第三話 謁見室に先駆けて
久しぶりの投稿です。
よろしくお願いします。
腐臭と蛆虫が湧きたつ大通りを通り越して暫く。
ユーリと、エロイーズのふたりはベリーズ市街の中心地すなわち、バルべリア王国々王とその一族が住まう城郭にとたどり着いた。
城濠によって取り囲まれた城と、下界を繋ぐ唯一の経路としての、石積み式のアーチ橋を渡ると、ふたりはまもなく城郭の入り口に差し掛かった。
当然彼らは入り口にて控えていた門番役を担っていた警備兵によって、検問を受けた。エロイーズの口から氏素性、所在それからここへと来た目的全てが語られた。全てを聞き届けた兵士は、直ちに取り付けられたアポイントについて確認をとった後でようやく彼らを入城させるに至ったのだ。
荘厳華麗な巨大噴水付きの庭園を通過した後、絢爛豪華な調度品がそこいらに並べられたエントランスに差し掛かる。そこから先は、高齢でふかふかな髭を口元に蓄えた禿頭な紳士然としたスチュワートに城の先導を任せる。革靴を履くスチュワートの靴底から発せられる冷徹な闊歩音が、彼が歩みを進めるたび大理石製の床上に響き渡っていた。
ユーリとエロイーズが、大理石に向かって小気味いいリズムをスチュワートがかき鳴らす音へと付いて行っていると、やがてとある場所にと立ち止まり、言う。
「こちらが、大君と会するための部屋。 “謁見室”ですじゃ」
ユーリたちが仰いで見遣ったその先。彼らの目の前には、金縁がぬらぬらと日の光を反射
して宝石が散りばめられた贅の限りを尽くした重厚そうな扉がそびえ立っていた。
仕事の関係上頻繁に王都にと召喚され、王と謁見する機会にも恵まれたエロイーズはさもありなんと言った顔つきだった。一方で、何もかもが初体験なユーリはというと、圧倒的なひっ迫感を感じさせてくれる仰々しい扉を前にして、つい生唾を飲み込むほどに自身をおののかせていた。
(こっ。この先に、いるんだっ……僕たちの、王様が)
円らで、左右によって色見が異なる大きな瞳を見開かせ、扉前にて立ち尽くす様子なユーリをよそに、エロイーズは扉のわきにて構えていた衛兵らによって尋問を受けていた。
「それでは、貴女の御身分を証明できる物をご提示願います」
「ああ、結構ですよ」
そう言って、エロイーズは左手を自身の身に纏うローブのポケットにと入れていく。ほんのちょっぴり、間を置いてからエロイーズは衛兵の前にと、代物を乗っけた状態な左手を差し出した。それは、一個の懐中時計であった。
「差し支えなければ、手に取って拝見させてもらっても、」「構いません、お好きにどうぞ」
間髪入れず、大して躊躇せず、衛兵は黙ってエロイーズの手から銀色に目映く光る懐中時計を己が手中に収め始めた。
平べったく、全円形とした銀時計をまじまじと見ると、まず最初に蓋に描かれた紋章が目についた。その後、分析を開始する。
「(“中心に配置された太陽から、東西南北へと吹き付けていく風がそれぞれ旋風を巻いている十字の意匠”……間違いない。これは、正真正銘アトラティクス教会を指し示す『旋風十字』と呼ばれる紋章に他ならない。そして、何よりこの銀時計をこの時世で携えてる彼女の身分と言えば――――それは“聖職者”だ)……あー、できれば中も改めたい」
「いいですよ。その時計は、ペンダント部分の竜頭を押せば、ツメが外れて蓋が開くようにできております」
衛兵がこうか、と持ち主であるエロイーズに言われたとおり鎖の通っていたボウに指を引っ掛ける要領で竜頭を押し込む。すると、今まで閉じられた時計の、門でいう閂の役割を担っていたツメが外れ一気に蓋がパカリと下向きに開いた。
それから、時計の中身が明らかになっていく。
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ………………。
刻一刻と、秒針が一定のスピードを保って時が刻まれていく。
現時刻は、十一時二十三分四十七秒であると、長針と短針それから秒針が指し示しているのだった。この時計における本来の使い方とはかなり異なっていたものの、それでも、衛兵はその行動によって自分を取り巻く時間を正確に知ることができたのだった。
下にと開け垂れた様子な時計の蓋の内側を見てみると、文字が刻まれていて、エレメタルの文字で“アトラティクス教々皇の意向により、以下の者に対しこの時計を進呈いたす。”と書かれていた。
さらにその文字の下には、大文字に箇条書きで、固有名詞が書かれていた。
一通り時計を見果せた衛兵は、その名詞を自ら読経していく。
「ええと――――“エロイーズ=ヴァン・ホーテン”殿。……で、よろしいか」
「はい。不肖ながら、私はエロイーズ=ヴァン・ホーテンと申します。ベリーズの外で修道院に勤めており、一介の法力師としても活動しております。エロイーズと、お呼びください」
衛兵は静かに時計の蓋を閉じていき、それからかしこまった様子のエロイーズの元へ黙ってそれを返して寄越した。
「よろしい、それではそなたらの王の謁見を許可する。通れ」
「お手数色々と感謝いたします。ユーリ、行きますよ……あら?」
衛兵から直々に謁見室の立ち入りを許可されたので、エロイーズはそれまで放ったらしであったユーリに呼びかけた。
だが、何か様子がおかしかった。
あのユーリが、この場にてもう一人いた衛兵に対し直接向き合い、何やら論争を繰り広げていた。
「お願いしますッ! それは僕の宝物なんです、返してくださいッ!」
「いいや、ダメだ。こんなものを携えさせて王の前へと向かわせられるかッ!」
「そんなぁ……。なんでもいいから、宝物を返してください――――それは、僕のナイフなんですってばぁ!」
衛兵の手中にはユーリから取り上げた彼専用の短剣が握られていた。とられないようにと、衛兵は短剣を心臓よりも上の位置にと掲げていたためユーリがどれだけ自身の腕をリーチ一杯まで伸ばそうが全身をぴょんぴょこ跳ねさそうが、第三者の立場で見てたエロイーズからしてみてもそれが「ムリ」というのはあまりにも自明の理過ぎた。
「騎士とか剣士ならまだしも、ただの子供であるお前にはこんなもの無用の長物だろうが!」
「そんなことありませんよ! 縄を切ったり、木を削ったり……いろいろ使ってますよ!」
「なおさら、王の前でもたせられるかッ! そもそも、本当に宝物なら無闇矢鱈と持ち運ぶよりもまず自宅の机の引き出しとかにしまい込んで大切にするはずだろうがッ!」
「と、とにかく返してくださいよぉ!」
ユーリが全身をせわしなく跳ねさす度、彼の頭の後ろにて結われた髪の房も同時にぴょんぴょこ跳ねていく。
至って、平行線な話し合いを行っているユーリと衛兵であった。そして、そんな様子を一部始終余すことなく見届けていたエロイーズは思わず頭を抱えてこんだ。
「ああ、まったくもう……」
一方、同じくそれらを見届けていたエロイーズ側の衛兵は、この場を抑えるのに丁度いい言葉をユーリと同僚である衛兵に送りつけた。
「ええい、お前たち見苦しいにもほどがあるぞッ! この扉の向こう側におわす方をどなたと心得るッ?!」
だが結局、聞き入れられずユーリと衛兵は周りそっちのけで不毛な争いを展開させていくばかりだった。
「さあ、諦めろッ! おとなしく、宝物をこっちに預けりゃいいんだよォ! 観念しな!」
「やー、ですよォ!」
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