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追憶は夕べの風と共に・1

「――あの、クレドさん」


バロンさんなヴァイロス殿下とオフェリア姫を見送っている間に、わたしの心は決まっていた。


わたしは改めて、わたしの《宝珠》な人を、まっすぐ見た。緊張で声が震えてるけど、落ち着かないと――


クレドさんは、微かに目を見開いた。割と驚愕してるって事だ。


ほとんど無表情――と言うか、どちらかというと鑑賞用っていう位に端正な彫像めいた人だから、最初はやっぱり、ピンと来ない方なんだけど。ジッと見ていると、この人にも感情があると分かるんだよね。それも、とても人間らしい感情が。


「大事な話があるんです。他人が滅多に来ない場所って知ってますか?」


相変わらずのしゃがれ声が続いてるけど。


――『呪いの拘束バンド』に取り付かれていた時に比べると、締め付けが無くなった分、安定して声を出せるようになっている。まだ喉の筋肉の変形が戻っていないから疲れやすいものの――長い話をしても大丈夫なくらいには。


クレドさんの表情は、ほとんど変わらなかった。彫像さながらの、端正なまでの無表情。でも、その切れ長の黒い眼差しは、わたしをマジマジと観察しているところだ。『目下、訝しく思っている』って事なんだろう。


わたしの頭部を覆う三角巾。『手品師の変装、黒ウルフ耳キャップ付き三角巾』という商品名が付いた、この三角巾には、仮のウルフ耳が縫い付けられている。もっとも、前のような丸ごと複製じゃ無くて、本物のウルフ耳に付ける方の耳キャップ形式だけど。


クレドさんの不思議そうな眼差しを受けて、今しがた『あ、そういう事か』と納得が行った。



何やら企んで、これを装着して来たの、ジントなんだよね。



パッと見た目には、相変わらず『炭酸スイカ』カラーリングな毛髪と、真っ赤な『花房』付きヘッドドレスが張り付いて訳の分からない事になった『呪いの拘束バンド』を、上手に隠している状態に見えるんだと思う。


わざわざ『手品師の変装』なんていう口上が付く程だし、トリックさながらの《変装》の機能が付いているのだろう。ラミアさんやチェルシーさんも、全く気付いてなかったみたいだし。


クレドさんは、わずかに眉根を寄せた。思案顔だ。しばし、沈黙が続いた後。


「――分かりました」


そう言ってクレドさんは、ベンチから立った。そして、わたしを再び、片腕抱っこして来たのだった。


*****


中庭広場を出て、『茜離宮』の外苑を成す丘陵スペースに出る。


方々に踏みならされた散策ルートが展開しており、それに沿って樹林や各種広場が散在している。改めて眺めると、広々とした空間だ。


緑の丘に、涼しい夕風が吹き始めていた。夕方ならではの明るいオレンジ色の陽光が、斜めに降り注いでいる。


話すべき内容を、アレコレ組み立てているうちに――いつしか、足の違和感が、ジワジワと増してきたような……


――ほえ? 何か痛い?


ギョッとして、素足を見下ろすと――


ひえぇ! 両足とも腫れてる! シッカリ、紫色に!


ガーンと、頭をトンカチで殴られたような気分になっていると、わたしを片腕抱っこしているクレドさんが、呆れたような溜息をついて来た。


「やっぱり、失念していたみたいですね。もうじき、外れの噴水広場に着きますから、そこで足を冷やして下さい」


……ま、また、ドジに近い事をやらかしてしまった……



幾つかの樹林を通り過ぎ――


程なくして到着したのは、わたしが最初の日に出て来た、ルーリエ種の噴水広場だった。ディーター先生の研究室から近いポジション。お気遣い有難うございます、クレドさん……


早速、噴水プールの縁に腰を下ろして、素足を水につける。冷たくて気持ち良い。


――『外れの噴水広場』と言うだけあって、シンとしている空間だ。


更に斜めになって差し込んで来た夕方の陽光が、噴水全体を暖かみのある金色に染め上げている。


クレドさんが傍にしゃがんで来て、この噴水広場についてガイドをしてくれた。


「この噴水は、古い時代に作られた物です。当時はメイン・ルートの脇にあったそうですが、外苑の拡張工事に伴ってルートから外れたため、今は人が立ち寄る機会は少なくなりました。規模を拡大したルーリエ種の噴水広場が別に新設されていて、そちらの方が鑑賞用としても業者用としても利用が多いですね」


