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追憶は夕べの風と共に・2

恐る恐る、クレドさんの方を眺める。


クレドさんが、ゆっくりと端正な面差しを向けて来た。クレドさんの顔には、驚きは浮かんでいない……?


「シャンゼリンの死体は、今は《変装魔法》が全て剥がれ落ちています。顔面の系統の、整形と細工のための魔法も含めて。今のシャンゼリンの容貌は、ルーリーと全く同じ系統です」


――知らないうちに、全身が震えて来る。


「ルーリーは混血ならではの顔立ちではありますが、今なら誰が見ても、シャンゼリンとルーリーは共通の母親を持つ姉妹だと気付くでしょう。魔法部署の方で、まだ《宿命図》や《魔法署名》による検証が無いから、ヴァイロス殿下もザッカー殿も、何も言わないだけです」


そこまで事態が進んでるとは思わなかった。わたしと、シャンゼリンは――そんなにも、目鼻立ちが共通しているのか。


わたしの無言の疑念に、クレドさんはシッカリと頷いて来た。ひえぇ。


「ルーリーがサフィールと同一人物だと言う事は、《盟約》が成立した時に気付きました。レオ帝都に居る筈の金狼種のサフィールが、何故に黒狼種で、ボロボロな状態で出て来たのかまでは分かりませんでしたが。年齢の逆転についても」


――え? えぇええ?


混乱しすぎて、頭がグルグルしてしまう。サフィールが金狼種って。え。


そう言えば、あの時、クレドさんは何と言ってたんだっけ。色々いっぱいだったから、すごく曖昧だけど。


――『何故、ルーリーなんですか』


って言ってたような……それから、『本当に正式名が、水のルーリエなのか』と確認して来ていたような……


グルグル考えていると、クレドさんが不意に右手を伸ばして――わたしのウルフ耳を撫でて来た。ほえ?


――既視感のある感覚だ。


思わず耳をピコピコしてしまう。バーディー師匠が撫でて来るのとは別だけど、こういう風に撫でられるのは何となく好みだ。ウルフ耳が少しずつ『もっと撫でて』という風に、ペタッと寝始める。尻尾を、こっそりとフリフリ。


「記憶は……やはり無いんですね。あの時と反応が同じだから、無意識の方で何となく覚えがあるという風でしょうか」


クレドさんが興味深そうな顔をしていて、納得したように呟いている。


――あの時と反応が同じ? 何だか聞き覚えのあるフレーズだ。どういう事?


不意にクレドさんが、口元に綺麗な笑みを浮かべて来た。わ、ドッキリ。


「我が《宝珠》。私は6年前、レオ帝都で『水のサフィール』と逢いました。ノイローゼだった『かの御方』を訪問すると言う名目で」


――はあッ?!


*****


6年前――今現在からすると、正確には、むしろ7年前に近いという頃合い。


レオ帝都から派遣されて来た高位レオ族の特別大使が、ウルフ王国の宮廷に立ち、ウルフ国王夫妻の前で、珍しい注文を口にした。



――第一位《水の盾》たる『水のサフィール・レヴィア・イージス』が、重度のノイローゼのため、《盾使い》としての役割を満足に果たせなくなっている。ついては、身辺警護と見舞いのため、同族ウルフ族を幾人か選び、レオ帝都に派遣されたし――



ウルフ王国の宮廷は、爆弾を投げ込まれた時のような大騒ぎになった。


誰を派遣するか。場合によっては後々の人脈にも関わって来る要素だから、重臣たちが揃って手を上げたのだけれど。


相手は、ノイローゼに陥った16歳の少女だと聞く。しかも、かなり警戒心が強い性質で、下手に撫でようとすると、すさまじく威嚇して来ると言う。


当時、第一王女になったばかりのアルセーニア姫が、同性で年齢が近いという事もあって、最有力候補だったのだけど。


宮廷を訪れて来ていたレオ族の特別大使が、早くもアルセーニア姫に目を付け、自身の正妻の1人を交渉人に立てて、『我がハーレム妻となれ』と、熱心な勧誘行為をして来た。


――そう、資質の良い未婚ウルフ女性は、ハーレム妻として、方々のレオ族から勧誘されかねない立場なのだ。既婚ウルフ女性であっても、未亡人なら、やはり狙われる。この辺の積極性は、イヌ族とレオ族は余り変わらない。


