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ラウンジ:もうひとつの邂逅・2

やがて、クラリッサ女史が、わたしの顔を見つめながら、金色の目をキラッと光らせた。


「確かに――水のルーリーは、明らかに、かのシャンゼリンの実の妹ですね。混血イヌ顔の黒狼種ではありますけど、シャンゼリンの素顔と、顔立ちの系統が全く同じです」


――シャンゼリンの素顔? あ、そう言えば、今の――今は亡きシャンゼリンの氷漬けの死体、《変装魔法》が、すべて剥がれ落ちているとか……


クラリッサ女史は、わたしの百面相が喋ってる事、シッカリ理解してるみたい。ひとつ頷いて来た後、ジントを観察し始めた。


「ジントは少し系統が違う。母親が違うせいでしょうね。でも、混色系の毛髪は、並べてみると何となく雰囲気が似通っています」


わたしとジントを交互に眺めて、ひとしきり納得顔になった後――クラリッサ女史は、リクハルド閣下に視線を向けたのだった。


「リクハルド殿。このたびは、元・第三王子としての地位と立場をもって、今後に渡り、この異母姉弟ルーリーとジントの宮廷における身元を保証し、後見を務められるとか」


――ほぇ?!


ジントも目がテンになっている状態だ。


そのまま、2人で揃って、絶世の美形中年なリクハルド閣下をマジマジと眺める――


白髪の多い黒髪をオールバックにして贅沢な髪留めで留めている、屈折した雰囲気の――ロイヤルブルーの上着をまとう大貴族の男を。


リクハルド閣下は、その年齢と地位に相応しい重厚な所作で、ゆっくりと茶を一服した。


そして、もう何年も笑みを浮かべていなかったかのように、ぎごちなく笑みを浮かべたのだった。謀略に長けた権力者ならではの狡猾な笑みでもあるけれど、今は、その狡猾さは、随分と後退している風に見える。


クラリッサ女史の問いを否定していない――と言う事は、承諾してるって事。


――元・第三王子な人が、不審な侵入者のわたしと、コソ泥なジントの、宮廷での身元を保証する後見?


信じられないような思いで見つめていると、リクハルド閣下が、穏やかに視線を返して来た。若い頃は宮廷でも1番や2番を争う美青年だったに違いない――洗練された華やかな雰囲気が、リクハルド閣下の面差しを、ふわりとよぎる。


威厳に満ちた、重厚な、冷えさびた声音が響く。


「つくづく《運命》と言うのは、人の思考や想像を、遥かに超越して行くものだな。シャンゼリンの妹の方が、むしろ『サフィール』に似ている。これを不思議と言わずして、何を不思議と言おう」


――ぎょっ。


思わず尻尾が『ビョン!』と跳ねてしまう。これって、マズイ事態だろうか。ドキドキ。冷や汗が……


ハラハラしていると――


――ジルベルト閣下夫人アレクシアさんが、「そうですね」と、わたしの方を興味深そうに注目しながら頷いていた。


こんな時だけど、落ち着いた快い声音だと思う。年相応に白髪はあるけど、艶やかな亜麻色の毛髪だ。こうしてみると、キリッとした雰囲気のアレクシアさん、昔は王女コースに居たに違いないと思えてしまう。


アレクシアさんは、訳知り顔でクレドさんの方を一瞥した後、品の良い、苦笑に近い微笑みを見せて、わたしとジントに話しかけて来た。


「ルーリーとジントは聞いていなかったから、驚いたでしょうね。リクハルド閣下の亡き奥方も、偶然ながら『サフィール』と言う名前でしたから。《風霊相》だったので『風のサフィール』になりますが、《水のイージス》との混同を避けるためもあって、今は名前を伏せている状態なのです」


――な、何ですと!


言われてみれば、『サフィール』も珍しくも何とも無い名前の類だけど、何という偶然!


ジントの方は、口をアングリして「ほえぇー」と感心している状態だ。でも、空腹には勝てなかったみたいで、早速、茶菓子をつまんでいる。


リクハルド閣下は、わたしとジントを、しげしげと眺めて来ていた。


時折、鋭い眼差しが閃く。観察してるって事だ。


――驚いていないように見える。


ひととおりの驚きの感情はあるんだろうけど、これまでの人生で驚きが多すぎて、驚きの感情がすり切れちゃって、無くなったんだろうか。それとも、高位の権力者としての立場を自負するがゆえの冷静沈着なのか。良く分からない。



やがて、リクハルド閣下は、ジルベルト閣下と意味深な眼差しを交わし、おもむろに口を開いた。


「今さら、悔やんでも致し方のない事だが。もう少し真剣に、『風のキーラ』と言う存在と対峙しておれば、別の《運命》もあったのかも知れない」


クラリッサ女史が、いつも持ち歩いているのだろうハンドバックの中から、半透明のプレートを取り出して、手持ちの『魔法の杖』をかざした。半透明のプレートが淡く光り、《口述筆記》のサインを表示する。


