目下の問題点の提示と検討
翌日の今日は、朝から雨が降っていた。季節の変わり目は天候が不安定。
真昼の刻、城下町で続いていた『モンスター商品マーケット』が終了する事になっている。
ジントは朝早くからザッカーさんに捕まって、衛兵部署の訓練場で、しごかれているところだ。
近く、『茜離宮』の方で、他の多くの種族も参加する国際的な社交パーティーが開催される予定。宮廷の公式行事だ。魔法道具の業界で活動している業者たちが、宮廷社交と見本市の開催とを兼ねて集まる。とても重要な催しであり、それに間に合わせるためだそうだ。
わたしの方はと言えば。
日常魔法が使える条件が揃ったと言う事で、先生がたの立ち合いの元、まずは《魔法署名》と幾つかの初歩的な《水魔法》を試す事になった。
――結論から言えば、どちらも無事に出来た。何だか感動的だ。特に《水まきの魔法》と《洗濯魔法》が上手くできたのは、多分、風俗街で育っていた時に、そのお手伝いが多かったせいだと思う。
その一方で、《水まきの魔法》と《洗濯魔法》、《水玉》以外は、全くできなかった。
特に基本的な攻撃魔法《水砲》が《水玉》になってしまうのは、ビックリだった。元・サフィールだった時も、ほとんどの日常的な《水魔法》が不発だったそうなんだけど……これは割とショックだ。
発動できる日常魔法の種類が少ないのは、イヌ族との混血ゆえの魔法能力の特徴なんだそうだ。特に混血ウルフ女性に現れる特徴だと言う。混血ウルフ男性の場合は、それ程でも無いけど。
――そう言えば、魔法能力の発現に関わると言う《宿命図》中間層、わたしの場合、半分くらい暗かったよね……
おまけに、『魔法の杖』通信も不発だった。これは、専用の魔法道具でカバーできるそうなので、先生がたに適当なのを製作してもらう事になった。
元・サフィールだった時も、わたしは『魔法の杖』通信のための魔法道具セットを『魔法の杖』にくくり付けてたそうだ。
――今現在の『魔法の杖』には、くっ付いていない。此処に来る間に、《雷攻撃》魔法で弾け飛んでしまったらしい。
そして。
わたしの《魔法署名》は、《水霊相》生まれという事実を反映して、青い色が多い構成になっていた。上級魔法の一種《解析魔法》に通してみると、配線の一部は、正確な《盾の魔法陣》を描いているのが判明する状態だ。
この《魔法署名》に現れた特徴は、バーディー師匠とアシュリー師匠とディーター先生の間で、ちょっとした議論になった。
「当たり前ではあるけれど、半覚醒状態ながら《盾持ち》の相が出てるわね。当然、この《魔法署名》を解析すれば、魔法部署のトレヴァー長官も、上級魔法使いであるジルベルト閣下も気付くわね、ディーター君?」
「間違いなく気付きますね……まさに資料の図解の通りですな」
――成る程。《魔法署名》の構造の中に《盾の魔法陣》が確認できる場合、《盾持ち》と判断される。
わたしは、一応《盾持ち》って事なんだろうなぁ。もっとも、その部分の星系は暗くなっている状態と言うか、半覚醒状態だと言われているから、本格的な《盾持ち》と言う訳でも無さそうだけど。
バーディー師匠が、しきりに銀白色の冠羽をユラユラさせながらも、思案に沈んでいる。
「此処は、工夫のしどころじゃのう。ウルフ王国に《水の盾》を置く場合、闇ギルドや反社会的勢力とホイホイつながったり、無様にやられたりするような、非力な連中に身柄を任せる訳にはいかんからの。そしてトレヴァー長官は、既に高齢じゃ。ディーター君は、トレヴァー長官の後継者になるつもりは無いのじゃろう?」
ディーター先生は、あからさまに困惑顔になった。
「考えるのも嫌ですね、申し訳ありませんが。この『ポンコツ』には、トレヴァー長官ほどの政治力は有りませんよ」
「実力的には申し分ないのにのう。ウルフ王国の内部事情と言うのも大変だな。後釜に決まっているのは誰なのじゃ?」
