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窓の外には怪しい人影

ひととおり情報交換が済んだ後、フィリス先生とわたしは、中庭広場のミニ商店街に繰り出した。


外は雨ではあるけれど、今日はジリアンさんの美容店の当番日だ。


この間、わたしは、地下水路で遭遇した《雷攻撃エクレール》系の攻撃魔法で、一時的にパンチパーマにされていた。その時に髪の毛の端が焼け焦げてしまったので、端を整えてもらう事になっていて、あらかじめ予約を入れてある。


わたしは、外出に際して、『手品師の変装、黒ウルフ耳キャップ付き三角巾』を巻いているところ。


最初、この三角巾に、先生がたは皆ビックリしてたんだけど、今の時点では賢いやり方だと感心された。コソ泥なジントの面目躍如ってところだ。


美容店に近づくと、綺麗な金髪のジリアンさんが、待ちかねていたかのようにサッと戸を開いて来た。


「いらっしゃいませ、ルーリー。首を長くして待ってたわ、フィリス叔母さん! 色々、恐ろしく奇妙で大変な事があったと言うじゃ無いの。もうビックリよ!」


ジリアンさんの美容店には、意外に人が集まっていた。お客さんじゃ無くて見物人。


アンティーク部署のラミアさんとチェルシーさんとヒルダさん、それにメルちゃんとメルちゃんの母親ポーラさん。


メルちゃんが『此処だけの話だけど』って事で、冒険談を披露したんだそうだ。


この間のザリガニ型モンスター襲撃の夜、地下水路の大冒険で《雷攻撃エクレール》の余波にやられた事や、魔法事故さながらの大爆発で『呪いの拘束バンド』が外れたと言う事を知って、興味津々で集まって来たと言う。


ジリアンさんが、わたしを手早く客席に座らせ、散髪ケープをセットしながらも早口で喋っている。


「メルちゃんの毛髪全体に、二度重ねの電気系パンチパーマの痕跡が残ってたの。《火》エーテルによる爆発系の染色もね。1回の災難だけじゃ、こうならないから、絶対、他にも何かあると思ってたのよ」


さすがのフィリス先生も、苦笑いだ。


「ジリアンが、御用達レベルの腕前って事を失念してたわ」


賢いメルちゃんは、『何を秘密にするべきか』と言うポイントを、シッカリと押さえていた。


メルちゃん、諜報力スゴイ。


問題の《雷攻撃エクレール》を発動していたのは、2人の怪しいコソ泥の『魔法道具使い』という話になっていた。『魔法使い』じゃなくて、『魔法道具使い』。一応、嘘では無い。


くだんの、大型の魔法事故さながらの『呪いの拘束バンド』の大爆発の件でも、『ディーター先生は極め付きの変人だ』という評判が、良く効いた。『火のチャンス(化けの皮)』のバラバラ死体の凄まじさを見れば、一発で納得だもんね。


昨日、面白がった衛兵の誰かが『火のチャンス(化けの皮)』の成れの果てを、記念写真として撮影していた。それが城下町の『風の噂』のタネになっていて、ヒルダさんも早速、目と耳に入れていた。


火のチャンス本人は、火のサミュエルと一緒に地下牢でお仕置き中だけど、釈放されて城下町に出て来たら、サーカス小屋で話題のゾンビ役をやる予定になっているそうだ。サーカス小屋の支配人が、拘束魔法陣をセットした魔法道具を色々と用意して、手ぐすね引いていると言う。チャンスさん、これから大変だね。


わたしの『呪いの拘束バンド』が外れた件、皆さん喜んでくれた。この拘束具をハメた人物の正体は、まだ分からないままだから、当分の間は秘密にしていて欲しいと言うお願いも、理解してくれた。有難うございます。


