古代遺物《雷撃扇》
レルゴさんは茶色をした無造作なタテガミをしごきつつ、眉根をしかめていた。
「少し前に、全身ガブガブやられて惨殺されたウサギ族の女――ランジェリー・ダンス女優なんだがよ、そいつの知り合いが仲介してたらしいという話は小耳に挟んだ。最近、ここらあたりに、種族系統の不明なフード姿の大男が出没してるそうだな」
フィリス先生が真剣な顔をして頷いた。
「まさに、その謎のフード姿の大男が怪しいわ。先日の『マーロウ事件』でも、その大男の目撃談がチラッと出ているの。シャンゼリンを殺害したのも、彼である可能性が高いのよ」
「そうかよ。それだけ出没していて、フードを外した時の顔が分からんと言うのも剣呑だな」
レルゴさんはタテガミを更にガシガシとしごくと、思いついたかのように、やおら雨合羽を持って立ち上がった。フードタイプの雨合羽だ。
「レオ族がフードを付けると、こうなるんだが、感じは似てるか?」
レルゴさんはフード姿になった。今、実際に着ているのは、雨合羽だけど。
わお。こうしてみると、レオ族の自慢のタテガミって、結構、ラインに出るんだ。頭部だけ、ブワッとデカイって感じ。毛髪の一種であるタテガミがフードを押し広げている分、テルテル坊主って感じ。何か可愛い。
フィリス先生が生真面目に首を傾げた。
「身体のラインは何となく『それっぽい』けど、頭部が明らかに違うわ。謎のフード姿の大男の頭部は、もっと削れてたから」
「タテガミ持ちに、不吉な表現を使ってくれるなよ。タテガミをやられるのは、えらく自尊心に響くんでな」
レルゴさんはブルッと身体を震わせながらも、雨合羽を脱いでいる。
ディーター先生とアシュリー師匠が、首を傾げながらも、同じ結論に達した様子だ。
「どうやら、不良クマ族と思って良いようですな、アシュリー師匠」
「大柄なのにタテガミの気配が無いのなら、クマ族の可能性が高いわね。非合法の魔法道具の業者では、クマ族も多いし」
レルゴさんも、うむうむと頷いている。そして、ふと思い出したと言ったように、バーディー師匠に声を掛けた。
「今度、『茜離宮』の国際の公式行事がある。ウルフ国王夫妻が臨席する魔法道具の業界の社交パーティーだ。私も招待状をもらってるから、バーディー師匠も同伴して頂きたいんだ。クマ族の大物の業者が、興味深い新商品をお披露目する予定だと言う話を、小耳に挟んでいる」
バーディー師匠は、いつものように面白そうな顔で、穏やかに頷いた。
「勿論じゃよ、レルゴ君。そうそう、ディーター君も出席する予定なのじゃろう?」
「えぇまぁ。最近アンティーク宝物庫から紛失した『豊穣の砂時計』の類似品の噂を聞きましたから」
「フォフォフォ。ディーター君の礼装姿、楽しみじゃのう」
ディーター先生は微妙な顔になって、ガックリとうなだれた。上級魔法使いの礼装をまとうのは苦手みたい。
何でも、普段の灰色ローブ姿じゃ無くて、《地霊相》生まれに合わせて、上等な布で仕立てた真っ黒なローブをまとうんだそうだ。それはそれで迫力が倍増しそうな気がするし、見てみたい気もするんだけどなぁ。
ふと、『黒色』と『魔法道具』の組み合わせでもって――
――タイミング良く、記憶がよみがえった。
昨日、アンネリエ嬢が言及した『雷玉』という名前の、謎の黒い宝玉。
「おや? 何か思いついて居るようじゃな、ルーリー?」
早速、バーディー師匠が面白そうに声を掛けて来た。すごい。何も言ってないのに、何で気づいたんだろう?
