朝の会話:選択と行動が分けたもの
翌日の今日は、『茜離宮』で国際社交パーティーが開催される。
様々な魔法道具の見本市にして展示会を兼ねたパーティー。この時期の、ウルフ王国の定例の催しとなっている。集まって来るのは、主に、新しく開発されたり発見されたりした魔法道具と、魔法道具を扱うビジネス業者たちだ。
本質的には魔法道具の見本市だから、民間の会場で開催されるタイプの物になるんだけど、国家レベルに匹敵する公式行事とみなされている。魔法道具の数量や威力の大小は、国家の威信にも関わる要素だから。
ゆえに、宮殿の大広間がパーティー会場になっていて、ウルフ国王夫妻が臨席すると言う訳。
危険な魔法道具を持ち込む場合は、安全のためルーリエ水に通すと言う作業が必要になる。その時間ロスも含めて、真昼の刻から立食パーティーを兼ねてスタートと言う事になっている。
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朝から穏やかな陽気だ。爽やかな風が吹きわたっている。
ディーター先生の研究室の方で、ディーター先生やフィリス先生と共に朝食を頂いていると。
総合エントランスを通じて、メッセンジャーとして派遣されて来た『下級魔法使い資格』持ちの2人の隊士が、研究室のドアをノックして来たのだった。2人の隊士は、重要書類と思しき2つの封筒を、ディーター先生に直接に手渡して来た。ビックリ。
ディーター先生は何食わぬ顔で、2つの書類受領書にテキパキと《魔法署名》を施し、テキパキと2人の隊士を送り出したのだった。
「1通は魔法部署からですね。こんな時間に……と言う事は、先方は徹夜したに違いありませんね」
「まぁ、ルーリーの《魔法署名》を分析すりゃあ、連中は間違いなく、そうなるわな。封を切ってくれ、フィリス」
わたしがポカンとしている内に、フィリス先生はテキパキと封を切り、中身を改めた。
「クラリッサ女史の持ち込んだ書類の添付《魔法署名》が、やはり魔法部署のチェックに引っ掛かりましたね。シャンゼリンとの姉妹関係が《宿命図》表層レイヤーで証明されたうえに、中間層レイヤーの中に半覚醒状態ながら《盾持ち》の相を含むと言う事で、上を下への騒動になったようです」
早くも朝食を食べ終えたジントが、「ケッ」と合いの手を入れて来る。
「コソ泥大作戦、後半戦かよ。あのヒゲ爺さん、コソ泥の帝王になれるぜ」
もう1つの封筒の内容は、ウルフ国王夫妻および、魔法部署のトレヴァー長官との会見に関する案内状だった。しかも、今回のパーティーの招待状付きだ。
要は、直接に会って、《宿命図》を直に分析して、本当に《盾の魔法陣》が含まれてるのかどうか、確かめるって事。魔法部署の幹部を務める上級魔法使いがズラリと並び、国王夫妻を警護する親衛隊が、警備に立つらしい。ひえぇ。
挙動不審になったわたしを、ディーター先生は思案深げに眺めて来た。
「バーディー師匠やアシュリー師匠に、最初の頃のルーリーの《宿命図》を見せられた時、驚いたよ。シャンゼリンの真の《宿命図》と、闘獣として拾われた時のルーリーの《宿命図》は、そっくりなんだ。初期の各種の要素が、双子みたいに似ていた。立場が入れ替わっていたとしたら、生き方も入れ替わったのだろうかと思うくらいにな」
続いて、深い溜息。
「バーディー師匠が、『天球は劫初と終極の『界』を『刻』として指し示すだけで、それをどう結ぶかは人次第だ』と言っていたが、まさにその通りだな」
ディーター先生は、いつもの思案のポーズになった。腕組みをし、片方の手で金茶色の無精ヒゲをコリコリとやりながら、ブツブツと語る。
――シャンゼリンには元々、正規の教育を受けていれば、フィリス先生と同じ中級魔法使い程度までは行けるくらいの要素があったんだそうだ。そういう痕跡が残っていた。
貴種ウルフ族は、身体能力はもちろん、魔法能力においても、要素の発現に有利な条件が揃いやすい。貴種の父親を持ったシャンゼリンは、まさにそのケース。でも、早くから高価な魔法道具に依存する余り、その可能性を潰す形になってしまった。その結果が、魔法使いとしての力量の無い《宿命図》。
一方、わたしは混血として生まれたので、魔法能力の要素そのものはあったんだけど、発現が抑えられてしまっている状態だった。
要素や条件そのものは、シャンゼリンとそっくりではあるものの――普通のウルフ族女性と比べても《宿命図》エーテル循環は半分程度に留まるし、アンバランスだから、休眠状態の魔法要素が多い。
誰でもできる――混血もできる――初歩的な《水魔法》の発動のみに限られているという事実が、それを証している。
――あれ?
