魔法使いと魔法道具
昼食後、アシュリー師匠が、わたしの身体を改めて診察してくれた。
最強の守護魔法《水の盾》を連続発動し続けていたがゆえの、疲労が少し。でも、シッカリ休養を取れば、心配ないレベル。その辺を歩き回る程度なら、問題は無い。遠出する場合は、介助者が必要だけど。
診察がてら、アシュリー師匠は、攻撃魔法と守護魔法について簡単な講義をしてくれた。
わたしは記憶喪失ゆえに無防備になっているので、大急ぎで魔法と魔法使いに関する一般知識を詰め込む必要がある。目下の状況がアレな事もあって、内容は、必然的に、セキュリティ方面に偏っている所だ。
元々、守護魔法は、攻撃魔法に比べて遥かに大量のエーテルを使う。
特に《盾魔法》は体内エーテル許容量ギリギリまで大容量エーテルを溜め込んでおいて、操作する。それだけ、疲れやすいのだそうだ。体調も崩しやすく、見た目は、病弱な性質と似たような物になる。
――うん、いつだったか《盾魔法》を発動していたディーター先生とジルベルト閣下、しばらくの間、立ち上がれないくらい疲労困憊してたもんね。水妻ベルディナも、《水の盾》を発動した後、少しフラフラしていたし……納得。
魔法使いとしての強さを決める基準は、ふたつ。
――ひとつは、生来的なパワー方面での素質。攻撃魔法のパワー強度を決める要素だ。
各《霊相》ごとに誰でも発動できる最も基本的な攻撃魔法が《火矢》、《水砲》、《風刃》、《石礫》。
そのパワー強度に関しては各人の素質が大きく関わるけど、基本的には誰でも発動できる。《火炎弾》や《圧縮空気弾》といった物は、各種の攻撃魔法の強化版だから、いずれかの基本的な攻撃魔法が出来ていれば、それほど難しくない。
これらの攻撃魔法は、《霊相》が違っていても、訓練次第で、スキルとして発動できる人は多い。隊士が繰り出す魔法の長剣などが代表的な物だし、この辺では、貴種は特に有利だ。強い攻撃魔法の使い手は、相当に多い。
さすがに最大最強の攻撃魔法――大型《雷攻撃》、すなわち四色のいずれかの純粋な《雷光》としての、《地雷》、《風雷》、《火雷》、《水雷》となると、誰でも出来ると言う訳では無い。特に選ばれた貴種や、中級・上級の攻撃魔法を発動できる強者が、対モンスター用の強力な魔法道具を装備して、やっと発動できる。
――もうひとつの基準は、『魔法陣スコア』。『正字』スキルの熟練度と、大きな相関関係がある。上級・中級・下級の魔法使い資格を決めるための、主要な基準でもある。
この『魔法陣スコア』こそが、各種の人工の魔法陣や魔法道具のクオリティを左右する要素だ。
数多の『正字』で組む人工の魔法陣――《拘束魔法陣》や《転移魔法陣》等といった物が代表的だ。更に、組み合わせによって、より複雑で高度な魔法を生み出せる可能性が無限にある。
お手製の魔法陣が、どれだけ有効に、かつ強力に稼働するか。それを決めるのが、『魔法陣スコア』。
シッカリと『正字』を理解したうえで、それを魔法陣として組み立てられる――そういう魔法職人としての能力のある人材は、生来的な魔法パワーは無くても、高スコアの魔法陣を組める。効力の高い魔法道具も製作できる。
いわゆる《護符》をはじめとする守護魔法陣は、『正字』スキル持ちの魔法使いにして魔法職人の独壇場だ。
この『正字』を使う守護魔法陣のうち、特筆すべき類が、《防壁》や《魔物シールド》の魔法。最も需要の高い守護魔法であり、『下級魔法使い資格』持ちの必須スキル。
ただし、『正字』を習得するのは容易では無く、それを有効な魔法陣として構築するのは、更に難しい作業になる。魔法使いコースで、特に念入りに学ぶ内容でもあるけれど、総じて『魔法陣の構築』の方が『魔法陣の解析』よりも難しい。
更に、体内エーテル許容量の限界も付いて回るから、特に《盾魔法》のような上級の守護魔法ともなると、多方面でのバランス感覚が要求される。此処まで来ると、魔法使いとしての素質や、職人としての素質――特に《器》と呼ばれる素質が、モノを言う領域となる。
この《器》と言うのは、簡単に言えば、エーテル許容量に関する素質だ。《宿命図》や魔法陣そのものの在り方による所が大きいけど、今のところ、定量的な測定方法は確立されていない。
攻撃魔法のパワーを決める『プラス方向の高さ』の素質とは違い、『マイナス方向の深さ』の素質になるので、すごく分かりにくいそうだ。
