第二話 花の都で受けた洗礼
次の投稿は未定です。
あと、今回は色々汚いかもです。
鶴翼のごとく広がりをみせる大陸の、比較的西の方角に位置する、おおよそ平行四辺形状に領土が展開される王国・バルべリア。
隣国と国境を接するところからさほど遠くないところに、王国における政治と経済の中心を担う王都・ベリーズは存在する。都周辺の地形はなだらかな盆地となっており、その地理的特徴からベリーズ盆地とも呼称されている。盆地には針葉の樹木が所狭しと犇めき合うように乱立しており、俯瞰的な解釈ではあたかも青々とした大海原のど真ん中にて孤島がポツンと浮かんでいる風にも見てとれた。
肝心の王都そのものは、堅牢で剛健的な城壁によってぐるりと取り囲まれ、高く積まれた分厚い石壁は異民族からの侵入を妨げるのと同時に、王国そのものの支配力を顕示させるための象徴ですらあった。
一方、そのような厳かな場所へと向かって行ったユーリとエロイーズは、城門を潜り抜けてしばらく、王に謁見するべく王城にとひたすら突き進んでいる最中であった。
……それが、至って「順調」と呼べるものなのかどうかは、さておいて。
☆☆☆☆☆☆
ベリーズの公衆衛生は、おのぼりさんなユーリにとっていささか刺激が強すぎるほど、破綻しきっていた。その極みとして、天下の大通りにも関わらず所かまわず糞尿が垂れ流されているところは無視することができない。それだけでなくとも、広場にはゴミが散乱しており、どこもかしこも蛆が涌きたちまるまると太ったネズミがそこらで巣食ってつがいと盛り合っているのを見かける珍しくはない。下水ではたまったヘドロから廃液が垂れ、所々であぶくが形成されていく。このあぶくが割れだしたら最後、卵が腐ったような汚れた空気が解き放たれ服や身体に着けば最低三日は臭いがとれなくなると専らの評判である。清潔な水は大変貴重なうえ、庶民の住まう街に置いても所謂“トイレ”というものは設置されてなく、せいぜいおまるで用を足すしか方法はない。問題なのはむしろそのための後始末の方で、住民が辺り構わず糞尿を、家に接する大通りにて好き放題垂れ流しにかかるため、大通りは常に耐え難いくらいの悪臭がつきまとっていた。
一応、とうのバルべリア王国政府側としても、この問題はかつてないほどの懸念事項として捉えているのは確かである。過去100年前にも、先々々代国王の計らいにより「昼夜に問わず、窓からの糞尿及び家庭ごみの投棄を禁ずる」とわざわざ憲法にも書かれたというに、定められてから数年足らずのうちに勅令はすっかり形骸化されてしまった。今では、現国王の代になって定められた「窓から糞尿を投棄する際は、必ず大声で大通りにいる人間に対し呼び掛けるべし。さもなくば罰金もしくは一年以下の禁固刑に処す」という、その場しのぎな法がまかり通る有り様である。
「オェエエエエエエ………………!」
ユーリは、吐いていた。とめどなく、胃の噴門から湧き上がってきた吐しゃ物を、食道を通って咽頭までさかのぼり自らの口腔から、勢いよく地面めがけて放出していた。
おおかた吐き終わると、今度はその残りかすを振り絞るためにユーリは全身を使ってえづきだす。
「ヴェッ、ヴェッ、ヴェェイ。ハア、ハア、ハア、ハア。……おかげで、ちょっとスッキリした」
胸を撫で下ろすついでに、自分のはらわたあたりを優しくなでまわし始めると、ユーリは自身の吐しゃ物で濡れそぼった靴のつま先を出口に向けておもむろに歩き出した。袋小路に踵を返した最初の一歩を踏む際に、ゴミが散乱した地面とともに自分が消化しかけたキャベツもいっしょくたに踏み抜いてしまったためユーリはかつてないくらいの不快感を自らの左足裏から感じ取ることとなった。
「……せっかく、王都に行くからって頑張って靴磨きしたのに」
ほんの数十分前まで、ユーリの人生は輝きに満ち溢れていた。
(憧れを抱き、夢にまでみた花の都・ベリーズ。そこになんと、自分のような存在が行けるようになるなんて! ああっ、神様っ。僕みたいなハーフエルフにこんなまたとない機会を恵んでいただき誠に光栄です! 万歳ッ、ベリーズ万歳ッ!)
