第四話 不在の王と甲冑騎士の君
ひとまずベースとなるパーティの面子が揃い踏みになりました。
謁見室で巻き起こったひと悶着は、最終的にユーリ、衛兵、エロイーズの三つ巴じゃんけん勝負によって勝者であるエロイーズがユーリの短剣を預かるということで、ひとまず幕を下ろした。
扉前に立つ衛兵が、開門と呼びかける。すると、合図に従い真裏に控えていた従者たちによって重厚な扉が、部屋の中ほどに向かって徐に開かれていった。
謁見室は広々とした円形状になっていて、天井にはステンドグラスが配置され真昼でも灯す必要はなく差し込まれた太陽光が自然のスポットライトの役割を果たし、部屋全体を明るく照らしてくれる。初めて謁見室にと入ったユーリはまず、とうの謁見室が何だかちょっとした聖堂のようだと感じ始めた。タイル張りで白と黒のコントラストが美しいモザイク模様の床を進むと、まず大勢の衛兵たちがずらっと、縦一列にまっすぐと、まるでユーリ達に行くべき方向を誘導しているかのように並べられているのが目についた。一歩一歩慎重に足を運んでいくと、衛兵の壁が並び立ったその先に玉座及び4,5段ほどの段差が見られるひな壇がまとめて見られた。謁見室奥には左右にそれぞれ6枚ずつ天井から絨毯が掲げられ、絨毯一枚につき過去の王たちの顔のお歴々を表す肖像が、精巧且つ緻密な刺繍により描かれていた。そうこうしている内、玉座の手前まで差し掛かったユーリとエロイーズ。エロイーズはともかくユーリといえば、期待に胸を膨らましている状態で、王がここへ来るのかとがら空きの玉座のスペースをまじまじと見ながら今か今かと心待ちにしていた。
すると、そんな時だった。
冷めやらぬ彼の熱に水を差す感じで、野太い声がユーリたちの背後から上がった。
「真に残念ながら、我らが陛下は今日ここには来られないそうだッ!」
咄嗟にユーリが振り向くと、背筋をピンと張り詰めさせた姿勢で両腕を背中に隠した状態で先ほど来ユーリ達が入ってきた扉真ん前にと先の声の人物が突っ立っていた。
くすみがかった感じの緑色のジャケットを纏い、ボタンで留めてはあるもののそれでもはちきれんばかりの贅肉をまとわりつかせて、彼の推定中年男性はふんぞり返っていた。
突然の訪問者に、ユーリは思わず開いた口がふさがらないでいる。彼が呆気に取られている間に、緑色の中年がその大きな体を構わずゆらしながらも、どしどし床上にと鈍い足音を響かせて両側縦一列にと配置された衛兵の並木通りを相変わらずふんぞり返りながらも突き進んでいった。しかし、最初こそは威勢が良かったものの段々しんどくなり始めてユーリ達の元へたどり着くころにはすっかり汗だくで息があがり切っており、もはや威厳さの欠片もみあたらないでいる。
「我が陛下はぁッ、今ッ、超稠密に組まれた……こ、公務のスケジュールをしょ、自分の書斎にて…………こ、こなしているッはぁ! ハァ――――ッ! ……ところだぁはぁ、ハア…………」
玉座付近に立ち尽くすユーリ達の目の前で、ただただ肩で息してみせる肥満体の男。そんな彼の正体をエロイーズはつつがなく口にしていく。
「わざわざご挨拶に参られたようで、こちらこそ恐縮です。トント大臣閣下」
「……おお、これはこれはっ。そなたは、はあっ、エロイーズ女史ではないか! 会うのは久しぶりだが、どのように過ごされていて?」
「特にこれといっては、まあ、息災です。ところで、今日トント大臣にお会いしたらば是非とも聞きたいことがあったのですが。失礼ですが、質問してよろしいですか」
「うむ、許可する! ……して、申してみよ」
エロイーズはトントに促されるがままに、今日自分らの元へと来るはずだった馬車が、一向に来なかった原因について問い詰めた。それから、待てど暮らせど来なかったためとうとうシビレを切らして徒歩でここまでやって来たことも合わせて大臣にと告げた。
すると、大臣。彼がなにやらバツの悪そうに顔を歪ませ、エロイーズに対してこう示し合わせはじめる。
