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宿命の人 運命の人―瑠璃花敷波―  作者: 深森
part.01「水のルーリエ」
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総合エントランス・後

――エントランスの広い空間の各所に、球形をした不思議な彫刻のような展示物が8つばかり、規則的に散在している。


台座の上の空中に浮いたまま、ゆっくりと回転している大きな天球儀だ。台座にセットされた魔法で、空中に浮かぶ仕掛けになっているらしい。ウルフ族男性でも4人くらいは余裕で呑み込めそうなサイズ。魔法感覚で見ると、無数の点状のキラキラとした光をきらめかせているのが分かる。


わたしは思わず、フィリス先生を振り返った。


「あれ、何ですか?」

大天球儀アストラルシアよ。案内板と遠隔通信を兼ねた魔法道具ね。館内図や地図の表示機能もあるから、迷ったら此処にくれば大丈夫。街頭ニュース機能も付いているから、いつでも人が集まって来るし。あの回転は、実際の天球の回転に合わせてあるから、だいたいの時刻を知る事も出来るわ」


何でも、超古代の大変動の影響で、天球の回転軸が大きく傾いてしまい、天と地の位置関係が安定しなくなったそうだ。それで、この『大天球儀アストラルシア』なる魔法道具が必要になった。


大変動の後は、従来の観測技術でもって大陸横断したり遠洋航海したりする事は、困難を極めたと言う。この魔法道具が開発される前は、本来の方角を見失って難所で遭難した末に、モンスターに襲われる事例が多かったのだとか。


やがて、フィリス先生が大天球儀アストラルシアに寄っていた下級魔法使い治療師につかまって、質疑応答と言った内容の立ち話を始めた。下級魔法使いは、灰色ローブでは無く、灰色のスカーフを巻いている。


どうやら、受付ロビーで、紛らわしいイヌ科の男性(急患)から、更に紛らわしい『魔法の杖』提示があったらしい。ウルフ族かイヌ族か、下級魔法使いレベルでは判別が付きにくい状態なんだって。フィリス先生は《宿命図》を判読できる中級魔法使いだから、最終的な判断を任されている立場みたい。


わたしは質疑応答の邪魔にならないように、サービスワゴンの向きを変えて、少しだけ距離を取った。首を巡らせて、先へと続くアーチ回廊を眺める。中庭を取り巻く緑地に接しているエリアだから、今日の天気が良く分かる。快晴だ。


ワゴンの天板の上でクルクルしていた子狼なメルちゃんが、チラチラと視線を投げて来た。『暇つぶしに、撫でても良いわよ(というか、撫でれ)』と言って来ている。


――お言葉に甘えて。


わお、ふわッふわな黒毛。良い毛並み。素晴らしいキューティクル。お姉ちゃんが美容師だというし、妹なメルちゃんは、毎日キューティクルを手入れされているよね。


ふわふわな手触りを堪能していると、金髪の綺麗な、シニア世代のウルフ女性が近付いて来た。治療を受けた帰りなんだろう、片腕に湿布と包帯を巻いている。何処かにぶつけて、アザを作ったのかも。


気の良さそうなシニア女性は、ウルフ耳を揃えて、丁寧に目礼をして来た。やや左側の生え際にある茜メッシュがバランス良く左右に振り分けてあって、そのまま緩やかなシニヨンへとつながっている。着ている物には、何気ない上品さを感じる。貴族とか名家の奥方という雰囲気だ。


シニア女性は、優雅な仕草でワゴンの上に身を乗り出して来て、満面の笑みを浮かべた。


「まぁ、今日はまた可愛いわね~」


サービスワゴンの上の、ふわッふわ黒毛の子狼なメルちゃんの事だ。うん、分かる。メルちゃん、人体状態でも、フィリス先生に似ている美少女だもんね。


金髪のシニア女性がメルちゃんを撫でようとすると、メルちゃんは毛並みをバッと逆立てた。


あれれ、撫でられるの、イヤなの?


フィリス先生が質疑応答を切り上げ、急ぎ足でワゴンに近づいて来た。やはり『魔法の杖』をハリセンに代えて、子狼なメルちゃんを『ペチリ』と、お仕置き。でも、メルちゃんは前腕の中に顔を埋めながらも、ふくれっ面という感じ。


「姪が失礼をしました、チェルシーさん」

「まぁ、気にしてないわよ、オホホ。『金髪コンプレックス』相変わらずみたいね、ジリアン嬢の妹さんは」


――偶然にも、知り合い?


それから改めて中庭に出るまでの間に、新しい道連れとなったシニア女性と、自己紹介を交わした。


品の良い金髪のシニア女性は、『火のチェルシー』と言って、中級侍女コース満了で結婚退職した人。城下町で趣味と実益を兼ねたアンティーク宝飾品店を経営しながら、地元のドレスメーカーの縫製作業の助っ人をやったりしている。ご夫君が『茜離宮』の衛兵部署で、文官の管理職として勤めているそう。時には王族を警護する親衛隊とも仕事をするそうだから、偉い人なんだろう。


チェルシーさんは、メルちゃんの姉ジリアンが勤める美容店の、常連さん。メルちゃんの事を良く知ってる訳だ。


メルちゃんは、これで割と気難しい子で、知らない人にすぐに『撫でて』って懐くのは珍しいんだって。そして、金髪コンプレックスをこじらせている。


聞けば、メルちゃんは家族の中で1人だけ、黒髪――黒狼種だそうだ。


ウルフ族の親子兄弟の中で金狼種と黒狼種が混ざるのは、良くある事だ。でもメルちゃんの場合、家族全員が純粋キラッキラ金髪なものだから、『メルは何処か知らないところの子なんだ~』とか、いじけちゃったらしい。曾祖父・曾祖母の世代は、黒狼種が多く居たそうなんだけど。


成る程、見てみると『火のチェルシー』さんは、見惚れるような純粋な金髪だ。あの『殿下』の豪華絢爛な金髪とは違うけど、柔らかで品の良い輝きを放っている。メルちゃんにとっては、『金髪コンプレックス』発動対象だろう。


メルちゃんは、叔母に当たるフィリス先生には、懐いている。フィリス先生は赤銅あかがね色の髪で、純粋な金髪とは色合いが違うし、エリートな魔法使いというのも大きいのかも。デキる先輩って憧れの対象になったりするし。

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