第七話 女騎士は顧みない
よろしくお願いします。
バルべリア王国直属の騎士団というのは、有事の際の矛であると同時に王都の周囲を取り囲む城壁自体を堅牢なものにする盾としての役割も兼ねている。
王君のための護衛や、王城内の警備、城壁からの侵入者に対する監視それから定められた区画範囲での治安維持防衛であったりと騎士に課せられた役割は多岐にもわたる。
故に、そんな配下の騎士たちを束ねられる騎士団長はバルべリアにおいても実質的な攻撃及び守護の要であったため、王や貴族たちからは文字通り一目置かれていて特別に王城の同じ敷地内にて住居を構えることが許されていた。
シュタウヒェンベルク騎士団長の邸宅というのは、やはり肝心の王城と比べると大きく見劣りはするものの、それでも御立派と言って差し支えないくらいの大豪邸であることは間違いない。玄関から入るとまず最初に、吹き抜けの広大な空間が出迎えてくれ天井からは巨大なシャンデリアが吊るされているため夜でもまるで昼のように明るく灯されるのだ。騎士団長である以上、いつ訪れるかもわからない客の大入りに対処するため何時でも泊められるように膨大な量の寝室および寝室と同数程のトイレが邸宅の至る所に用意されているのだ。人の出入りが多い邸宅一階には大広間や書庫、調理場や納屋など給仕たちの仕事場や休憩場所が設けられており、特筆すべきなのは大釜の浴場すら備わっているのだ。こちらも急な客入りにそなえて、広大なスペースが確保されているため大衆浴場としても機能できる優れものなのだ。
さて、ここまで散々シュタウヒェンベルク家の住居について語りつくしてきたが、いよいよ当家の御令嬢――――――アレキシス(本名:アレクサンドラ=シュタウヒェンベルク)にとスポットを当てて話を進めることにしよう。
☆☆☆☆☆☆
先ほど来長々と説明した邸宅には、平屋の離れが建てられていて、そこがアレキシス自身の基本的な居住空間だった。トントによって謁見室にと呼びつけられ、わざわざ礼節用の甲冑を着けて謁見にと臨んだにも関わらず、王はいなく代わりに修道院から来たという見知らぬ長身の法力師な女と得体の知れぬハーフエルフの子供が待ち受けていたという事実に彼女自身到底、理解に及ぶには程遠いものがあった。それだけでなく、突然トントから氏素性もしれぬ者どもを紹介され挙句そんな彼らとパーティを組み冒険へ行けと言いつけられた時は、悪い冗談とさえ思えた。だがそれは逃れられようのない真実であったため、アレキシスは失意と動揺を抱えながらも帰路についたのだった。
甲冑を脱ぎ捨て、結われた長髪を真っすぐ下ろして普段着に着替えると、アレキシスは真っ先にと酒瓶に手を伸ばしてグラスにと注ぎ始めた。
そして、
「クソッタレめ」
そう吐き捨てた言葉を、直後に酒をあおって喉元へと流して押し戻す。
「クソッタレめ、クソッタレめェ……」
ぶくぶくと肥え太った大臣と、それから自身に降りかかった理不尽な境遇に対する恨みつらみを肴にとアレキシスは酒を当て続けていく。平屋ではアレキシスから発せられる愚痴と嚥下音それから瓶からグラスへと酒が注がれていく際の音のみが響き渡るばかりだった。そうやって彼女が苦々しい面持ちで、没頭していたところ。
部屋の隅にて待機していた、住み込みの女中・レイチェルが見かねて話しかけ始めた。
「お嬢様。まだ日がこんなに明るく昇っているというのに、そんなに飲んでよろしいのですか?」
そうやって優しく差し伸べてくれたレイチェルに対して、アレキシスは冷たくあたった。
「五月蠅い。こうして酒でも飲んで虫の居所が悪いのを少しでも忘れようしているところだ。第一ここは私の部屋だ。私の家にある、私のための部屋で私がどれだけ酒をカッ喰らおうとお前の知ったことではない。静かに、飲ませろ」
「ですが、あんまり飲み過ぎると、やはり身体にも、」
「黙れッ。私の至福のひと時は何人たりとも、邪魔建てされてなるものか。もし、目に余るようならいつでも我が父の元へと報告するがいい。もっとも、お前如きにそんな度胸はないだろうがな」
威厳さを大事にするあまり、アレキシスは悪辣な態度をなおも振りまき続けた。
対して、女中であるレイチェルはそんな有り様のアレキシスを前に、立場は違えどもそれでもため息を払ってから、果敢に挑み続けた。
「報告だなんて、そんな。……お言葉ですが、お嬢様? 人生にはお酒以外の嗜みがいっぱいございます。楽しみはそこかしこに転がっていて、例えばお召し物のコーディネートで気分を一新させたり部屋にお花を配置して華やかさを演出させたり、それから刺繍に没頭したりと楽しみ方は無限大です。……それかこの私めが、直々に腕にヨリをかけてお嬢様のために美味しいビスケットを焼いて差し上げます。お砂糖を贅沢にもふんだんに生地にと練り込んで焼いたビスケットは……それはそれはふわふわ夢見心地になるくらいの甘さなんですから」
レイチェルからの甘い提案に、アレキシスは辛口で切り捨てにかかった。
「フン、さっきから聞いていればどれもこれも……少女趣味もいいところではないか。悪いが、先ほど来お前が言ったもの全ては私の眼鏡にはかないそうもない。それに、ビスケットだと? ハァ? お前よく酒飲みの私に、そんなもの焼いてやろうという気になったな。そんな甘ったるいもの、食ってやる気にはなれん。あんなのは所詮子供か健啖家で甘党の貴族か、そのどっちかが食すためのものだ」
「お嬢様……私は良かれと思って、」
なおのこと食い下がってくる様子のレイチェルにと、痺れをきらすあまり強烈な言葉をアレキシスは口にしていく。
「気安く指図するな! 第一、誰がいつそうしてくれって頼んだのだ? もう、分かったからこれ以上親切の押し売りはよしてくれ。もう十分だ……十分過ぎるほどに、な。ともかく、今はもうお前に何を言われても耳障りだし、なによりお前自身が目障りなことこの上ない始末だ。だから、とっととここから出てってくれ。今は一人になりたいんだ」
暫しの間、沈黙が舞い降りる。
全力で放たれた否定の言葉で以って、突き放されたレイチェル。
途端に、アレキシスを前にして彼女は目をつむって、再び目を開けてから次のように語った。
「では、承知いたしました。お嬢様がそう思われるのであればそのようにさせていただきます。—―――ですが、最後に是非とも、ひとつだけお嬢様に申し上げたいことがあるのです!」
「今度は、なんだ?」
するとレイチェルは今までとは表情をいっぺんさせて、悔しさと名残惜しさをにじませてアレキシスに対し笑いかけていく。
「……どれも、少しでもお嬢様の心中を慮りたかったがゆえのご提案だったのですが。残念です」
「レイチェルよ。……お前には一生、わからない」
そう言われるも彼女は、笑顔を崩すことなく、自身のスカートの裾を持ち上げて一礼しだす。
「失礼させていただきます」
すごすごと退散していく様子の彼女を尻目に、アレキシスは茫然とした様子だった。
やがて、その場にてひとり取り残されたアレキシスはまたしても酒をあおりながら、やさぐれだした。
(そうさ、こっちが思ってる事考えている事なんか、所詮他人事でしかないのだ。そんなだから結局何を偉そうに分かった気でいても、それは単なるエゴにしか他ならないのだから。欺瞞だ、偽善だ……性悪そのものだ)
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