アンティーク魔法道具のミステリー(中)
同時並行して――
3人の紺色マントの隊士たちが、身を返して近づいて来た。こちらの騒ぎに気付いた様子だ。
黒焦げになって失神しているイヌ族の2人については、『完全放置で構わん』というような判断を下したらしい。
――何と、ザッカーさんとクレドさんだ。あと、名前は知らないけど金狼種の人だ。
アンネリエ嬢の動きは――ジントやメルちゃんでさえ、感心する程に素早かった。金髪の縦ロール巻の髪型をキラキラとなびかせて、「わあっ」とばかりに、クレドさんの胸に飛び込んで行ったのだ。わお。ドラマチックだ。
「クレド! あたくしは何も悪くないと言って頂戴! あ、あの、この間、クレドから頂いた、『炎のバラ』……!」
いきなり抱き着かれた――訳でも無い、クレドさんだった。
ベテラン隊士なクレドさんは、無表情をピクリとも動かさないまま、アンネリエ嬢の両腕をつかみ、それ以上、胸の中に倒れ込んで行くのを押し留めていた。
傍目から見れば――アンネリエ嬢が派手にバランスを崩して、つんのめって倒れて行くところを支えた、とも言える。
横から、別の大きな手と共に、太い声が突っ込んだ。
「ともかく、ヒステリーをどうにかして座れ」
わお。さすが猛将なザッカーさんは、容赦ない。
ザッカーさんは、意味不明なまでの「キャーキャー」という悲鳴を上げて騒いでいるアンネリエ嬢の背中を、グイッとつかみ上げるが早いか、すぐ傍のカフェテーブルの椅子に「ドン」と置いた。まるで、荷袋を扱っているかのように。
最後の、名前不詳の金狼種の青年隊士が、訝しそうな様子で、わたしたちをグルリと見回して来た。標準的な色合いのウェーブのある金髪で、それをうなじで、ひとつにまとめている。顔立ちも美形なんだけど、特に特徴が無い感じだ。
――何だか、妙に、知っている誰かを彷彿とさせる身のこなしなんだけど……あれ、誰だったっけ。
「先ほど、アルセーニア姫の名前が出たようだが。この騒ぎは、どういう事だ?」
ラミアさんとチェルシーさんが年長者かつ代表として、手早く説明した。アンネリエ嬢の『魔法の杖』に、何故か、アルセーニア姫の遺品である護符『炎のバラ』が取り付けられていた件を。
「それでは、クレドが、アルセーニア姫の遺品『炎のバラ』を盗んで、アンネリエに渡したと言う事になるな。クレド、何か言う事はあるか?」
疑問を振りかけられたクレドさんは、相変わらずの端正な無表情で応じた。
「私は、ここ最近は多忙で、アンネリエ嬢と会っていません」
――ほぇ?!
余りにも意表を突く回答だったのか、アンネリエ嬢の目がテンになっていた。
「嘘! だって、一昨日、会ったわ! 西翼の、『茜離宮』の西の回廊の方で! 2人だけで!」
「一昨日は、私は『ザリガニ型モンスター襲撃事件』に関する追加の事情聴取に立ち会っていて、『茜離宮』を留守にしていましたが」
ザッカーさんが、アッと気付いたような顔をして、ガッチリとした顎に手を当てた。
「あ、あれか。2人の見習い坊主――火のケビンと地のユーゴの内容を補足する、やたらと現場リアルな目撃証言か。あの見張り塔が、いつの間にか全壊していた理由とか」
そしてザッカーさんは、羨ましそうな顔をして、クレドさんを肘で小突いた。
「おい、その不思議な目撃証言者、そろそろ紹介してくれても良いだろう。訓練隊士用のマントで、本格的な《パラシュート魔法》をやってのけた、驚くべき少年だと言うじゃ無いか。こやつは俺が頂く。良いよな、バロンも」
ザッカーさんに『バロン』と呼ばれた、金狼種の青年隊士は、苦笑いして「好きにしろ」と応じていた。
――へー。このヒト、『バロン』さんって言う人だったんだ。
いきなり話題に上がったジント本人の方は、ザッカーさんを認めるなり、コンテナの陰に素早く身を潜めていた。ギョッとした忍者さながらに。
そう言えば、ジントは、『金髪王子の暗殺未遂事件の時、ザッカーさんとクレドさんの部隊に見つかって、容疑者だと思われて、死ぬほど追いかけられた』って言ってたっけ。
――それにしても。
アンネリエ嬢とクレドさんが会って魔法道具を交換していた――と言う日が、ジントが、第1回目の白状をさせられていた日。
クレドさん本人は、ジントが逃げないように見張っている担当だったから、その日だったら、ディーター先生の研究室からは、一歩も出てないよね。おまけに、ジントの白状した内容が、あんまりにも沢山だったから、長い報告書をまとめる羽目になって……
メルちゃんも、わたしと同じ事に気付いた様子だ。目をキラーンと光らせながらも、突っ込み始めた。
「って事はさぁ、《変装魔法》でソックリさんになった、偽物の方だよね。アンネリエ嬢と会ってたのは。メル、知ってるわ。ち――(ファッ!)」
