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再びの地下牢(後)

ゆるりとした所作で――見慣れたクレドさんの長身が、地下牢に入って来る。


でも、クレドさんは、扉の近くに佇むばかりで、そこからは動かない。わたしたちを釈放しようとして此処に来たのでは無い――という事は、明らかだ。


クレドさんは、鎖付きの首輪につながれたわたしたちを眺めて、冷笑を浮かべた。いつの間にか『警棒』を抜いていて、その『警棒』の先端は、さりげない風ではあるけれど、シッカリと下段に構えられている。


魔法感覚を強化してジッと見てみると、その『警棒』の周りに、確かに白いエーテル光が漂っている。


――《防音》の魔法だ。


魔法道具に特有のパターンが出ているから、何処かに魔法道具を隠し持っているんだろうけど……長身なうえに体格が良いから、隠し場所の見当は付かない。


向かい側の牢に居る6人の男たちと、隣の牢に居るチャンスさんとサミュエルさんは、わたしたちとクレドさんの妙な雰囲気には気付いているみたい。でも、《防音》魔法に遮られているから、何を話しているかは、多分、分かってない状態なんだろう。みんな、ポカンとした顔をしている。


相変わらず異様な雰囲気のクレドさんが、おもむろに口を開いた。奇妙に金属的な音声が響く。


「コソ泥どもが、実に余計な事をしてくれた物だな。お蔭で、『王妃の中庭』への侵入路が使えなくなってしまったでは無いか。今、衛兵部署では、《魔王起点》が宮殿内に出現したような大騒ぎになっているところだ。よりによって、ヴァイロスが陣頭指揮を執っている」


ジントが眉をキッと逆立てる。


「……オレの母さんを殺したのは、てめぇだな!」

「あの、やたらと頭の回る女コソ泥の事か。親が親なら、子供も子供という所だ」


クレドさんは、更に気分を害した様子で、口の端を歪めて吐き捨てて来た。不快な物を見る時のように、ジントを見据えている。


「あの女コソ泥、勘が良すぎたのが運の尽きだったな。図々しくも余計な諸々に気付いて嗅ぎ回った上に、アルセーニア姫に直接、通報していた。しかも姫は、その確証を固めようと動き出していた――あと少しで、『本来の計画』が全て台無しになるところだった。あの女コソ泥も、アルセーニアも、国家反逆罪を犯したのだから、当然の報いだ」


――計画? 本来の計画?


不吉な予感を感じる。


わたしは、そろそろと立ち位置を移動して、ジントの身体にピッタリ張り付いた。ジントの着用している、訓練隊士用の紺色マントの端をシッカリとつかむと言う形だけど。


クレドさんは、刃物の光めいた黒い眼差しをギラリと動かして、わたしに視線を合わせて来た。ぎょっ。


「レオ帝国の第一位《水の盾》サフィール・レヴィア・イージス。本来は我がウルフ王国の《水のイージス》として、ウルフ王族を守護する任務についている筈の身。『水のサフィール』をウルフ王国に取り戻すのは、国家として、正当な権利だ」


――ウルフ族出身の《水のイージス》を、ウルフ王国に取り戻す。それが、『本来の計画』だったという事なのだろうか?


でも。


そのプロジェクトの結果は――バースト事故だったよね?


おまけに、記憶には無いけれど、わたしの身は『呪いの拘束バンド』と死刑囚の拘束衣でもって、拘束されていた。到底、穏やかな手段だったとは言えない。間違いなく『暴力』は、あった。


わたしの背中に、イヤな汗が流れ始める。


クレドさんの歪んだ口元から、不気味な言葉は流れ続けていた。


「6年前。サフィールが刺繍した道中安全の護符。自称『雷神』がな、秘密裏に、私から大金で買い取った。私が帰路で持ち歩き、『お焚き上げ』に投じたのは偽物の方だった訳だが、老いぼれと片割れの分だけでも、充分に3人分の《守護》の効果はあった。それ程の《盾持ち》が、レオ皇帝の元に居る。大いなる間違いと言うべきだ」



――『雷神』? 『雷神』……!


不意に、記憶がピコーンと閃く。



――つい、この最近、ジリアンさんの美容店で聞いた名前だ!


ランジェリー・ダンスの女優、ネコ族のピンク・キャットが……芸名で無い名前の方は忘れたけど、ポーラさんの居るドレス専門店に来店したとか。ドレス注文の際の、待ち時間をつぶす余談の合間に、『ミラクル☆ハート☆ラブ』の方で、特に大量のマネーが流れていた密輸商人を、5名も挙げてくれたとか、何とか……


その中に、マーロウさんの仮名『逆恨みのプリンスたち』もあったし、『大魔王』とか、ザリガニとか、何とか……



――最後の5人目の密輸商人は、通名『雷神』。


他の闇商人たちが、命知らずな連中も含めて、畏怖を込めて、そう呼ぶ。種族系統の不明なフード姿の大男。顔を見た人は居ない。


逆らうと、強烈な《雷攻撃エクレール》でバラバラにされる。だから『雷神』――



クレドさんの冷ややかな眼差しが、剣呑な気配をはらんだ。刃物で切り取るかのように、わたしの全身の輪郭を、ジワジワとなぞって来る。怖い。


わたしは、後ろ手に隠し持っていた小型ペンサイズの『魔法の杖』を、ギュッと握りしめた。


警戒モードにシフトした体内の――《宿命図》の奥深く、《盾の魔法陣》に、素早くエーテルを満たしておく。下手に悟られないように、必要最小限の魔法陣セットのみの、静かな稼働だ。


