晴れた昼下がりの笑劇・1
かくして。
チャンスさんとサミュエルさんにとっては、より若く狙いやすい方が、ターゲットになったのだ。
私とメルちゃんが居て、しかも、ガードと思しき存在が――隊士でも何でもない、少年と、オッサン。
チャンスさんとサミュエルさんは早くも、『バババッ』と、わたしたちのグループにスリ寄って来た。
急に、大柄の、パンチパーマの、黒焦げの男2人が傍に来たから、本当に『うわッ!』だよ。
チャンスさんが大柄な体格をグイグイと押し込んで来て、わたしと初老な店主さんの間に割り込んで来た。サミュエルさんは、わたしの反対側の方、わたしとメルちゃんの間に、大柄な体格を押し込んで来た。
ひえぇ。おまけに、ウエストが2人の手に捕まった。圧倒的、図々しさだ!
わたしのピンチに気付いた初老な店主さんが気付いて、わたしの身体を引っ張り出そうとしてくれた。でも、大柄な2人のイヌ族と、初老なウルフ族1人では、ちょっと苦しい勝負だ。それに客商売だから、下手に騒ぐ訳にもいかない。
「なーなー、その台車のコンテナ、随分と厳重に封をしてあるじゃねーか。何が入ってんだよ」
チャンスさんは好奇心いっぱいに目をランランと光らせながら、コンテナのロック部分をガタガタとやり出した。
メルちゃんが、大人の体格に挟まれた身体をくねらせて脱出しながらも、抗議を始める。
「開けられたら困るのよ。開けないでよ。大変だったんだからね、詰め込むの!」
「ヒョオオ! よっぽどの物らしいな!」
――実際、コンテナの蓋を開けられたら困る。『見られたら困る』と言う意味じゃ無い。
ぎゅう詰めにしている状態だから、いったん蓋が上がった後で、再び詰め込むのが大変になるから困る、という意味なんだけど。
「見たら、後悔するぜ」
ジントが不吉な調子で『魔法の杖』を振りながら、チャンスさんを脅している。でも、少年の脅しだから、余り効果は無いっぽい……
当然ながら、怖いもの知らずな性質のチャンスさんは、ジントの挑発に乗ったかのように、燃えたのだった。『見るな』と言われれば言われる程、人間って、余計に見たくなるよね……!
「てやんでえ、べらぼうめ! おいサミー、こっちのロックが外れたぜ、一気に……ワン!」
「うおん!」
ばおーん。
ちょっと気の抜けたような音を立てて、コンテナの蓋が持ち上がった。
一斉に、パカッと口を開いた、わたしと、メルちゃんと――更に、訳知り顔なジントの、目の前で。
今しがた、むごたらしく爆殺されたかのような、『火のチャンスさん(化けの皮)』のバラバラ死体が現れたのだった!
初老な店主さん、サミュエルさん、チャンスさんの順番に、恐ろしい悲鳴が上がる。
「バ、バラバラ死体~ッ?!」
「殺人事件だ、大事件だあぁ~?!」
「オレが死んでるうぅぅうぅ~ッ?!」
チャンスさんは一気に青ざめて、バッタリと仰向けに倒れた。見ると、口から泡を吹いて失神している。
サミュエルさんは腰が抜けたかのようにヘタリ込み、ブルブル震えながらコンテナを指差した。今や、涙と鼻水を流しながら、ヒイヒイと訳の分からない事を言っている。
という訳で、わたしは一気に自由になり、そそくさとポジションを変えられたのだった。ジントが器用に、わたしの背後に身を隠した。ザッカーさんやクレドさんを警戒しての事だ。
「どういう事?!」
「バラバラ死体ですって?!」
余りと言えば余りにも物騒なキーワードに仰天したせいか、ラミアさんとチェルシーさん、オフェリア姫は、一瞬、棒立ちになった。
ザッカーさんとバロンさんとクレドさんは、さすがに立ち止まらず、駆け付けて来た。3人の隊士の背中に守られる形で、アンネリエ嬢も殺到して来る。
大柄な隊士3人が殺到して来たものだから、思わず後ずさってしまったよ。わたしとジントとメルちゃん、それに初老な店主さんは、たたらを踏みながら後ずさり、台車を遠巻きにするように並ぶ形になった。
台車に載せられているコンテナ――コンテナの中身は、蓋による押しつけが急に無くなったせいで、弾みで中身が少し飛び出している。
――人間の腕や脚と思しき、生々しい物体が、おぞましいまでにバラバラの方向になって飛び出しているという状況だ。
本物の死体じゃ無いから血は流れてないんだけど、血の色が、いっさい見られないというのが、かえって不思議に思える風と言うか……
アンネリエ嬢が、満を持したかのようなキンキン声で、絶叫した。
「こ、このルーリーは残虐な殺人犯よ! ザッカー、早く逮捕しなさいよ!」
――ななな、何て事を! それ、誤解ッ!