「そいつは、大変すまないことをした。……実は、我々王国政府が普段ひいきにしている御者たちが組合一丸となって、賃金の底上げを要求しだしたのだ。何せ、予告もなくいきなり職務放棄を起されてしまったのでな、そっちのフォローもろくに出来なかったのだ」
「まあ、なんともはや。それで、いつ御者たちは団体行動及び交渉にと、うってでたわけなのですか?」
「今朝の9時前だ。まったく、嫌になるわい……そういえば、そなたは『歩いて』ここまで来られたと言っていたな。あの不衛生極まりない大通りもわざわざ越えて来た言うのか?」
「他に道が無かったもので」
「いや、全くもって面目ない。予定通り御者を手配して馬車さえ向かわせられたらば、専用の、地下馬車道を経て城へと直通できたものを。下界の空気でさぞ、気分はすぐれなかっただろう?」
「いえ、私は何度もここへと訪れていますゆえ、とうに慣れました。ただ、」
エロイーズはそこまで言うと、一旦、口を紡いで視線をはたと浴びせた。その先には未だポカンとした表情で彼女の傍に佇むユーリの姿があった。
「なにぶん、初めて訪れたこの子にはいささか刺激が強かったみたいで……」
「おや? その子は何ものぞ」
「うちの修道院で預かっている、ユーリと申します。……ユーリっ、さあ、御挨拶を」
上の空なユーリの肩を、ポンと、押してやったエロイーズ。対してそんな彼女に促されるがままにユーリは大臣にと向き合い、言った。
「は、初めてお目にかかりますっ! ぼ、僕はっ……僕は、ユーリって言います! よろしくお願いします!」
緊張ぎみではあったものの、それに負けじと、自分らしいはきはきとした挨拶を送る。
すると、ここで大臣は、ある質問をユーリにと浴びせてくる。
「そなたは、もしやハーフエルフではあるまいか?」
「は、はい……そうですけど、な、なにか」
突然、大臣はユーリを何やら値踏みするように見やると、特にそれ以上は彼に対し問うこともなく口角を片方だけつり上げてただ笑ってみせた。
「そうか……そなたが、ハーフエルフの」
「あのう、大臣。そろそろ、私たちをここまで召喚した目的についてお教え願えませんか?」
エロイーズが声を上げる。
大臣は、ハッとした様子で答えていく。
「おお! そうだそうだ、そのためにとわざわざこちらから使いを寄越してまで伝えたかった次第だったのだ。実はそなたたち以外に合わせてもう一人、ここに来ることとなっている」
「その方も交えての御話だったわけなのですね。なるほど、それで肝心の御話というのは、」
「まあまあ、兎に角はなしは役者が全員揃ってから――――なんだ?」
扉付近にて構えていたはずの従者がこちらへと駆け寄ってきていて、大臣に耳打ちする。
ボソボソ、ボソボソ……。
聞き届けた側の大臣は、何度か頷いたのち、指示を送る。
「うむ、そうか。……では、こちらへ通せ」
従者は黙って、指示を仰ぐと一礼して、またすぐさま扉のほうへと戻っていく。
「いよいよ、奴が来るぞ」
「“奴”とは、いったい?」
エロイーズが問いただすと、丁度、大臣は扉が開かれていくと同時にその正体を口にしていく。
「我が王国直属の、騎士だよ」
ユーリにエロイーズそれから大臣も合わせて、自分らが入ってきた入り口を見遣った。
重厚そうな扉が徐に開けていくのと同じくして、騎士が、姿を現し始めた。
甲冑をまとっていた。頭から、つま先にかけての全身装備で腰の左側には騎士らしくロングソードが帯刀されている。兜・籠手・胴・垂れ・剣の鞘のそれぞれに見事なまでの金の装飾が施されていた。黄金色に輝き、佇まいはまるで博物館で展示されてても疑う余地はないほどに美しかった。つまりはおおよそ、実戦的ではなくあくまで王との謁見用にと造られたものにせよ、それでもユーリが思わず心を奪われるくらいの魅力をその甲冑は持ち合わせていた。
