見知らぬ噴水
――見渡すかぎり、激しい光と闇の乱流。
荒らぶる雷雨と、強風のただなかに放り込まれたようだ。
グルグル転がされているせいか、どっちが上で、どっちが下なのかも分からない。
うう……胃がでんぐりかえる。船酔いの時みたいに、気持ち悪い……
思わず頭を抱える。手に触れるのは、幅広のヘアバンド――または、ターバン型と思しき、違和感のある金属物。
――あれ? わたし、こんな物を頭部にハメてた……?
*****
次に大きなショックが来た時、わたしの視界は暗転した。
*****
――閉じた瞼を透かして染み通って来る、チラチラとした陽光の感触。
半日陰なところっぽい。陽光がチラチラとしているのは、葉群を通って来ているせいだ。
頬に触れる風はヒンヤリしている。ビックリするほど近くで、水音がした。
絶え間なく続く水音――とは言っても、川とは違うみたいけど、これ、何だろう?
頭がズキズキする。
浮遊感と気持ち悪さが落ち着くのを待ち、目をそっと開ける。仰向けに横たわったまま――空を眺める。
何故に、屋外の樹木の下で仰向けになっているのか――という疑問はおいといて、特に違和感は無いみたいだ。
抜けるような青空――空色をした天球。昼の星だろうか、真上に近い場所に、白く丸い天体が見える。遥かな上空では一定の風が吹き続けているらしい。昼の星の周りでは、白い筋雲がゆったりと流れていた。
背中に感じるのは、滑らかに磨かれた石の床。石畳を敷いているんだ。継ぎ目は感じられるけれど、水平に隙間なく敷かれているせいか、ほとんど一枚板と変わらない。
首を回すと――
傍には見知らぬ噴水があった。絶え間なく続く水音は、此処から出ていたらしい。
寝そべっている状態だと一部分しか見えないけど、円形の仕切りで囲っているのは分かる。
噴水の真ん中と思しき所には、古風な水瓶の形をした透明なオブジェがあった。その水瓶の口の部分から、水を噴き出すと言うスタイルだ。
水瓶の形をした透明なオブジェの中で、草のような物がユラユラと揺れているのも見える。
……草、というよりは、柔らかな水草……藻のようだ。淡い色合いの揺らぎの中、どこまでも青い瑠璃の小花のようなのが、群れを成して咲いている……
大きく息をつき、ゆっくりと身を起こす。着ている物は、やけにピッタリしていて、動くたびに布地がひきつれる。
石畳に手を突くだけで、体重を支えている腕がカクカクと震えた。でも、疲労とは明らかに違う。ひどい違和感だ。身体全身にも、筋肉が勝手に伸縮しているような、ギシギシというような不吉な感覚がある。
おまけに――これ、すごく窮屈な衣服だから、動きにくい。
衣服の窮屈さと頑丈さのお蔭で、身体がカクカクと勝手に動き出すのを抑える事が出来ているという感じ。謎だ。
……此処は、何処……?
まず、わたしが居るのは、ささやかな噴水広場らしい。
噴水の周りに石畳スペースがあって、その周りは芝草だ。傍らには枝葉を大きく広げた樹木があり、石畳の上に半日陰を作っている。ちょっと先には、林も生えている。
林の隙間を透かして、なだらかな丘陵をした地形が広がっているのが分かる。
丘の上に、町並みのスカイラインらしき物が見えた。丘を越えた所には町があるみたい。屋根とかは……あれ、屋根なんだろうか? ポイントポイントに、何だか、プックリとした玉ねぎ型って感じの屋根っぽいものが乗ってるんだよ。
小高い丘に作られた、庭園を抱え込んだ街区のような場所に見える。そこかしこに樹林群が散在していたり、花壇があったり噴水があったり、あずまやがあったり……丘全体に人の手が入ってるみたい。ずいぶん広々としたスペースだ。
気温が高い季節の頃らしい。陽光は充分に強くて、直射日光を受けている方の石畳は、相当に熱を持っている。ヒンヤリとした風が無ければ、此処は、もっと暑かったに違いない。
涼しい風が吹いて来る方を眺めると――はるか上の方に、大きな山脈が見えた。頂上にうっすらと雪が掛かっている。成る程、あの山脈から涼しい風が吹き降ろして来るんだ。夏場でも割と快適な場所なんだと思う。今が夏かどうかは、誰かに聞いてみないと分からないけど。
噴水の音は相変わらず続いている。噴水の更に向こう側に何かあったみたいな気がして、わたしは、もう一度、目を戻した。
生け垣みたいな緑の葉群の向こう側、この丘陵エリアで最も標高が高い場所に――
――赤みを帯びる華やかな切り出し石を多く使った、塔のような建築物が見える。
下の方は地形の盛り上がりや葉群に隠れていて分からないけど、床面積は結構ありそう。塔を持った城館みたいな物だと思う。頂上部は3本の尖塔に分かれている。塔の頂上に、玉ねぎの形さながらの、プックリとした白い屋根。
最も高い玉ねぎ型の屋根の上には、重そうな金色の旗がダラリと下がっている。穏やかな天気だし、風は余り無いんだ。
遠目にボンヤリとではあるけれど――その赤みを帯びた塔のバルコニーとかで、割と多くの人影っぽいのが動いているのが見える。忙しく行ったり来たりしていて変な雰囲気だけど、あの人たち何をやってるんだろう?
此処は何処なのか、あの人たちに聞いてみないと――わたし、寝巻のままだとか、変な格好じゃ無いよね?
改めて、身体を見下ろしてみる。
濃灰色の無地の、窮屈なチュニックと細身のズボン。ザラザラとして硬い布地で出来ている上に縫製が特殊なのか、妙に動きにくい。これじゃ服全体が、ちょっとした拘束具だよ。あとで針と糸とハサミが手に入ったら、縫い直さないと。
何だか男の服装っぽい気もするけど、まぁいいか。わたし、どうも男みたいだし……あれ、ボク、女だったかな? どっちだったっけ?
足は――両方とも、裸足。
何処かで靴が脱げちゃったのかも知れない。
でも。今、わたしが座り込んでいるこの石畳は、手入れが行き届いていて綺麗だ。石畳の道を外れた所には、緑の芝草も生えている。芝草の上を歩いて行けば、足の裏も余り痛くならないと思う。
立ち上がろうとすると身体がカクカク、どころか、ガクガクとするけど、このキツイ着衣が妙に支えになるし、ゆっくりとだったら大丈夫な筈。片方の手を付いて、片側に重心をずらして――
一瞬。
ビシッと鋭い音が走った。
左頬に――ピリッとした痛み。次に、ジワジワと、そこから生暖かいものが滲み出して来た。
これ、血が出てる……? 何で?
口をアングリと開けたまま、異物が飛び去った方向を振り返る。
近くの置き石に、大型の楔のような刃物が、深々と突き刺さっていた。よほど勢いが付いていたのか、その端は、まだブルブルと震えている。
呆然と見守っているうちに、楔の形をした刃物は、砂時計の砂のようなサラサラとした質感になる。そして、速やかに黒いモヤとなって分解し、蒸発して行った。
後に残ったのは、石の表面に刃物が食い込んでいた証の、黒い穿孔だ。楔穴だ。
――魔法だ……うん、魔法だと思う。
「お前は何者だ? どうやって此処に現れた?」
不吉な響きを込めた低い声音が、飛んで来た。