第六話 誓い~やさしさにつつまれたなら~
よろしくお願いします。
ユーリが謁見室で一大決心を下すと、しばらく経ってからユーリはエロイーズと共にその場から去る様トントから言われた。代わりに、同じく城内で設けられた寝台が二つついた外泊者用の部屋をあてがわれ、彼らはそこにて滞在していた。
時刻は昼過ぎに差し掛かっていた。
先ほど来謁見室で失意のどん底に叩き落されたはずのエロイーズは、ひとまず気持ちを切り替えてこれからの冒険に向かうべく無知蒙昧なユーリに対し教鞭を振るっていた。
「……さて、ザックリとですが、私が教えるべきことは一通りあなたに叩き込みました」
「は、はいっ! ありがとうごさいます、先生っ!」
相変わらずまるで屈託のない笑顔を浮かべて、感謝を述べていくユーリ。そんないまいち事の重大さを量りかねている様子の彼に向けて、エロイーズは憂いに満ちた面持ちでため息をひとつ払っていく。
「……ハァ、ちょっといいですかユーリ?」
「な、なんですか?」
「あなたは、必ずしも背負う必要がなかった使命をわざわざ背負ってしまったのです。嫌な大人たちにそそのかされて、惑わされて、挙句あなたの持つ優しい心を弄んでそうやって全ての責任をあなたのその小さな身体によってたかって押し付けた。知らず知らずのうちにあなたは取り返しのつかないところまで追いやられてしまったのですよ?」
「先生……」
「あなたからすれば、自分で決めたことだからあまり早まったことだと捉えていないのでしょう。ですが、あなたの魂はあなただけのおもちゃということではありません。魂は他に代えがきかず、とても繊細なものだから一度でも傷つけばおいそれとそれを消すことは容易じゃないのです。……いずれにせよこれからに先立つ冒険というのは、あなたにとって大変ないばらの道となることでしょう」
悲痛な心境で、エロイーズが説教を述べていくと、それまで聞いていたユーリが堪えきれずも同じく心境を吐露していった。
「先生……ッ! そんなにまで、僕のことを大切に考えてくれていたなんて。まさか、こんな近くにいたなんて全然気づきませんでした」
「いいえ、それは違いますよユーリ。なぜならば、あなたにそういった考えを抱いているのは私だけでは決してないということなのです。例えば……修道院にいる、あなたのよいお友達などにも言えることです。彼らだってあなたの背負った使命を聞いたら十中八九今の私と同じ感情をあなたに対して抱くことでしょう」
「………………。」
「ユーリ。私はこれから先あなたに何が起ころうとも、全力で、あなたをフォローさせていただきます……一人の、仲間として」
「僕は――――」
「ユーリ、だからこそ私に対して誓って欲しいことがあります」
――――絶対に無茶はしない、と――――
「………………ッ!」
エロイーズから持ち掛けられたのは、ある種懇願にも似た誓いの要請であった。ユーリはそれを聞いて思わず、全身をゾクゾクするような感覚が駆け巡っていた。間髪入れずに、すかさず彼女は両手でもって彼の小さな右手を覆った。
ユーリはそんな右手から慈愛と思いやりに満ちたような、やさしい温かさを感じ取った。
「……あなたに、万が一のことがあったら、私は私たちの帰りを待ってくれている修道院の子らに合わせる顔がないのです。できることなら五体満足で、あなたを修道院まで帰してやりたい。そのためにも、ユーリ、どうか」
「……わかりましたっ。先生、誓いますよ。僕絶対に、先生との言いつけを守りますッ!」
キッと視線をエロイーズに合わせて、極めて格好良く口から発していった。それから、自身の手をやさしく包み込んでくれる彼女の両手の上に、今まで持て余していた左手をポンと置いた。
「……本当の、本当に、お願いしますね。ユーリ、貴方もまた皆にとってのかけがえのない存在に他ならないのですから……約束ですよ?」
アンニュイな笑みを浮かべて、ユーリに語り掛けていく。
すると、約束というフレーズを耳にしたユーリが、躊躇せずエロイーズの両手に覆いかぶさるようにして置いていた左手をとうの彼女の目の前へと差し出していった。
小指だけを立たせた握りこぶしを、エロイーズにと提示していくユーリ。
「約束をするなら、これっきゃないですよ! せんせえっ!」
アルカイックスマイルを引っ提げて、自信満々に言い放つ。
そんな裏表の見られないような行動に、エロイーズは思わず頬を緩ませた。
「ふ、ふふっ。もう、ユーリったら……」
「え、えっと、せ……せんせぇ……?」
困惑が広がった面持ちであるユーリに対して、エロイーズはそれまで彼の右手をやさしく包み込んで離さなかった己が両手を解くと、そのまま彼の顔の両頬にと当てがいそれぞれの方へ移行させていった。
まもなくエロイーズがユーリの顔を手で包み込んだ感じになると、彼女はやさしく彼の元へ語り掛けていく。
「……指を切るより、もっとてきめんなやり方がありますよ?」
そう言った直後、エロイーズは唐突に目を瞑りだしたかと思うと、今度はなんとあろうことか自身の顔をユーリの顔めがけて近づけさせていくのだった。
あまりにもいきなりだったため、ユーリは、驚愕のあまり慌てふためいた。
「……う、うわああっ、先生! そ、そんな急にッ」
どれだけ喚こうとも、一向に構うことなく尚のこと寄せて言った。
段々と迫ってくるのに従って、ユーリの恥じらいもピークに差し迫ってきた。
「ま、まだ……心の準備がッ」
打ち付けていく脈拍音が、どくどくと彼の中で木霊していく。まるで、心臓が頭の中に埋め込まれたみたいだとユーリは考えた。もうエロイーズの顔がすぐそこまで迫っていた時、ユーリは恥ずかしがるあまり目を固く瞑りだした。
(ち、近いッ! 本当に近いッ!)
甘酸っぱい想像が頭をよぎった頃。ユーリの額から、こつん、という何やら固いものが当たった感じの音が発せられた。
おそるおそる、ゆっくりと瞼を持ち上げて見てみると、エロイーズがやはり彼の額にと自分の前頭部を当てがっている光景が広がっていた。
(こ、このままじゃ僕と先生が。キ――――)
そこまで近づけられてユーリは改めて、エロイーズの目鼻立ちの良さを再認識させられるのだった。長いバチバチ睫毛にすらっとした鼻、それからうっすらと目尻や鼻の上に散らされている無数のそばかすがユーリの双眸から確認できた。
ユーリは緊張のあまり、どぎまぎさせて、うっかり意識も手放してしまいそうだった。
純粋な反応を示しだすユーリに、エロイーズはやさしく語り掛けていく。
「………………ユーリ、どうか信じて」
そう問いかけられたユーリが、答えるべき言葉はただひとつ。
「は、はひぃ………………信じま、すぅ」
建前も余計な慣用句もいらない。あっけないくらいの同意の言葉だった。
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