(か、カッコいい!! 間違いない、本物だッ! この人は、本物の騎士さんなんだッ! ……よし、決めた。僕大きくなったら絶対騎士になろうっと)
そして、先ほどまで法力師になることを思い描いていた彼の心を一瞬にして上書きさせるくらいには十分すぎるほどの即効性がその甲冑にはあった。
少し間をおいて、騎士は徐に歩き出す。鉄靴を差し出し差し出し、そのたびに鎖帷子がちゃらちゃらと小刻みに音を震わせる。鉄靴と拍車が、肩当てと胸当てそれから籠手と肘当てがカチカチぶつかり合い発される打突音が重なり合いそれらが組み込まれて円形状の謁見室に鈍く響き渡った。一歩ずつではあるものの、それでも確実に進行していっているため、やがて騎士は奥のほうにとたどり着き、大臣の元へよると跪き始めた。
「閣下……。こちらアレキシス、只今着任しました」
顔を丸ごと覆ったデザインの兜を被っているため、ぐぐもった声が甲冑のパーツの隙間から聞こえてくる。呼吸をするたびに首元から肩からそれから胸から、金属摩擦の音がうっすらと聞こえてきた。
足元に跪く騎士ことアレキシスを目下に、大臣はまず労いの言葉を贈る。
「うむ、御苦労。アレキシス、こちら法力師のエロイーズと彼女の付き添いの子供で、ハーフエルフのユーリだ」
紹介の言葉を聞き、兜ごと顔を訪問者であるユーリたちに向けてから、大臣を仰ぎ見た。
「……閣下。差し支えなければ、この兜をとって挨拶に臨んでも、構いませんか」
「構わん、簡潔にな」
大臣からかかった声に則って、アレキシスは己が兜に両手を持ってくると、左右に、少しずつ回しながらずらしてすらして外しにかかる。
それらを見届けているユーリはというと、固唾を飲んで見守っていた。
まさに冷静沈着に質実剛健を兼ね備えたような騎士様が、今まさに自分の目の前で自らその兜に手をかけて正体を明かさんとしている。期待に拍車が掛かって、ますます胸を熱くさせる。そして、ユーリは心の中でこう誓いを立てはじめる。何を見ても驚かないようにしよう、平静さでもって騎士の全体像を見るために。そして、何があっても見逃さないようにしよう、荘厳な鎧に身を包んだ彼がどんな男なのかを一目見てみようと。
ガチャガチャと音を立てて騎士が兜を上に上げるとまずガッチリした下顎が確認できた。その次に薄桃色の口元、はっきりとした鼻立ちがそれぞれ見られた。なるほど顔の作りは悪くないとユーリは考えた。そこから一気に兜が外れていき、とうとう騎士のご尊顔が露わになる。
目元は三白眼に二重で、耳たぶには青みがかった玉石のピアスがなされている。髪は黒の長髪のため毛量がすさまじくポニーテールにして束ねられ、それを無理くり兜の中に詰めて込んでいたのだった。
ふぅ、と騎士が己が頭を兜から解放させたところでまず一息ついた。次にバサバサの後ろ髪をまとめて背中に押し出す感じで首を二、三振り回した。そして、兜を右脇に抱えてから立ち上がってみせ、口元から甲高い声を発していく。
「お初にお目に懸かれて、光栄の至り。私の名はアレキシス=シュタウヒェンベルク、父は騎士団々長を務めている。何卒よしなに」
そうしてアレキシスはユーリ達に対し腰を折って、一礼し始める。
エロイーズは十字を切って両掌を合わせることで挨拶を返し、大臣は堂々とそれらを静観している。
一方で、ユーリは目の前で巻き起こっている現象にただただ唖然とさせられていた。アレキシス本人から発せられる雄々しげな雰囲気に圧倒されているのもそうなのだが、彼自身を最も震撼させてしまっている原因はまた別の所であった。
それは、アレキシスの外見的特徴であった。
(お、女の……人?)
少なく見積もって、ユーリの全長に頭ひとつ半ほど抜け出たの体躯と無機質で無骨な甲冑を身に纏っていたものの、やはりどうみてもアレキシスは『彼』ではなく『彼女』に他ならなかったのである。
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