……などと、知ったような口を利いていたのも今は過去の話。
現時点で、彼の中ではベリーズは史上最高ランクに位置付けられていたのが、今頃になって過去最低ランクにと下方修正されるようになっていた。
「ったく、何が花の都ベリーズだ……鼻の曲がる都ベリーズの間違いだろっ、チクショウ。こんなのいくらなんでも、ひどすぎるよ」
ぶちぶちと、愚痴を垂れながらもゆっくりと袋小路から抜け出て、大通りに差し掛かる。
そこには、彼の『所要』のおかげで足止めを喰らっていたエロイーズがすっかり待ちぼうけされて、突っ立っている姿が見えた。
「かなり手こずった様子で。それで、もう、済んだのですか? その『所要』とやらは」
「お陰様で、どうにか。余計に時間を掛けさせてしまって、すみません。ですが、もう大丈……ふぅっ」
途端に、ユーリは顔を真っ青にするほど血の気が引いた感じでいきなり卒倒しだす。
倒れ込んですぐのところには、エロイーズの体躯がそびえ立っていた。
自然とエロイーズがとうの衰弱しきったユーリを介抱する形になった。
咄嗟の出来事だったため、エロイーズは自身のその豊満な胸でもって受けとめる
はめになってしまった。
「ふぐぐぅ……っ、ふ、ふががっ。ふがぁ」
「ああ、ユーリ。だから、マスクをつけろとあれほど口を酸っぱくして言い聞かせてたはずじゃあないですか」
突発的に倒れ込んだ様子の彼を前にしても、エロイーズは物怖じひとつせずその場に立ち尽くして、彼の肩を抱いていく。汗がにじんでほのかに湿っぽさを手の中で感じ取ると、エロイーズは自分の胸にご執心な様子のユーリの頭を優しく愛撫しだした。髪を触ってみるとそこが尚の事、湿っぽくなっているのが嫌でも感じ取れた。
衰弱しきった彼のすぐそばで、エロイーズは一度だけ咳をはらうと、発破を呼びかけていく。
「ユーリ、そんなんじゃあいけませんよ? お願いですから、もうちょっとシャンとしててください」
「……せんせぇ」
「はい、なんでしょう」
「もう、僕のことはここで置いていってください。これ以上……迷惑は、先生に対してかけられませんから」
「本当にそう思うのであれば、とっとと立ち直って、次の場所へと向かって行ってください。大体、そういう事を言われるのが何よりの迷惑に他なりません。ほら、ユーリどうかがんばって!」
「……先生、僕はきっともうじき死ぬんです。」
「はぁ?」
大袈裟すぎたユーリの突然なまでの告白は、当の介抱をしてやっているエロイーズを心底呆れさせるには十分な破壊力を備えていた。
「さっきっから、何度も足に力を込めて立ち上がろうとはしているんですが全然ッ、まんじりとも全身に力がみなぎってこないんですよ……」
「さっきまで路地裏であなたが吐いていたからでしょうに。全身全霊の力を込めて」
「おまけに、身体が寒くって寒くって……。微風でもまるで凍えそうなくらいで」
「単にあなたが吐いた際に全身の穴と言う穴から噴き出した汗が、気化熱によって持ってかれてるだけです。大丈夫、風に当たり続けていればそのうち乾いて、なんてこともなくなりますから」
「ううっ、口の中が甘酸っぱくって気持ちが悪い……。本当に死ぬかもしれない、でも、こんな僕のようなゲロ臭いハーフエルフ。きっと、天使様だって天国まで導くのはゴメンなんだろうなあ。やだなあ、天国に行きたかったなあ」
「ユーリ? どうでもいいけれど、自分が必ずや死後天国に召されるという前提で自分を語るのは止めていただけますか。それに、いくらゲロにまみれているからといってもそんな無慈悲すぎる理由で天使から選り好みされたなんて話聞いたこともないですよ」
「あっ……そ、そうなんですか? 僕はてっきり、まあ、でも理想を言えばきれいに死ねるにやっぱり越したことはないじゃないですかあ? もし、僕が死んだらどうか僕のゲロ臭い骸に聖水を思いっきりぶっかけて清めてください、先生」
「下手な冗談もその辺にしといてください。大体、なぜあなたに対して私がそのような真似を……いくらなんでも、そんなもったいないことはいたしませんよ」
