ラウンジ:もうひとつの邂逅・6終
「まさに『サフィール』の娘なら、かくもあらん」
いつの間にか、リクハルド閣下に『手品師の変装、黒ウルフ耳キャップ付き三角巾』を取られて――頭をポンポン撫でられて、訳が分からないままポカンとした後。
気が付くと。
ジルベルト閣下とアレクシアさんとクレドさんが、何故か納得顔で眺めて来ていた。ひえぇ?
「では決まりだな、リクハルド殿。今日中にアレクシアが、クラリッサ殿に改めて『かつて失踪したサフィール夫人と、後日に現れたキーラは、同一人物の可能性が高い』という情報を流す。例の数字の書き換えの件も、今回の《魔法署名》から魔法部署の面々とトレヴァー長官が導き出す事になる結論の件も、こうも違和感なくハマるとは予想外だった」
リクハルド閣下は、ジルベルト閣下の謎の言葉の意味をよく承知しているようで、訳知り顔で頷いて見せている。
「妻の死亡時をキーラの死亡時に合わせる事くらいは、どうと言う事は無い。レオ帝国の、くだんの特別大使がやらかした捏造に比べれば、ずっと穏当な内容と言うものだ」
――え? えーと? 数字? 死亡時? それに《魔法署名》?
戸惑っていると、リクハルド閣下から、「取って済まんな」と言う言葉と共に、三角巾が返って来た。い、いえ、恐れ多いと言うか、別に怒ってませんが……
「大魔法使いから見せられた直近のルーリーの映像が、『炭酸スイカ』モドキだったのでな。鳥人の大魔法使いは、妙なユーモアの持ち主のようだ」
――うわあぁぁああぁぁあ!
バーディー師匠~! 何て物、見せてくれたんですか~!
*****
お茶会が終了した。
わたしとジントはディーター先生の研究室に戻るんだけど、その際、恐れ多くも元・第三王子なリクハルド閣下に付き添って頂いて……わたしを抱っこして頂いて、戻る事になった。
ジルベルト閣下とアレクシアさんとクレドさんが、先にラウンジを退出した後。
ふと、リクハルド閣下が面白そうな顔をして、ジントに語り掛けた。
「ジントの目から見ても、私は『父』として合格なのか。この話は手こずるだろうと、心構えはしていたのだがな」
「姉貴が認めてるからな」
ジントはボソッと呟いた後、改めて慎重な目つきで、リクハルド閣下を見上げた。
「企んでる時の雰囲気が似てるんだよ。父さんも、やたら頭が良くて器用で、秘密作戦とか陰謀とか上手かった。小男だったけど、顔も毛並みも良かったしな。宝物庫とかでも、一番警備の厳しい場所に潜入して、見張りの鼻を明かしてやったりとか」
リクハルド閣下は、面白そうに「ほう」と応じている。ジントの小生意気な態度は、全く気にして無いみたい。
「レオ皇帝のハーレムの奥から姉貴を盗んでのけたのが、あのヤバすぎる拘束具を用意した奴らだし。そこから更に横取りしようってんだから、生半可なコソ泥じゃ務まんねぇだろうし。今やってんの、つづめて言えば、そういう事だろ」
リクハルド閣下は「おや」と言うように目を見張った後、愉快そうな笑い声を立てた。
「せいぜい頑張ってみよう。かの拘束具の主を吊り上げるくらいにはな。それに、これは私の推測だが、ジントの母親ルルを殺害した男は、ルーリーに拘束具をハメた人物とも通じている可能性がある」
ジントはビックリする余り、『ビョン!』と飛び上がっていた。目がテンになっている。
――うん、わたしもビックリだよ。
しばらく小首を傾げた後、リクハルド閣下は、再び口を開いた。
「これら大いなる陰謀のポイントは、『茜離宮』の内部に秘密裏に侵入できる、コソ泥用の地下通路が有効活用されていると言う点だ。それは、本来はジントの母親ルルしか知らぬ、先祖代々の秘密だったのであろう。拘束具の主は、その地下通路の秘密を我が物とし、『茜離宮』で、散々に狼藉を行なったと見える」
そこで、リクハルド閣下は暫し沈黙し――思案顔で、空中に目をやった。
「――《水の盾》サフィールを何故に盗む必要があったのかは、拘束具の主に聞いてみないと分からぬが、複数の黒幕トップの間で利害が一致したのは確実だな。だが、少なくとも、ルーリーが記憶喪失の状態で現れた件は、彼らにとっては想定外の未知の出来事だった筈だ」
わお。さすが、陰謀に長けたリクハルド閣下ならではの、見立てだ。
あの複雑怪奇に絡み合った騒動シリーズの内容が、こうもシンプルに整理されるとは思わなかったよ。
ジントは眉根を寄せて、ウンウン考え出した。ハッキリした言葉にはなっていないけれど、口の中でブツブツ言っている。
リクハルド閣下は、そんなジントの様子を微笑ましそうに眺めた後、片腕抱っこしたままのわたしを不意に振り向いて来た。ほえ?