ジリアンさんのハサミが、あっと言う間に、わたしの焼け焦げた髪の端を整理して行った。早いなぁ。


「ウルフ族の毛髪パターンは、これが自然だからね。それにルーリーのウルフ耳は母親ゆずりなのかしら、意外に形が良いわよ。ビックリしたわ」


わたしの髪型の整理が済んだ後、ジリアンさんは、遠慮しているフィリス先生を客席に座らせた。


「フィリス叔母さん、この時期になると毛髪の伸びがチグハグになるじゃない。魔法道具の業界の社交パーティーでは、魔法使いとして出席するでしょ。中級魔法使いだから灰色ローブ着用だし、灰色の布の上だと、フィリス叔母さんの髪色は目立つのよ」


フィリス先生の髪は年齢相応に長いから、ジリアンさんも慎重に長さを見定めて、カット作業している。



ジリアンさんのハサミ音が一定のペースで鳴り出すと、ポーラさんとラミアさんとチェルシーさんが、思い出したように近況を語り始めた。


最初に口火を切ったのは、最年長者ラミアさん。


「巨大ダニ型モンスターとムカデ型モンスターの襲撃が終わって落ち着いて、従業員や民間護衛と一緒に、城下町の系列店の被害状況を見て回ってたのよね。チェルシーのアンティーク宝飾品店も私のとこの系列店だから、見に行ってたのよ。幸い、私たちが店を出しているストリートは余り被害は無くて、防虫剤を練り込んだ漆喰を塗り直すなどと言った作業で済んで……」


系列店の被害への対応が、一区切りついて。チェルシーさんとラミアさんは、チェルシーさんのアンティーク宝飾品店で、休憩を兼ねて午後のお茶を囲んでいた。


そこへ。


見知らぬ人からの、『魔法の杖』を通じた通信の光が、チェルシーさんの『魔法の杖』を瞬かせたと言う。


連日モンスター事件の後処理に関わっていて、ようやく休みが取れて同席していた御夫君グイードさんも、一瞬だけ『新しい男からか?!』と、ギョッとしたそうだ。


魔法通信の発信主は――『地のアシュリー』だった。噂に聞くのみの、ウルフ族出身の大魔法使い。フィリス先生の紹介で、通信を送って来ていた。内容は、以下のような物だった。


――最近、チェルシー殿が入手したと言う『水のサフィール』中古ドレスについて、少しお聞かせ願えますでしょうか。



そこまで語った後、ラミアさんは首を振り振り、『ハーッ』と溜息をついていた。


「もうビックリしたわよ。大魔法使いアシュリー師匠おんみずから、いらっしゃったんだもの。本物だし、グイードさんもピシッと緊張してたわよね、チェルシー」


チェルシーさんが、にこやかに頷いた。


「お蔭で、あのドレスには本当に毒物を検知する染めがあった事が分かったわ。それに、アシュリー先生はアンティーク魔法道具についての造詣も深くてらっしゃって、思わぬ勉強会になったわね」


ポーラさんが言葉を継ぐ。


「あの染めは知らなかったわ。織り目に沿って光沢が出るから、凝った織の布地に向くタイプ。辺境ではスタンダードだけど、中央では忘れられた技術って多いのね。それにね、その染色を施した試作品の布を展示していたら、この間、ランジェリー・ダンスの女王ピンク・キャットが興味を示して来て、ついでにドレスを注文して行ってくれたわ」


――ほぇ?! あの濃いピンクのハイヒールの、あの妖艶なピンク・キャット?!


「そうなのよ。舞台用の派手なお化粧を落とすと、ネコ族の淑女って感じ。実際に、レオ帝宮へも出入りしている女優だし。本名は……あら、何と言ったかしら、度忘れしてしまったわ」


妙に情報に強い黒狼種、風のヒルダさんが早速、解説を入れた。


「獣人ネコ族、風のラステルよ。イメージが全く違うから、ビックリしちゃうわよね。それにジリアンさんの旦那ジュストさんが仰天するような話を、落として行ったしね。それで今日、ジュストさん、財務部門に緊急報告に行ってるし」


――ふむむ?