ユーリは実に子供らしく幼稚な発想を屁理屈に乗っけて、それらを相対する師であるエロイーズに何とかして示さんとしていた。だが結局、亀の甲より年の劫とはよくいったもので年上なエロイーズは絶えず落ち着いた調子で、子供のユーリの発言をひとつひとつ丁寧にそれでいて的確に対処していくのだった。
未だ彼女の胸を借りてる様子のユーリを、強引に自らの両手で以って引きはがしてから、エロイーズは無理にでもその場で立たせた。
「ほら、一人でだって立てるじゃあ、ありませんか……」
「うう~、頭がクラクラする。なんだか身体もフラフラしてきてっ」
とうのユーリはというと左右で色合いの異なる目をとろんとさせており、口はまるで建てつけが悪いドアのようにポカリと開け放たれていた。足元はもはや千鳥足なんてのを通り越して、完全にタップを踏んで踊っているようだった。
悪酔い状態に陥った様子のユーリに一瞥くれてから、エロイーズは流石に観念した感じにうなだれていった。
「はぁ、どうやら背に腹は代えられないようですね……」
体たらくのユーリを見てから、次にエロイーズはまず右手を自分の眼前まで寄越し始める。それから自身の右手人差し指にと嵌められた緋色の輝きを放つ宝石が特徴的な指輪に、ふうっと息を吹きかけた。すると、吹きかけられた指輪はたちまち、それに呼応するかのように自ら輝きを纏い始める。最初はほんの閃光の一筋に過ぎなかったものが次第次第のウチにそれらは、膨張していきついにはエロイーズ本人の顔を照らすくらい訳ないほどになった。そして、それら一連の流れを見とどけた彼女はスッと、腕を真っすぐ伸ばして左手で右手首を支える要領で持ち上げてから、一言、こう宣った。
「――――“詩篇”――――」
瞬間、放射線状に光が宝石から散開してゆき、そのままぐるぐると回転を始めて小さな灯台のように稼働していく。また、その光が延びた勢いだろうか、今度はエロイーズの周囲で風が吹き荒れて道端にとっ散らかっていたちり芥はいとも簡単に吹き飛ばされていった。それから光によって照らされた空から、次々と羊皮紙が出現していきエロイーズ及びゆーリを含めた周辺の半径五メートルに渡って、カーテン状に張り巡らされて最終的に円錐形に二人の入る場所そのものを覆い始めた。
ビュウビュウと、強い風によってけたたましく吹き突かれ、それまでエロイーズの頭をすっぽり覆っていた外套のフードすらもひん剥いた。
ユーリは思わず顔を覆ってみせる。
「さ、寒いぃ……。なんか吹雪いてきたような………………」
次にエロイーズは上向きにしていた手の甲を返して、平の部分を仰がせた。すると、どこからともなく、光の粒が手の平の上に舞い降りてきて、次第にそれらが降り積もって某の形を作り上げていく。それは、本のハード・カバーの様相を呈してきた。白を基調とした立派な装丁の上には金文字で、エレメタルの古代文字が書き連ねられておりある種の骨董芸術的価値すら感じられる代物だった。手の平に完全体のそれが形作られた後、自発的に手元から離れていって段々と上昇すると同時に三六〇度際限ない感じにきりもみ状に回転を遂げる。回り続けているカバーはエロイーズの頭上よりさらに頭一つ抜けた高さまでに達するとそれまで放射状に、ぐるぐる展開した光に照らされた無数の長方形状の羊皮紙が射光された順に中央のカバーの方へと集まっていき一枚一枚が綴られていった。勢いよくかつ力強く紙が束ねられていき、それが段々と『本』としての形を浮き彫りにしていった。その間、本からはバッサバッサと紙のけたたましい音が発せられていくとともに本自体がぐるぐると三六〇度際限なく回転し続ける。
やがて、羊皮紙はカバー内で全ページ余すことなく綴られると、回転を止めて見開きを真上にむけてゆっくりと降下して最後はその場にて待機していたエロイーズの構えた手中にすっぽり収まった。
パラララララ………………!
