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手術、或いは高難度クエスト(前)

ディーター先生の研究室にて。


夕食の刻を挟んで、翌朝に決行する事になった、わたしの手術の内容が説明された。


――『拘束バンドを取り外す手術』だ。


引き続き、研究室には、大魔法使い『風のバーディー』師匠による厳重な《防音&隠蔽魔法陣》がセットされている。超・最高機密レベルの会議室のようなものだ。


バーディー師匠が《風霊相》生まれなうえに、《風》の魔法使いは、元々、こういった分野の魔法パワーが強い。そんな訳で、いっそう強力な効果を持つ魔法陣となっている。



問題の、『呪いの拘束バンド』。


今は真っ赤な『花房』付きヘッドドレスが一体化していて、訳が分からない事になっている状態だ。


複数回にわたった感電ショックは、問題の拘束バンドの多殻構造の破壊には、至らなかったのだけど。エネルギー量の都合で、幾つかの拷問用や虐待用の魔法陣を動かし始めているところなのだそうだ。


治療の一環で、アシュリー師匠がエネルギーの大部分を引っこ抜いてくれたから、即座に決定的な事態には至っていないだけで。


そして、これらの有害な魔法陣が本稼働し始めるタイムリミットは、翌日の真昼の刻だそうだ。怖い。


現在時点では、これ以上の事は分からない。この不気味な『呪いの拘束バンド』の製作主も、わたしの頭部に拘束バンドをハメて来た犯人も。重要な痕跡があるとしたら、それは頭部に接触している側、つまり裏側の方にある。


――さすが闇ギルドの品だ。証拠隠滅の技術、すごすぎる。



手術手順の打ち合わせが一段落したところで――


ディーター先生やアシュリー師匠、フィリス先生が、手術の準備のため、病棟の事務局に向かった。


大きな魔法事故が発生する可能性がある事を予告すると共に、ディーター先生の研究室の周りに高度な《防壁》をセットする旨、申請して許可をもらうためだ。


研究室の中に残った、バーディー師匠とわたしと、ジントとメルちゃんで、夜のお茶を一服する。


――『いよいよだ』と思うと、さすがに少し、不思議な気持ちになってくるなぁ。『呪いの拘束バンド』は、外れるんだろうか。そして、わたしの『ウルフ耳』、ホントに生えて来るんだろうか。


お茶を飲みながら、そんな事を思っていると――バーディー師匠が、苦笑いをしながら声を掛けて来た。


「拘束バンドに仕込まれている数々の魔法陣のタイムリミットの件は、クレド隊士には明かしておらんのじゃよ。彼は、ただでさえ、ショックを受けておる所じゃからな。手術の真っ最中の光景は相当に凄まじい物になる見込みじゃからの、下手したら、私がクレド隊士に絞め上げられかねん」


――え? えーっと。クレドさんが、バーディー師匠を締め上げかねない……?


わたしがオタオタしていると、ジントが渋面を向けて来た。ほとんど、むくれている格好だ。


「オレ、髪紐の件を白状する際、クレドにアイアン・クロー食らったんだぜ。それこそ、拷問さながらに」


――えーッ? クレドさん、そんな事したの?


*****


翌朝、朝食後。『呪いの拘束バンドを取り外す』手術が始まった。


手術場所となったのは、ディーター先生の研究室の前に広がる緑地。


緑地の周りには、アシュリー師匠の手により、大型の魔法の《防壁》が形成された。大容量エーテルの操作を伴うプロセスが入るため、予期せぬ魔法事故に備えての事だ。


ジントとメルちゃんも、隅っこで立会いしていて、滅多に見られないような強い魔法の展開を、興味津々で眺めている。ちなみに、ジントとメルちゃんは、灰色の宝玉をつついて《隠蔽魔法》を維持する担当だ。


わたしは、バーディー師匠から、エーテル魔法の発動について詳しい説明をしてもらう事になった。わたし、記憶喪失なんだよね。元・サフィールだったと言うけれど、サフィールが使っていた魔法の知識、ほとんど無いのだ。


――『正字』スキルだけはあるから、目的に応じた種々の魔法陣は、ちゃんと理解しつつ組めるんだけど……



バーディー師匠は早速、お手本として、『魔法の杖』を一振りして見せて来た。


目の前の空間に、特徴的な構造の多重魔法陣が展開したかと思うや――『ピシリ』というような物理的な音響と共に、青いパネルのような物が展開した。標準的な床パネルくらいのサイズ。


