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青いドレスと少女

ティータイム中の女たちが雑談を中断して、『あら、まぁ』と言う風な顔をして来た。


「あら、あのバッサバサな髪の下には、こんな可愛い女の子が隠れてたのね、オホホ」

「童顔だから、メルちゃんタイプのドレスも、難なく似合いそう」


ポーラさんが興味深そうに呟きながら、わたしの全身を眺めて来た。本人がファッショナブルだし、ファッション関係者かな?


そんな事を考えていると、ポーラさんが『正式な自己紹介が、まだだったわね』と額を打った。


金狼種『火のポーラ』さんは、ドレスメーカー店の中年ベテランお針子さん。成る程、ファッション関係者だった。メルちゃんとジリアンさんの母親。


黒狼種『風のヒルダ』さんは中級侍女として、アンティーク宝物庫の管理スタッフをやっているそうだ。『茜離宮』の室内装飾にも関わっている。アンティークの旗や武器を玉座の間に揃えると、歴史が感じられる分、荘重さも違うとか。チェルシーさんとは、アンティーク宝飾品の鑑定や記録などで、しょっちゅう顔を合わせる関係。


*****


『いやー! いやなの!』


フィリス先生の《風魔法》で、子狼なメルちゃんが物陰から引きずり出されている。メルちゃんは四つ足をバタバタさせて抵抗しているけど、あっと言う間に姉ジリアンさんに捕まってしまった。


「私の結婚式ではベールを持ってくれる約束なんでしょ、メルちゃん。私をガッカリさせたら許さないわよ」


ええッ! ジリアンさん、結婚するんだ! 相手は誰だろう? ジリアンさんは美人だから、ちょっとワクワクする。


親戚同士だからか、フィリス先生とジリアンさんの共同戦線は素晴らしく息が合っている。ジリアンさんがメルちゃんを押さえつけたところで、フィリス先生が強制的に変身魔法を発動したらしい。メルちゃんはあっという間に、人体スタイルになった。


メルちゃんは、なおも触れた物をハッシとつかみ、動かされまいと頑張っている。あのね、メルちゃんが今しがみついているの、わたしが座ってる椅子の足なんだけど……


「ピンクのドレスじゃ無きゃ、絶対、着ないー!」


あ、そういう事ね。結婚式で着なければならないドレスと言うのが、好きなピンク色じゃ無いんだ。


チェルシーさんとヒルダさんは「あらあら」とか言いながら、小さなメルちゃんを微笑ましく眺めている。


ポーラさんが手元の風呂敷包みを開いて、綺麗な水色のドレスを取り出して来た。畳まれていたドレスを手早く広げて、メルちゃんの目の前に披露しながら語り掛けている。


「1番上にピンク色の刺繍が全面的に入ってるから、これなら大丈夫じゃない?」


メルちゃんは涙目で、チラリと水色ドレスを見たけど、すぐにプイッとアサッテの方を向いた。盛大な、清々しいまでの、むくれ顔。気に入らなかったのね。


ヒルダさんが水色ドレスを眺めて、「アンティークな刺繍が良い味を出してると思うけど」とコメントしている。


「あれ、辺境では現役の刺繍デザインですよね、チェルシーさん?」

「そうなのよ、ヒルダさん。メルちゃんは魔法使いも好きだから、魔法使いのドレスデザインだったら喜んで着ると思ったんだけどね。ほら、こちらの包みのこれ、『水のサフィール』が3年前まで愛用していたドレスなの。当時レオ帝都に行った時、ツテがあって、偶然にも手に入って」


チェルシーさんは、ポーラさんから渡されていた包みから、一着の中古のドレスを出していた。色あせて灰色に近くなっているけど、元々は空色だったみたい。長く大事に着られていた事が、素人目にも分かる。


ドレスの下半分の全体に、修復不可能な程の、何らかの大きなシミと、ボロボロになった切れ込みが出来ている。自力でシミを抜いて縫い直そうとしたんだろうな、という痕跡があるんだよ。どうしても、元のように着られなくなったので、泣く泣く手放したんだろうと言う感じ。


3年前というと……サフィール本人は、その時は19歳だよね? 年齢に対して、意外に小さな体格の人みたい。


ウルフ族の女性(人体)は元々、小柄な体格に収まっている事もあって、12歳から14歳にかけて、身体サイズが完成するらしい。それ以降になると、身体サイズと年齢の相関関係がハッキリしないらしいんだよね。フィリス先生とメルちゃんの身体サイズも、年の近い姉妹みたいな差に収まっているし。


あれが19歳の標準サイズかどうかは分からないけど……だいたい、わたしと同じくらいの身体サイズ?