一気に縮み上がっちゃう。
ザッカーさんが、コンテナの中身を素早く検分して来た。バロンさんとクレドさんも一瞬、疑わしそうな顔になって、わたしとジントとメルちゃんを眺めて来る。
「オッ?」
驚きの声を上げたのは、ザッカーさんだ。一度、二度と『本格的なバラバラ死体』を眺めた後、面白そうに、ニヤニヤし始めた。
――さすが場数を踏んで来た隊士というべきか、すぐに真相に気付いたみたい。
「こいつぁ、良く細工したもんだなぁ。実物より凄みが増した分、良い男になってんじゃねぇか」
バロンさんとクレドさんも真相に気付いたみたいで、『如何にも珍しいものを見た』と言わんばかりの顔つきだ。2人とも、思いっきり絶句している。滅多に目撃できないような表情かも知れない。
ザッカーさんが早速、『火のチャンス(化けの皮)』の頭部の破片を3つばかり、ラミアさんやチェルシーさんやオフェリア姫にも見えるように、摘まみ上げて見せる。
ラミアさんが、仰天そのものの顔つきで、目をパチパチさせながら近寄る。チェルシーさんとオフェリア姫も、上品に絶句しながらも、本物の死体じゃ無い事に気付いたみたいで、ラミアさんの後に続いて来た。
「あら? これ、断面が《地》エーテルじゃ無いの」
「衣服データも含めて、まるまる全身を精巧に複製したシロモノなんだ、ラミア女史。実に真に迫っている。あの極め付きの変人ディーター先生が、火のチャンスの『化けの皮』を使って、何やら大掛かりな魔法実験をやらかしたようだ」
バロンさんが、ガックリとしたように顔に手を当てた。やっぱり、誰かに似てるなぁ。
「先刻、ディーター先生の研究室の方で、異常な爆音と震動が生じたようだという報告が来たから、念のため駆け付けていたんだが。一部の樹木が丸ハゲになっていたり、《火》エーテルが血痕さながらにバラまかれていたり……あの凄まじい魔法事故の現場の原因が、こいつだったのか……」
初老な店主さんが、「何と摩訶不思議な」と呟いている。
――ともあれ、にわかに持ち上がった『火のチャンス殺害容疑』だったけど、綺麗に晴らせて良かったよ。ちょっとだけ、ホッとする。
アンネリエ嬢は、何故か、なおさらに不機嫌になった様子だ。肩を怒らせて、サミュエルさんを『ギンッ』と睨みつけている。
足をバンと踏み鳴らすやいなや、アンネリエ嬢は再び、『魔法の杖』をビシッと差し向けた。サミュエルさんと――まだ意識が朦朧としているチャンスさんに。
「この無礼者が! 不良の駄犬が! だいたい、あんたら、その袋の中身の方は何なのよ! もう一度《火炎弾》にしてやっても良いのよ、この、おっちょこちょいの、スカポンタンが!」
ボンヤリと目を覚ましたチャンスさんと、恐怖が去り始めたサミュエルさんが、応答する前に。
アンネリエ嬢の『魔法の杖』の先端で、赤いエーテルが燃えた。
思わずギョッとする。貴種ならではの――相応の容量を持つエーテル。あれが《火炎弾》になったら、相当に大きな爆発になりそう。
しかし。
その赤いエーテル光は、狙い通りの《火炎弾》として絞られる事は無かった。
アンネリエ嬢が、怒髪天の余り集中できていなかったせいか、それとも、アンティーク魔法道具『炎のバラ』による補助が無くなっていたせいか――
加工前の《火》エーテルで出来た、まさに『原初エネルギーの流れ』そのままに、ターゲット目がけて勢い良く飛び出したのだった。
――謎の風呂敷包みに包まれている、中身を目がけて。
「ひょえぇ!」
チャンスさんとサミュエルさんが、同時に奇声を上げた。
赤いエーテル光が充分に染み込んだのであろう謎の中身は、遂に怪現象を呈し始めた。
風呂敷包みが、モゴモゴ……と、うごめき始める。中身――中にある何かが、動いているのだ。中身にあるのが何なのかは知れないが、丸っこい物体と、やたらシャカシャカと動くタイプの微妙に三角形な物体だ。
不吉なくらいに、数が多い。100以上は確実だ。しかも――
――何やら、エーテル反応が進行しているのか、猛烈にサイズを増しているような……
全員の眼差しが、2人のイヌ族の荷物に集中する。
そして、その恐るべき中身が、遂に白日の下に正体をさらした!