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晴れた昼下がりの笑劇・2

――2人のナンチャッテ渡世人なイヌ族、火のチャンスさんと、火のサミュエルさんの。


中庭広場に持ち込んでいた、荷物の中から、全部で100匹から200匹と言う数で、爆誕して来たのは。


――赤と黒だ。黒と赤だ。ワラワラと湧いて来た、とにかく、それなのだ!


「ど、毒ゴキブリ!」

「ザ……ザリガニ!」


それも、タダの毒ゴキブリと、タダの赤ザリガニでは、無いのだった!


「化け物ーッ!」

「イヤーッ!!」


見るからに、中型モンスターな、パワーアップ版の、血に飢えた毒ゴキブリと赤ザリガニなのだった!


「ウッヒョオオオ!」


ジントが火事場の馬鹿力を発揮して、メルちゃんを横抱きにして、猛ダッシュだ。初老な店主さんを先頭にして、小物屋さんへと避難する。


元々が倉庫なミニ店舗は意外に、避難シェルターとして使えるのだ。物品を保護するための《魔物シールド》が常時、発動している状態だから。


野次馬と化していた隣近所のミニ店舗の店員たちも、叫び声を上げながら、店の中に引っ込んだ。


ラミアさんとチェルシーさんとオフェリア姫は、同時に身を返して、背後にあった宝飾品店に引っ込んだ。次いで、アンネリエ嬢も「キャーキャー」言いながら引っ込んだ。


わたし? わたしは勿論、パニックだ。全力で『毒ゴキブリ☆トラウマ』発動だ!


何故か、わたしは、チャンスさんやサミュエルさんと、全く同じ行動を取っていた。


すなわち、最も目に付いた手近な避難所――緑地に生えている街路樹に木登りしたのだ。


考えての事じゃ無いし、無我夢中だったから、何故そんな事をしたのかは、説明できないよッ!


続いて、重量のある中型モンスターならではの、ドロドロとした地響きが地面を震わせ始めた。誰かが《緊急アラート通報》魔法を発動したようで、辺りに超高音のサイレンが鳴り響いている。


多分ザッカーさんだろう、呆れたような太い声が、わたしに向かって投げられた。


「ウソだろ、バカなのか」


――『バカは高い所が好き』と言うけれど、ホントにそうだよッ!


*****


結論から言えば、このナンチャッテ・モンスター襲撃は。


経過時間が、一刻を過ぎて二刻に到達する前に、速やかに終了した。


中型モンスターとは言え、卵から孵化したばかりで装甲がフニャフニャ状態だったし、全体で200匹未満だったから。それも、『モンスター狩り資格』を持つ隊士たちにとっては雑魚モンスターな、赤ザリガニと毒ゴキブリ。


治療院の警備を担当していた隊士たちの応援だけで片付いたし、主戦力を担当したザッカーさんとクレドさん、それに、クレドさんと同じくらい目立たないタイプのバロンさんもが、『モンスター狩り資格』を持つ上級隊士だった。ビックリだよ。



そして、毒ゴキブリ(赤ザリガニも含む)の死屍累々となった地上と、高所トラウマ発動レベルの樹枝の間で、わたしは毎度の如く、身動き不能になっていたのだった。ダブル恐怖だし、自己嫌悪まみれだし、もうイヤ。


事態が収拾して、やっと出て来れるようになった初老な店主さんと、ジントとメルちゃんがやって来て、「おーい」と、枝の上に居るわたしに向かって声を掛け始めた。ラミアさんとチェルシーさんも来ている。


「信じられないわ。あの非現実的なまでに高いハイヒールで、木登りも出来るなんて」

「それくらい、ハイヒールが普通な生活だったという事よね」


ラミアさんとチェルシーさんが、ひたすら感心しているけど、それ、いっそう自己嫌悪の種だから。



ひとつ先の街路樹の近くで、ザッカーさんが臨時の指揮官として、テキパキと、応援に来た隊士たちに指示を下している。


城下町の民間業者に依頼して、中型モンスターに進化していた毒ゴキブリと赤ザリガニの死骸を引き取ってもらう。そして、治療院の下級魔法使いと中級魔法使いたちに依頼して、この辺り一帯のモンスター毒の解毒と浄化の作業を進める。やる事が一杯ある訳だ。


別の街路樹の方では、いっそう怒髪天な様相になったバロンさんが、高い幹にへばりついたチャンスさんとサミュエルさんに、「降りろ」と呼び掛けている。左右に並ぶ隊士たちが、既に捕縛用の道具を揃えて手ぐすね引いている状態だ。


逮捕、身柄拘束、そして地下牢行きが既に確定しているのは確かだ。チャンスさんとサミュエルさんは、意味不明な「あわわ」という修飾語を何回も唱えて抵抗しているけど、いずれ、強制的に引きずりおろされるのは確実だろう。



意外な一幕が――展開した。


アンネリエ嬢が感極まった様子で、クレドさんに駆け寄ろうとした所――


怒髪天なバロンさんが、信じがたい程の身のこなしで、アンネリエ嬢の腕をつかんで、背中側に逆さにひねって拘束した!