バーディー師匠とディーター先生の相談に、アシュリー師匠も加わって、ヒソヒソ話が続いた。宮廷政治の力関係の都合とか、色々あるらしい。大丈夫かな。
ヒソヒソ話が続いている間、フィリス先生に付き添ってもらって、《変身魔法》を試してみる。
変身途中でマゴマゴして、フィリス先生に《変身魔法》を調整してもらう一幕が4回ほど続いたけれど、5回目に、わたしは無事に『狼体』に変身できた。
チャコールグレーな、痩せぎすの小柄なメス狼なんだけど、ちゃんとした『狼体』。
ちょっと不思議な気持ちになった。大窓のガラスの前にチョコンと座り、初めて見るとも言える、『狼体』の姿を映してみる。首を傾げたり尻尾をピコピコしたりしていると――
見上げるようなレオ族の大男が、いきなり大窓を開けて入って来た。レルゴさんだ。わお。ドッキリ。
「おぉ? 何だい、この細っこい、黒か灰色か分からん狼は……おッ、左の首根っこに『茜メッシュ』……って事は、おい、もしかして本当に、あの『炭酸スイカ』のチビか?」
レルゴさんは仰天したような声を上げながらも、『狼体』なわたしの首筋を、ヒョイと摘まみ上げて来た。ひえぇ。
――た、高い! 高いッ!
「あうわうわぉわぉわぉ~ん!」
思わず、狼の鳴き声なのか人間の悲鳴なのか、良く分からない声を上げてしまったよ。四つ足ジタバタ。
レルゴさんが目をテンにしている。ディーター先生が気付いて駆け付けて来て、訳知り顔で、パニックなわたしを引き取って地上に降ろしてくれた。
「高所トラウマ発動だな」
「はぁ? 高い所が苦手ってヤツか?」
まだショックで、尻尾が丸まって震えてるよ。全身プルプル。
バーディー師匠とアシュリー師匠が、吹き出し笑いする直前の、何とも言えない奇妙な顔で見つめて来ていた。フィリス先生が『ハーッ』と溜息をつきながら、頭を振り振りしている。
――ウルフ族なのに、『狼体』なのに、高所トラウマ……何だか、ショックだぁ。ひえぇえ。
思わず、前腕の中に顔を埋めてしまう。何だか恥ずかしくて、身の置き所が無いよ……
*****
場を仕切り直して――わたしは落ち着いて、『狼体』から『人体』に戻った。
ちょうど真昼の刻と言う事で、皆で昼食会となる。
早速、レオ族のレルゴさんがホクホク顔で、『モンスター商品マーケット』での成果を話し出した。良い取引が出来たみたい。
新しい魔法道具の噂などについても、アシュリー師匠やバーディー師匠、ディーター先生、フィリス先生と共に、色々と話が進んだ。
わたしを拘束していた、あの不気味な『呪いの拘束バンド』は、あの一品だけだったみたい。似たような魔法道具は今のところ、出て来てないそうだ。それはそれで、割と不気味。
恐らく、『サフィール個人』を捕縛するために特注され、開発された、マーケットには出回らない程の超高額の商品だったのだろう――と言う結論になった。余りにも使用範囲が限定されるような高額の商品になると、マーケットが無いしね。
昨日、わたしが早くも遭遇した災難、中型モンスターと化した毒ゴキブリと赤ザリガニによる『ナンチャッテ・モンスター襲撃』の件は、早くもレルゴさんの耳に入っていた。チャンスさんとサミュエルさんが持ち込んで来ていた、禁制品『魔の卵』が原因。
あの金髪イヌ族の不良プータローな『火のチャンス』のトラブルメーカーぶりは、魔法道具の業界でも有名だそうだ。チャンスさん、ナニゲに凄いヒトだなぁ。
バーディー師匠が「ふむ」と意味深に呟いた。
「レルゴ殿よ。問題のイヌ族『火のチャンス』が以前に持ち込んで来たと言う、あの真っ赤な『花房』付きヘッドドレスじゃが。誰がバラまいていたのかは、突き止められたかね?」
レルゴさんは、困惑しきりと言った様子で、太い眉をしかめて応じている。
「いやー、それがな。結論から言えば、収穫は無かった。あのプータロー男は、妙に、ひと足だけ遅れるのが常らしいな」