お年頃のウルフ女性をレオ帝都に派遣するのは、リスクが高すぎる。自然、サフィールの《宿命図》を調査したうえで、《宝珠》の相性の良い男性を派遣した方が良いのでは無いかという事になった。


この案は、レオ帝国側に、即座に却下された。


《宝珠》盟約が成立した場合、獣王国の伝統に従って、レオ帝国はサフィールを解放しなければならなくなるからだ。


更に驚くべきことに、『サフィールの《宿命図》を探ってはならない』『結婚適齢期の成人男性を寄越してはならない』という要求も付いて来た。


特に、《宿命図》関連については、鳥人出身の《風の盾》ユリシーズの直々のお達しだったから、忍者の才能のある魔法使いをコッソリ混ぜると言う案は、あえなく、ボツになってしまった。


こういう、諜報や機密保持といった領域に関して、《風の盾》は、超能力にも等しい魔法的支配力を発揮する。しかも鳥人は、レオ族と対等な外交関係を築いている種族であり、優れた大魔法使いを最も多く輩出している種族でもある。獣人全体に対して公平である事は、確実だ。



鳥人全体としての意思でもある内容を、ひっくり返すのは――不可能。


――当時は、サフィールの深刻な身辺事情などの理由が分からなかったから、ウルフ族の間では、不公平だという怒りが渦巻いていた。



侃々諤々のすえ。


剣技の師匠として『剣聖』称号を持つ、最高齢のウルフ族の剣客――通称『老師』が、身辺警護のリーダーとして選定された。


この『老師』、ちゃんとした本名はあるものの、剣の腕前があまりにも凄いので、『剣聖老師』や『老剣士』と言えば、ほぼ「あの人の事か」と、全国的に通じてしまうという程の人物だ。


彼は、ウルフ王国の上級隊士を担当する現役教官を引退した後、魔境に近い田舎で、剣道場の主として悠々自適の生活をしていた。でも、ウルフ国王おんみずからの要請でもって、このたび大舞台に引っ張り出されて来たと言う訳だ。


ちなみに、この『剣聖老師』の道場の門下生は、王族の子弟が多かったのは勿論の事、上級隊士の候補と見込まれた若手たちで占められていた。わざわざ魔境の近くへ、王族の子弟まで送り込まれる程なのだから、この『老師』が如何に非凡な人物であったかは容易に察せられるだろう。


老剣士は、要請を受ける条件として、『つきしたがう従者の選定は、自分に選ばせてほしい』と要求した。よりによって、レオ帝都の、それも後宮の都に――レオ皇帝の孫たるレオ王子のハーレムに――男として、乗り込むのだから。


その困難な要求を、ウルフ国王および重臣たちに呑み込ませた老剣士は。


何故か、昔懐かしの『クジ引き(!)』で、2人の少年従者を選定した。


考えてみれば分かる事だった。王族や重臣の子弟だの、上級隊士候補の若手だの、あとあと面倒になりそうな門下生たち。下手にエコヒイキするよりは、公平にクジで決めた方がギクシャクしない。


門下生の中には――当時はまだ『殿下』称号は無かったけれど、王族子弟のヴァイロスもリオーダンも居た。ザッカーもクレドも、上級隊士候補の若手として修業に来ていた。


当たりクジを引いたのは――クレドと、王族子弟のベルナール。ベルナールは後に、第三王子になる。


クレドはジルベルト閣下の甥ではあったけれど、両親を失っているので、公的な立場としては、ジルベルト閣下が身元保証をしている孤児に相当する。


ジルベルト閣下の一族に連なる者とは言え、継承順位の低い、影の薄い眷属の出身だ。それゆえに、重臣の間でささやかれる内容は、あったものの――ジルベルト閣下が強引な手段で黙らせた。逆に、ジルベルト閣下が何か策謀したのではという胡乱な噂さえ飛び出す程だった。


ベルナールは、出発間際になって急に体調を崩してしまったので、改めてクジ引きによって、代理が選ばれた。それがリオーダンだった。

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