ジントの『魔法の杖』が素晴らしいまでのタイミングで閃いて、メルちゃんの口を突風でもって塞いだ。
ナイス・タイミング、ジント! メルちゃんの方も、もう少しで秘密をバラす所だった事に気付いたみたいで、中途半端に口を開けたまま、ピシッと固まっていた。
ザッカーさんが訝しそうに目を光らせた。やっぱりザッカーさん、油断ならない有能な人だ。
「誰かが《変装魔法》で、クレドの振りをしていたって事か? 何を知ってると言うんだ、チビ?」
急に問い詰められる形になったメルちゃんは、チラッと足元に目をやり――そこは、ジントが身を潜めている場所だ――ちょっとの間、目をパチパチさせた後、「おほん」と息を整えた。
「そこら辺には、《変装魔法》でもって知り合いの振りをしている怪しい人攫いが、ウヨウヨ居るものなのよ、そうでしょ」
――ジントのアドバイスを受けての、ゴマカシだったんだけど。
それは偶然にして、アンネリエ嬢のツボに、綺麗にヒットしたらしい。
「じゃあ、あたくしが会ってたのは人攫いって事?! 何て恐ろしい! こ、こ、このあたくし、貴重な《盾持ち》として拉致される所だったって事なの?! いやああぁぁああ!」
アンネリエ嬢は、ドラマチックに手を振り回しながら、ギャンギャンとわめき出した。
「まだ聞き取りが終わってねぇ、黙れ」
やっぱり、ザッカーさん容赦ない。大きな手で、アンネリエ嬢の脳天を、『べしっ』とやったよ。あれ、かなり重い衝撃だと思うけど。
アンネリエ嬢は怒髪天と言った様子で立ち上がり、足をバンと踏み鳴らして、ザッカーさんに指を突きつけた。
「今にも拉致される所だった、か弱い乙女に、何て事を! 国宝たる《盾持ち》への暴行、および国家反逆の名目で突き出してやるから、覚えてらっしゃい! この高貴なる《盾持ち》たる、あたくしが、国王陛下やヴァイロス殿下に一言チクれば、その混血な不快な頭部、一瞬にして地面に転がるのだからね!」
ザッカーさんは、もはや呆れ果てたと言った様子で、オレンジ系金髪な毛髪をガシガシとやり始めている。
「――と、言う事だがよ、バロン」
「調子よく、話を逸らすな」
突っ込まれたのが不愉快だったのか、バロンさんは大袈裟に腕組みをして、盛大に顔をしかめた。そして、相変わらず無口なクレドさんの方を見て、「貴様が、やれ」と、せっついている。
クレドさんは何故か礼儀正しく頷いて、急にアンネリエ嬢の方に、彫像のような端正な顔を向けた。クレドさんは、いつも無表情かつ無関心な風だから、急に視線を向けられると、ギョッとさせられるというのがあると思う。
「話によれば一昨日の私は、『炎のバラ』を差し上げたと言う事になっていましたが、交換品は何だったのですか?」
アンネリエ嬢は、最初はクレドさんの声に聞き惚れていたようだったけど――
――やがて内容が頭に染み込んだのだろう、アンネリエ嬢は、キョトンとした顔になって行った。首を傾げた拍子に、金髪の華麗な縦ロール巻がユラン、と揺れる。
「クレドは覚えてないの? 我が一族に伝わっているアンティーク宝玉よ。黒水晶というか、保管プレートに『雷玉』って書いてあった品だけど。保管庫の奥で埃の溜まり場と化しているような、あんな静電気の発生装置でしか無い、球体でも無い変な平べったい代物、いったい何に使うのかと思ってたわよ」
――ふむ?
わたしは、ジントの方をチラッと眺めてみた。ジントは、首を左右に振って否定して来た。
ジントの知らないブツらしい。――という事は、アンティーク宝玉だけど、金になるようなブツじゃ無いって事かな。
オフェリア姫が、ラミアさんとチェルシーさんに「知ってます?」と確認している。
チェルシーさんが、いつも持ち歩いているハンドバックから半透明のプレートを取り出した。資料を呼び出そうとしているのであろう、『魔法の杖』で、数回つついている。ラミアさんが身を乗り出して、一緒に半透明のプレートを眺め始めた。
やがて、ラミアさんが思案顔をしながら、ブツブツと意見を呟き出した。
「一般的に『雷玉』というのは、雷電シーズンで発生する『雷滴』をまとめた、エーテル燃料なのよね。宝玉カテゴリーじゃ無い。それでも『雷玉』とプレートに記すからには、《雷電》の系統の魔法道具って事よね。先祖代々の一族保管のアンティーク物は、名付けルールが統一されていない時代の物が多いから、現物を見ないと分からないわ」
オフェリア姫が察し良く頷き、優雅に首を巡らせて、アンネリエ嬢に声を掛けた。わお。この察しの良さ、さすが現在の第一王女ならではの力量だね。
「アンネリエ、その先祖伝来の『雷玉』って、サイズは分かるの? 形とか色とか、特徴とか」