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エレメタル・クロニクル  作者: はなぶさ利洋
2/10

第一話 少年・ユーリ

いよいよ、本編突入します。

 麗らかな日差しと、薫香たる大気が立ち込むある春の日だった。

 

 そよそよ、と。風のささやく音が辺りに響き渡る。


 草草はざわめき、空に向かって真っすぐそびえる一本木から伸び行く木の葉も揺れ動く。その木の根元には、一人の少年が木漏れ日を一身に受けながらもうたた寝をする姿があった。


 当の少年は、ハーフエルフという種族の生まれで名を、ユーリと人の言う。


「すー、すー、すー……」


 穏やかかつ儚げな寝息を立て、ユーリは尚も夢見心地な表情で目を瞑ったままだ。とある一冊の古い本が途中のあたりで見開かれており、折りたためられた膝上にとそれはひろげられていた。風が通り過ぎていくたびに、本の羊皮紙がパラパラと捲られていくも、最初に見開かれていた位置にハーフエルフの彼が愛用する厚紙でできた押し花のしおりがささやかに差し込まれてある。


 すると、そんな読書の最中に寝落ちた彼の方へと、一人の影が忍び寄ってきた。女だった。


 穏やかそうに船をこぐ彼の元へと歩み寄る。すると女はしゃがみ込んでユーリの寝顔めがけ手を伸ばして女は間もなく彼に呼びかけた。ユーリ、と。


「うゥん……すー、すー」


 だが、ユーリは尚のこと寝に入ってみせた。女はとうの彼の寝顔をほんのちょっぴり歪ませるだけにとどまった。女は果敢にも、不退転の意思を表明しだす。


「まあ、ユーリったら。明くまで私に挑み続けるつもりなのですか? なァるほど、そっちがその気なら受けてたちましょう。それではっ」


 呆然とした驚愕。からの懐疑的な顔つき。その後に興味を抱かせた口ぶりでもって、いたずらっぽく口角を挙げつつも女はそう、言った。


 かくして、女は行動に移った。


 まず、それまでユーリの薄い桃色めいた左ほおにと置いた右手を離した。


 次にそんな彼のダーティ・ブロンドな頭髪めがけ頭頂へと右手を充てた。


 細く黄銅めいた繊維を軽く、掬う要領で指先にくぐらしてみるとその柔らかさがいやでも実感できた。頭皮すなわち毛根付近で接する箇所はごくわずかであるものの黒々としているのが見て取れた。


 指の腹でユーリの毛髪を一通り堪能したのち、女は伸ばしていた手先を頭頂から側頭へ向け、上から下にと右手を滑らせた。


 ふわふわな、ユーリの髪はこめかみ付近に差し掛かるほどに、外向きに跳ねあがってくる。彼の髪はというと、彼の律動的で清廉的な鼻呼吸にともない上へ下へ往復しだす。下手すると、指先が巻き込まれて生爪ごと持ってかれ兼ねないと女は思ったので、流石にゆっくりと髪の毛まさぐり始める。


 女は静かにもみあげを掻き上げてみせる。すると、その先に彼の耳が姿を見せ始めた。


 ハーフエルフ特有の、細く、鋭い尖峰ばった耳がみえた。


「ほら、ユーリ。それっ」


 いきり立ってるように見えた耳の先端部分を、女は取り留めもなくつまみ上げた。それから、彼の耳を


 ぎゅいぎゅいぎゅい……。

 


「すー、すー……いっ!? 痛たたたたた…………ッ! や、やめてぇッ! く、ください――――エロイーズせんせえ、て、ばあッ!」


 

 女もといエロイーズとは、彼――――ユーリの日々の生活を監督する修道院の一求道女であり頭脳明晰な一教師でもある。


 さて、現時点で被害者側に立つ肝心のハーフエルフの少年・ユーリはというと、決して知らぬ間柄ではない彼女に対し涙で潤み切った瞳から視線を送っていた。


「目が覚めたようなら、結構。ユーリ、直ちにその散らかした私物を片し、身支度を済ませるのです」


 軽く微笑みながら、いつものようにユーリに指示を飛ばすエロイーズだった。未だユーリのひざ元にと置かれた本に向け下へとゆびを指す彼女の姿は、見開かれたユーリの円らな瞳で以って写し出されている。右左にある――――翡翠色の右目と、黄金色の左目――――それぞれの光彩異色の瞳にて浮かび上がった姿は、灰茶気た色を纏ったショート・ボブに面長の顔で、小さな鼻眼鏡が鼻骨を椅子にして据えられてあったのをそれぞれの色で現されている。無論、そんなユーリから見てそんな光景は知ったことではないので、彼は彼女の仰せのままにまず本を閉じにかかる。