所有者であるエロイーズの任意により、ページは捲られ続けてしばらくするとピタリと止まって該当した本の羊皮紙上に書かれた古代文字綴りのセンテンスが明らかになった。まもなく、当の彼女によってそれが読み上げられる。
「“汝病める人々を癒し、か弱き者どもを守る軒となるべし”………………」
その時だった。思わぬところから、真っ最中のエロイーズに対して、大声が響き渡った。
頭上から。
「あっ、危ないッ! は、早く避けてェェ――――ッ!」
石造り二階建ての建物の、二階の窓から中高年女性と思しき声でもって先のような指示が飛ぶ。それもそのはず、とうの中高年女性の手元には汚物水の滴る取っ手付きおまるが握られており、肝心の中身は順調に詠唱をと勤しんでいたエロイーズの頭上にまさしく差し迫らんとしていたからだ。
声の迫力のあまり、思わすユーリが見上げたときにはもうすぐそこまでのところにと投棄された汚物が迫ってきていた。
気が付くとユーリは、自身でも信じられない程の脊髄反射並のスピードで反応してみせ、立つのがやっとだったにも関わらず、突発的に火事場の馬鹿力が沸き起こって無意識に彼女の元へ一直線だった。
(僕はどうなってもいい。とにかく先生だけでも、守らなくちゃ…………ッ!)
若木のように儚そうな細腕を強く突き出すと、ユーリはエロイーズの身体めがけて突進仕掛けた。
時間だけが圧縮され、動きがゆっくりに感ぜられるふうになって、身体が心を追い抜いていった。ユーリの頭蓋領域には緊急事態を知らせる警報ががなり立てているのだった。他でもない、彼の内に秘めし『自己犠牲』という精神が死に体同然だった彼自身の肉体を突き動かしたのだった。
とうのエロイーズはというと、今まさにかつてない脅威が差し迫らんとしている時にも関わらず相も変わらずその場に突っ立って先の詠唱を続けていた。なぜなら、それは彼女に用意されていたもう一つの肩書きが、何よりも彼女のとる不動の態勢を本に揺るがないものにしていたからだ。……一流の、『法力師』としての、実力がモノをいう。
「――――――【浄域】――――――。」
次の瞬間、大通りにて大きな水音があちこちにて跳ね返った。同じ通り沿いを征く者はもちろんのこと、反対側で軒を連ねている石造りにいる住人すらも反応した。一番戦々恐々としているのは何よりも、汚物水を投げ入れた張本人である肝心の中高年女性にほかならなかった。いくら自分がやったこととはいえ、水音が発せられる寸前とっさに陶製のおまるを眼前まで持ってくるとそれで視界を遮ったのだった。うっかりしたせいで、自分の家族の排泄物にまみれてしまった人を見届けるのは女性としても堪らなかった。
それでも、その中高年女性は果敢にも、下にいるであろう被害者へと声を掛けた。
「……すっ、すみませェ――んっ! 大丈夫です、か………………?」
呆気にとられたのも、無理はない。
女性の見たてでは、外套姿で立ち尽くしていたあの女はとっくに自分らの排泄物にまみれて見るに絶えないものとなっていたと踏んでいたからだ。
しかし、目に映った光景はそれとは真逆で、女の半径五メートルに及ぶ周囲にただ汚水が滲み込んで広がっているだけだった。とうの女であるエロイーズにはシミひとつだってこびりついた形跡は確認できない。
「い、いったい何がどうなって――――」
夢でも見ているかのような錯覚にとらわれた中高年女性はというと、立ちくらみを覚えて左手を窓枠に添え出す。すると右手に未だ持たれたままのおまるの口から添えた時の衝撃にともなって底にたまっていた汚物が雫となって一滴零れ落ちてしまった。
