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ラウンジ:もうひとつの邂逅・1

朝食は、いつものように仕事見習いのメルちゃんが、配膳用のサービスワゴンに乗せて持って来てくれた。


ディーター先生の研究室の方で、ディーター先生やフィリス先生、ジントとメルちゃんと、朝食を済ませた後――


今日の予定について、ディーター先生が話を振って来た。


「昨日ジルベルト殿から、『今日のティータイムの刻にルーリーを借りたい』と言う話があったんだ。まぁ、借りると言うよりは借り受けるという方だがな。ラウンジの、仕切りのある個室の方の予約を入れて待っていると言って来た。ジントも出席する必要がある。訓練隊士の隊士服を支給されただろう、失礼に当たらないように、それを着ろ」


――ほえぇ?!


名指されたジントも、ミルクカップを口に含んだまま、パカッと目を見開いている。


「この件は、バーディー師匠とアシュリー師匠も了解済みだ。ルーリーもジントも未成年の子供だからな、身元保証などの法的な不備を解決しておく必要があるんだ。ジントが父方イヌ族の方の血のつながった弟として追加になる件は、先方は想定外だったそうだが、問題ないと言って来た」


*****


――大変な人と、お茶会をする事になってしまった。


風のジルベルト閣下。『殿下』称号こそ付かないけれど、現役の第五王子のうえ、魔法部署の幹部な人だ。バリバリのロイヤル・メンバーだ。格式が違う。


滅多に恐れ入らないジントでさえ、ジルベルト閣下の不穏な噂は、シッカリと小耳に挟んでいる。


ジントは、腹痛だの頭痛だの仮病を使い、更に、こっそり逃走をやらかして、行方不明になろうとしていた。だけど、ディーター先生に即座に《拘束魔法陣》でもって捕縛されて、黒い笑顔で凄まれたのが効いたらしい。お昼ごろには、観念したように大人しくなった。


ティータイムの刻に合わせて、手持ちのグリーンのワンピースとベストを着る。中級侍女ユニフォームに似たデザインだから、広範囲で応用が利く。ついでに、ディーター先生とフィリス先生の意見を受けて、『手品師の変装、黒ウルフ耳キャップ付き三角巾』を装着しておいた。



程なくして――クレドさんが迎えにやって来た。


今日のクレドさんは、いつもの紺色マントの隊士服じゃなくて、貴公子風のシャツと上着を着ている。いつだったかの、貴公子ジェイダンさんみたいな格好だ。


藍鉄色の上着に施されたテキスタイル刺繍パターンは、ジェイダンさんの物と似ている。恐らく若手の貴公子の間で共通する物なんだろう。でも、黒狼種ゆえの黒髪に合わせているのか、光沢のある黒い刺繍糸を使っている。


思わず、ドッキリしてしまう。落ち着いて思い出してみれば、クレドさんはジルベルト閣下の一族に属する貴公子だから、こういう格好もあり得るって分かるんだけど。


いつもと違う宮廷風な姿にドキドキしている内に、クレドさんがサッと膝をさらって来る。


そして、クレドさんはわたしを片腕抱っこし、脇に訓練隊士姿のジントを従えて、中央病棟のラウンジへと歩を進めた。余りにもスムーズで、まさに貴種というか貴族ならではの所作だから、ジントも口を突っ込む隙が無かったようだ。



――クレドさん、ナニゲにジントの扱いを承知し始めてるみたい……



あれよあれよと言う間に、中央病棟のラウンジの、アーチとなっている出入口に到着だ。わたしと余り背丈の変わらないジントは、ほとんど駆け足でチョコチョコ付いて来たと言う状態。長身な男性の歩幅って、やっぱり違うなぁ。


ラウンジ中央では、見覚えのある大天球儀アストラルシアが、一抱えもある台座の上で、ゆっくりと回転している。


大天球儀アストラルシアの近くに、コーヒーや酒類を提供するらしい、洒落たカウンターが設置されていた。


そのカウンター席に、ウイスキーみたいな琥珀色の髪と目をした金狼種『風のジェイダン』さんが居る。かねてから待ち構えていたみたい。ジェイダンさんは、あの時と同じ、上等な仕立ての小豆色の上着をまとっている。


ジェイダンさんは意味深な笑みを浮かべつつ、世間話でも始めるかのような、さりげない様子で近寄って来た。


「今日のジルベルト閣下は、何を企んでおられるんだか? それに、私がルーリーに渡した筈の『通信カード』をスリ取ったのは、クレド殿で間違い無いな」


――ほえ?!


思わず、目をパチクリさせてしまったよ。わたし、ジェイダンさんから何か、もらってただろうか。通信カード。通信カード……


わお。思い出した。思い出した。今まさに、ピコーンと来た。


確かチェルシーさんと一緒にラウンジに来た時、ジェイダンさんがやって来て。その時、わたしは『魔法の杖』を持っていなかったし、日常魔法すら発動できない状態だったから、通信機用の、金色の操作カードを発行して頂いて……


……そして、あれ? わたし、もらったけど、無くしちゃってた?


