再びの地下牢(前)
わたしとジントは、問答無用で地下牢に放り込まれた。尋問、いや、拷問のためだ。
即刻、地下牢に放り込まれても当然な状況だったんだよね。
ウルフ王国の第一王女アルセーニア姫の殺害現場。『茜離宮』の中でも、最も警備の厳しい『王妃の中庭』。
アルセーニア姫の暗殺を遂行した真犯人の、『王妃の中庭』への侵入手段が、衛兵たちに伝わったのは良しとしても。
このままでは、わたしたちが真犯人って事になってしまう。
おまけに、これから確定する見込みのある余罪が、全身がサンゴで宝玉な水中花、真珠をも産出するハイドランジア株の窃盗。高価値のブツだけに、重罪だ。
「全部、誤解だぁーッ! 最初から話を聞けーッ!」
ジントがジタバタして抵抗していたんだけど。
よりによって、わたしたちを身柄拘束した隊士たちのリーダーが、ジントいわく『最も当たりたくねぇ凶悪な上級隊士』こと『地のドワイト』だった。国王の親衛隊を務めるメンバーだそうだ。ひえぇ。
今回、わたしは、最初から『女の子』だと言う事が明らかだったせいか、前回のような扱いは無かった。ゴツゴツの床に、『べしッ』と叩き付けられたりするような事は。
――ただし、『紫花冠』と『手品師の変装、黒ウルフ耳キャップ付き三角巾』を装着しているという、摩訶不思議な頭部については、物凄く怪しまれてしまった。
アンティーク宝飾品『紫花冠』の窃盗も、誤解バージョンの余罪に加わりそうな気配。
地のドワイトさんをはじめとする隊士たちに、『手品師の変装、黒ウルフ耳キャップ付き三角巾』を散々チェックされた。元々は仮装パーティーの余興のための小道具らしいんだけど、トリック的な《変装》機能付きだから、限りなく『クロに近いグレー』なのかも知れない。胡乱な目つきで、『茜メッシュ』もジロジロと確認されてしまう。
「今日は、我々は国王夫妻ご臨席の、魔法道具業界の社交パーティー警備で多忙なのだ。すべての言い訳は、明日になってから聞く。すぐに尋問および拷問がスタートしないのを、今は感謝すべきだな」
背筋の凍るようなセリフを言い残して、やけに四角四面な『地のドワイト』は、10数人の部下たちを引き連れて、地上へと消えて行ってしまったのだった。
鉄格子の扉が閉まる、『ガシャーン』という音が、いつまでも陰々と響き渡っている。
――周りを見回してみると、やはり見覚えのあるスペースだ。
大の男に合わせてあって天井が高く、端には、明かり取り用のスリットが開いている。
首には、拘束用の重い首輪。重く頑丈な鎖が連結されていて、その鎖は、ゴツゴツの床と壁を持つ地下牢の中、一定間隔を置いて立つ鉄柱に固定されている。
ジントは、少しの間ウロウロと左右していた。そのうち、「ケッ」と言いながら諦めたように座り込んだのだった。そのまま、片立て膝に肘をつく格好になり、プウッとむくれながらも思案に沈み始める。
わたしは勿論、地下牢に連れ込まれた段階で、地下牢の階段のとんでもない段差を目に入れ、高所トラウマを発動した。以来、『ピシッ』と固まったまま、首輪につながれるのを受け入れ、大人しく突っ伏してヘタレていたのだった。きゅう。
――程なくして。
「おい、そこのチビ、あの時のコソ泥じゃねぇか。遂に捕まっちまったんだな、ゲヘヘ」
向かい側にある牢から、くたびれたようなオッサンの声が響いて来た。おや?
ジントが、弾かれたように顔を上げる。
「ウッヒョオオ! てめーら、あの時のバーサーク化してた、犬男と狼男、6人のオッサンじゃねーか!」
「こんな所で再会するとはよぉ、俺ら、よっぽど縁があるんだなぁ!」
何と、向かい側の牢には、今なお拘束中の、ヴァイロス殿下の暗殺未遂事件で暴れ回った暗殺者たち、すなわち6人の容疑者たちが、全員、鎖付きの首輪につながれて居たのだった!
そして。
「ヒョオオ! ウルフ女じゃねーか! おお! 愛しのルーリーじゃんか!」
「ウルフ女だと! 未婚の乙女か! ヒョオ、あん時の三角巾じゃねーか!」
更に隣の牢には、ナンチャッテ・モンスター暴走の件でお仕置き中だったのだろう、イヌ族の『火のチャンス』さんと『火のサミュエル』さんが、やはり同じように鎖付きの首輪につながれて居たのだった!