何となくだけど、ドレスの雰囲気の趣味も似ている感じ。『水のサフィール』に親近感が湧いて来る。


ドレスのスカート部分の装飾は、透けるような薄布を、段を作って3枚重ねるというデザインだ。前中央部分が割れていて、立ち回りの度に優雅に波打ち広がるような、ロマンチックな仕掛けになっている。


一番下の薄布に、緑色の蔓草モチーフ刺繍。真ん中の薄布に、ルーリエ種を模したと思しき、瑠璃色の六弁花の散らし刺繍。一番上の薄布が最も薄くて、上半身を含めてドレス全体をふわりと覆う形だ。そこに、唐草パターンとも流水パターンとも見えるピンク色のシンプルなライン刺繍が、全面的に施されている。如何にも乙女らしい。


透けるような薄布の上に刺繍されているから、それぞれの刺繍が重なり合って見え、お互いの図案を引き立て合っているという風。


ポーラさんが「サイズを合わせないと」と言いながら、メルちゃんに何とか着せようとしている水色ドレスも、全く同じデザインだ。さすが、プロのお針子さんの技術と言うべきか、そっくり復元されたような感じ。


メルちゃんは、身体をくねらせてジリアンさんの腕の下から脱出した。再び子狼の姿になって、今度はチェルシーさんとヒルダさんが座ってる長椅子の下に潜り込んで、威嚇し始めている。そこなら、簡単には引きずり出されないだろうと計算しているらしい。ちゃっかりしてるね。


ポーラさんは『どうしたものか』という顔をしていたけど、ふと、わたしの方を見た瞬間、『閃いた!』というような顔になった。しおしおとしてたウルフ耳も、ピピンと張り切っている。


――な、何ですか?!


「ルーリーさん、ちょっとドレスモデルを務めてくれるかしら? このドレスが黒髪に合うって事を証明したいの」


――成る程。そういう事なら。


ちょっとサイズが小さいみたいだから、着られるかどうかは分かりませんけど……


此処に居る全員が女性だから、脱いでも大丈夫だよね。患者服なスモックだから、着替えは楽だ。えいっ。


「ル、ルーリーさん、そのアザ……!」


ポーラさんが悲鳴に近い声を上げて、腰を抜かす形になってる。どうしました?


――あ。身体全身、湿布だらけで、包帯だらけ。その各所の隙間から、紫色がやっと退き始めた、ものすごい数のアザの群れが見えている。


揃って青ざめた顔に手を当てて、口をポカンと開けた女たち。フィリス先生が『しまった』というような顔になった。


「説明して無かったわ。病棟に運び込まれる直前まで、ルーリーは地下牢に居たの。あそこの扱いは知ってるでしょ。此処だけの話だけど、ヴァイロス殿下の暗殺未遂の件で、残党狩りをしている時に出て来たものだから、即座に容疑者扱いになってたのよ」


チェルシーさんが顔を隠すように手を当てて、でも、指の間から、アザをシッカと見て来た。


「人体だと、男女の骨格にも大きな差があるのに、ヒドイ事をするわねぇ。あら、この間の夫の話だと、容疑者は『バーサーク化イヌ族、男3名』、『バーサーク化ウルフ族、男2名』、『イヌ族の脱走犯、男2名』、『正体不明のコソ泥チビ1名、未だ捕まらず』って事になってたけど、『脱走犯』の片方?」