首を傾げていると、メルちゃんが、こっそりとひじを引っ張って来た。


「この間さ、怪しいバニーガールの話が出たでしょ。ピンク・キャット、そのバニーガールと同じダンス女優仲間だったもんで、衣装室とかで、怪しい儲け話を小耳に挟んでたんだって。危ない話をしてるから、度々バニーガールに注意してたそうなんだけど、遂にバニーガール、死んじゃったでしょ」


わお。バニーガール。


思い出したよ! タイストさんの事件で捜査線上に出て来た、バニーガール!


ビックリ仰天していると、ヒルダさんが「そうなのよね」と相づちを打って来た。


「密輸に関わる商人は、ほぼ仮名とか通名で活動しているから、本名の情報の方はピンク・キャットも関知してない状態なんだけど。『ミラクル☆ハート☆ラブ』の方で、特に大量のマネーが流れていた密輸商人を、5名も挙げてくれたのよ。それも、ドレス注文の際の、待ち時間をつぶす余談の合間にね、ポロッと」


1人は、言わずと知れた、仮名『逆恨みのプリンスたち』。正体は勿論、ウルフ族・金狼種の貴公子マーロウさんだ。


マーロウさんと大型取引をした、もう1人の密輸商人は黒毛イヌ族で通名『大魔王』。数年前に超大型モンスター《大魔王》商品を手に入れるチャンスがあって、それで成り上がった新興商人らしい。元々は、方々の風俗街で非合法の媚薬を扱っていたようで、媚薬入り香水瓶がメイン商品。


その『大魔王』を名乗る黒毛のイヌ族、媚薬入り香水瓶と一緒に、非合法のモンスター毒を大量に扱っている闇商人だったそうなのだ。


夏の宮廷開きのパーティーが『茜離宮』で開かれていた頃、『大魔王』と『逆恨みのプリンスたち』は大型取引をしていた。その商品名が『天国と地獄』。これは闇で使われている秘密言葉。『モンスター毒の濃縮エキス』の言い換えだと言う。



――それ、決定的情報じゃ無いか!


タイミングから言っても、間違いなくアルセーニア姫の殺害に関わった毒物だよ!



驚きの話は、まだ続く。


3人目と4人目は、クマ族のヤクザ。ザリガニ型モンスターに関わっていたチンピラたちの元締め。片方は、ザリガニ型モンスターの暴走を止めようとして、あえなく死亡。城下町で、モンスター肉を切り取ろうとしていたチンピラたちに混ざってたそうだ。もう片方は逃走中。レオ闘獣を持ち込んで来ていたそうだから、恐らくは戦闘奴隷を扱っている奴隷商人。


最後の5人目の密輸商人は通名『雷神』。他の闇商人たちが――『大魔王』を名乗る黒毛イヌ族の命知らずも含めて――畏怖を込めて、そう呼んでいたと言う。種族系統の不明なフード姿の大男。顔を見た人は居ない。逆らうと、強烈な《雷攻撃エクレール》でバラバラにされる。だから『雷神』。



――謎の5人目の男、バニーガールと一緒に居たと言う謎の大男なんだろうか。シャンゼリンの殺害現場にも、フード姿の大男が居た。いつだったか地下水路でも、すごく奇妙な宝玉杖を持っていて、強烈な《電撃ショック》魔法を発動していたし。



ゴロゴロ、ドシャーン!



「キャアッ!」


一瞬、窓の外で雷が落ちた。ヒルダさんが悲鳴を上げて飛び上がる。


気が付けば、スッカリ雷雨だ。激しい雨が降り注いでいる。分厚い雲で、辺りは暗い。季節の変わり目ならではの、天候の急変だ。


「ビックリしたわね。帰る頃には、雨脚は落ち着くかしら?」


皆で、思い思いに窓の外を窺う。すると――


美容店の端の方にある窓で――外にあった何かが、『サッ』と動いた。動いて消えた。



――あれ?