いつの間にか、リクハルド閣下の手には、紫色の宝玉を施した不思議なサークレットがある。
何らかの金属製と思しき地金は、シャンパンゴールド系グリーンと言うのか、透けるように淡い緑金色。地金の部分がスッカスカになる程に、大胆かつ繊細な透かし彫りが施されている。更に、紫色の小さな宝玉が花パターンを繰り返しつつ埋め込まれているから、紫色の小さな花を連ねた花冠のようにも見える。
――とんでもない宝飾技術だ。素人目にもパッと分かる程の、価値のあるアンティーク宝飾品。
リクハルド閣下は、その不思議な古代的な意匠のサークレットを、三角巾を付け直したばかりのわたしの頭に『ポン』と乗せて来たのだった。
目をパチクリさせていると、リクハルド閣下は『フッ』と言うように、口の端に笑みを浮かべた。
「我が一族のアンティーク宝物のひとつ『紫花冠』のサークレットだ。我が妻が失踪した後、キーラの手に渡り、次にシャンゼリンの手に渡った、いわくつきの品だが。最終的に、ルーリーの手元に到達したと考える事も、出来るかも知れんな」
――直接の血縁でも無いのに、一族の宝物なんて高価な品、とっても頂けませんッ! それに三角巾の上から、なんて、すっごく変な見かけになってるんじゃ無いですか!
焦って、サークレット『紫花冠』を外すと――素直にスッと取れた。
再びリクハルドの手がスッと伸びて来た。
そして、『カポン』と、頭に再び『紫花冠』を乗せられてしまった。え。
リクハルド閣下は、相変わらず思案深げな笑みを浮かべつつ、しげしげと眺めて来ている。
「サイズは合っているようだな。これも天球の彼方の思し召しか、不思議な事もあるものだ。明日まで『紫花冠』を預けておくから、手元で持っていてくれたまえ」
――え? まぁ、一晩だけなら……
わたしが、その言葉の意味をグルグル考えている間にも――
リクハルド閣下は、わたしを片腕抱っこしたまま個室を出て、ジントを脇に付けて、ラウンジを堂々と歩き出した。ひえぇ。
ラウンジ中央の大天球儀に差し掛かると、あのジェイダンさんが、まだ佇んでいた――以前にも見た事のあるような、包帯巻き巻きの入院中の同僚らしき人と。
そして、ジェイダンさんも、居合わせている包帯巻き巻きの同僚さんも、ビックリしたような眼差しで注目して来ていたのだった。
目下、謹慎処分中の元・第三王子なリクハルド閣下と――そのリクハルド閣下が片腕抱っこしているわたしを。そして、脇に付いているジントを。
――特に、わたしが頭に乗せる羽目になった『紫花冠』を、食い入るように見て来ているみたい。わたし、泥棒をやってる訳じゃ無いんだけど。落ち着かないなあ。ドキドキ。
かくして、リクハルド閣下は無事に、わたしとジントを、ディーター先生の研究室に送り届けてくれたのだった。
――お、お世話になりました……
part.08「予兆:風雲、急を告げる」了――part.09に続きます
お読み頂きまして、有難うございます。