わお。本物の《水の盾》だ。中央で、《水魔法》の金色のシンボルがキラキラと輝いている。


――へー。こうやるんだ。


青い《水》エーテルで出来たパネルは、透けるような色合いなのに、何処までも深い。雨上がりの空のような色だ。


少し白い色が混ざった青……空色というか水色の系統になっているのは、バーディー師匠が《風霊相》生まれだからだろう。


底知れない深さ……エーテル濃度は、とんでもなく高いという事が、シッカリと感じられる。これだけの大容量の《水》エーテルを瞬時に圧縮すると言うのは、何だか大変そうだけど……


「ルーリーが最低限でも発動しなければならんのは、初歩レベルの《水の盾》じゃ。とは言え、上級魔法使いが最初に学ぶ《盾魔法》で、最上級レベルの《防壁》でもあるが。これを体表面に展開して、もう1枚の皮膚のように覆い尽くす。イメージは出来るか?」


バーディー師匠に言われて、わたしは、ちょっとイメージしてみた。


あのレオ族の美女、水妻ベルディナが発動していたような青いエーテル膜――金色をした《水魔法》のシンボルが輝いている青いエーテル膜――が、わたしの体表面をピッタリ覆っている様を。



……結構、不思議な光景かも知れないな。



わたしが更に眉根を寄せて思案していると、バーディー師匠が苦笑しつつ、頭を撫でて来た。


「一夜漬けの学習だけで、実技訓練も無しに、高難度のクエストをやろうとしている――無茶をしているのは、こちらも承知しとる。危なくなった場合は、出来る限りの防衛処置を取るからの。最も重要なポイントは、その拘束バンドの隙間に《水の盾》を通したまま、シッカリ維持しておく事じゃよ」


――分かりました。やってみます。


「ルーリーは、まず《盾持ち》として、体内の《宿命図》の中に、天然の《盾の魔法陣》の構造を持っておる。半覚醒状態ではあるが、体内エーテル許容量の底が、驚くほどに深い。一瞬にして最高位の《水の盾》を合成するのは、かつてルーリーが幾度もやってのけていた事じゃ。私は『やれる』と信じとるよ」


わたしが頷くと、バーディー師匠は、もうひとたび頭を撫でて来てくれた。


そしてバーディー師匠は、ディーター先生とフィリス先生の方を振り向いた。



「――準備完了じゃよ。始めてくれたまえ」



空気がピンと張った。バーディー師匠、やっぱりタダ者じゃ無い。


ジントとメルちゃんの尻尾が、ピシッと固まった。


ディーター先生がフィリス先生を脇に控えて歩み寄り、『呪いの拘束バンド』を、手持ちの『魔法の杖』で触れ始めた。


いつだったか、ジリアンさんの美容店で、拘束バンドの隙間を広げると言う局面があった。同じ魔法だ。わたしは芝草の上に座り込み、身構えた。少しうつむいた拍子に、あの真っ赤な『花房』が、シャラリと顔の横に触れる感覚が来る。


ディーター先生の『魔法の杖』が黒く光ると、やはり、あの時のように、結構な『パチッ』という衝撃が来た。


――わお。一瞬、頭がクラリとしたよ。目が回る。グラリと身体が傾いだけど――持ちこたえた。


拘束バンドの締め付けが軽くなった。呼吸を素早く整え、『魔法の杖』を両手で握り締める。体内の《宿命図》に存在すると言う魔法陣のイメージを、より鮮明に描き出すため、ギュッと目を閉じた。



――《水》のエーテル、来い!



目を閉じた闇の中で、不思議な光景が閃いた。いつか見た、夢のような光景だ。


常夜闇のような空間の中、多次元調和を成す幾つもの暗いエーテル光の構造体が、天球の回転を思わせる速度でゆるやかに回転している。それらが、いきなり魔法陣として目覚めたかのようにパパッと点滅し、青く輝き出した。


身体の何処かで、宇宙との通路が大きく開いたようだ。大容量エーテルの流れが生まれる。宇宙からやって来る、根源的なエネルギーだ。


多次元調和を成す幾つもの魔法陣が、大容量エーテルを止め処もなく吸い込んで、一層まばゆく燃え上がった。

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