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ラウンジ:もうひとつの邂逅・4

「よろしいでしょう、リクハルド閣下」


クラリッサ女史は、決然とした様子で、背筋をキリッと伸ばした。


「此処に居る『水のルーリエ』の《魔法署名》を魔法部署にて解析し、真にシャンゼリンの妹たる確証が取れ次第、閣下の要請通りに、ルーリーをリクハルド閣下の眷属の令嬢として承認する事になります。同時に、宮廷における後見の義務遂行の必要のため、リクハルド閣下の謹慎処分および宮廷への出入り禁止処分も、解除ですね」


そしてクラリッサ女史は、興味深そうな眼差しをして、わたしをしげしげと眺めて来た。


――おや?


「ルーリーについては、先日の剣技武闘会の折に『毒見役』としての能力を示したと言う報告がありますし、魔法文書フレームの作成や魔除けの魔法陣の製作など、注目すべき資質が見られます。ルーリーは未成年ですので、リクハルド閣下による身元保証をもって、我がウルフ王国の貴族名簿リストに加える事になります」


――えーっと? 余りピンと来ないんだけど、仰天するような内容を告げられたような気がする。


わたしが目をパチクリしながらも、その意味を考えていると――


ジルベルト閣下夫人アレクシアさんが、上品な笑みを浮かべて声を掛けて来た。


「ルーリーを、ウルフ王国の貴族クラスに相当する令嬢として、評価すると言う事です。貴種の名門出身の『直属』の者であっても、実力や中身が伴わなければ、此処まで評価される事はありませんから、誇って良い事ですよ」


――ほえ?! つまり、貴族令嬢?!


そう言えば、ウルフ王国って、基本的に実力主義だとか……


思わず、クラリッサ女史を眺めてしまう。クラリッサ女史はシッカリと頷いて来て、更に言葉を続けた。


「ただし、ジントに関しては、今の時点では評価が定まっていません。ルーリーとの血縁において法的権利のみが認められる形となります。ジントが15歳になった時に、改めて再評価のうえ、決める事にしましょう」


ジントの反応は、単純明快だった。


「貴族なんて、めんどくせぇよ」


ロイヤルな方々の手前、最後の『ケッ』と言うのを直前で止めたのは、明らかだ。


――その小生意気な反応は、案外、クラリッサ女史を面白がらせたらしい。クラリッサ女史は「おや」と言った顔をした後、ジントに、ニヤリと笑みを返して来たのだった。意外に豪胆な人だ。


「あのザッカー殿が、えらく気に入る筈ですね。わざわざ、正式な書面による要請をもって、ジントを貴公子に推薦して来たのは、ザッカー殿なのですよ」


ジントは、まさに『ぎゃふん』状態だった……


*****


リクハルド閣下が、一族の印章がセットされた魔法文書を、ロイヤルブルーの上着のポケットから取り出した。


書類の冒頭部に、『以下の《魔法署名》の者を我が眷属の者と公認し、我が名の下に、その身元を保証する』という、『正字』が並んでいる。それに続く空きスペース部分に、やはり『正字』でもって、『水のルーリエ』と『風のジント』が記されていた。少し……結構、ドキッとする。


クラリッサ女史に促されて、わたしとジントの《魔法署名》が、記名の隣に並んだ。リクハルド閣下の公認の下、わたしとジントが、リクハルド閣下の眷属に加わった事を証明する書類となると言う。



ちなみに、シャンゼリンがリクハルド閣下の眷属の令嬢――リクハルド閣下の養女としてウルフ王宮に出て来た時にも、同じ手続きがあったと言う。当然の事なんだろうけど、何だかビックリだ。


当時の担当者は、新人と言う事もあって、気付かなかったそうだけど。この時、シャンゼリンは身元詐称のための魔法道具をシッカリと用意していて、偽の《魔法署名》でもって登録していたのだ。バリバリの不正行為。


意図していなかったとはいえ、恐怖の前例をリクハルド閣下は作ってた訳だから、再びリクハルド閣下から要請のあった今回の場で、貴族名簿管理室の長おんみずから出張って来たと言うのは、うん、良く分かる……



「では、結論が出て来ましたら、また一報入れますわね」


必要書類が整った後、クラリッサ女史はそう言って、面々と一礼を交わして茶会の場を去って行ったのだった。


*****


「急な事でビックリしただろう。諸々の日程の都合上、この日に一気に事を進める必要があったのでな。あの2人の大魔法使いは、つくづく尻尾のつかめない御方たちだ。『草木も眠る闇の刻』に叩き起こされて最高機密の場に呼び出されたうえ、リクハルド殿と共に、急に全容を知らされた私の気持ちは、当然、分かるだろうな」


ジルベルト閣下が涼しすぎる眼差しでもって、わたしとジントを眺めて来た。


わたしとジントは、2人で揃って、その冷気に恐れ入りつつ、コクコク頷くのみだ。


――えーっと、何だか色々……ご迷惑おかけしました……?