――ウルフ耳で聞くと、クレドさんって、こういう声なんだ。


今は内緒話モードなせいか、随分と声量が抑えられているものの、低くて滑らかな声という部分は共通している。


クレドさんの説明は、続いた。


「ただ、此処は、古い時代の物と言う事もあって、山から引いて来た一番水が出ています。後の時代に造成された大型の噴水の方は、古い時代の噴水を通過して来た水を再利用しているのが多く、業者たちの間では、二番水、三番水などと呼びならわす事で、区別しているそうです」


説明が一区切りついた後、沈黙が続く。


冷たい水で足が冷えて、上手い具合に痛みが引いて行ったので、あとは湿布という事にして両足を水から引き揚げた。


――此処は、やっぱり『百聞は一見に如かず』って事で、三角巾を取って見せた方が話が早い。


わたしは、スルリと三角巾を取って、再びクレドさんの方を振り向いた。耳キャップが外れた拍子に、本物のウルフ耳が、ピコッて動く。


「あの、実は、ですね……」


声を掛けながら、チラリと見上げると――


クレドさんの方は――絶句していた。


最初の日、わたしが実は女の子だとディーター先生に説明された時に見せた、あの驚愕の表情だ。さすが、ジルベルト閣下の血縁。彫像めいた印象が、なおさらに血の通わぬ彫像そのものになっている。


――えーっと。大丈夫ですよね? 生きてる? ……と言うか、動けるよね?


「さっきのディーター先生の魔法事故というのが、わたしの『拘束バンド』が外れた時の爆発の事で……」


続きを言うか言わないかのうちに、いきなり『ドン』と衝撃が来て、目の前が暗くなった。ほぇ?!


低く押し殺された――それでもなお、荒々しいまでにかすれた声が続く。


「ルーリーは……! 何度、私の心臓を止めたら気が済むんだ?!」


え。驚きの余り、口調が飛んでる? でもって、わたし、今クレドさんに、ぎゅうぎゅう抱き締められているような気が……


って言うか、マジで、あばら折れる。息が止まる。窒息する!


目の前に、この世の物では無い星が見え始めた頃――ようやく、クレドさんの恐るべき腕の力がゆるんだ。思わず、ゼェゼェと新鮮な空気を補給していると。


「済みません。加減を失念していました」


クレドさんはポツリと釈明して来たけれど、その腕は、まだわたしにガッシリと絡みついたままだった。何だか、身柄拘束を思わせるやり方だ。尻尾をピコピコさせて喋ってみる。


――あの、一応わたし、いきなり居なくなったりしませんよ?


「その表明だけは、信用しない事にしています。もう驚きませんから続きをどうぞ、我が《宝珠》」


――この体勢で喋るの?


そんな疑念を抱いていると、それが即座に伝わったみたい。


クレドさんは、いつものように、ヒョイと片腕抱っこをして来た。もう一方の腕は、相変わらずわたしを身柄拘束している感じだ。『わたしを地上に置いておく』と言う選択肢は無かったみたい。


最初は目が回るような思いだったけど。それでも、ディーター先生の研究室で進行した『呪いの拘束バンド』を取り外すための手術の内容を説明し始めると――


口のチャックが飛んだかのように、余談の部分――バーディー師匠がジントに『血縁関係の秘密』という爆弾を落とした部分――まで、話が続いたのだった。


*****


「ジントは、ルーリーの実の弟だったんですね」


――余り驚いてないみたいだけど、知ってたんですか、クレドさん?


クレドさんは、意味深な溜息をついて来た。『何となく察する物はあった』という意味だ。ジントのやらかしたアレコレについて様々に思うところがあったのか、少しの間、目が据わっていた。


「気配を出し入れする時のパターンが、他人の空似という以上に似ています。父親が同じなら納得です。ジントが近くでコソコソしている時、《隠蔽魔法》がある状態でも、ルーリーは何となく『お見通し』だったのではありませんか?」


――わお。さすが斥候というところ? 気配の動向に敏感なんだ。


クレドさんは、暫し口を引き締めて沈黙した後、再び語り始めた。


「シャンゼリンとサフィールに関しても、同様に類推が成り立ちます。同じ母親を持つ姉妹ともなれば、その類のシンクロ感覚は、もっと強かったに違いない。距離を越えた呪縛の関係があったのなら、なおさら」


――うげ。


いきなりの言及だから、幼児退行な尻尾が『ビョン!』と跳ねちゃったよ。


……これって、『元・サフィールです』って、尻尾で白状したのと変わらないよね。

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