「あっ、マズッ………………ッ!」
咄嗟に女性はおまるを家の中へ引き入れたが時すでに遅し。雫は、一点そして一か所めがけすうっと落水していく。
だが、それすらもエロイーズ本人にあたることは決してなかった。
いや、当たらなかったというよりはむしろ当たらなくなっていたというのが適切かと思われる。その証拠に、肝心の汚れた水滴はというと彼女の頭上より頭一つ抜けた箇所にて着地した後。重力落下に従って、彼女の側方を、やや斜め気味に真っすぐ滑走していき最終的には地面へと滲み込んでいったのだ。まるでエロイーズの周囲にガラスのドームが聳えられていてそれによって彼女を守っているようにも見てとれた。
不可解な現象が巻き起こった大通りには、それに似つかわしくない静寂が横たわるようになり誰もが自然と口をつぐんでいた。最初にこれを打ち破ってみせたのはなんとエロイーズだった。
「ユーリ? ……なぜ、あなたは私の胸を先ほど来揉みしだいておるのか。説明していただけますか」
「……助けなくちゃッ! ……助けなくちゃッ!」
もみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみ…………。
現在進行形で、彼女の胸は目を固くつむったユーリにより揉みに揉まれまくっていた。いくらユーリといえども、こんな状況で色を覚えるのに熱中しているわけではない。あくまで彼の頭の中で、これは救助のための行動なのだ。汚物が真上から降りかかりそうになって、両腕を真っすぐ突き出してまで彼女をその場から押し出そうとしたものの、悲しいかな非力的な彼の腕では実現できずせいぜい上辺をこねくり回し続けるのが関の山だった。
「ユーリ? ……ユーリッ!」
「助けなくちゃ……あれ、先生。よかった、無事だったんですね!」
「ええ、お陰様で。ところで、ユーリ。いい加減、お手の方を私の胸から遠ざけてもらえませんかね?」
「えっ、やだなあ。いったい何を………………う、うわああああああッ?!」
あまりにも今さらな反応で、エロイーズの、その外套ごしでもわかるその巨大な胸からようやくユーリは手を引っぺがした。
子供らしく、それでいて初々しい反応は見ててどこか意地らしくって、可愛らしい。真っ赤に顔を紅潮させてまで、己の震えた手を見遣るユーリに対しそんな感情を抱いたエロイーズは周りそっちのけで説法をはじめた。
「いけません、いけませんよユーリ? いくら、大胆なスキンシップは子供の特権とはいえどこれではあまりにも常軌を逸しています。真昼間の往来でコトに及ぶだなんて、あまりにもムードに欠けているとはおもいませんか。それにいったいあれはなんなのですか。あの、女性をまるでモノとも思っていないような強引な触り方は……女性の身体は大変繊細なものなのですよ? 子供を産むのは全てに置いて、女性に他ならないのです。相手が私であったから被害も最小限で済んだものを、これからはもっと労りと慈しみそれから尊敬の念をこめて女性にお手付けするようにしなさい」
「ご、ごめんなさいっ。………………本当に」
自責の念に駆られるあまり、ユーリは、肝心のエロイーズの文言をほぼほぼ聞き溢してしまうもなんとか振り絞って、今の率直な言葉を投げかけるに至った。
すっかりしょぼくれてしまったユーリを目の当たりにして、エロイーズ自身も流石に納得がいった感じで再び言を連ねていく。
「どうやら、反省したみたいですね。よろしい! ユーリ、汝の咎を神に成り代わりまして……」「ちょっと――――?! ちょいと、そこのアンタら。何とも無かったの――――?!」