☆☆☆☆☆☆


「先生! 片付けとそれから身支度を無事済ませましたっ」


 自前の分厚い書物を、同じく自前の背嚢にそのまま封入させそれごと背負うと、ユーリはエロイーズの目の前で自己顕示し始めた。対してエロイーズはそれを会釈ひとつで全てを了承してからユーリに伝えた。


「よろしい、それではユーリ。王都まで、共に歩いて参りましょう」

「あ、あのう。ちょっと、ねえ、待ってエロイーズ先生」

「はい、なにか問題でも?」

「えっと、僕の記憶が正しければ、王都までは確か「馬車」で行くって先生から仰られて」

「ユーリ、あなたに対して私は三つの事項を伝えなければなりません。

 一つ、あなたの言う通り、つまりはあなたの記憶は正確だということです。

 二つ、あなたが言った本来私たちが乗り合うはずの馬車が来るのは今日の9時ごろなはずだったのですが、もうかれこれざっと一時間以上は待ちぼうけを喰らってる始末です。

 三つ、待てど暮らせど一向に来る様子が見られぬ馬車を待っている間にあなたは寝呆けて、現在進行形で口のまわりに涎のカピカピ痕がこびりついています。――――以上です」


 至極、整然とした説明をエロイーズ本人の口から聞かされ、ユーリはそれらを飲み込んでいく。そのため、少々沈黙したあとで、まず彼は指摘を受けた口元を自身の手の甲でやや乱暴に拭いだした。それから、おもむろに口を開き始める。


「……っふう。わ、分かりました先生。ですが、もう一つ僕から質問をしてもいい……ですか?」「まだ何か解せないことでもあるのですか」


 埒の明かない状況に浸るあまり、エロイーズは眉こそひとつ動かさないでいるも急かしたように食い気味でユーリに対して、言を返した。


「あ、あのう先生ぇ? そのう、なんていうか……あのっ、そもそも馬車を用意してくれるって言ったのはこの間修道院に来てた、勅使の人だったじゃないですか。わざわざ約束をそっちからしたっていうのにも関わらず、この有り様だからもしかしたら実はそれほど重要な知らせじゃなかったのかも? ……と言うことは、つまり、わざわざ僕らから王都へと足を運ぶ必要は、その、ないんじゃないかって」


 小さくため息をついた後。


 エロイーズは、ユーリの目の前でおもむろにしゃがみ込んだ。それから小柄な彼のために目線を合わせて、彼にこう説いてみせた。


「ああ、ユーリ。だとしたら、あなたはどこか勘違いをしていますよ。いいですか、ユーリ? 確かに我々の今置かれている状況は、いささか不条理な風にも思えるでしょう。そうは言っても、私には必ずや王都へ行き肝心の王の元へと出向かねばならないという使命があるのです。分かりますかユーリ、約束というものはそれほど大事かつ大変なモノなのです。」

「先生……」

「ユーリ、一度約定したことは必ずや履行されなければなりません。こういう場合自分や相手の気持ちは二の次三の次、一番はそれらを正しく実行に移したかどうかなのですよ」


 言われたとうのユーリは、まず、軽くうつむいてみせた。次に、文字通り目と鼻の先まで差し迫っているエロイーズの、そばかすが薄く散らされた感じの、どこか見てて安穏とできる面長な顔を見遣る。それからまた、軽くうつむくみたくして、ゆっくりと、黙って頷き始める。


「わかりました……先生」


 消え入りそうな声を出すユーリに、エロイーズは慈愛に満ちた笑顔でもって返した。


「よろしいっ。では、ユーリ、共に歩いて参りましょう、お手を拝借」


 差し出されたエロイーズの白魚のように細い指が見られる手を、ユーリは自身の小さな御手で受け止めた。


「はいっ、せんせえっ!」


 かくして、ふたりは修道院に踵を向けて、遥かなる先で待ち構えている王都へと歩みだした。




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