地下牢の中は、ワンワン、キャンキャンと、一気に賑やかになった。
*****
まだクラクラするような気のする頭を、やっと持ち上げる。う。首輪が重い。
「やっとこさ、高所トラウマ発動、収まったかよ? 姉貴」
――まぁ、何とかね……
「オレさぁ、さっきの『王妃の中庭』の噴水の件、考えてたんだけどよ」
ジントが腕組みポーズをしながら、喋り出した。
地下牢の面々も、わたしたちが『王妃の中庭』で運悪く捕まった件を聞き知った後とあって、興味深そうに各々の『耳』をピコッと傾けて来ている。
「アルセーニア姫を暗殺したっていう真犯人、オレたちみたいに噴水の下水道の側から侵入したのは間違い無いだろうけど。そのまま侵入したら、普通は気付かれるんだよな。噴水の音がいきなり変わるんだから、さっきみたいに、見張りの衛兵たちにバレる」
わたしの尻尾、『ビシィッ!』と立ったよ。驚きの余り。
――そ、そうだよね……!
あの現場への侵入に成功したが早いか、聴力の鋭い見張りのウルフ隊士たちに、普通はバレる。噴水の水の音が無くなるなんて、普通じゃ無い変化だし!
地下牢の中は、静かになっていた。
向かい側の牢の『水のニコロ』をはじめとする6人の容疑者たちも、隣の牢のチャンスさんとサミュエルさんも、ジントの話に耳をそばだてて、「ウンウン」と頷き、納得し、かつ同意しているところ。
世間の人々の中では、それなりに、『第一王女アルセーニア姫の暗殺事件』&『密室殺人のミステリー』について、興味津々って事。
「噴水の地下の方にさ、『3次元・記録球』がセットされてたじゃんか。『何で、こんな物があるんだ』って思ったけど、オレたちが捕まってみてさ、何となく謎が解けたような気がする」
――ふむ?
ジントは、訓練隊士用の紺色マントの下で、何やらゴソゴソやっていた。『手品師も驚くマジックの収納袋』を探っているようだ。やがて、すぐに、手品師のように、黒い球体細工を取り出して来た。
――あ、さっきの『3次元・記録球』。
「おーし、行くぜ」
ジントは『魔法の杖』を、『3次元・記録球』の上にかざした。向かい側の牢からも隣の牢からも、興味津々な目線が集中して来ている。
黒いボールさながらの魔法道具『3次元・記録球』は、正常に稼働した。
ポンと《土星》の如き輪っかを出すや、全身、あらゆる光を放つミラーボールに変身する。輪っか付きのミラーボールのスピンが始まると、音声付きの映像が、周囲に投射された。
「ヒョォオ! 噴水じゃねーか!」
隣の牢で、チャンスさんとサミュエルさんが感心している。
――あの『王妃の中庭』の噴水の、3次元の、音声付き動画だ。
しかも――限りなく実体サイズで再生されている。噴水の水が流れて跳ねている音も、リアルさながらだ。
「やっぱり、推察した通りだぜ。真犯人は、こうして偽の幻影を現場にセットしておいて、見張りの衛兵たちの目と耳をごまかして、見事、犯行をやってのけたと言う訳さ。《隠蔽魔法》という手段もあるけどよ、それだと音声面はカバーできないし。真犯人、頭が良いよな」
そう言って、ジントは『3次元・記録球』の再生を止めた。
向かい側の牢に居る6人のオッサンたちが、感心した様子で、大の男ならではの大声で言い交わし始めた。
「成る程なぁ」
「真相は常に単純って言うけど、ホントだな」
「噴水の工事のやり方、誰か知ってるか? 小遣い稼ぎに工事アルバイトした奴、居るだろ」
「オラ、10代の頃にやった事あるぜ。かくかく、しかじか……」
大の男たちは、新しくできた暇つぶしの話題に、目をキラキラさせて興じていた。地下牢の中だと、あっと言う間に話題が尽きてしまうのだろうと言う事は、うん、良く分かる。
ジントの灰褐色のウルフ耳が、急に『ビシッ』と動く。――おや?
わたしも同じように、ウルフ耳を『ピコッ』と同じ方向に動かして注意してみると。
地下牢の段差の大きい階段を「カツーン、カツーン」と降りて来る硬いブーツの足音が聞こえて来る。
――足音からすると、1人だけみたいだけど……誰だろう。地下牢の面々も、これは異例な事みたいで『何だ?』という顔だ。
昼日中の刻でありながら、薄暮と同じくらいの暗い空間となっている地下牢の中――
わたしとジントが拘束されている牢の前に、足音の主が立った。
――クレドさんッ?!
わたしとジントは、一斉同時に口をアングリと開けた。
紺色マントをまとう、背の高い黒狼種。クセの無い黒髪。スラリとした立ち姿。
何度見ても、その彫像めいた端正な面差しは、確かにクレドさんの物だ。その表情は――わたしとジントを眺めた瞬間、不快そうに『ピキッ』と歪んだ。
いかにも重そうな鉄格子の扉が、『ギイィィ』と不吉な音響を立てて開く。
――何かが、おかしい。
2人で揃って、バッと立ち上がる。首輪が重かったけど。
隣の牢に居るナンチャッテ渡世人なイヌ族、チャンスさんとサミュエルさんも、ただならぬ違和感を感じたみたい。仕切りの鉄格子からズザッと離れながらも、イヌ尾の毛が逆立っているところだ。