表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/174

王妃の中庭:密室の答え

地下水路は、やはり闇に包まれていた。


早速、子狼ジントが、夜間照明を発動する。


ヘボなわたしは、ほとんどの日常魔法が出来ない――夜間照明の魔法も出来ないんだよね。ちょっと情けなくなる。


ジントも混血ウルフ族なんだけど、偶然、男の子に生まれたと言う事があって、普通のウルフ族と同じくらい多くの日常魔法が発動できているようだ。


――汚職役人が無理矢理に割り込ませた工事と言うのが良く分かる、狭いスペースだ。


元々あった地下の下水道に、新しい噴水から伸びて来ている下水道がめり込みつつ、連結している。この工事を発注した人も発注した人だけど、やり遂げた人も、やり遂げた人だ。お互い、黒いものを腹に抱えつつ、癒着していたんだろう。


(こっちの下水道は随分と古いね?)

(古代の物だから当然さ。『茜離宮』から、外苑のゲートの外を流れる運河の出口まで、つながってる。あっちの壁に見えるのが、古代ウルフ王国の紋章だよ)


ジントが運んでいる夜間照明の光が蛍火みたいに漂って、少し先の壁を照らした。古いタイプの紋章が、レリーフ様式で彫刻されている。創建時は、金と黒で彩られていたのだろう。今は黄褐色と黒褐色の組み合わせだけど。


創建時の下水道で構成された地下通路は、意外に規模があった。大の男でも、背を屈めずに行き来できる。


――そして。


あのモンスター毒の濃縮エキスを封入した大型容器も、余裕で転がして行ける幅になっている……


子狼ジントが、通路のあちこちに鼻を近付けながら、全身の毛を逆立てていた。


(ほんの微かだけど、誰かの匂いが残ってるぜ。数日おきに行き来してるらしい)


――ふむ?


わたしも足元に鼻を近付けてみた。うーむ。大の男の歩幅ごとに、痕跡が残ってるようだ。既視感のある匂いだなあ。知り合いの人っぽいけど、思い出せない。クレドさんの匂いじゃ無いのは確かだけど……


(何てこったい。『茜離宮』まで一直線だぜ)


相変わらず『狼体』なジントとわたしは四つ足を速め、速足で、古びた地下水路を進んで行った。夜間照明の光が蛍火のように浮かびつつ、先導している。


一定ペースごとに、壁には、古代ウルフ王国のレリーフ紋章が続いていた。分岐路を幾つか経過して行ったけど、道標のように続くレリーフ紋章のルートに沿って、既視感のある誰かの匂いも続いている。


――だんだん不吉な予感がして来るけど、これは、きっと、突き止めてやらないと。


次の角で、地下水路は、いきなり多数の分岐に分かれた。水を多く使っている時間帯なのか、幾つかの下水道はゴウゴウと水音を立てている。


(真昼の刻だからな。立食パーティーが始まってんだ。皿洗いとかキッチンとか、大車輪だぜ)


ジントは暫し足を止め、方向を見定めようとするかのようにキョロキョロし始めた。


(この通路は使った事が無いから、見当が付かないんだよなぁ。あの水量の多いのは洗い場の下水道なんだろうけど)


わたしは、目星をつけた幾つかの水路に、順番に目を通して行った。自分でも、何を探そうとしてるのかは分からないんだけど……


――あれ?


中央辺りの水路のひとつ。新しくも古くも無い工事スタイル。幅が広い割に、流水量は一定だ。テテテッと近づいてみる。子狼ジントが夜間照明を浮かべながら、後をついて来た。


夜間照明の光がチラリと揺らめいた拍子に、何かがチラリと光った。流水量一定な溝の端に張り付いた、水色っぽい何かが、光を反射して虹色にきらめいている。ジントが首を伸ばして、傾げて来た。


(貝殻みてぇだな)


わたしは、慎重に『狼の手』を伸ばし、水色をした、丸っこくて薄くて小さな何かを掬い取った。貝殻みたいだけど貝殻じゃ無い。むしろ……


(あ、ハイドランジア花の、花びら……)

(ハイドランジア種?)


不意に――ピコーンと、記憶が閃いた。


――『王妃の中庭』には、ハイドランジア花があった! 淡い水色の、ポッテリとした鞠状の集団花! 全身がサンゴで宝玉な、水中花!


(ジント、この水路が正解だと思う。上流に行くよ!)


*****


読みは当たった。まだ信じられないけど。


目星をつけた流水量一定な下水道は、一定の幅でもって上流へと延びていた。そして、終着点は、噴水広場の地下に共通の構造を持つスペースとなっていた。


ジントが感心したように、大振りな構造をしげしげと眺めている。


(でけぇな。大型の噴水広場の物だぜ、これ。平らな所で二番水に充分な水圧を加えるのは難しいんだけどよ、大型噴水に必要な水圧を用意してあるぜ。かなり高い所まで、大量の水を押し上げてるのは確かだ)


わたしとジントは、暫くの間、上水道と下水道のセットの周りをグルグル回った。上水道の方は、強い水圧を加えるためだろう、不安を覚えるくらいの段差に、細い幅だ。


ウルフ耳を近付けて耳を澄ましてみると、水が勢いよくゴーゴーと流れていくのが、良く分かる。


それに引き換え下水道の方は、大の男でも通れる程度の幅がある。その代わり、噴水プールの水量を一定に保つためだろう、二重底になっていて、排水量を細かく調整できるようになっている。


