容疑者たちの証言のおさらい(前)
ディーター先生とフィリス先生は、早めに『茜離宮』に向かった。
魔法使いとして、宮殿に運び込まれてくる大量の魔法道具が、きちんと安定しているかどうか、チェックしなければならないそうだ。これは、宮殿に勤める上級魔法使いと中級魔法使いが全員で担当する。下級魔法使いも、ほとんどが駆り出される。大変だね。
わたしは、今度は宮廷にお呼ばれする形になってしまったから、再びグリーンのワンピース姿だ。そして、レース製のミントグリーン色のボレロを羽織った。剣技武闘会の際の事故でも無事だった品だ。
ジントは、デスクに置かれていたサークレット『紫花冠』を少し眺めた後、不意に何かを思いついたと言った様子で、『手品師も驚くマジックの収納袋』を魔法のようにヒョイと取り出した。
その拍子に――
まだ取り扱いに慣れていなかったのか、訓練隊士の紺色マントの端の部分が、デスクの上にゴチャゴチャとあった他の品々を振り落としてしまったのだった。
――ディーター先生、何故か整理整頓が苦手なんだよね。スーパー秘書さんなフィリス先生が居なかったら、この研究室は、訳が分からない事になっていたと思う。
「げ、しまった!」
ドスン、ボスン、ゴスンゴスン、ガタ、ガタン。
2つばかりの黒い球体細工が、床の上をゴロゴロ転がって行く。
わたしは、床の上を転がって行く2つの黒いボールみたいな球体細工を、同時にキャッチした。キレイにキャッチが決まった。
――まんざらでも無い気持ち。
イヌ科はボール遊びを好むというけど、何か納得だ。
ジントが恐る恐る、と言った様子で、のぞき込んでくる。
「これ『3次元・記録球』だよな。良くデータが壊れるんだけどさ。壊れてねーかな」
――さあ? 記録再生してみないと分からないね。
ディーター先生がやっていたみたいに、わたしの『魔法の杖』をかざして、エーテル流束を流してみる。キッチリ組み立てられていた魔法道具は、ちゃんと応えた。
黒い球体は、ちょっと浮き上がったと思うか、《土星》のような輪っかをポンと出してスピンを始めた。全体がミラーボールみたいに、あらゆる色合いにきらめく。
結論から言えば、想像以上にデータが壊れていた。オカルトでミステリーなうえに、繊細な魔法道具だったみたい。ディーター先生は、いつものズボラで、『3次元・記録球』を保護ケースの中に収めておくのを失念してたんだろう。
ひとつめの『3次元・記録球』は、リクハルド閣下の記録映像だった。シャンゼリンについて問われて、色々告白しているところ。乱雑な白飛びのラインが砂嵐みたいに入ったり、たびたび、音声が「ザーッ」となったりする。
幸い、これはコピー記録の方の『3次元・記録球』だ。元々のデータは何処か他のところ――衛兵部署の記録庫とかに入ってて無事だと思うけど。
シャンゼリンが『紫花冠』を持ってリクハルド閣下の元にやって来たという部分と、貴族令嬢として宮廷に乗り込もうとしたという部分、そして、宮廷に上がって間もなく金が尽きて、方々で恐喝などをやっていたらしいという部分は、何とか残っていた。
そして、告白の最終部分も残っていた。
『あれは、マーロウ裁判の真っ最中の事だったか。シャンゼリンから連絡があった。我が亡き妻の一族の出身として、『金狼種・風のシンシア』という貴族令嬢の存在を、捏造しておいてくれと言う内容だ。最初は理由が分からなかったのだが、『茜姫のサークレット』を手に入れたと聞いて、大いに納得がいった』
――あ、そうだ。シャンゼリン、『茜姫のサークレット』を頭部にハメた状態で死んでたんだよね。
ジントも目をパチクリさせている。灰褐色のウルフ尾がピコピコ動き始めた。
「城下町の中古アクセサリー買取店で、店長のオッサンがちょっと言ってたな、『茜姫のサークレット』。《識別》魔法の無い宝飾品で、最近、王宮のアンティーク部門に寄贈された国宝級のアクセサリーとか何とか。コソ泥の同業者が色めき立ってたぜ。《識別》魔法が無いなら、スパイ変装とか、偽装工作もしやすいしさ」
続いて、ジントは手に持っていた『紫花冠』に目をやった。
「これも『茜姫』シリーズのもんだぜ。ただし、『紫花冠』って言う《正式名》が付いてるし、《識別》魔法でロックされてるから、アンティーク物の盗品コレクションとしては最高級品なんだけど、スパイとか忍者とか、秘密工作員のための魔法道具としての価値は、落ちる」
へー。そうなの? 知らなかったよ。
ジントは、手品師さながらに『紫花冠』をひねり回した。
すると、あら驚き、『紫花冠』は、文字通り『茜色』に光りつつ、ブレスレットみたいな小さなサイズに縮小してしまった。ええッ!