「記憶喪失になっても、無意識のクセは変わらんのう、ルーリー。今の方が、尻尾が幼児退行しているだけ、分かりやすくなっているのじゃよ」
思わず、尻尾を見直してしまったよ。さっきまでピコピコしていたみたい。もしかしたら、ウルフ耳の方も。
わたしは早速、アンティーク魔法道具とされている『雷玉』なる謎の宝玉について説明した。ジントとメルちゃんの推測、それに小物屋さんの初老な店主さんのコメントも加えて。
――扇のパーツのような、細長く変形した長方形の平たい宝玉。
黒水晶のような透明な黒い板に、銀色の放電図形の模様が入っている。静電気を溜め込んで、青白く光るだけの厄介者だけど……もしかしたら、《電撃ショック》系統の魔法道具の一部なのかも知れない。
魔法道具が専門とあって、レルゴさんも興味深そうな顔で耳を傾けていた。ホントにライオン耳がピコッと傾いている。
「ううむ。こいつぁ、かなり興味深い魔法道具だな。誰かがパーツを集めているかも知れんと言うのも、気になる。古代の魔法道具、原形が分からないくらい散逸したブツが多かったと記憶しているが……バーディー師匠」
バーディー師匠が真っ白な眉毛をしかめながら、思案に沈んだ。
「話を聞く限りでは、まさに我ら鳥人の先祖が開発した《雷撃扇》の一部のようじゃ。それだけ放電図形の模様もハッキリ出ているとなると、今でも、パーツを集めれば有効に発動するかも知れんのう。小物屋の見立ては正確じゃよ。《雷撃扇》は36橋で、最大攻撃力を発揮するのじゃ」
バーディー師匠は、銀鼠色のポンチョの内側から縮小タイプの『魔法の杖』をスッと取り出すと、魔法のスクリーンにイメージを投影した。
小型、中型、大型の、黒い扇形のイメージが、魔法のスクリーンに並ぶ。
――小型の物は、わたしでも持てるような、華奢なタイプのアクセサリーのような扇だ。中型は少し大きくなっていて、大柄な男性用の扇という感じ。
大型の扇は、もっと大きいサイズだ。大柄な男性でも扱いに困るくらいの、異様な幅にまで広がっている。壁に飾るための物なんじゃ無いかと思ってしまう。
――アンネリエ嬢が説明していた大きさの謎の宝玉だと、パーツを集めれば、まさに大型の《雷撃扇》になるなぁ。
わたしが、あからさまに最大サイズの扇に注目していたから、話に出た謎の宝玉パーツの大きさは、一同の面々にパッと伝わったみたい。
バーディー師匠が、陰気な様子で、ボソッと呟いた。
「大型の《雷撃扇》の最大攻撃力は、ほぼ最大級の《雷攻撃》魔法に匹敵し、超大型モンスター《大魔王》を一撃で粉砕する程のレベルじゃよ」
ディーター先生とフィリス先生が、青ざめた。アシュリー師匠も息を呑んでいる。
「すげぇ魔法道具だな。闇ギルドのヒャッハーな連中が、喜んで取引しそうだ」
レルゴさんが、圧倒されたように呟いた。
バーディー師匠は、ポンチョの中で腕組みをしている。銀白色の冠羽が、思案深げにユラユラと揺れていた。
「破壊的なまでの攻撃魔法の道具じゃから、我ら鳥人の先祖は古代の或る時期、一斉に大型の《雷撃扇》を破棄処分したのじゃよ。今、残っているのは、どれ程に強くても、大型モンスター対応の《雷撃扇》じゃ。それ程の大型の物が、1パーツとは言え、まだ残っているとは思わなかったがのう」
レルゴさんは、無造作なタテガミをガシガシとしごいていた。
「レオ帝都では、ほぼ残ってない筈だ。レオ族の同業者仲間でも、そんな奇妙な形をした魔法道具の話は聞かないし。ただ、冒険者ギルドの方では奇妙な盗掘品の情報が度々出ているし、古い魔境や難所の周辺の古代廃墟では、まだ残っていたという可能性はあるかも知れん。今度の社交パーティーでは他種族の同業者とも大勢会えるから、この件も聞き回ってみるか」
冒険者ギルドでは、発掘品や盗掘品の匿名取引も扱っているんだそうだ。打ち捨てられた古い地下迷宮や見張り塔から出て来た古代遺物には、意外に換金価値の高い物もある。
本来、そういった古代遺物の発掘や管理はアカデミーの古代史部門で扱っていて、学生ギルドのみの開放になっているんだけど、マネーに目がくらんでルールをコッソリ破る人は、いつでも居るもんね。