次に、あの薄い青磁色の上着を着た時は……ポケットには何も入って無かったよね……


そんな事をグルグル考えていると、それが百面相に出ていたみたい。ジェイダンさんは面白そうに目を細めながら、わたしに注目していた。そして、『成る程』などと、意味深に呟いたようだった。


ジェイダンさんは再び、クレドさんを、ひたと見つめた。口元は穏やかな笑みを湛えているんだけど、目が全然、笑ってない。その琥珀色の眼差しに、不意に、鋭い光が閃いた。


「あの夜、クレド殿は咄嗟に……たまたまラウンジで別グループと会食中だったアンネリエ嬢が気付いて、余計な誤解をして拾い上げるように――あからさまに、かつ、これみよがしに、落として行ったな?」


――どういう意味?


あの金色の通信カードが、アンネリエ嬢と、何か関係があるんだろうか。拾い上げたとか何とか……アンネリエ嬢は『金色の盗聴カード』とか何とか言ってたけど……あれ?


わたしは、思いっきり疑問顔になってたみたい。頭の上に大量の疑問符が浮かんでるのが、自分でも分かるくらいだし。全面的な記憶喪失になっていると、こういう時、事情が全く分からないから困るなぁ。


クレドさんは、何食わぬ顔を続けている。


ジェイダンさんは額に手を当てて、苦笑している。


脇で見物しているジントは、だんだん『ははーん』と言うような訳知り顔になって来たうえに、目が据わって来ていた。


――これ、『男と男の話し合い(化かし合い)』なんだろうか?


ジェイダンさんの苦笑は、脇を向いての吹き出し笑いになって行った。そして、本物の笑い声になったのだった。


「ふふふ、ハッハハハ……! お蔭で、アンネリエ嬢の二重人格の記録が取れたのは、怪我の功名か。トレヴァー長官が目をテンにしている様は、見ものだったぞ。資料提出の時に、クラリッサ女史の変顔を見られなかったのは残念だ」

「その点は、私も同意します」


クレドさんは、相変わらず何食わぬ顔で応じている。


「約束がありますので、失礼」


*****


ラウンジの端に特別に仕切られた個室があり、その扉の前でクレドさんは、わたしを降ろした。


クレドさんが『警棒』を取り出し、扉の錠前部分にかざすと、扉が自動でスライドする。この仕組みは見慣れて来たけど、今でもビックリするなぁ。


促されて、わたしとジントは、ちょっと緊張しながら入室したのだった。


特別に仕切られた個室と言うだけあって、重役向けの、秘密会食に使われるスペースって感じが満載だ。壁の模様は防音魔法陣で構成されているし、念を入れての事か、ホワイトノイズ魔法が掛かった大きな上質な衝立がセットされている。


大きな衝立を回り込むと、厳重なマジックミラーになっている防音機能付き窓ガラスと、会食席が見えて来た。お茶会の席になっている。


席についている男女は、四人だった。


ジルベルト閣下と、閣下夫人と思しきキリッとした金狼種の中年女性。


以前、『3次元・記録球』の映像で見かけた、元・第三王子なリクハルド閣下。


そして最後の1人……女王さながらの威厳に満ちた金狼種の中年女性は、見知らぬ人物だ。


ジルベルト閣下は、いつもの灰色ローブをまとっていなかった。王族に連なる高位貴族ならではの、ロイヤルブルーでまとめた宮廷風の上着だ。《風霊相》を示すのだろう白いテキスタイル刺繍が入っている。今は上級魔法使いとしてでは無く、いち貴族として着席しているらしい。



――これは、一体……?



ジントと一緒に目をパチクリさせていると――脇に立ったクレドさんが、人物紹介をして来てくれた。


「風のジルベルト閣下と閣下夫人・地のアレクシア殿、地のリクハルド閣下と、ウルフ王妃陛下の妹にして貴族名簿管理室の長、火のクラリッサ殿です」


――ひえぇ。バリバリのロイヤルな方々だ! 淑女の敬礼って、どうやったんだっけ?


わたしは無意識のうちに、思わず、胸の前で腕を交差させて、膝を折ったのだった。ラミアさんが『レオ帝都の令嬢が叩き込まれる敬礼スタイルだ』と言ってた、アレ。


ジントの方は、にわか仕込みの敬礼だ。挙手注目した後、サッと右手を胸に当ててお辞儀する、隊士の二重礼のやり方。ザッカーさんたちに、イヤになる程しごかれていたみたいで、相当にキレイにハマっている。ホッ。


顔を上げると、葡萄茶色の上品なドレスをまとった金狼種クラリッサ女史が、返しの目礼と共に声を掛けて来た。


「2人とも初めまして。水のルーリーに風のジント、話は聞いていますよ。クレド隊士も、どうぞ席に」


暫しの待ち時間の後、ジルベルト閣下夫人アレクシアさんの手によって、全員にお茶が行き渡った。


アレクシアさんは、わたしと同じグリーン系のドレスだった。わたしのワンピースはミントグリーンに近い明るいグリーンなんだけど、アレクシアさんのドレスは松葉色というか、落ち着いた濃い緑色になっていて、亜麻色の毛髪が綺麗に映えている。

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