地下牢:前哨戦・3
宇宙の根源から来る大容量エーテルが、猛烈な勢いで、体内《宿命図》になだれ込んで来る。以前にも感じていた既視感。
体内にある《盾の魔法陣》が、大容量エーテルを呑み込んで、稼働し始める。身体の感覚がスウッと薄らいで行った。集中力が切れた瞬間に、色々、崩れそうだ。
手に握りしめた『魔法の杖』を、大容量エーテルが駆け上がって行く。杖の先に展開していた《防衛プログラム魔法陣》が大容量エーテル流束を飲み込み、青い宝玉細工のようにきらめき始めた。
第一段階のプログラムが動き出す。《防衛プログラム魔法陣》の一部が、真紅に輝いた。赤い《火》エーテルのフラッシュが、全方向に飛び散る。
真紅色のフラッシュは光速で飛び交い、赤い《雷光》の乱反射スペースを、瞬く間に検出した。
そして、赤い《雷光》独特の乱反射パターンのシミュレーション・データと共に、《防衛プログラム魔法陣》に返る。
キラキラとした青い宝飾細工さながらの《防衛プログラム魔法陣》は、勢いづいたかのように全体構造を回転し、変形した。第二段階だ。《防衛プログラム魔法陣》は新しい配置に収まるが早いか、わたしの体内にある《盾の魔法陣》を次々コピーして、数多の《分身》を一斉に放出する。
溜め込んでいた大容量エーテルが一気に持って行かれて、貧血のような感じが全身に広がった。
強い眩暈と虚脱感。『魔法の杖』を持つ手にも力が入らなくて、フルフル震えるけど。此処で倒れちゃいけないので、お腹に力を入れて、体内エーテルのバランスを戻しておく。
――空気が『ビシリ』と音を立てた。聞いた事のあるような、物理的な音――
四方八方に、カードサイズの透明な断片が、ビッシリと出現していた。滑らかな面を持つ多面体スタイルの物と、デコボコの面を持つ鏡面スタイルの物、2種類。稜線だけが、鮮やかなラピスラズリ色。
――いずれも、限りなく《盾》に近い強度を持つ《防壁》だ。見た目はガラスなんだけど、ほぼ《盾》であるとも言える。
今にして気づいたよ。
わたしは体内の《宿命図》にある《盾の魔法陣》をコピーして、これらの透明な《分身》を、発動したんだけど。
通常の《盾魔法》の場合は、『魔法の杖』からエーテル流束を流して、人工の『正字』でもって《盾の魔法陣》を組んで、四大のいずれかの《盾》を発動するという形らしい。いわゆる《盾魔法》、発動に時間が掛かる筈だ。
――体内の《宿命図》に、《盾の魔法陣》を持っている方が、明らかに早い。そう、それで《盾持ち》と言うのか!
魔法感覚で見ると、まるで異次元の、透明なミラーボールの迷宮に放り込まれたような光景が広がっている。身動き不可能な程の、《盾》カードの密度。
「スクランブル!」
魔法の呪文に応じて、杖の先に展開している《防衛プログラム魔法陣》が、プログラム通りに、多重魔法陣ならではの複合型の回転を始めた。ひとつひとつの魔法陣の回転方向が違う。複雑な回転スタイルだし、多くの遊星型の魔法陣に至っては、その軌道は円形を描いてすらいない。
青く輝く《防衛プログラム魔法陣》の回転と共鳴して――数多の《盾》カードが高速で飛び交い始める。ミラーボールの迷宮そのものが、あらゆる方向の高速スピンをスタートしたように見える。
アンネリエ嬢もジントも、口をアングリと開けたまま立ち尽くしている。隣の牢からも向かい側の牢からも、仰天の余り絶句している気配が伝わって来た。
――今、変に動いたら、乱反射して来る《雷光》にやられちゃうから、そのままジッとしててね!