「……って事は、子供の時に《下級魔物シールド》が出来たという話……あれ、何故だったんですか?」
わたしは、思わず口を挟んでいた。あれ、確か『下級魔法使い』資格に関わる能力だよね。
「そうなんだよな」
ディーター先生は、不意に、愉快そうな笑みを返して来た。
「幼児は《宿命図》状態が不安定でな、たまに『まぐれ当たり』をやらかすんだ。それは元々、単なる偶然に過ぎなかった。《盾の魔法陣》は、その偶然の先にある、おぼろな可能性に過ぎなかった。ルーリーは混血に生まれた事もあって、体調がなかなか安定しなかったそうだな」
――うん。確かに、そう言う話を聞いてる。わたし、平均より少し遅れていたみたいだし。
「安定が遅れていた分、『まぐれ当たり』が多かっただろうと推測する事は出来る。その後は――限界まで体当たりを繰り返して、可能性を現実に変えて行ったのは、ルーリー自身じゃないかね」
――そ、そうだったっけ? 記憶が無いから、何とも言えないけど。
「成長と共に、新たな環境に適応しようとして、《宿命図》は少しずつ様相を変え、新たな星系を結んで行く事が知られている。そうして出来るのが、いわゆる『半覚醒状態の星系』でな。……天然の《盾の魔法陣》の星系を、正確に結んでのけたんだから、大したものだ」
ディーター先生は『フーッ』と息をついた後、腕組みを解いて、くつろいだ格好になった。
「いずれにせよ、《宿命図》の中に《盾持ち》の相を含みながら、魔法使いでも何でもない一般人の如く、日常魔法のほとんどが――自衛用の《水砲》魔法すら――不発と言うのは、身の安全の上では大いなる不利だ。その、やたらとスッポ抜けた脳みそも含めてな」
脇で、ジントが訳知り顔をしてコクコク頷いている気配がある。むむッ。
ディーター先生は、そんなジントにチラリと目をやると――2人の男同士で何やら通じ合っているかのような、イタズラっぽい笑みを交わした。フィリス先生は、クルリとウルフ耳を回して、やれやれと言わんばかりの苦笑いを浮かべている。
――え、確かに幼児退行で色々おバカになってると思うけど、わたしの脳みそ、そんなにスッポ抜けてる?
ディーター先生は、謎めいたウインクをして来た。公式行事仕様なのか、珍しくキチンと刈り込まれた無精ヒゲ――に彩られている口元には、まだイタズラっぽい笑みの形が浮かんでいる。
「病棟を出るにあたっても、ルーリーは未成年だからな、身元保証を務める保護者は慎重に選ぶ必要があった。グイード殿とチェルシー殿という選択もあったし、彼らは喜んで務めてくれただろうが、しかるべき権謀術数の能力が無い。リクハルド閣下は相当に屈折した人物だから、こちらも、まぁそれなりに気を揉みはしたんだが。案外、いい結果になってホッとしたよ」
そういうディーター先生の眼差しは、別のデスクの上に置かれていたアンティーク物のサークレット『紫花冠』の上にあったのだった。
――選択と行動の結果もまた、《宿命図》の様相を変えて行くのだ。《アルス・マグナ》という現象は、決して限定されている物では無い。それは、人ひとりの生き様を、そのまま反映している――
バースト事故に伴う《アルス・マグナ》を通じて変容した後の、わたしの《宿命図》表層レイヤーには、大きな空隙が出来ている。全面的な記憶喪失に伴う物で、それに伴って、表層レイヤーの星々の配置も、少し変化している。
偶然なんだけど、その表層レイヤーの星々の新しい配置パターンは、リクハルド閣下の亡き奥方が、その《宿命図》に持っていた配置パターンと、特徴が似ているんだそうだ。
わたしの実の母『風のキーラ』が、外見的には良く似ていたと言う事が要因のひとつ。そして、実の父だったイヌ族『風のパピヨン(パピィ)』から引き継いだ分が、柔軟性に富んでいた事が寄与しているらしいんだけど、不思議な話だと思う。