、白い光を放ちながら『ニューッ』と伸びあがった。


「化け猫?!」

「猫又?!」

「ニャッ、失礼しちゃうわね。れっきとした獣人ネコ族よ。私たち、顔見知りの筈だけど」


次の瞬間――《変身魔法》に伴う白いエーテル光が収まった。


そこに居るのは、何とも色っぽい雰囲気のネコ族の美女だ。白い毛髪。ネコ耳。誘惑的な緑の目。慎みのあるデザインの緑のドレスのくせに、ピンク色の高いハイヒールを駆使した、艶っぽい立ち姿。ユラリと揺れるネコ尾。


――何処かで見たような、濃いピンク色のハイヒール。


「ランジェリー・ダンス女優の……ピンク・キャット……?!」

「ハーイ。今は、ネコ族の魔法道具業者の妻の1人『風のラステル』だけどね。その折は、私のランジェリー・ダンスへの投げチップ、有難うね~♪」


――ピンク・キャット!


確か、最近、ポーラさんのドレスメーカー店に来て、『ミラクル☆ハート☆ラブ』の方で、特に大量のマネーが流れていた密輸商人を、5名も挙げたとか! それも、ドレス注文の際の、待ち時間をつぶす余談の合間に、ポロッと!


ピンク・キャットこと『風のラステル』と名乗った白いネコ族は、『魔法の杖』を取り出すや、刃物に変形した。あっと言う間に、わたしとジントの身体を縛っていたロープの結び目を切り取る。


ついでに、錠前破りの腕前でもってか、ラステルさんは、わたしの首に掛かっていた地下牢の首輪のロックも外してのけたのだった。すごい。


「な、何故、此処が……?」

「その前に少年。そのフリル&レース満載のガチムチ変態男、あと少しで目覚めるわよ。縛っといた方が良いと思うけど」


ジントの反応は素早かった。


数秒後、水のジョニエルさんは、口の位置でもグルグル巻きに縛られていた。さるぐつわをかまされた、金色のウルフ耳付きのミノムシみたいだ。


……ジント、よっぽど、水のジョニエルさんを喋らせたく無くて、おまけに走らせたくも無かったんだね……


「@@@@……?!」


ジョニエルさんは意識がハッキリして来たようだけど、自分に起こった事態が理解できなかったみたい。腰まである純金な金髪を振り乱しつつ、モダモダと身をくねらせている。


そこへ、ラステルさんが、ショッキング・ピンク色をした、スパンコール満載のフルフェイス型マスクをかぶせたのだった。おまけに奇抜なまでの、道化師のデザインだ。


道化師デザインのギラギラ・マスクを着けた変態男が、ますます変な風にフリル&レース満載の身をくねらせている物だから、いっそう変態男に見える。


「ウチの夫の1人の新作で、『アブナイ妄想天国に連れてって』と言うタイトルの、お役立ちな魔法道具なのよ。仮想現実の内容はお任せだから、しばらく目と耳を閉じて、楽しんでねぇ♪」


――た、確か、ネコ族って、多夫多妻制とか……! こういう商品は、需要があるんだろう。


呆然としていると、ラステルさんが緑のネコ目をキラッと光らせながら、わたしをのぞき込んで来た。薄暗い倉庫の中で、瞳孔が丸くなっている。


「黒髪だけど、本当にサフィールね。道理で、聞き覚えのある声に、見覚えのある所作だと思ったわよ。レオ帝宮を訪問した折、金髪のサフィールと会ってるのよ、私。ハイヒールの師匠、兼、相談役として」


――ほえぇえぇ?!


風のラステルさんは、白いネコ耳をピクピクとさせ、キュッと眉根をしかめた。


「この倉庫の脇で、ずっと盗み聞きしてたのよ。私の同僚のバニーガール殺しに、リオーダン殿下が関わってるの? あの子、『新発売の怪しいドラッグの取次』なんて、超ヤバい小遣い稼ぎに『ウサ耳』を突っ込んでるの見え見えだったから、警告したんだけども」


