晴れた昼下がりの笑劇・3
気が付いてみれば――
向こう側の街路樹では、チャンスさんとサミュエルさんが、既に地上に引きずり降ろされた状態だった。
2人のイヌ族は、拘束魔法陣がセットされている拘束シーツでもって、袋詰めにされている。頭を突き出して何やらギャアギャア喚いてるけど、当分の間、地下牢に放り込まれて、念入りに事情聴取される事になるんだろうなあ。
訳知り顔なメルちゃんが、眉根を寄せながら早口で喋っていた。
「火のチャンスが、あの古い見張り塔のところで、クマ族のヤクザなオジサンたちと、何か大きな箱をやり取りしてたんだよね。アレ、何が入ってたのかと思ったんだけど、毒ゴキとザリガニの卵だったんだわ」
ジントにも異論は無いという様子だ。ジントは「ケッ」という感嘆詞を付け加えた後に、補足を続けた。
「さすが、クマ族のヤクザ連中って言うか、とんだ報酬だよな。『金になるから取っとけ』とか何とか言って、『魔の卵』の運搬、やらしてたって事でさ。ザリガニ牧場の方はエーテルが薄いエリアだし、この辺りみたいに余剰エーテルが流れてるポイントなら、『魔の卵』からイキの良いモンスターが出やすいからな」
*****
一刻もしないうちに、モンスター死骸の運び出しが、あらかた済んだ。
あちらこちらの浄化予定のポイントで、立ち入り禁止のバリケードが立っている。その内側では、解毒と浄化の作業を担当する隊士たちと魔法使いたちが、忙しく立ち回っていた。
ちなみに、わたしたちが『エーテル燃料の集積場』に持って行く予定だった『火のチャンス(化けの皮)』の方は、別の隊士さんが、作業のついでに、代わりに持って行ってくれる事になっている。
そして。
中庭広場の一角で、バロンさんが拘束し続けていたアンネリエ嬢は、ザッカーさんの手に渡った。正しくは、ザッカーさんがアンネリエ嬢の背中をヒョイとつかんで、吊るしている格好だ。
アンネリエ嬢は顔を真っ赤にして、あらん限りの上品な悪口雑言を繰り返している所なのだけど、ザッカーさんは何故か、面白そうなニヤニヤ笑いを浮かべている。
オフェリア姫が困惑顔で手を揉みながら、クレドさんに片腕抱っこされ続けているわたしに、申し訳なさそうに声を掛けて来た。
「アンネリエの件では、本当にゴメンナサイね、ルーリー。アンネリエは、ウルフ王妃を輩出した一族の高位令嬢なの。それに《宿命図》に、《盾の魔法陣》を持っている《盾持ち》でもあるの。おまけに、小さい頃から身体が弱くて、ずっと国宝レベルの重要人物として大事にされ続けて来たから……まだ少し子供っぽい所があるの」
――ほえぇ!
アンネリエ嬢の《宿命図》の中には、《盾の魔法陣》の構造があるんだ。成る程、それで《盾持ち》なのか。小さい頃から身体が弱かったって事は、小さい頃から《盾魔法》を使えたって事かな。
成る程ねぇ。《盾魔法》を使える人材は貴重で、でも、限界近くまで大容量エーテルを扱うから倒れやすくて、そういう事もあって、王族に準じる扱いになるとか、強い護衛が付くとか……色々、納得だ。
アンネリエ嬢が再び、癇癪を起こし始めた。
「こんな卑しい混血顔に、頭を下げるんじゃ無いわよ、オフェリア。悪いのは全部、この卑しい悪女よ! 何処の闇ギルドからポンと出て来たのかも分からない、下品なランジェリー・ダンスのチビ女! 国宝級の《盾持ち》たる、このあたくしを襲ったのだから、地下牢に放り込んで拷問して、死刑にしてやりなさいよ!」
そこで、バロンさんが、しかめ面に手を当てて、これ見よがしに大きな溜息をついて見せた。ザッカーさんは、いっそう愉快そうなニヤニヤ笑いをしている。
バロンさんは、そんなザッカーさんを、疲れ果てたと言わんばかりにジットリと眺めた後、不意にクレドさんの方に顔を向けた。おや?
「クレド。アンネリエが、此処まで二重人格の勘違い女だったとは、正直、想定外だった。剣技武闘会の日以来、ヴァイロスの名をもって、貴様の婚約者としてアンネリエを推薦していたが。本日付で、それを取り消そうと思う。わが従妹の事では、余計な苦労を掛けたな」
クレドさんは無表情なまま、一礼していた。ほえ?
もっと激しい反応をしたのは、アンネリエ嬢だった。目がテンになった後、改めてキャンキャンと騒ぎ出したのだった。
「あんた不敬罪だわよ、バロン! その辺の一隊士が、ヴァイロスの名前を騙るなんてね! この数々の無礼、地下牢で拷問つきのお仕置きレベルの罪よ! 覚えてらっしゃい!」
バロンさんは、一片たりとも恐れ入ったと言う態度を見せる事無く、アンネリエ嬢をジットリと眺めた。
「別に覚える必要は無いし、覚えたくも無いな、わが従妹どの。私が、ヴァイロス本人なのだから」
――はぁ?!