やがて再び響いて来たクレドさんの声音は、侮蔑の色を帯びていた。如何にも期待外れだった――と、言わんばかりだ。


「話に聞く『サフィール』は、『紫磨黄金』の毛髪を持つ貴種ウルフ族の金狼種だと言うが。このような出来損ないの、『黒水晶』の毛髪でも何でもない、イヌ顔の混血とはな。本当は『サフィール』の偽物と言う訳か。あの『雷神』めが。とんだ不良品を寄越してくれた物だ……しかも、あのアバズレの、シャンゼリンの妹を寄越して来るとはな」


クレドさんの『警棒』が、わずかに傾いた。《防音》魔法を構成していたエーテルに――不意に切れ目が生まれる。


――ジント、ヤバイよッ!


反射的に、『魔法の杖』が閃いた。


その軌跡に沿って多重魔法陣セットが超高速で展開し、フラッシュを放つ。まさに電光石火。



ドカドカドカッ!!



ジントが思わず、と言った様子でたたらを踏み、切れ長な目を真ん丸くしている。


牢の真ん中に――



透明なガラスのような《防壁》が、立ちはだかっていた。床から天井まで、ピッチリと。



ジントの身を無残に引き裂く所だった、三日月形の白い《風刃》を――それも貴種ゆえの大型の物を、ガッツリと受け止めている。割れ目が広がっているけど、それだけだ。《防壁》そのものを貫くような傷は無い。間違いなく、大型モンスターの毒牙や突進を防ぐレベル。


白い《風刃》が威力も形も失って、砂時計の砂のように雲散霧消すると――《防壁》も、速やかに分解した。


――わお。多分『闘獣』だった時のスキルだ、これ。


発動タイミングも分解タイミングも悪いと、状況が次々に激変するモンスター狩りの現場で、有効に使い回せないし。透明じゃ無いと、モンスターから逃げ出すタイミングも分からないし。


「ヒョオオ! ありゃ何だぁ?!」

「ウルフ族の親衛隊士が、ご乱心かよッ?!」

「何と、あんだけ頑丈なのに、透明な《防壁》とはな!」

「グレーの影が入るような、術の乱れが全く無いって事か!」

「初めて見たぞ! 超高速の《防壁》術!」


向かい側の牢の6人のオッサンたちと、隣の牢のチャンスさんとサミュエルさんが、ワッと騒ぎ始めた。地下牢の中で、多種類の声が一斉に反響する。


クレドさんが『警棒』を構えたまま、カッと目を見開いていた。そこに浮かんでいるのは、本物の驚愕だ。


「……本当に《盾持ち》だったのか?! 剣技武闘会の時は、何故……?!」

「どういう意味だよッ?!」


ジントが蒼白になりながらも、わたしの代わりに疑問を飛ばしてくれる。


まだ不信と驚愕の色を湛えたままのクレドさんから返ってきた答えは、考えたくも無い物だった。


「真実《盾持ち》なら、防衛できた筈だ! レオ族の水妻ベルディナのように! 何故、あの時は……!」


――あの、剣技武闘会で起きた、魔法の《防壁》をバラバラに吹っ飛ばした事故は――事故を装った『魔法発動テスト』だったのか。大勢の死人が出るかも知れないところだったのに。


事情を呑み込み始めていたジントが、訝しそうに目を細める。


「てめぇ、もしかして『呪いの拘束バンド』の事情、知らなかったのかよ? 半分はオレのせいって事もあるけどさ」

「魔法文書フレームや魔除けの魔法陣は、有効に発動した! 毒見も、やってのけたでは無いか!」


――あ、それ、『正字』スキルと魔法感覚と直感の組み合わせだよ。魔法は全然、使ってない。


あの頃は、『呪いの拘束バンド』が頭部にハマってたせいで、《魔法署名》も《変身魔法》も出来なかったし。『魔法の杖』、持ってなかったし。


それに、わたし元々、発動できる日常魔法って3種類しか無いよ。《水まき》、《洗濯》、《水玉》。


最後の《水玉》というのは、本来は基本の攻撃魔法《水砲》なんだけど、『大砲にする』っていう部分が出来ないから、『水玉』になるってシロモノだし……


それに、《緊急アラート魔法》を含む『魔法の杖』通信の方は、先生がたが魔法道具を選んでくれるって事で……


――わたしの百面相、ピコピコ耳、ピコピコ尻尾、釈明がハッキリと書いてあったみたい。


クレドさんは、愕然とした顔になっていた。絶句しつつも、口を開け閉めしてる所は、珍しいと思う。


奇妙な沈黙が続いた後。


引きつっていた口元は――やがて、凄まじい笑みを浮かべた。


――いつだったかの、凶相マーロウさんを思わせる、笑み。噴き上がる殺気の凄さは、ジントでさえビクッとした程だ。


「ふ、ハハハハ……! 遂に、ヤツも用済みだ……!」


クレドさんは、やおら身を返した。漆黒の髪をくくる白い髪紐が、ひるがえる。


紺色マントをまとうクレドさんの身が通過するや否や――鉄格子の扉が勢いよく閉じた。


――ギィン、ガッチャーン!


続いて、やはり頑丈な錠前が『ガチャン』と重い音を立てたのだった。

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