地下牢:前哨戦・4
人工の多重魔法陣――《防衛プログラム魔法陣》は、完全に消えた。
なおも超高速で飛び交いつつ《雷光》の散乱を続けていた、デコボコの透明な《盾》カードが、遂に力尽きたように雲散霧消する。
ミラーボールの迷宮の如き、結界が晴れ上がった。
――ああ……、危険なレベルの《雷光》成分が、まだ大量に残ってるんだけど……
無数の、真紅の色をした《雷光》が、ドッと飛び散る。
半分以上の《雷光》は、地下牢の鉄格子や石床や石壁にブチ当たるや、接地で雲散霧消した。多くが、赤い火花を立てながら消滅したけれど――
残りの《雷光》は、油断のならないエネルギーでもって、乱反射を始めている。
隣の牢に居たチャンスさんとサミュエルさんが、乱反射して来る細い《雷光》の直撃を食らって、ビリビリと震えながら飛び上がり始めた。
「おりゃ、《雷電シーズン防護服》を立てろ! ビリビリするワン!」
「必要だからって、オレに命令すんな! 偉そうに!」
向かい側の牢に居た6人のオッサンたちも、《雷光》を避けつつ、飛び跳ねている。
「ウッヒョオオ! オレら、生きてるぅ!」
「ヒョオオ、信じられねぇ! やったぜぇ!」
「密閉空間の大型《雷攻撃》を、糸玉、いや、手玉に取ったじゃねーか!」
「あんな変幻自在の防衛術、見た事も聞いた事もねぇ!」
何だか、余裕のあるコメントをして来てるなぁ。
みんなして泣き笑いしてるけど、痛みのせいでは無いらしい。頑丈な筋骨の付いた大の男だから、幸い、細かい砂が当たった程度の衝撃に抑えられているようだ。
早くも、1人が『魔法の杖』を振るったみたいで、すぐに《雷電シーズン防護服》が立ち上がった。6人分を収容するサイズ。野外テントみたいな感じ。
そんな事を思いながらも。
――普通じゃ無い消耗感だ。全身がガクガクと震えている。
足に、力が入らない。立っていられなくて、床に座り込んでしまった。
ジントが『魔法の杖』を振るって、わたしたちの周りに《雷電シーズン防護服》を展開してくれていた。良く気が付くね、ジント……
相変わらず赤い《雷光》が、しつこく乱反射しながら飛び交っているけど。
幸いにして。
少年なジントが危なっかしく展開している《雷電シーズン防護服》でも、充分に防げるレベルまで、威力が落ちているみたいだ。
でも、意外に強いのが結構あって、「イテッ」とか「アチッ」とか言う叫び声が続いている。貴種なアンネリエ嬢の《雷電シーズン防護服》でさえ、完全には防ぎ切れないレベルの高エネルギー成分があったみたいで、時々、「キャッ」とか言ってる。
地下牢の各所で、赤い《雷光》がパチパチと火花のような音を立てている。接地機能付きの、それぞれの魔法の《雷電シーズン防護服》の表面では、本当に静電気のような火花が飛び散っていた。
――最初は大きな音だった物が、だんだん小さな音になって来ているのが分かる。
乱反射を繰り返すたびに、段階的にエネルギーを失っているのだ。接地が効いているからだ。もし《防衛プログラム魔法陣》で、《雷光》の威力が充分に弱められていなかったら、間違いなく、とんでもない事になっていたと思う。
程なくして――赤い《雷光》が、名残を含めて、すべて消滅した。地下牢の中だから音響が長く反射し続けていて――エーテル残響も、いつまでも続いている。
これ程のエーテル残響が出ていて、何故、地下牢を警備する衛兵が気付かないのか、不思議だけど。
――繰り出した《盾》カードの数が足りていて、良かった……
多数の《盾》カードを繰り出すと言うのは、想像以上に体力を使うプロセスだったみたい。《雷光》を特別なやり方で透過するように透明にしておいて、想定外の乱反射の成分が出ないように質を揃えて、大型《雷光》の連続攻撃に耐えられるような強靭さも付けて……
ペタリと座り込んだまま――気が付くと、息が上がっていた。石床に、震える手を突いて、ハァハァゼィゼィ。
――もしかしてじゃ無くても、アンネリエ嬢、何か新しい魔法道具をくっ付けてる? 前回よりパワー・アップしてるよね?