バロンさんは、やおら、うなじをまとめていた髪紐を取り外した。すると。
嘘のように《変装魔法》がスルリと解除された。
次の一瞬、そこに居たのは、あの豪華絢爛な金髪の美形なヴァイロス殿下だ。ビックリだ。ひえぇ。知ってる誰かに似てると思ってたけど、ヴァイロス殿下、本人だったんだ!
アンネリエ嬢は、これ以上ないと言うほど真っ青になって、口をアングリと開けていた。多分、何もかも無かった事にして失神したい気持ちなんだろう。
圧倒的なまでに豪華絢爛な美形のヴァイロス殿下は、面倒くさそうに喋り出した。
「今日のモンスター暴走が起きたのは、アンネリエが余計な癇癪を起こして、あの荷物の中の『魔の卵』に充分なエーテル量を注いだからだ。まあ、タイミングが早過ぎただけに被害なしで済んだから、公的には偶発ミス、ゆえに不起訴処分という扱いとなるだろうが」
アンネリエ嬢を真っ直ぐ見据えているヴァイロス殿下の金色の眼差しに、一瞬、怒気が混ざる。
「身勝手な行動で、わが婚約者のオフェリアまで危険にさらした事実は変わらん。叔母上には、よくよく話をしておくから、観念して再教育を受けているんだな」
――くだんの『叔母上』という人物は、アンネリエ嬢にとっては、恐るべき人物らしい。
金色のウルフ耳に『叔母上』という言葉を入れた瞬間、アンネリエ嬢は、呆気なく失神していた。失神した振りをしているだけかも知れないけど。
如何にも残念だと言った風に締めくくった後、ヴァイロス殿下は、再び髪紐で、豪華絢爛な金髪をまとめた。すると、再び《変装魔法》が掛かって行き、普通な金髪の、目立たないタイプのバロン青年が現れたのだった。
バロンさん、もといヴァイロス殿下は大きく息をつくと、不意に踵を返して、直下の低い植込みに手を突っ込んだ。余りにも素早く、そうと感じさせない動きだ。
――ほえ?!
ヴァイロス殿下が、植込みに突っ込んでいた手を、ゆっくりと引き上げる。
――驚愕と諦念がないまぜになった、灰褐色のウルフ耳とウルフ尾をした少年が、襟首をつかまれた恰好で、引きずり出されて来た。
「……ジントッ?」
わたしは思わず、しゃがれ声な驚き声を上げてしまったよ。
この先の方で設定されている臨時の捜査本部の方で、メルちゃんや、ラミアさんやチェルシーさん、小物屋さんの初老な店主さん他の人々と一緒に、目撃証言の真っ最中だったんじゃ無かったのッ?!
バロンさんなヴァイロス殿下は、わたしの声をシッカリと、ウルフ耳に入れていた。片方のウルフ耳がスッと動き、また元の位置に戻る。そして、アンネリエ嬢の時とは打って変わって、興味津々な眼差しで、ジントを眺め始めた。
「ほお。この忍者もどきの少年は、ジントと言うのか。口封じの危険を冒してまで、第一王子の最高機密を探り出そうとするとは、なかなか勇気があるな」
わお。さすが、『殿下』の実力! ザッカーさんとクレドさんが取り逃がしたジントを、一瞬で捕獲するとは!
ザッカーさんが楽しそうな笑みを浮かべた。オフェリア姫の方は、目をパチクリさせている。
「こりゃ、あの時の『チビのコソ泥』じゃねぇか。成る程な。そういう事だったのか。まさか、その患者服も盗んで来たんじゃねぇだろうな?」
ジントは盛大にむくれながらも、灰褐色の尻尾を生意気そうにピコピコ動かす。『狼体』の喋り方。
(てめーら、何でオレが居るのが分かったんだよ)
バロンさんなヴァイロス殿下が、しげしげとジントを眺めながら応答する。ジントの小生意気な態度は、全く気にしていないらしい。意外に懐が深いタイプの王子様みたいだ。ビックリ。
「今はフェアな条件という訳では無いのだ、済まんな。その患者服は、元々、ベッドを抜け出した患者の発見を容易にするために、微細ながら位置情報発信の機能が付いている代物だ。更に今、『迷子の輪』がハマっているだろう。位置情報発信の機能が増強されている状態なんだが、失念していたのか?」
返って来たのは――無言。
――ジントは、まさに『しまった』という顔をして、ガックリとうなだれていたのだった。何て分かりやすい。
2人の大魔法使いが『迷子の輪』をセッティングしただけあって、違和感が全く無いくらいにフィットしてるから、どうかすると存在を忘れていたりするんだよね。