ツヤツヤした亜麻色の毛髪をしたウルフ族の淑女――アレクシアさんの方は、上品な微笑みを浮かべて、優雅にお茶を一服している。


……ジルベルト閣下の奥方様なんだよね、この人。ジルベルト閣下の目、怖くないんだろうか。この勇敢さ、尊敬しちゃう。


そんな事を思いながら、失礼にならない程度に、チラリチラリと眺めていると。


アレクシアさんが視線に気づいたみたいで、スイッと面差しを向けて来た。優雅な口元には、面白そうな笑みが湛えられている。


「実を明かしますとね、わたくしがルーリーを見かけたのは、これが初めてでは無いのです」


――ほえ?


「いつかの夕食の刻、ルーリーはチェルシー殿と一緒にラウンジに来ていましたでしょう。あの時、わたくしはアンネリエ嬢やその御両親、その他の宮廷の友人たちと共に、会食をしていましたの。縁のある一族の出身の隊士が、剣技武闘会で重傷を負って、入院していましたから」


――何と! 気が付きませんでした……! 入院隊士たちのグループがチラホラ会食してるのは見かけましたが……!


アレクシアさんは「フフフ」と、上品な含み笑いをして来た。


「最初は、チェルシー殿の一門の令嬢だろうと言う噂でしたのよ。それなのに、該当する名簿データが無かったし、ヴァイロス殿下の暗殺未遂という容疑で地下牢に入っていた事が判明したので、逆に大騒ぎでしたわ」


――あぁッ! 確かに、そうだったよ! 最初、身元不明の不審な侵入者も同然だったから!


わたしの反応に、アレクシアさんは、訳知り顔で頷いて来た。さすがウルフ宮廷の重鎮メンバーと言うか、わたしに関して挙がって来た諸々の捜査データは、承知してるみたいだ。


「アンネリエ嬢が過剰反応して、少しばかり異例な行動を起こしていたようですが、この件はクラリッサ殿も本腰を入れて対応されるようですし、収まるべき所に収まるかも知れませんわね。クラリッサ殿はヴァイロス殿下の叔母に当たる人なのです」


わお。ピコーンと思い出したよ。アンネリエ嬢を『ぎゃふん』と失神させたキーワード。


ジントが早速、灰褐色の尻尾をヒュンヒュン振って、皮肉を表していた。


(あれが『少しばかり異例な行動』だって?! 全力で『魔の卵』を孵化させておいて、笑わせるぜ!)



――と。不意に視線を感じた。


ソロリと窺う。すると、リクハルド閣下が、わたしたちを眺めて来ていたのだった。


リクハルド閣下は、まさに貴種、元・第三王子な威風堂々とした所作で膝を組み、重厚なデザインのひじ掛け椅子の中で、くつろいでいる。くつろいでいながらも、眼光炯々として人を射る眼差し。


こうして見ると、『ウルフ国王陛下』と呼ばれても、全く違和感が無いように見える。さすが元・第三王子。スゴイ。


――以前、『3次元・記録球』が魔法のスクリーンに映し出した時のリクハルド閣下は、やつれて疲れた顔をしていて、実年齢より随分と老けた印象の人だったんだけど。


今のリクハルド閣下は、白髪の数は変わらないんだけど、何故なのか、実年齢相応に生気があるようだ――実年齢のところまで、雰囲気が若返ったように見える。


程なくして、リクハルド閣下は『フッ』と息をついた。会食席の端の方で控えているクレドさんを、スッと見やる。


威厳に満ちた鋭い眼光が閃いたけれど。


何食わぬ顔をしたクレドさんの方は、その眼光を真っ正面から受けて、なお何食わぬ顔のままだ。彫像さながらの端正な着座姿も、冷静沈着ならではの不動を保ち続けている。これも何かスゴイ。

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