子狼ジントが、灰褐色のウルフ耳をピコピコさせながらも、身体全身に白いエーテル光をまとい始めた。《変身魔法》だ。


(下水道側から噴水プールに出た方が安全だぜ。普通は下水道は、下手すると押し流されちゃうから使わないんだけどさ、これだけ幅がありゃ、『人体』でも――と言うか、『人体』の方が安全に出られる)


わたしも『人体』に戻った。ふぅ。


早速、ジントが下水道の調整弁にジャンプして取り付き、二重底を調整する。最大排水量だ。あっと言う間に、噴水プールの水が抜けたみたいだ。次に上水道の調整弁を閉める。地上から聞こえて来る流水音が、次第に小さくなっていった。


ジントが「アッ」と声を上げた。調整弁の辺りで、ゴソゴソとやる。


「何だ、これ? 何で、こんな所に『3次元・記録球』がセットされてんだ?」


見てみると、ジントの手に、あの見覚えのある黒い球体細工が乗っていた。保管ケースに入ってるけど、大きさと言い雰囲気と言い、『3次元・記録球』だ。ホントだね。何故、こんな所に?


「まぁいいや、とっとこう」


ジントは、いつものコソ泥の習慣を発揮したみたいだ。


何処かに持っているのだろう『手品師も驚くマジックの収納袋』に、『3次元・記録球』を収納したみたい。さすが『手品師も驚く』という口上が付くだけあって、何処に袋を持っているのか、何処に仕舞ったのかも、良く分からない。



最大排水量になるまでに調整された二重底、そこに開いた排水口は、ビックリするくらい広がっていた。


ジントは『魔法の杖』を排水口の出口まで届くハシゴに変形し、スルスルと登って行く。わたしもハシゴを登って行った。


――排水口とは思えないくらい、幅がある。これだけのスペースの余裕があれば……


そう、大型の武器だって、スムーズに持ち込める筈だ。例えば――


――対モンスター増強型ボウガン、とか……!


一気に、全身に鳥肌が立つのを感じる。


そう、犯人は、此処から武器を持ち込んで、アルセーニア姫を暗殺したのだ! 何て簡単なカラクリ!


――その時、アルセーニア姫は、モンスター毒の濃縮エキスが含まれたオルテンシア花の花蜜を摂取したばかりで、意識が朦朧としているところだったのでは無かったか。目の前で、噴水の水が止まったという異常な現象が起きても、気付かないくらいに――


噴水プールへの到着は、あっと言う間だった。


小柄な体格のジントとわたしでさえ、あっと言う間だったのだから、恐らくは大の男だっただろう『アルセーニア姫の殺害犯』にとっては、一層、あっと言う間だったに違いない。



スッカリ水が無くなった、噴水プールに出てみると。


周りには――以前、見た事のある『王妃の中庭』の光景が広がっていた。


呆然となるような広さの、真昼の陽光の降り注ぐ中庭パティオ。一面の緑の芝草。中庭の縁を巡るのは、可憐な花々の咲く花壇。花壇の高さは、くるぶし丈程度だ。噴水プールの仕切りの傍には優雅なカフェテーブルのセット。


駆けっこ大会だって開けそうな広いスペースは、ぐるりと、華麗な彫刻を施されたアーチ列柱に取り巻かれている。


「姉貴、足元に気を付けろよ。ハイドランジアの株が、あっちこっちにある。1本でも枝を折ったら、オレだって首が飛びそうだよ」


ジントが、ハシゴに変形していた『魔法の杖』を回収しながらも、声を掛けて来た。


――そ、そうだね。


緑のワンピースのスカートをサッとたくし上げて、全身が宝玉なハイドランジアの株を、やり過ごす。


その後、シッカリ踏み切ってジャンプし、噴水プールの仕切りに足を掛け――跳び越える。ウルフ族ならではのジャンプ力があって良かったよ。


――大人の男の足だったら、ヒョイと、ひとまたぎに違いないけれど。


すぐに、ジントも『シュタッ』と噴水プールの仕切りを跳び越えて来た。


「上水道の水が復活するのは、あのルーリエ噴水より遅いタイミングだと思うぜ。それまでに、あのハイドランジアの枝、干からびて『フニャフニャ』にならなきゃ良いけど」


――いわく深窓の令嬢さながらの水中花、ハイドランジア種……! 確かフィリス先生は、『一刻から二刻が限度』って言ってた!


見ると、ハイドランジア株は――剪定済みだった。


あの時に見た、水面に近い部分に多かった、フニャフニャな枝は無くなっている。



――最近、噴水の水位が下がっていたようだ――という、あの時の直感。



それは、間違いじゃ無かった。原因が、自然な物じゃ無くて、作為的な物だった、と言うだけで。


そう言えば……ハイドランジア種にとって最適な水位を常に確認し維持するため、この『王妃の中庭』には、中級侍女たちによる定時巡回があるとか――



――それは、突然だった。



10数人の剣呑な足音が、『王妃の中庭』に入って来た!


「曲者ッ! 手を上げろ!」

「ウッヒョオオ!」


瞬時に、足元で《拘束魔法陣》が立ち上がった。黒いエーテル光で出来た檻が、目の前に出現した。その素早さと来たら、ジントでさえ対応できない程だった。


2人で揃って、腰を抜かして座り込むと。


戦士そのもののキビキビとした足取りで、紺色マントをまとった見張りの衛兵たち――ウルフ族のベテランの上級隊士たちが、各々の手に長剣を構えつつ、取り囲んで来たのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