「無礼者! 一隊士の分際で! その穢れた手を離しなさい、バロン!」


緑地の上とは言え、地べたに直に座るように押し付けられているんだよね。犯罪者を拘束する時のやり方で。アンネリエ嬢は、金髪の縦ロールな髪型を振り乱し、迫力のあるキンキン声で命令している。


でも、バロンさんの方は、何故か動じなかった。今までのやり取りを見る限りでは、宮廷内の地位関係からして、バロンさんの方は不利な感じ……の筈なんだけど。


ザッカーさんが、図ったようにピッタリのタイミングで、クレドさんに「あの高所恐怖症を降ろしておけ」と指示している。その指示を受け取った形になったクレドさんが、こっちに向かって来た。


ジントは体力的に、わたしを抱え降ろすのは無理なので、むくれながらも素直に引き下がっている。


バロンさんに抑えつけられたままのアンネリエ嬢が、まだ何かギャンギャンと言っていたけど。わたしは呆然自失が続いていたから、余り理解できていない。こういう、男の側のルールって、良く分からない。記憶喪失のせいもあると思うけど。


この前のように木登りして近付いてきたクレドさんが、やはり、この前のように腕を差し出して来た。そして――直前で、ためらうかのように動きが遅くなった。


一瞬かち合った、クレドさんの眼差しは――憂慮の色を湛えて揺れている。



――あ。



その一瞬、クレドさんの謎の動きの理由が、奇跡的なまでにピコーンと閃いた。


――わたしが、あんな事を言ってしまったせいだ。噴水を通じて、地下水路から這い出て来た、あの時。


極度の恐怖と疲労のせいで混乱していて、地下水路に居た謎の隊士の正体と、地上に居たクレドさんとが、一緒になってしまっていたから。


それに、わたし、クレドさんの手を力いっぱい、バリバリ引っかいてしまっていた。今、クレドさん、手は大丈夫なんだろうか。


――えっと。あの時はゴメンナサイ。今は、わたしは大丈夫なんだよ……って言うか、全然、大丈夫じゃ無いけど!


顔を動かした拍子に、視界の端に地面が出て来たから、ピシッと固まってしまった。冷や汗がドッと流れる。あの地上との距離、全然、大丈夫じゃ無いッ!


ジレンマに悶々としている内に、クレドさんの方は何かを承知したみたい。


クレドさんは素早く身を乗り出すと、圧倒的なまでの腕力で、わたしの身体を引き剥がしに掛かって来た。ひえぇ。


視界がグルリと回って、気が遠くなるや否や――


ズザッと、地上に足が付いた音が響いた。わたしの足音じゃ無くて、クレドさんの方の足音だ。一瞬だったから、飛び降りたんだと思う。反射的に、ギュッと目をつぶっていたから、確かな事は言えないけど。


……あれ。え? クレドさん、まだ、わたしを抱っこしたまま……?


あれ、ボンヤリとした感覚しか無いけど……ハイヒールを脱がされているような。



思わず、ソロリと、目を開けてみると。


小物屋さんの初老な店主さんが傍に来ていて、わたしの両足からハイヒールを脱がしていた。えッ?


やがて、初老な店主さんが首を振り振り、『ハーッ』と溜息をついて来た。


傍に居たジントが、タイミング良く「ホレッ」と収納袋を差し出す。初老な店主さんは、その収納袋に白いハイヒールを収めると、わたしに視線を合わせて来て、解説を続けてくれた。


「やっぱり足をくじいてますよ、お嬢さん。非常事態だったとは言え、ハイヒールは、木登りするための靴じゃありませんからね。今は痺れているから平気なんでしょうけど、そのうち相応に腫れて痛みますから、冷水で冷やして置いて下さいよ。お大事に……後はよろしく、隊士さん」


――お手間おかけして済みません。お世話になりました。


初老の店主さんの最後の『よろしく』は、クレドさんへの物だ。クレドさんは承知した様子で、一礼していた。


かくして、初老な店主さんは、ラミアさんやチェルシーさん、メルちゃんにも丁重に目礼した後、小物屋の方へと急ぎ足で戻って行ったのだった。



――足をくじいたって事は、今は歩いたら、さすがにマズいのかも知れない。


余り感覚が無いし――何故だか、無意識の方で警告を感じる。ハイヒールを履いて練習していた時に、失敗して痛い思いをした経験から来ているのかも。こういう直感は、無視しちゃいけないって、確信できる。


わたしは改めて、クレドさんをシッカリと見つめた。クレドさんが、ビックリしたように目を見開いている。


「あ、足の代わりを……よろしくお願いします。ご迷惑じゃ無ければ」


相変わらずのしゃがれ声で、途中で声が詰まっちゃったけど。


「――承知」


クレドさんは、最初の時のように、目礼を返して来たのだった。


近くでは、ラミアさんやチェルシーさんが、ホッとしたような顔になっていた。ご心配おかけしてたみたいで、済みません。


今、ハッとして両足を見てみると。


わお、両足とも、うっすらと青くなった部分が広がっている。ひえぇ。ハッキリと、くじいてたんだ。

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