いずれにしろ、熟練した『正字』スキルでもって強い守護魔法を扱える人材は、強い攻撃魔法を扱える人材に比べて少ないから、貴重。この辺の事情は、魔法道具の分野にも及んでいて、守護魔法の機能を備えた魔法道具の方が、はるかに割高。
特に、『イージス称号』持ちの守護魔法使いともなると、ほとんどの場合、王族に準じる扱いとなる。ほぼ例外なく、戦闘能力に優れた護衛が付く。ひえぇ。
*****
ディーター先生の研究室の前に広がる、緑地。
かの『火のチャンス(化けの皮)』3次元ジグソーパズルが完成していた。つっかい棒のセットに支えられながらも、ヒョコンと立っている奇妙な『火のチャンス』カカシだ。
その前で、ジントとメルちゃんが、会心の笑みを浮かべている。
昼日中の陽光の下、『火のチャンス(化けの皮)』がバラバラ死体と化していた時の断裂状態が、青いラインに彩られていて、ハッキリと分かる。
――『化けの皮』の断面で、《水》エーテルの青い色が剥き出しになって見えているからなんだけど、意外にグロテスクと言うか……
これ程に濃密な《水》エーテルを剥き出しにしておくのは、色々とマズい。それは、わたしにも分かる。
ディーター先生とアシュリー師匠が、カカシな『火のチャンス』を分解しつつ、全ての断面に、シッカリと封をした。漆黒と言って良い程に、黒い《地》エーテルで。パッと見た目には、《地の盾》で出来ているように見える。
そして再び、『火のチャンス(化けの皮)』カカシが立てられた。
うーむ。
ブルーからブラックにカラーが変化した分、チャンスさんのバラバラ死体、いっそう凄みが増しているなあ。
見るからに、むごたらしく爆殺された結果としての、れっきとしたバラバラ死体なんだけど。実物のチャンスさんの数倍くらいの迫力があって、良い男に見えなくもない。
フィリス先生も同じ感慨を抱いたみたいで、こっそり吹き出し笑いしている。
「これ、風のジント君や、ちょっとおいで」
研究室との出入口となっている大窓の傍で、バーディー師匠がジントを呼び寄せた。
ジントは「何だよ、ヒゲ爺さん」と訝しそうにしながらも、素直にテテテッと駆け付ける。今は亡き母親ルルの教育が、シッカリしていたんだろう。素晴らしい敬老精神だ。
バーディー師匠は早速、手前のテーブルに、7個ばかりのガラクタのような物を並べて見せた。
――ヘチマのスポンジのような形の《ホワイトノイズ防音》のための魔法道具。
訓練隊士用の《風》の紺色マント《パラシュート魔法》道具。
灰色の宝玉、すなわち《隠蔽魔法》道具。
知恵の輪のように連結されている2つの輪っか《コピー魔法》道具。
脱獄用の多目的ピッケル……金剛石で出来ている。
尻尾にハメる装飾リング型《痕跡消し魔法》道具。
――そして、言わずと知れた、お馴染みの『魔法の杖』。
「ジント君の『コソ泥の七つ道具』は、これで全部かのう?」
「ゲッ」
クルリと身を返したジントを、バーディー師匠は、信じがたいまでに素早い動きで捕縛した。《風》エーテルによる白い《風縄》でもって、ジントの身体は、バーディー師匠の手前の椅子に縛り付けられたのだった。
「ひえぇ! きったねーぞ、ヒゲジジイ! いつの間にスッたんだよ!」
「気持ち良いくらい、元気の良い子じゃのう。フォフォフォ」
――ジント、これからは、バーディー師匠の存在も、捕縛主トラウマになりそうだね……
ディーター先生とアシュリー師匠、フィリス先生もやって来て、『コソ泥の七つ道具』を見て感心している。
一目で、かなり上質な魔法道具だと分かる代物だ。
特に、そのうちの3つ――ヘチマのスポンジ型《ホワイトノイズ防音》魔法道具と、脱獄用の多目的ピッケル、尻尾にハメる装飾リング型《痕跡消し魔法》道具は、先祖由来の物なのだろう、長く使い込まれた雰囲気がある。
メルちゃんは目をキラキラさせていた。親子代々のプロフェッショナルなコソ泥って、割と珍しいよね。
「プロのコソ泥は、この七種類の魔法道具に、こだわるようじゃのう。この多目的ピッケルは金剛石で出来ているから、怠りなく手入れをして居れば、ほぼ半永久的に持つじゃろうな」
「オレのポケットを全部チェックしたってんなら、あらかた分かってるんじゃねぇか、クソジジイ」
失敬な表現をしたジントは、早速、フィリス先生のハリセンで『ベッチン!』と、お仕置きされたのだった。
「時にジント君。この七つ道具さえあれば、何処にでも侵入できるものかのう? ――例えば、厳重なゲートに守られた、レオ帝都の後宮の都にも」
ディーター先生とアシュリー師匠が、無言で目を見開いた。