それまで、静観を極めていた中高年女性が居てもたってもいられなくなり、とうとう自分から申し出てきた。エロイーズは声を掛けていた女性のいる方へと首を仰いで、
「大丈夫ですので、お気になさらず――。ただし、憲法で「窓から糞尿を投棄する際は、必ず大声で大通りにいる人間に対し呼び掛けるべし。」とされていますゆえ、今後はもう少し慎重に糞尿の廃棄を実践してくださ――い。本来なら、罰金もしくは禁固に処される場合もあるためお願いしますね――――」「ごっめ――――ん! とにかく、今後は気ィ付けとくよ――――!」「我が信徒が神に成り代わりまして汝の咎を許して差し上げま―――—す。では、お元気で――――!」
茫然自失のユーリの手元を握り、エロイーズはそれから大通りを進み始めた。
☆☆☆☆☆☆
「あ、あのう。先生、いまのって」
「ああ、ユーリ。おはようございます。その分だと気分はよろしいみたいですね。どうですか?」
「どうですか、って……。あ! そういえば全然、気持ち悪くない。も、もしかして、先生。アレ、使ったんですか? ア・レ!」
「“法力”のことですか。ええ、“法力”なら使ったどころか、今もこうして己が生体マナを活性化させて使っております」
「気持ち悪くないどころか、全く臭くない! これもやっぱり、“法力”の効果なんでしょうか?」
「ええ、なぜなら、最初からそうなるように詠唱しマナを具象化させましたからね。この程度なら朝飯前ですから、私自身そんなでもないですし」
「うわあ……カッコいいィィ~~~~ッ! 先生、決めたッ! 僕大きくなったら、先生みたいな立派な『法力師』になります!」
「おや、『願望』ではなく『断言』ときましたか。その自信の漲りよう、私は、好きですよ。ユーリ」
「す、好きだなんてそんな……えへへっ! 僕みたいな、ハーフエルフでも『法力師』になれますか?」
「あなたなら、きっと、慣れる可能性は高いでしょう。寝る間も惜しんで、勉強に励めば恐らくは」
「が、頑張ります……なるべく」
「(そこは断言してくれないのですね………………)ともかくユーリ。今はこうして【浄域】を使っているから口が利くということをお忘れなく。今のうちに、マスクの着用を強く要請しておきますね」
「は、はい。えっと、マスクマスク」
エロイーズから譲り受けたマスクをポケットから取り出すや否や、ユーリは素早く顔に纏い始める。
「着けたようですね。よろしい。ですが、念のため城に着くまではこうして【浄域】を掛けたままにしておきます」
「はい……ところで、先生は大丈夫なんですか? マスク……要らないんですか」
「私にはもう必要ありませんので。王都に訪れたのもこれが初めてではないですし、もう慣れました」
「……慣れるものなんですかっ? この、すさまじすぎる悪臭そのものが」
「ユーリ、あなたも慣れればこの街の素晴らしさを実感できるはずです。ここは天下のベリーズですよ? この臭いは、ベリーズに住まう人々の暮らしそのものの臭いです。つまり、臭いがより強烈かつ饐えたものであればあるほど、人々の暮らしの向上っぷりが……」
「聞きたくない聞きたくない聞きたくない………………!」
涙目になって、両耳に手を当てがいひたすらに静止を呼びかけるユーリであった。
面白かったら、ブクマよろしくお願いします。
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