予想通り、アンネリエ嬢の金切り声が、地下牢じゅうに響き渡った。
「この悪女が! 我が一族の最強の《雷攻撃》魔法道具、対モンスター《散弾剣》を!」
「人に使って良い魔法道具じゃねぇよ!」
ジントが『魔法の杖』を振るった。少年ならではの小ぶりな《風刃》が――白い三日月形をした物が――数個ほど、飛び出す。
アンネリエ嬢が、ハッとして咄嗟に飛びのいたけど、コソ泥なジントの『スリ取り』の技術は、本物だった。
ジントの放った《風刃》はブーメランのように角度を曲げ、アンネリエ嬢の『魔法の杖』にくっ付いていた黒いアクセサリーのような物体を、かっさらう。その白い三日月形の《風刃》は単身、天井のスリットを器用にスリ抜けて行った。
「キーッ! 何て事を! あれ、取って来なさいよ!」
「誰が取って来るかよ、バーカ」
残りの白い三日月形の《風刃》は、密集隊形の編隊を組んで、まさにブーメランさながらに、ジントの『魔法の杖』に吸い込まれて消えた。
向かい側の牢からも、隣の牢からも、「いいぞ!」「サイコー!」と言う歓声と共に、拍手が響いて来る。うん、わたしも同じ気持ちだよ。あんな、究極の恐怖とも言うべき、乱反射スタイルの《雷光》は、二度と御免だ。
アンネリエ嬢は真っ赤になって地団太を踏みながらも、片方の手に持っていたハンドバックに手を突っ込んだ。
――ほえ?!
取り出されたのは――2種類の香水瓶。それも、妙に色っぽいデザインの。互いに反対色と言って良いくらいの、色合いの落差のある……
「げぇ! それ、『混ぜるな危険』だぞ!」
ジントが目を剥いて、オタオタし始めた。ピンチだ。
――地下牢の中だもの、空気を逃がすスペースも、そんなに無いもんね!
「あたくし、ザリガニ型モンスター事件をシッカリ研究したのよね、オホホホホ! 闇ギルドの女なんか、永久に鎖につながれて、バーサーク化してるのがお似合いよ!」
アンネリエ嬢は、2つの香水瓶の封を切って中身を空中にバラまき、勝ち誇った高笑いをしながら、貴種ならではのスキルなのだろう《風魔法》を発動して来た。
――2つの媚薬成分の混ざった突風が、押し寄せて来る!
ひえぇぇぇ!
わたし、今は立ち上がれないくらい消耗してるし、《防壁》連発は出来ないんだよ!
ジントが必死に《風魔法》で押し返したけれど――12歳未満の少年なジントでは、アンネリエ嬢の、貴種ならでの魔法パワーを押し返せない。
白いエーテルの断片が飛び散り、一部は、わたしの額に命中だ。ひえッ!
不吉な『ガチン』という音がした、その一瞬――
茜色の閃光が一面に瞬き、既視感のあるような、ホワイトフローラル系の香りが広がった。
「ヒョオォ?!」
「おい、さっき、サークレットが茜色に光ったぞ!」
隣の牢で、早くも見物し始めていたらしい、チャンスさんとサミュエルさんが奇声を上げた。
アンネリエ嬢が、宝飾細工のつるバラを巻き付けた『魔法の杖』を構えたまま、カッと目を見開く。
「本物の、守護魔法の付いてるサークレットだったの?! 『茜姫』の……!」
――ほえ?!
そう言えば、額は、怪我してないみたいだけど……?
ジントが、驚いた顔でキョロキョロしている。
空中に浮かんでいるのは、ホワイトフローラル系の香りを放つ、白金色の煙だ。茜色の閃光が、2つの媚薬成分を無効化するような、何らかの化学反応を起こさせていたらしい。
「ウッヒョオ! 媚薬ガス、一瞬で分解したぜ! すげぇ《風魔法》の返り討ち!」
向かい側の牢に居た6人のイヌ族とウルフ族の男たちが、やはり口々に知識を披露して来た。
「そりゃ、古代の『茜姫のサークレット』シリーズの、アンティーク魔法道具じゃねぇか!」
「王族に近い名門出身の貴族や豪族しか持ってねぇ、国宝級の品って話よ!」
「ヒョオオ! 守護魔法が、まともに発動するとはな! あ、そうか、サークレットのサイズが合って……」
――わたしのじゃ無いよ! 元・第三王子なリクハルド閣下から、何故か、恐れ多くも預かってしまった品だよ!