「どうしたの、ルーリー?」


わたしが目をパチクリさせていると、ほぼ毛髪カットを終えていたフィリス先生が、声を掛けて来た。


「えっと……あの、端の窓で、何かが動いたような……」

「あの窓?」


ジリアンさんが不思議そうな顔をしながらも、『魔法の杖』を振り向けて、その窓にある夜間照明を光らせる。


炭酸スイカの緑のツルが、下がっている。何処も変わっているようには見えないけれども……


「……妙に脇に移動してる。ツルで全面的に塞いでいたんだけど、誰かが動かして、のぞき見してた……?」


――え。それって。


フィリス先生が早速、『魔法の杖』を構えながら、窓の周辺を調べ出した。


「泥棒よけの電撃ロックを解除しようとした痕跡があるわ。ジリアン狙いのストーカーかしら?」

「あの変態ワル男『水のジョニエル』の件は、モンスター襲撃の際に解決したと思ったんだけど」


ジリアンさんが首を傾げている。


「たまたま避難所が男娼専門の……それも美少年を売りにする風俗店で、何故だかボーイズ・ラブに目覚めちゃったみたいでね。今は11歳から12歳の美少年に飢えてるそうなの。この間、灰褐色の美少年を見たんですって。押し倒して抱き締めて、ベッドの中で愛を告白する予定だと、ハァハァしながら言ってたわよ」


――何だか、覚えのあるような身体特徴だなあ。そう言えば、店員姿な美女ジリアンさんは、チュニックとズボンと言う組み合わせも相まって、今は美少年みたいにキリッとしているように見える。



11歳から12歳の灰褐色の毛髪……



……わたしの知ってる人物じゃ無いよね、メルちゃん?


メルちゃんは肩をすくめながらも、面白そうに目をキラキラさせて応じて来た。意外に、おしゃまさんだね。


*****


激しい雷雨は、翌日には上がった。


ジントは、灰褐色の子狼の姿になって、わたしのベッドの下のクッションの中でグッスリだ。


昨日、衛兵部署の方で、ボーイズ・ラブに目覚めた噂の変態男にしつこく追いかけられ、『愛してる』と迫られていたそうで、散々だったらしい。お蔭で、ザッカーさんに借りを作ってしまう羽目になったとか、ならなかったとか……


やはり名前は、ジリアンさんに聞いたのと一致していて、『水のジョニエル』さん。筋肉ムキムキの胸毛ビッシリの上半身裸の上に、フリル&レース満載のドレスシャツを着ていたそうだ。


この『水のジョニエル』さんという青年ウルフ族、驚いた事に、わたしたちが以前に見た事のある人物だった。


数日前、病棟に併設されている図書室の窓の外で、金髪イヌ族『火のチャンス』さんと、ガラの悪そうな謎の純金の長髪ウルフ男が、マネロン用と思しき怪しい金融魔法陣ボードを使って、何やらアブナイ取引をしていたんだけど。


そのガラの悪そうな謎のウルフ男が、何と『水のジョニエル』さんだった。確かに、その時の彼も、フリル&レース満載の上等な衣服を着てたような気がする。


一方で、気になる事が出来てしまった。


ジントが『水のジョニエル』さんに追いかけられていたタイミング。フィリス先生とわたしが、ジリアンさんの美容店を訪れていたのと同じタイミングだったんだよね。


――昨日、美容店の窓の外に居た人影は、『水のジョニエル』さんの物じゃ無いんだ。誰だったんだろう。


あんな雷雨の中で、ワザワザ、美容店をのぞき見する理由――いったい何だろうか。


土が剥き出しになっていないポイントだったから、足跡は無く。残りの痕跡も、激しい雨ですぐに流れてしまったのか、昨日の時点で、既に分からなくなっていた。


――不吉な予感がするけれど……

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