滑らかな多面体スタイルの《盾》カードが、多段構えの迎撃隊形を組んで、大型《雷光》の前にスクランブル展開して行く。プリズムさながらに大型《雷光》を透過しつつ、様々な角度に屈折し、分散し始めた。
地下牢じゅうに、腹の底まで染み通るような重低音のエーテル音が轟き渡っている。まるで大型モンスターの雄たけびのようだ。巨大なエネルギー量のエーテル衝突に伴う、大音響。
強大な攻撃魔法を引き受けているせいか、《盾》カードは身を焦がす勢いで赤く輝き燃えているけど、上手に直撃を受け流しているようだ。
――とりあえず必要な間だけは、持ちそうだ。持ちこたえてくれないと困る。
早くも、別の滑らかな多面体スタイル《盾》グループが、分散後の赤い《雷光》の予測軌道に沿って、迎撃態勢で展開する。いずれにしても高速展開だから、回転し続けるミラーボールの迷宮の全体が、赤く照らされつつも燃え上がったようにも見える。
多面体スタイルの透明な《盾》の群れと赤い《雷光》は再び衝突し、エーテル音が響いた。なおも恐るべきパワーを保ちつつ衝突しているけれど、音で判断する限りでは、少しずつだけど、段階的に、確実に威力が落ちていると分かる。
デコボコの面を持つ《盾》カードは、《雷光》の乱反射の予測軌道に沿って高速展開し、《雷光》を更に細かく散乱し始めた。太さのあった赤い《雷光》が、見る見るうちに細分化されて砕かれて行く。
細分化するたびごとに、《雷光》の持つ《雷攻撃》パワーが削れて行った。
杖の先に展開している《防衛プログラム魔法陣》の多重回転と、ミラーボールの迷宮の如き結界の回転は、共鳴している。そして、両方ともに、指数関数的にスピン速度を上げて行った。《盾》カードの数が有限だから、《雷光》弾幕の分裂増殖スピードをさばくために、ますます高速で動き回らないといけないんだよね。
アンネリエ嬢は、相変わらず口をアングリしたままだ。
地下牢に充満した《雷攻撃》弾幕の中で、立ち尽くしたまま動いていない。この恐るべき強度を持つ《雷光》の弾幕密度の中では、下手に動けない――と言う事には気付いているらしい。ミラーボールの迷宮を出て、《雷光》弾幕に身をさらした瞬間、ズタズタになりかねないから、正しい判断ではある。
今更ながら、と言う風だけど、アンネリエ嬢を取り巻く《雷電シーズン防護服》のクオリティが上昇した。《防壁》とは言えないけど、貴種ならではのクオリティ。でも、ジントを助けようと言うような素振りは、全く感じられない。
――国宝級の《盾持ち》だと自分で言っているのに、これは、どういう訳なのだろうか。安全圏だと信じているのだろう術の中に逃げて、閉じこもったまま、何もしないなんて……
一方、ジントは――何が起きているのか理解しようと、赤い《雷光》をよけながらも、キョロキョロしているところだ。何らかの守護魔法が展開してるって事は、分かっているみたい。
二種類の透明な《盾》カードは、赤い《雷光》のプリズム透過と散乱のプロセスを、幾度となく繰り返し続けた。カウントはしてないけど、既に数千回は超えている筈。指数関数的な増大パターンだから、すぐに数百万回まで到達するだろう。
――《防衛プログラム魔法陣》では半光速、つまり光速の50%まで、スピンを加速できるように仕込んである。そこまで行けば、全ての《雷光》が自然陽光レベルまで弱体化する計算になる。理論上は、そうなる。そこまで、わたしの術が、理想的に維持展開できていれば、だけど。
既に超音速の領域だ。猛烈なスピン速度ではあるけれど、その本質は、乱反射し続ける《雷光》の予測軌道だから、スピン方向はハッキリしていない。時々、わたしたちの周りを取り巻く全ての空間が、ユラリと波打つのが分かるだけだ。
無数の《雷光》は、もはや、ミラーボールの迷宮いっぱいに広がる、赤い放電状の糸玉か何かに見える。
物理的な意味でいう、接地が効くレベルまで、《雷攻撃》の威力が落ちたようだ。砂がこすれ合っているかのようなエーテル音が、ひっきりなしに続く。まるで砂嵐の音だ。
髪の毛ほどの細さにまでなった赤い《雷光》が、ミラーボールの迷宮を突き抜けて、飛び出して行く。
細い《雷光》は、地下牢の石壁と石床にブチ当たるたびに、ピシッ、ピシッと音を立て始めた。意外に強い。数も多い。
誤差が、無視できないレベルまで拡大しているって事だ。《盾》カードによる包囲&迎撃ラインが、突破されてしまっている。ちゃんと《火》エーテルで測定した結果を使って乱反射の軌道を予測していたんだけど、真値とのズレ、やっぱり出ていたんだ。こうも穴だらけだと、結構……かなり、不安だ。
やがて。
モンスター強度レベルの《雷光》は、全て分解した――幸運にも、誤差の範囲内で。
役割を終えたのを理解しているかのように、多面体スタイルの《盾》カードが、次々に、赤い炎を出しながら燃え尽きる。滑らかだった面は、今や、満身創痍となり果てていた。
気が付けば、杖の先で、青く輝きながら高速回転していた《防衛プログラム魔法陣》が形を失い始めている。宇宙の根源から来る大容量エーテルの奔流に、耐えられなくなったのだ。
――『正字』で組んだ人工の魔法陣は、脆い。《盾》カードの傷が、自動修復しなくなる筈だよ。