確かに、その辺は、レオ帝都でもミステリーな部分なんだろう。内部からの手引きはあったんだろうけど、くだんの9人の侵入者たちが、どうやって侵入しおおせたのかは、レオ帝国の威信に関わる内容だと思う。
思わぬ質問内容を受けて、ジントは目を丸くしながらも『フンッ』と鼻息を荒くした。
「つまり、レオ帝都の後宮ハーレムに忍び込めって事かい、ヒゲ爺さん。ターゲットは何だよ? ブツによっちゃあ、高額の報酬を頂くぜ。追加の魔法道具を買い揃えるのは、大変なんだよ」
バーディー師匠は「フム」と、イタズラっぽく首を傾げた。
「そうじゃのう。例えば、第一位《水の盾》サフィールを盗む……というのは、どうじゃ?」
「マジかよ。レオ皇帝のハーレム妻だろ。そんなの盗んだら、レオ族の戦闘隊士たちに、細切れの死体にされるじゃねーか」
ジントはブツブツ言いながらも、目をクルクルと回して思案顔になった。本当に作戦を考えているらしい。
「サフィールの外見と、1日の行動パターンの情報が欲しいな。特に、《風の盾》に守られている奥殿から出ているタイミングを。レオ帝都の構造は大天球儀で公開されているヤツしか知らねぇけど、後宮の都が、レオ帝都と同じように街区割りの構造なら、或る程度は目星が付くから」
そこで、ジントはプウッとむくれた。
「問題は、このオレが、レオ族でも鳥人でもねぇって事だよ。ヒゲジジイの方が、よっぽど有利なんじゃねぇのか」
「成る程のぅ。種族系統の問題さえクリアしていれば、コソ泥の技術を持つ者たちにとっては、さほど難題では無いと言う事かのう」
バーディー師匠の畳みかけるような質問と確認に、ジントは面倒くさがりながらも応答した。
「コソ泥のレベルにも、よるけどな。有能なコソ泥は、イヌ族とウルフ族とネコ族に集中してるから。レオ族の男はタテガミで、ウサギ族は長すぎる『耳』で、どちらも種族系統がバレやすい。パンダ族は目立ちすぎる。クマ族は、女か、痩せてる小男じゃ無いとダメだ。縦にも横にもデカすぎるから」
ジントは、椅子の上で、偉そうに胡坐を組んだ。
大の男さながらに余裕のある態度を装っているけれど、灰褐色のウルフ尾が緊張感をもってピコピコ揺れているから、この辺は、やはり年相応に子供だなと思ってしまう。『尻尾はウソをつけない』って、ホントだなぁ。
「ただ、この仕事は割に合わねぇ。下手したら獣王国の全体が危機になるし、内乱地獄って事になったら、オレの稼ぎも怪しくなるんだよ。てな訳で、オレは引き受けねぇからな。本気だってんなら、闇ギルドの、もっと凶悪なコソ泥を当たってくれよ。頭のネジが飛んだヒャッハーな奴らが、ウヨウヨ居るんだから」
バーディー師匠は、目元に穏やかな笑みを浮かべて、面白そうな顔で耳を傾けていた。
「なかなか、貴重な見立てじゃのう。随分と考えさせられたぞよ。問題の事件についても、かなり犯人像が分かって来たな」
ジントが「へッ?!」という顔になった。アシュリー師匠とディーター先生が、苦笑している。
「ホントに、サフィール拉致事件が起きてたってのかよ?」
「うむ。此処だけの秘密じゃよ、ジント君。幸いに、未遂で済んだところじゃ」
「何か癪に障るな。でも、レオ族のトップレベルの戦闘隊士が警備してるんだから、しゃーねーってか」
ジントは『フーッ』と息をついて、肩をすくめた。
次に、バーディー師匠は、ジントの『魔法の杖』を拾い上げた。訓練隊士用の『魔法の杖』だ。日常魔法用の物と、警棒タイプの物の、中間ぐらい。
「こいつは、ジント君にフィットするようにセットされた『魔法の杖』では無いのじゃが。当然、盗品なんじゃろう。これで、よく《パラシュート魔法》を発動できたものじゃな。なかなか器用な少年じゃ」
ひとしきりバーディー師匠は感心した後、手慣れた風で、自身の『魔法の杖』とジントの『魔法の杖』とを交差させた。暫しの間、2本の杖が白いエーテル光に包まれる。白い光が意味深に踊った後、尋常に消えた。
「御礼と言っては何じゃが、ジント君に合わせて調整しておいたぞ。前より使いやすくなっている筈じゃ」
ジントは、ビックリした顔のまま、《風縄》の下から手を伸ばして杖を手に取った。そして早速、数回ササッと振る。すると、ジントを拘束していた《風縄》は、あっと言う間に四散して行ったのだった。
「ほえぇ!」
見るからに、『手応えが違う』と言う雰囲気だ。ジントは目を輝かせている。
そこへ――
――バーディー師匠が微笑みを浮かべたまま、強烈な爆弾を落としたのだった。
「風のジント君は、ルーリーと、血のつながった姉弟なのじゃろう」
――ぎゃふん。