「全体に透かし彫りが入ってて、スッカスカなくせに、壊れてねぇ。持ち運びに堪える。さすが国宝級ってとこか」
――な、成る程。さすが魔法道具。小さくして持ち運べるんだ。
キーラやシャンゼリンが、そしてリクハルド閣下もが、どうやって『紫花冠』のサークレットを持ち運びしてたのか、今にして理解できたよ!
ジントは、再び『紫花冠』を元の大きさに戻すと、わたしの頭に、『カポン』とハメて来た。
「偶然だけど、こいつは、シャンゼリンの頭にハマらなかったんじゃねーか。サイズ違いでさ。だから、シャンゼリンは《識別》魔法加工無しの『茜姫のサークレット』を手に入れて、『紫花冠』に似せておいて、高位の貴族令嬢『金狼種・風のシンシア』として、満を持して宮廷に乗り込むつもりだったんだろうぜ」
――成る程ねぇ。
貴種ウルフ族の血を引く淑女を装うには、とってもお役立ちな代物って言ってたけど、そういう事なのか。驚きだ。そりゃ、闇オークションでは、とんでもない高値が付くだろう。
以前の、ラウンジの夕食会での話し合いで、『王宮関係者でも何でもない人物には聞かせられない、問題のあるアンティーク魔法道具』という言及があったのも、納得だ。そんな物、情報を小耳に挟んだだけでも、厄介ごとに巻き込まれそうだ。
――もうひとつの『3次元・記録球』が残っている。ジントが興味津々な顔をしながら、『魔法の杖』をかざした。
前に盗み見した覚えのある、イヌ族の脱走犯の自白のシーンが立ち上がる。
「ウヒョオ! あのイヌ族の男じゃねぇか! 鬼婆がムチで追い立ててた……」
そこで、急に画像が飛んだ。
こっちの『3次元・記録球』の方が、データ損失の被害が大きかったようだ。
イヌ族の脱走犯こと『水のニコロ』の独白シーンは、ほとんど吹っ飛んでいて、いきなり、『水のニコロ』を含む6人の容疑者たち全員が陰気な顔をして自嘲し合っている場面が始まった。画質も少し悪く、度々ノイズが入っている。
『シャンゼリンは、闘獣を扱った経験があったらしい。如何にも『深窓の令嬢』ってな顔をしておいて、バーサーク化したオラたちをムチで追い立てるのは、プロ並みに上手かったぜ……』
――外苑の緑地の一角に、こんもりとした樹林が並び、身を隠すのに適当なスペースがある。そこは、更に城下町への逃走経路も備えていた。いつものように、その逃走経路を使って、行方をくらます事が出来た筈だった――
再び、ノイズが入った。『斥候』や『返り討ち』という音声のみがポロリと出た後、『不法投棄』という音声が流れた。
「不法投棄?」
さすがにジントも、いきなり話が飛んだ事で、ポカンとしたようだ。
「え、えっと、この証言データ、確か3つのパートで出来てて。最後のパートは、アルセーニア姫の暗殺の事だったような……」
「ウッヒョオ!」