「正解ですわ、チェルシーさん」


ポーラさんとジリアンさんは、ひとかたならぬショックを受けていたみたいで、少し震えていたけど、立ち直りは早かった。「痛かったら言ってね」と言いながら、2人がかりで、慎重にドレスを着せていってくれる。


――驚いた事に、メルちゃんの身体サイズに合わせて縫い縮める前だったからか、ドレスに身体が入った。丈は短いけど。


ポーラさんが目をパチパチさせながら、何度も見直して来た。後ろでは、チェルシーさんとヒルダさんが、興味深そうに眺めている。


「あらまぁ。お年頃にしては痩せてるのね。もっとシッカリ食べないとダメよ」

「黒髪が映えるわねえ。『水のサフィール』は黒狼種に違いないわ。『献上』の際に、レオ帝国大使が現地記録を全て押収してしまったから、詳しい事は分かって無いけど」


子狼なメルちゃんが、いつの間にか出て来ていた。口をポカンと開けたまま、上から下へ、下から上へと何度も視線を往復して来る。


――ねえ、わたしが着こなせている状態なら、メルちゃんなら、もっと可愛く見えるんじゃ無いかな?


メルちゃんは決まり悪げな様子ながら、ジワジワ、ジワジワと人体に戻った。変身魔法って、スピードも調整できるんだ。知らなかった。


「そ、そのドレスだったら、着てやっても……良いわよ」


モジモジしながらの、何とも素直じゃない言葉だけど、青系統のドレスを着てくれる気になったらしい。ポーラさんやジリアンさんとしては、肩の荷が下りたに違いない。ハーッと、安心したような溜息をついている。


何でも、結婚式の際は、各々の《霊相》生まれにちなむ色を選んで、礼装を着用する事になっているんだとか。古代から続いている、由緒正しき慣習なんだそうだ。


花嫁になるジリアンさんは特別扱いで、茜色でまとめた、華やかな花嫁衣裳を着用する事になっている。それは、きっと茜色に金髪が映えて、見事な眺めになるんじゃ無いだろうか。是非、見たい。見てみたい。


*****


メルちゃんが協力的になったお蔭で――


ドレスのサイズ合わせは、ポーラさんの手によって、今までの遅れを取り戻す勢いでスムーズに進んだ。ちゃんと裁縫道具を準備していたり、修正スピードが早かったり、さすが、プロフェッショナルのお針子さんと言うところだ。


ポーラさんが、サイズ合わせの済んだメルちゃん用のドレスを風呂敷に包みながらも、不意にわたしの方を見て来る。


「これも何かの縁だわ。ルーリーさんも、娘の結婚式に来て頂けるかしら? もちろん、無理は言わないけど。ちょうど、サイズ違いの試作品があるから、ルーリーさんの分のドレスも、すぐに出せる状態なの」


結婚式場は、たぶん、城下町の方なんじゃ無いかな? 行ってみたいけど大丈夫かな。フィリス先生の方を見ると、フィリス先生は目をパチクリさせた後、腕を組んで思案顔になった。


「そうねぇ、会場はそんなに離れてないし、それまでに体力は充分に回復する見込みなのよね。そんなに大きなパーティーと言う訳じゃ無いから、リハビリ的な社会活動としてはベターかも知れないわ」


――有難うございます。是非、参列させてくださいね。


*****


その後、美容店をおいとまして、フィリス先生の付き添いで、病室に戻った。


フィリス先生の調合した種々の飲み薬や栄養剤を服用する。いずれも薬湯タイプの物になっていた。


生ぬるくて不思議な味がする物、苦い物、甘辛い物、如何にも薬草らしいツンとした匂いがする物――謎だと思える程のバリエーションがある。一体、何から出来ているのか聞いてみたい気もするけれど、聞いたら聞いたで、後悔しそうな『何か』も混ざっていそうな気がする……


しばらくすると、急に疲れを感じて来た。たぶん、今日は色々あったせいだと思う。


ベッドに横になると、すぐに眠気が襲って来た。


――その後は、わたしは夕食の刻になっても目が覚めず、翌朝まで熟睡していたのだった。

part.01「水のルーリエ」了――part.02に続きます

お読み頂きまして、有難うございます。

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