――どうやら、あの『3次元・記録球』に記録されていた、以前のリクハルド閣下の告白した内容を、補足する話になるらしい。


リクハルド閣下は、クラリッサ女史が記録を取ると言う事を、かねてから承知していたようだ。クラリッサ女史に頷いて見せた後、リクハルド閣下は、続きの言葉を始めたのだった。


*****


――昔にさかのぼる。24年前。


当時リクハルド閣下は、妻を失った事で、臣籍降下が決定したばかりだった。


ちなみに、リクハルド閣下夫人『風のサフィール』は、初子でもあった長男を死産するというショッキングな経験の後、心が弱っていた状態が続いていた。そして或る日、急にぷつりと消息を絶つと言う、非常に不可解な失踪をした。その後の消息は皆目分からず、生存は絶望視されていた。


行方不明になった妻が見つかるまでは――と、リクハルド閣下は相当に抵抗はしたのだが、ウルフ王国の古来の伝統を曲げられる程の物では無く。


リクハルド閣下は、飛び地の領土を治める領主となった。これらの経緯は、王宮に保管されている諸々の記録にも、記されてある。


その飛び地の領主館に落ち着いて、間もなくの事。


――たまたまと言うべきか、近辺の複数の闇ギルド勢力が関わった、大きなヤクザ抗争があった。


領主館の城下町を巻き込むレベルに至って、リクハルド閣下おんみずからが、多数の手勢を引き連れて、鎮圧に出撃した。ウルフ王国の基本方針としても、闇ギルド勢力を野放図に拡大させる訳には行かないのだ。


数日、小規模な内乱に近い状態が続いた後――無事に鎮圧が済み、ほとんどの闇ギルド勢力は逃げ散った。


領主館に戻る路上。死体の確認を兼ねて、少数の信頼できる手勢と共に、激戦地となっていた樹林エリアの脇を通過した際。


リクハルド閣下は――重傷を負って行き倒れになった女を、発見したのだった。


腰まで届く、見事な紫金しこんの髪。貴種を思わせる美麗な容貌。


実際に目を覚ました女は、『風のキーラ』と名乗った。


キーラは、まさに闇ギルドの女だった。顔にも全身にも古傷が幾つも残っているし、胸の真ん中には、壮絶とすら言える奴隷の烙印がある。メチャクチャ汚い言葉遣いに、有って無きが如きの野蛮な行儀作法。


だが、『風のキーラ』は。リクハルド閣下の妻『風のサフィール』に、不思議な程にそっくりだったのだ。


紫金しこんの髪も、美麗な容貌も。水晶の鈴を鳴らすような透明な声質までも――


まるで、妻のサフィールが生きて戻って来たのか――と思うくらい。


キーラは、命を救われた事に何か思う事があったのか、贅沢な調度を尽くした領主館の中だと言うのに、ベッドから起き上がれるようになった後も、盗みをせずに大人しくしていた。


リクハルド閣下の方も、かつてはそれなりに愛した妻の面影を余りにも彷彿とさせる女を、何となく手放せずに保護したままだった。



必然として――奇妙に気が合うという、少しばかりの不思議な偶然もあって――リクハルド閣下とキーラは、情を通じる関係になった。



闇ギルドの構成員だったキーラは、既に多くの男と関係を持つ女だった。リクハルド閣下との関係を受け入れた理由は、今でも分からない。時折、何かを思い出すようにしげしげと眺めて来ていたから、キーラにとっても、リクハルド閣下の面差しは、かつて愛した男の面影を宿した物だったのかも知れない。


――キーラは妊娠した。その辺りの事は用心はしていたのだけど、何故、妊娠したのかも分からない。


リクハルド閣下には、直系の子供が居なかった。複雑な思いに揺れるまま、かつて妻が社交パーティーや公式行事などの際に常に装着していた、紫の宝玉を装飾したサークレット『紫花冠アマランス』を、キーラに与えた。


やがて、領主館の事情通の1人が、うっかり、キーラに余計な事実を洩らした。


すなわち『風のキーラ』が、不意に行方不明になったリクハルド閣下夫人『風のサフィール』に、そっくりだという事実を。


その時のキーラの心の内に去来した物は、何だったのか。


リクハルド閣下には分からないし、恐らくはキーラ自身にも、良くは分からなかったのかも知れない。


キーラは、まさに闇ギルドの悪女さながらに、紫の宝玉を装飾したサークレット『紫花冠アマランス』を私物化したまま、領主館から姿を消したのだった。


――まるで、かつてのリクハルド閣下夫人『風のサフィール』が、不意に失踪した時のように。

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