その疑問に応じたのは、ジントだ。


「リオーダンは、バニーガール殺しには、直接には関わってねぇと思う。でも黒幕の一味って事は確かだ」

「ふむ。レオ帝都に居る筈の《水の盾》サフィールを妻にしようってんだから、方々に手を伸ばしていて不思議は無いわね」


ラステルさんは、高いハイヒールを装着した足を、危なげなく、優雅に踏み変えた。わたしに正面を向けて来る。


「リオーダン殿下が『シャンゼリンの妹』とか言ってたわ。あなたも『サフィールじゃ無い』とか言ってたけど、じゃ、今は何? この少年の姉貴?」

「水のルーリエです。ルーリーと。こっちは弟で、風のジント」


ラステルさんは、緑の目をパッと見開いた。


やがて、ラステルさんは、わたしとジントを交互に見ながら、ゆっくりと緑の目を細めた。ニヤ~ッとした、ネコ族ならではの笑みが、美麗な顔面に浮かぶ。


「色々あったみたいだけど、お祝いを言うべきなんでしょうね、元・サフィールのルーリー。『禁断の恋』が、禁断じゃ無くなったみたいだし。サフィールだった時のルーリーは、ハイヒールのレッスンの合間に、私に恋の相談をして来てたのよ。魔法使いの師匠には言えなかったからだろうけど」


ポカンとしているわたしとジントに、ラステルさんは、クイッと白い『ネコ尾』を振って来た。


「さぁ、急ぐわよ。ボヤボヤしてると『雷神』を見失うわ。私の同僚のバニーガールに、『新発売のドラッグの取次』という美味い儲け話を持ち込んで来て、あんな死体にした張本人なの。絶対、ヤツの正体と正式名を暴いてやるわよ。そっちも、リオーダン殿下を何とかするつもりなんでしょ」


倉庫を出る、その直前。


ラステルさんは、サッとかがみ込んだ。もはや朦朧としているジョニエルさんから、ショッキング・ピンク色をしたギラギラ・スパンコール満載の、フルフェイス型マスクを剥ぎ取る。


――『一片たりとも証拠を残さぬ』と言う訳だ。


女優ピンク・キャットこと白猫淑女ラステルさん、元々は忍者だったりして。鮮やかな手際。感心しちゃう。


*****


ラステルさんは、わたしとジントを、会議室と並行して並ぶ休憩用の回廊へと導いた。真昼の刻を過ぎたばかりの高い角度の陽光が、列柱の間から回廊へと差し込んでいる。


本来は休憩用のベンチが並んでいる回廊なんだけど、今はベンチは無い。種々の魔法道具の商品を積んだ台車がズラリと並んでいる。運搬を担当する大勢の作業員が台車を取り巻いていて、大広間の扉に続く行列を作って、スタンバイしているところだ。


先頭グループの台車が、社交パーティー会場となっている大広間へと、次々に入って行っている。


目立たないコーナーまで来た所で、ラステルさんは再び、白い髪をフワリとさせながら、わたしを振り返って来た。キラキラした緑の目が、気づかわし気な光を湛えている。


「ルーリーに、ひとつ詫びなきゃいけない事があるわ。バニーガールの質問に応じてサフィールの情報を流したの、私なのよ。金髪にサファイアの『花巻』をセットしてる事、夕方に自由時間が取れた日はモンスター撃退用の軍用施設に来てる事。あの時は、バニーガールが『雷神』とつながってるなんて思いもしなかったから」


その数日後、急に、レオ帝都を嵐が襲った。3日間の『雷電シーズン』の如き、落雷と大雨。


レオ帝都に居たラステルさんは、不吉な予感がして、後宮の都の情報を窺った。


かなり確かな筋から、問題の夕刻に、モンスター撃退用の軍用施設が跡形もなく吹っ飛んだという事実を知り、仰天した。直後にサフィールの『体調不良&長期休養』なんていうメモが出たものだから、本当は、サフィールが行方不明になったのでは……と直感。


そして、バニーガールの、『不自然に決まった』巡業先を回った末に、ウルフ王国『茜離宮』へと、真相を探りにやって来ていたのだと言う。


結局、間もなくしてバニーガールは、詳しい事情を明かさぬまま、無残な死体と成り果ててしまったのだけど。


――成る程ねぇ。


思わぬところで人脈が連結してた訳だ。


わたし自身はバニーガール本人に会った事は無いけど、噂の赤いスケスケ・ランジェリーのバニーガールが、そこまで重要な役割をしてたなんて、全くの想定外だったよ。現在でも、衛兵部署も魔法部署も、『運の悪かった密売人の女の1人』という見方をしていると思う。

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